ちょっとひと悶着あったが修也たちはほぼ予定通りボウリングを始めることにする。
「えぇっと……靴を履き替えた後はボール選びか……」
自分が普段履いている靴と同じサイズのボウリング用シューズに履き替えた後、修也はボールが置かれているスペースに足を向ける。
「…………さて、どのボールが良いんだ?」
修也はボウリング初体験なので当然ではあるのだが、どのボールが自分に合うのか分からない。
書かれている数字が大きいほど重いのは分かるが、どれくらいが最適かまでは判別の付けようが無いのだ。
「んー…………まぁ試しにやってみて合わなきゃ替えれば良いか」
色々と持ってみた結果、重すぎもせず軽すぎもしない12ポンドのボールを修也は手に取る。
「お、土神は12ポンドか。なら私もそれくらいにしとくか」
それを見ていた瑞音が修也と同じ12ポンドのボールを掴む。
「いや別にボールの重さでアドバンテージは決まらんと思うが」
「なぁにどのみち私にはこれくらいがちょうど良い」
そう言って簡単にボールを持ち上げる瑞音。
普段から鍛えているだけあって本当にこれくらいはどうということは無いようだ。
「おにーさーん…………ボールが重くて全然持てないよー……」
その後ろで由衣が必死にボールを持ち上げようとしていた。
しかしボールはピクリとも動かない。
「いや由衣ちゃんそれ15ポンド! そりゃ重いって!!」
由衣が持とうとしているボールに書かれている数字を見て、修也は慌てて止める。
「ほえ? そーなのー? 数字が大きい方が良いと思ったんだけどー……ねーねーおにーさん、15ポンドってどれくらい重いのー?」
「え? えっと……1ポンドは何グラムだったっけ……?」
「453.592グラムだ。だから15ポンドでは約6.8キロとなる」
修也が考えている横で塔次が回答を出す。
「あ、そんなもんなのか。数字にしてみると意外と重い感じはしないな」
「ただ片手で……さらに言うなら指3本で持つ以上数値以上の重さを感じるはずだ」
「まぁ、確かに……」
それに加えて由衣のような小柄な女の子ではさらに厳しいことになるだろう。
流石に力は修也が近くにいようともブーストはかからないようだ。
「由衣ちゃん、無理しないで私と一緒のこれにしよう?」
そう言って蒼芽は自分の持っている9ポンドのボールを由衣に見せる。
「…………あっ! これなら持てるよー!」
9ポンドのボールを持ち上げられたことで表情が華やぐ由衣。
「良かったね、由衣ちゃん」
「うんっ!」
ボールを持てただけで嬉しそうにしている由衣を見て修也たちは微笑ましさを感じる。
「……おっ、あったあった」
そこに戒がやって来て、今由衣がどれだけ頑張っても持ち上げられなかった15ポンドのボールを掴む。
そして何でもないかのように軽々と持ち上げた。
「うわーすごーい! あんなに重いボールをひょいっと持ち上げちゃったよー!」
「……よくもまぁ15ポンドを軽々と……」
そのことに由衣は純粋に尊敬の眼差しを、修也は呆れと感心が半々の視線を送る。
「むしろこれくらい重さが無いと持った気にならないんだよなぁ」
「どれだけ鍛えてるんだよお前は」
素の表情でそう呟く戒に修也は半眼で突っ込みを入れるのであった。
守護異能力者の日常新生活記
~第5章 第28話~
「そらっ!!」
戒は15ポンドのボールを軽々と振り上げ、ピンに向かって転がす。
勢いよく放たれたボールは10本のピン全てを弾き飛ばした。
「よっしストライク!」
「お見事です、戒さん」
「へへ、ありがとうございます美穂さん」
ストライクを取った戒に惜しみない称賛の声をかける美穂。
「……と言うかさっきからストライクしかとってないぞアイツ」
「流石と言うか何と言うか……」
「本当にボウリングやるの今日が初めてなのかしら」
その様子を修也と彰彦と爽香が見ながら呟く。
「そういや今回は土神は本当に普通だな」
「あ、そう言えばそうね。ソフトボールの時はなんだかんだ言って良い成績出してたけど」
修也のスコアを見ながら呟く彰彦とそれに同調する爽香。
確かに修也のスコアは高すぎず低すぎず、まぁこんなものかと思わせるような何の変哲もないものだった。
「前から言ってんだろ。俺が自信あるのは反射神経と動体視力で身体能力は割と普通だって」
ボウリングには動体視力も反射神経も必要ない。
さらに言うなら個人競技なので、動きを見て先読みしても何の意味も無い。
ソフトボールの時は目立たないように敢えて抑えていた修也だが、今回は本当に普通なのである。
「何と言うか意外ですねぇ。土神先輩はなんだかんだ言っても霧生先輩とは別ベクトルで活躍しそうなのに」
「いや今回は正真正銘ホントに普通。変に力をセーブしたりもしてないし」
「それでも全体の上位にいるのは流石です修也さん」
規格外過ぎる戒はさておいて、それでも修也はそこそこ上位の成績を残している。
普通とは言うものの身体能力はそれなりにある方なので初めてにしては悪くない成績だ。
そんな修也のスコアに近いのは瑞音と千沙だ。
「ククク……やはり私のライバルなだけはある。ここでも競り合うとはな……!」
「おいおいなんかスッゲェ悪役っぽい顔になってるぞ相川」
