「ねーねーありちゃん、おにーさんとおねーさんが来てくれてたよー!」
由衣は修也と蒼芽が応援に来てくれたことに喜びはしゃいでいた。
「えぇそうみたいね、私にも見えたわ。私らくらいの年になると身内がこういうイベントに顔を出してくるのを嫌がる人もいるけど、アンタはそういうのとは真逆の性格してるものねぇ」
一方で亜理紗は不満というか不機嫌そうな表情で応える。
「……どうしたのーありちゃん? 何か調子悪そうだよー? 何かおかしなものでも拾って食べたのー? お手洗い行っとくー?」
「違うわよ! というか私が不調そうに見えることの最初に持ってくる原因候補が拾い食いって何なのよ!? 私そういうキャラじゃないでしょうが!!」
心配そうに尋ねる由衣に突っかかる亜理紗。
「あ、大丈夫そうだねー。でもじゃあどーしたのー? おにーさんとおねーさんが来てくれたのが嬉しくないのー?」
「いや、そういう訳じゃないけど……というか私はアンタほど土神先輩たちと付き合いがあるわけじゃないから来てくれてもそこまでテンション上げられないわよ」
由衣が挙げた次の理由に対しては亜理紗は落ち着いて返事をする。
一般的に知り合いが応援に来てくれたのであれば多少なりとも嬉しいものではあるだろう。
しかし亜理紗はまだ修也たちと知り合って1週間も経っていない。
顔見知り程度の関係の人が自分の友人の応援に来たからと言ってそこまで喜べないというのが本音だ。
ちなみに由衣も蒼芽はともかく修也とはそこまで付き合いが長いわけではないが、それは単に由衣の性格だろう。
「それじゃあ何でありちゃんはそんなに調子悪そうなのー?」
「……調子悪いんじゃないわよ。ただ言いようもない理不尽な現実に打ちのめされてるのよ……」
「ほえ?」
亜理紗の言葉に首を傾げる由衣。
「……さっき土神先輩たちと話してた、赤くて長い髪の人見た?」
「いたねー。おにーさん、私とありちゃん以外にも中等部の知り合いがいたのかなー?」
陽菜が体操服を着ていたので中等部の生徒だと勘違いした由衣がそんなことを言う。
遠目だったことに加えて陽菜は蒼芽と背丈が大して変わらないのでそう見えたのだろう。
しかし亜理紗が気にしているところはそこではない。
「由衣、アンタは気にならなかったの? 遠目からでも分かるあの人の超巨乳を!! 同じ中等部で何であそこまで差が出るのよ!! 何よ、何を食べたらあんなに育つわけ!? 半分とは言わないわ、せめて1割でも私に分けてよ!! ブラいらずの生活から脱却させてよ!! 『あー胸が大きすぎて肩が凝っちゃうわー』とか私だって言ってみたいのにいいいぃぃぃ!!」
血の涙を流しそうな勢いで叫ぶ亜理紗。
その叫びは魂の底まで響き渡りそうな念の籠ったものであった。
「えー? ありちゃんまだブラ着けてないのー? 私この前おねーさんと買いに行ったよー?」
「無邪気に心を抉るのやめえええええぇぇぇい!!」
悪気の無い由衣の言葉が亜理紗に追い打ちをかける。
ちなみにここは遮るものが何も無いグラウンドなので周りの生徒に丸聞こえなのではあるが、由衣と亜理紗のこのド突き合いの漫才のようなやり取りはいつものことなので誰も気にせずスルーするのであった。
守護異能力者の日常新生活記
~第4章 第22話~
「……という訳で土神先輩、キリキリ吐いてもらいますよ! あの赤くて長い髪の人はどこの誰なんですか!?」
「『という訳で』も何も、いきなりこっちに来てそんなこと言われても意味が分からん」
競技の合間に観客席に乗り込んできて意味の分からないことを言い出した亜理紗を修也はめんどくさそうにあしらう。
「もうっ! 行間位読んでくださいよ! これからの時代、それくらいできなきゃコミュニケーションは成り立ちませんよ!」
「……そんなもんなの、蒼芽ちゃん?」
「いやぁー……流石にそれは……」
亜理紗の言い分に対して修也は蒼芽に意見を求めるが、その蒼芽は困り顔で言葉を詰まらせる。
コミュ力の塊である蒼芽がそんな反応をするということは、これは亜理紗が勝手にそう言ってるだけなのだろう。
「で、あの人は何年何組の誰なんですか!?」
「いや……そもそもあの人中等部の生徒じゃないぞ。もっと言うなら学生ですらない。俺のクラスの担任だ」
「……はい? 土神先輩、冗談は休み休み言ってくださいよ。高等部の先生が中等部にいるのは学校側の都合なのかなー……とまだ分かるとしても、何で体操服着てるんですか。しかもブルマで。100歩譲ってジャージとかでしょうに」
