守護異能力者の日常新生活記 ~第3章 第33話~

猪瀬の土下座騒動があった日から、修也の身の回りではいくつか変化が起きた。
まずは修也を襲撃してきた男たちのリーダーが再び学校にやってきたのだ。
ただ今回は仲間全員を引き連れてではなく、リーダーの男1人だけだったが。

「……あれ? どうしたんだ?」

蒼芽を襲おうとしたことの制裁は下し先日しっかりと謝ってもらった上に男に敵意が微塵も無かったので修也は普通に声をかける。

「……なぁ、アンタなんだろ?」
「? 何が?」
「この前猪瀬さんが俺たちの所に来て、今までの横柄なふるまいを謝罪に来たんだ」
「へ、へぇー……」
「しかも土下座だぜ? 勢い余って切腹しようとしたからそれは流石に止めたけど」
「……他でもやってんのかそんなこと」

男からもたらされた猪瀬の情報に呆れる修也。

「そんな言葉が出るってことは……やっぱアンタのおかげなんだな!?」

修也の呟きを聞いた男が表情を輝かせて詰め寄ってくる。

「え?」
「アンタが猪瀬さんを更生させてくれたおかげで俺たちはこうやって生きていられるんだ。その礼を言いたくてな」
「あ、いや、それは……」

猪瀬の更生(という名のマインドコントロール)は修也ではなく塔次がやったことなのだが、事情を知らない男は修也に感謝の言葉を述べる。

「やっぱ後ろ暗いことやるよりも胸張って生きてられることの方が良いよな! こんな清々しい気持ちで生きることの素晴らしさを教えてくれたアンタに感謝だ!!」
「あ、まぁ……清く正しく生きる方が良いのは確かだよな」
「そうなんだよ! ああ、何にも怯えず生きていけるってこんなに尊くて素晴らしいことだったんだな……!」

そう言って手を組み跪いて太陽に向かって感激の涙を流す男。
キャラが物凄く変わってしまっている。

「それで仲間たちと話し合ったんだが、これから俺たちはボランティアを行うグループとして活動していこうと思うんだ」
「ボランティア?」
「ああ。以前の猪瀬さんの元でこの町の住人には色々迷惑をかけちまった。だからその償いの意味も兼ねて、な」
「あ、そうなの……」
「もちろんすぐに受け入れてくれるとは思ってねぇ。でも俺たちは決めたんだ!」
「あ、うん。頑張って……」

やたら熱く語る男に修也は生返事で応える。

「でさ、アンタ今までに色々この町を救う活動をしてきたんだろ?」
「いや、俺の場合は結果的にそうなっただけであってだな……」

修也の場合は目の前で起きたトラブルを潰したら結果的に町を救う結果になったというだけだ。
初めから町の為になることをしようと思って行動したわけではない。

「結果論だとしても町を救ってるんだろ? 俺たちはそんなアンタをスゲェと思ってるんだよ」
「あ、そりゃどうも……」
「という訳で、俺たちアンタの下に付こうって決めたんだ!」
「は……はぁっ!?」

突然の話に修也は驚いてつい大声を上げてしまう。

「己の身ひとつで町を守る為に動く……スゲェカッケェじゃねぇか! 俺たちもそんな男になりたいんだ!!」
「そ、そんな大層なもんじゃあ……」
「ああ、俺たちが勝手に目標にするだけだからアンタは別に何もしなくても良い。今まで通り普通に生活しててくれ」
「えぇ……」
「という訳だ! これからよろしく頼んます、土神さん!!」

そう言って実に晴れやかな笑顔でリーダーの男は去っていった。

「…………え、何これ? 俺どうすりゃ良いの?」

その場に残された修也にできたのは呆然と立ち尽くすことだけであった。

 

守護異能力者の日常新生活記

~第3章 第33話~

 

変化は修也の周りだけではなかった。

「……? どうしたの詩歌?」

朝修也と登校してきて自分の教室に向かっていた蒼芽は、1-Cの扉に手をかけたまま止まっている詩歌を不思議に思い声をかけた。

「あ、舞原さん。おはよう……」
「うん、おはよう。何でこんな所で固まってるの? 教室に入らないの?」
「入りたいのは山々なんだけど……その……凄く嫌な予感がして……」
「嫌な予感……あぁー……」

心当たりのある蒼芽は溜息を吐く。

「うん、多分その予感は間違ってないよ」
「だ、だよね……? でも、入らないわけにもいかないし……」
「うん分かった。私が開けるから詩歌は後ろに隠れてて」
「え……でも……」
「大丈夫、私の方がまだ慣れてるから」
「…………うぅん、私も一緒に開けるよ……」

蒼芽の提案に詩歌は首を横に振ってそう言う。

「え? でも、大丈夫?」
「うん……舞原さんに任せきりにしてひとりだけ避難なんてできないよ……友達、だもん……」
「……そうだね。じゃあ一緒に開けよっか」

そう言って2人で教室の扉を開ける。

「あ、来た来た! もー遅いよ舞原さん、米崎さん!!」
「土神先輩がまた伝説を作ったって聞いたよ!」
「3年の嫌われ者の生徒を更生させて真人間にしたって?」
「やっぱあの人神様だよ、神様!!」
「もうファンクラブとか作っちゃう?」
「いっそ宗教でも興そうぜ!!」
「いやいやいやいや……」