「……それがあの人の趣味なんだよ」
「いやいやいやいや、そんな風変わりな趣味持ち合わせてる人が世の中にいるわけ……」
「いるんだなー、それが」
「うひゃぁっ!?」
修也の説明に亜理紗が眉をひそめていると、突如真横から陽菜が現れた。
そのことに亜理紗は驚いて飛びのく。
「いやーそれにしてもまさか女子中学生に間違われるとはねぇ。10歳も若く見られるなんて私もまだまだ捨てたもんじゃないね!」
そう言って何故か得意気に胸を張る陽菜。
「いつから聞いてたんですか先生」
「土神君がこの子に絡まれてた辺りからかなぁ」
「最初からってことじゃないですか」
「それは置いといて土神君、中等部でまで可愛い女の子を2人も引っ掛けたのかい?」
そう言って亜理紗と一緒についてきていた由衣を見る陽菜。
「人聞きの悪いこと言わんでください」
「じゃあ何でそんなに親しげなのさ? 君の醸し出す魅力で引き寄せたとしか思えないでしょうが!」
「あるかそんなもん!」
「………………」
「……先生?」
「…………土神君、それは良くないよ」
それまでは完全におふざけ口調の陽菜だったが、修也の言葉を聞いてすっと真面目な顔になる。
「……え?」
「君は自分をやたらと卑下する傾向にある。多分今までの生活習慣が原因でそれが癖になっちゃってるんだろうね。君の悪い癖だ」
「あ、はい。それは私も思ってました」
陽菜の指摘に蒼芽が頷く。
「自信過剰なのも考え物だけど、卑屈になりすぎるのもどうかと思うよ。君を高く評価してくれてる人に失礼ってものだよ」
「俺を高く評価してくれる人……」
「いないとは言わせないよ? 少なくとも私は君を高く評価してるつもりさ。クラスの皆だって土神君を良く思ってるはずだよ」
「もちろん私もです! 詩歌や姫本先輩だってきっとそうですよ」
「私もー!」
陽菜の言葉に蒼芽と由衣が続く。
「私は土神先輩と知り合ってまだ数日しか経ってませんが、それでも悪い人や嫌な人には見えませんね。由衣がこれだけ懐くってのがその根拠です」
亜理紗も陽菜たちに同意のようだ。
(…………でも…………俺は……)
修也はどうしても引っ越してくる前の、厄介者扱いされるようになったきっかけの出来事が頭の中から消えてくれない。
蒼芽と紅音はともかく、他の人は修也の『力』のことを知らない。
皆のことを疑いたくはないが、万が一という可能性は捨てきれないのだ。
「ぶっちゃけてしまうとだね、私は君の過去には興味が無いっ!」
「ホントにぶっちゃけてきたな!?」
そんな修也の心情を察したのかどうかは分からないが、仁王立ちで堂々とそう宣言する陽菜。
あまりにも潔い発言に修也は度肝を抜かれる。
「既に起きてしまった変えようの無いことを今更グチグチ言ったって仕方ないでしょ。それよりも大事なのは今と未来だよ」
「今と未来……」
「そっ! 過去は変えられないけど未来はいくらでも変えられる。そして未来を変えるのに必要なのは今なんだよ。転校してきたことで君の環境は大きく変わった。舞原さんをはじめ、色んな人が君の周りに集まるようになった。そして君の行動に感銘を受けて慕う人も多くなったでしょ? この天然人たらしめドチクショウがっ!!」
「何で急に暴言になってんですか」
良い話っぽかったのに最後の最後で台無しである。
ただ陽菜の言葉には考えさせられるものがあった。
(大事なのは今と未来……か)
以前蒼芽も似たようなことを言っていた。
過去を無かったことにすることはできないが、未来は今から好きなように創ることができる。
そして蒼芽とならきっと明るい未来を創ることができる。
その為に大事なのは過去ではない。今なのだ。
「……という訳でだ、土神君。私にその魅力を少しでも良いから分けておくれよ! 私だってブルマ女子に囲まれてキャッキャウフフしたいんだよおおおぉぉぉ!!」
「そんなことしてねえええぇぇぇ!!!」
さっき以上に真面目な顔をして修也に詰め寄ってくる陽菜。
結局最後に盛大にオチをつけるいつものパターンか、と修也は内心ため息を吐くのであった。
「……あれ、そういや結局長谷川は何の用でこっちに来たんだ?」
次に由衣たちが出る競技が始まる時間が近づいてきたので帰っていった由衣と亜理紗の背中を見送りながら、そんな疑問が修也の口を突いて出た。
「さぁ……藤寺先生に何か用事があったみたいですけど……」
「面識無かっただろうに何で?」