何やら話がおかしな方向に進みだしたので蒼芽は必死になって止める。

「そ、そうだよ、ファンクラブとかはやめとこうよ……」

その時、蒼芽と詩歌以外で止める声が上がる。
声の主はクラス一の小柄少女、佐々木さんだった。

「えー、何で止めるの佐々木ちゃん」
「そういうのは形じゃなくて……心だと思うの」
「……心?」
「そう。土神先輩を尊敬する心があれば、ファンクラブなんて体裁はいらないんじゃないかな……?」
「……そっか、そうだよね」
「良いこと言うなぁ、佐々木!」

佐々木さんの弁明により教室内の空気がほっこりする。

(……良かった、これ以上はおかしなことにならなさそう)

蒼芽も雰囲気が落ち着いたことに内心安堵する。

「それに……既に私たち1-Cがファンクラブみたいなものじゃない」
「佐々木さん?」
「そっか、言われてみればそうだね!!」
「え……納得しちゃうの……?」

落ち着きかけた空気が再びヒートアップしだしたことに呆れる蒼芽と詩歌であった。

 

「いやー、それにしてもあんな光景が見られるとはなぁ!」
「あーあ私も見たかったなぁ。猪瀬の奴が土下座する姿」
「あ、俺動画撮ってるぞ。途中からだけど」
「え、見たい見たい!!」

3年の華穂のクラスでもお祭り騒ぎのような様相を見せていた。

「それにしても良かったねぇ姫本さん。これでもう付き纏われることも無いんでしょ?」
「多分ね。あの様子を見る限り9割9分大丈夫だと思うよ」
「だったらさ、今日一緒にお昼食べようよ! この前はアイツに邪魔されて食べられなかったし」

そう言うのは以前華穂を昼食に誘った時に猪瀬に突き飛ばされた女子生徒だ。

「あ、私も混ぜて!」
「俺らも! もういっそ姫本さんの悩み解決祝いってことでクラスの皆で学食行こうぜ!!」
「いいね、やろうやろう!」

テンション高めのクラスメイトを見て華穂も嬉しくなる。
こういうノリで騒ぐことを華穂はずっと求めていたのだ。

「よーし、じゃあお金は私が全部出しちゃうよー!」
「こらこら祝われる側がお金出してどーすんの!」
「そうだそうだー! 大人しく祝われろー!!」
「あははははは!!」

クラスメイトと一緒に心の底から笑う華穂。

(……ありがとう土神くん。君のおかげで私の望みが叶ったよ)

あの日屋上で修也に声をかけて本当に良かった。
華穂はそう心の中で呟く。
そうでなかったら今も猪瀬に悩まされ、制限された学校生活を強いられていただろう。

「それにしても凄いなあの男子生徒。土神っていったっけ?」
「そうだねぇ、あの猪瀬が土下座するって相当だよ?」
「ホントそれ。しかもこの前この学校に来た不審者も撃退したらしいし」
「アミューズメントパークで暴れてた男も制圧したって言ってたな」
「これはもう推さざるを得ない!」
「ファンクラブとか作っちゃおうか、非公式で!」
「……ん?」

途中までは静観していた華穂だが、何やら話の流れがおかしな方向に向きだしたので首を傾げる。

「ファンクラブって……何やるの?」
「ん? 特には何も。『自分は土神君のファンだ!』って名乗るくらいかな」
「そうだよねぇ、それくらいがちょうどいいよね」
「あ、まぁそれくらいなら……」

修也が普通の学校生活を望んでいることを華穂は知っているので行き過ぎた行為が出そうなら止めるつもりではいたが、その辺の節度は持ち合わせていたらしい。

「何にせよ今日は祭りだー!!」
「うおおおおおおお!!」

クラスメイトの誰かが声をあげるとそれに呼応して他のクラスメイトも声をあげる。
それだけ猪瀬の行動を疎ましく思っていたのだろう。
皆テンションが振り切れている。

「あのー……そろそろ授業始めていいかなー……?」

そのせいか、いつの間にか教壇に立っていた1限の教師の声に気付く生徒はいなかったという。

 

「ありがとね土神くん、蒼芽ちゃん。またウチに来てくれて」
「いらっしゃいませ土神さん、蒼芽さん。この度は本当にありがとうございました」

週末、修也と蒼芽は再び姫本家に招待されていた。

「いや、それは全然構わないけど……また何かあったのか?」
「うぅん、それは大丈夫。あれから本当に猪瀬さんは全く現れなくなったから」
「おかげで姉さんは歩いて登下校できるようになったと喜んでます。御堂さんは送迎をしなくなって寂しそうでしたけど」
「あはは、確かに御堂さんからすればそうかもしれませんね」

美穂の言葉に軽く笑う蒼芽。

「今日招待したのはね、先週紹介できなかった両親に紹介しようと思ったからだよ。今日は都合がついたからね」
「祖父母も是非お会いしたいと言っておりましたので」
「えっ? 姫本家の創始者と現当主に!?」