「聞きたいことでもあったんでしょうか? 高校の先生と話す機会なんて今はそう無いでしょうし」
「私がブルマを愛する500の理由が聞きたかったとかかな?」
「いやそれは絶対違う…………ってかそんなにあんの!?」
陽菜の意見を一蹴しようとした修也だが、内容の突拍子の無さに素で驚いて聞き返してしまった。
「もちろん! というかこれでも絞ったんだよ? 学生時代は優実や瀬里とこれで夜通し議論をしたものさ」
「えぇ……高代さんはともかく、七瀬さんまで何やってんの……」
「あ、優実は基本聞いてるだけで毎回途中で寝落ちしてたよ」
「良かった……七瀬さんはまだ普通だった」
「あ、あはは……」
心の底から安堵のため息を吐く修也と苦笑する蒼芽。
優実にはこれからも良識的な大人でいて欲しい。
修也は切にそう願う。
「ところで土神君たちはお昼はどうするの? 中等部にも学食とか購買はあるし今日も営業してるから、お弁当とか無いならそこで買うと良いよ」
「あ、ありがとうございます」
陽菜の言葉に頭を下げて礼を言う蒼芽。
「そんじゃねー。またさっきの長谷川さん……だっけ? が来たら何の用事だったのか聞いといてよ」
そう言って陽菜はスタスタと歩いていった。
「……ではどうしますか修也さん? 中等部の購買とかなら私何度も行ったことあるので案内できますよ?」
「それじゃあ購買で何か買って由衣ちゃんたちと食べるか」
「そうですね、それが良いと思います」
「その前に由衣ちゃんの出る競技を見ていくか。次は何だ?」
「えーっと……100メートル走ですね」
蒼芽が受付で貰ったパンフレットを見ながら答える。
「おっいたいた。頑張れ由衣ちゃーん」
入場門から既定の待機位置に移動する由衣を見つけて声援を送る修也。
普通の声量なので当然遠くにいる由衣には聞こえない。
由衣たちが全員待機位置に着いたことで競技がスタートした。
由衣は座って先に走るチームメイトを応援しているようだ。
そしてついに由衣の番がやってきた。
「位置についてー、用意……」
そう言ってスターターの教師が笛を吹いた瞬間……
「……え?」
由衣は既にスタートラインの1メートル程前を走っていた。
「速っ!? 由衣ちゃんスタート速すぎ!!」
由衣のスタートダッシュの速さに観客からもどよめきが起きる。
隣のコースを走っている子も驚いた表情で由衣を見ていた。
「見てください修也さん、由衣ちゃん他の子とどんどん差をつけていってますよ!?」
蒼芽の言う通り、由衣が速いのはスタートだけではなかった。
そこからの加速も非常に速く、結局2位以降との差を全く縮められることなくゴールしたのだ。
その圧倒的なレース結果に観客席だけでなく生徒の待機席からも歓声が巻き起こる。
「……なぁ蒼芽ちゃん、由衣ちゃんってあんなに足速かったのか?」
「いえ、私も知らなかったです……」
唖然としながら尋ねる修也に対して、蒼芽もまた唖然とした表情で答える。
「あっ、でもあのスタートダッシュは修也さんにもできるんじゃないですか? ほら修也さん目が良いですし」
「そりゃまぁできるかと問われたらできるだろうけど……」
確かに動体視力と反射神経が人並み外れた修也なら笛の鳴るタイミングを先読みしてスタートダッシュをかける位はできるだろう。
しかし……
「それ何のフォローにもなってないぞ蒼芽ちゃん」
「あ、あはは……ですよねー……」
修也の突っ込みに苦笑する蒼芽。
それに修也ができるのなら由衣もできてもおかしくないという理屈にもならないだろう。
「……ま、まぁ由衣ちゃんが実は運動神経良くてビックリした……で片付けて良い話だと思いますよ?」
「……確かに。失礼かもしれんが由衣ちゃんって意外とハイスペックだなぁ」
由衣は銃弾すら見切り背後の攻撃も察知できる修也に気配を全く感じさせない。
先日の塔次のなぞなぞも正解を即答して見せた。
そして今目の当たりにした足の速さ。
もしかしたらとんでもないポテンシャルを由衣は秘めているのかもしれない。
「……まぁそれはそれで置いておこう。購買に案内してくれ蒼芽ちゃん。昼食になるものを買いに行こう」
「あ、はい」
ただ先程蒼芽が言ったように、これは『由衣は実は結構凄い』で片付けても何の問題も無い話だろう。
そう気を取り直して修也は蒼芽に中等部の購買への案内を頼むのであった。
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