華穂と美穂から告げられる事実に修也は驚く。
町の主要施設を作り上げられるほどの資産家が自分に会いたいと言われれば無理も無いだろう。

「そんな大仰なものじゃないって。皆優しい人だよ」
「そりゃ先輩や美穂さんは身内だから……」
「とりあえず応接室で待ってもらってるから行くよ」

そう言う華穂の先導で廊下を歩く修也と蒼芽。

「うぅ……緊張で胃が痛くなりそうだ……」
「土神くんでも緊張するんだねぇ」
「そりゃな。転校の手続きをした日を思い出すな……」

修也は突如理事長室に呼び出されたあの日を思い出す。
理事長室に入る前から入って理事長が口を開くまでは独特の威圧感を全身で感じ、流石の修也も気圧された。
尚、職員室や教室に初めて入った時は陽菜のおかげで緊張する暇すら無かった。

(そう言う所は凄いよな、あの人は……)

何だかんだで陽菜はやはり生徒のことを一番に考えられる良い教師なのだろう。
普段が普段なだけにあまり尊敬はできないが。

「はい、着いたよ」

修也があれこれ考えているうちに目的の部屋に着いたようだ。

「父さん母さん、連れてきたよ」

そう言って両開きの扉をノックする華穂。

『入ってもらいなさい』

扉の奥からややくぐもった声が返ってくる。

「さ、入って2人とも」
「足元にお気を付けくださいね」

それぞれの扉を華穂と美穂が押し開ける。
部屋の中では40代くらいの夫婦がソファーの横に立って待っていた。
この人たちが華穂の父親と母親なのだろう。

「やぁ、君が土神君だね。話は華穂と美穂から聞いてるよ」
「今回は娘たちがお世話になったようで、ありがとうございます」

そう言って朗らかに笑う父親と丁寧に頭を下げる母親。
どうやら華穂は父似で美穂は母似のようだ。

「あ、いえこちらこそ……」
「はっはっは、固い固い! もっと気を楽にしてくれて良いんだよ?」

未だ緊張が抜けない修也に対し豪快に笑う父親。

「何と言うか……良い意味で期待を裏切られた気がするなぁ」

修也は自分にも他人にも厳しいストイックな人物像をイメージしていたが、実際面と向かってみると全くもってそんなことはない。
ただそれでも姫本家現当主という肩書があるのは変わらないのでどうにも気後れする修也。

「お、皆揃っているようだね」

その時修也の背後から年配の男性の声がした。

「ん……?」

修也はその声に何故か聞き覚えがある様な気がして振り返る。

「え…………」

そしてそこにいた人物の顔を見て唖然とする。

「り……理事長!?」

そこにいたのは理事長だったからだ。

「やぁ土神君。よく来てくれたね」
「え、いや……何で理事長がここに……?」
「何でって、ここが僕の家だからだよ」
「えーーーー!? と言うことは、先輩と美穂さんは理事長の孫……?」
「うん、そうだよ。私の家が資産家だって言った時よりも驚いてるね土神くん」
「いや、そりゃあ……」

華穂の育ちの良さは何となく想像がついていたので驚きはしなかったが、この繋がりは完全に想定外だった。

「理事長がここにいると言うことは……」
「もちろん私もいるわよ」

そう言って理事長の陰からひょっこりと顔を出す夫人。

「まさかそんな繋がりが……あ、でも言われてみると納得できるかも……」

今までも華穂とのやり取りの所々で既視感のようなものを感じたのを修也は思い出す。

「それにしても、妻と学校に続いて孫娘まで救ってもらって……君には本当に感謝が尽きないよ」
「あ、いえ、成り行きでそうなっただけですので……」
「大事なのは過程ではなく結果だよ。君の実績は紛れもなく誇って良いものだ」
「そうですよ修也さん。修也さんは周りに感謝されることをやってるんです」

蒼芽も理事長に同調する。

「うーん……そう言われても実感が……」

あまりピンと来ない修也は困惑顔で頭をかく。

「うんうん、彼女の言う通りだ。という訳で今回もお礼を受け取ってほしいわけだが……」
「え」
「残り1割……行っちゃうかい?」
「それって今の学校生活の諸経費9割引きの話ですか!? 残り1割行ったら完全免除になっちゃうじゃないですか!」
「さっきも言っただろう。君はそれだけの実績をあげたんだ。むしろ誇るべきだと思うね」
「いやでも流石に完全免除は逆に心苦しいような……」
「それに君、僕の友人からは永年フリーパスを受け取ったじゃないか。こっちも負けるわけにはいかないんだよ!」
「だから変なところで対抗意識燃やさないでくださいよ!!」

力強く主張する理事長に全力で突っ込む修也。

「うふふ、最近のあなたは本当にイキイキするようになったわねぇ。これも土神君のおかげかしら」

その様子をにこにこと笑って見つめる夫人。

「いやそんなことは……」
「これは私からもお礼が必要かしら。交換チケットをもう1枚……」
「良い! それはホントに良いですから!!」

そう呟きながら懐に手を伸ばす夫人を修也は全力で止めるのであった。

 

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