「おっとすまねぇ」
「それに張り合うなら俺よりも霧生じゃないのか。あっちの方がスコア高いぞ」
「あのなぁ土神、勝負ってのはある程度実力差が近くないと面白くねぇんだよ。あそこまで行っちまうと勝負を挑む気にもならねぇ」
「まぁ……確かに」
全てストライクを取っている戒相手ではどう頑張ったって引き分けに持ち込むのが関の山だ。
勝負を避ける瑞音の気持ちも分かる。
「じゃあ氷室先輩もやっぱり霧生先輩には太刀打ちできませんか」
「体を使う領分においては霧生の独壇場だ。そこで勝てずとも思うことは無い」
「なんかつまんないですねぇ……それをひっくり返すのが面白いと思うんですが」
「スポーツものの少年漫画じゃねぇんだからよ……」
不服そうに口をとがらせる亜理紗に突っ込む修也。
「それに単純なスコアでは遠く及ばずとも魅せるプレイというものは可能だ。例えば……」
そう言って塔次が例を出そうとした時、ちょうど順番だった由衣がボールを投げる。
ボールはレーンの真ん中を転がっていったのだが、勢いが無かったせいなのかピンが割れて残ってしまった。
「あー……どーしよーおにーさん。変な残り方しちゃったよー」
「うわぁ隅の2本だけ残ったか……これは難しいぞ由衣ちゃん」
「そうですね……せめて1本だけでも倒すようにした方が良いんじゃない?」
「いや、諦めるのはまだ早いぞ平下さん」
残ったピンを見て妥協案を出す修也と蒼芽に対して塔次は首を横に振る。
「ほえ? そーなのー?」
「ここからでもスペアを取りに行くことは十分可能だ」
「そりゃまあ理論上はな。でもメチャクチャ難しいんじゃないか?」
「理論上可能であるならば諦めるのは早計というものだ」
「いやそれこそ少年漫画のノリじゃないですか」
「それより平下さん、次の一投を俺に任せてもらえないだろうか? 次の俺の番の時に投げて良いから」
「うん、良いよー」
塔次の言葉に由衣は頷いて場所を譲る。
「ありがとう平下さん。それでは……」
由衣に礼を言い、塔次は鋭い目つきで構える。
そして静かに投球動作に入り、音もなくボールを投げた。
塔次の投げたボールは左側のピンの右側を転がっていく。
このままではどちらのピンも倒せず終わる……
かと思われたが、ボールの軌道は途中からどんどん左へ曲がっていった。
そしてそのボールは左側のピンの右端を捉える。
ボールに弾かれたピンは壁にぶつかって跳ね返り、反対側のピンにぶつかった。
その結果右側のピンも倒れ、見事スペアとなった。
「ふっ……どうだ? 理論上可能なら挑む価値は十分にあるであろう?」
「うわーすごーい! 氷室おにーさんあれを倒しちゃったよー!」
得意気に笑って見せる塔次を素直に賞賛する由衣。
「いや確かにアレはスゲェな……プロでも難しいって聞くけど」
「あくまでも『難しい』のであって『不可能』ではない。ただまぁ俺としても絶対の自信があったわけではないがな」
塔次はそう言うものの、その表情からは失敗など全く予想していなかったように見て取れる。
「どうだ長谷川、霧生のようなパワープレイではないがこれも十分魅せるプレイと言えるだろう?」
「………………はっ!? いやいやなんてことやらかしてるんですか氷室先輩! あんなことをいともたやすくやられたらプロボウラーの立場が無くなっちゃうじゃないですか!!」
しばらく塔次のことをボーっと見つめていた亜理紗だが、呼びかけられたことに少々間を開けて気づいて慌てたように食って掛かる。
「さっき言ったであろう、理論上可能であるならば無理と切って捨てるのは早計だと。ずぶの素人でもできる可能性はある。もちろん高くは無いがな」
「その高くはない可能性をがっちり引き当ててることがおかしいんですってば!!」
「理論が出来上がればその理論通りになぞれば良いだけではないか。簡単だろう?」
「どこぞの絵画教室の番組の人が言う『ね、簡単でしょう?』以上にアテになりませんよそれ!!」
「コアな番組知ってんなぁ長谷川……俺ネタでしか知らないのに」
「あ、私知ってるし見たことあるよ。凄いんだよあの人、とんでもなくハイレベルなことをいとも簡単にやっちゃうんだから。私も絵は描くけどあそこまでは無理だよ」
「…………あ、そう言えば先輩の趣味って絵を描くことだったっけ。すっかり忘れてたや」
初めて華穂と出会った時にそんな話をしたことを修也は思いだす。
話に出ただけで実際に見せて貰ったことは無いのですっかり記憶の彼方に飛んでいたのだ。
「でもハイレベルなことをいとも簡単にやってのけるというのは修也さんもじゃないですか」
「あ、確かに。じゃあやっぱり土神くんも凄い人ってことだね!」
「いや流石にその話のつなげ方は無理がある」
やや強引な蒼芽の話題転換に待ったをかける修也。
「えー、おにーさんは凄い人で合ってるよー?」
「そ、そうです……! せ、先輩は……凄い人、ですよ……」
そんな修也に由衣と詩歌が異を唱えてくる。
「う、うーん……そう言ってくれるのは嬉しいんだが俺としてはそんな変に持ち上げられるのは何か落ち着かない……」
「はっはっは、細けぇこと気にすんなよ兄さん! そういうのは胸張ってどっしり構えてりゃ良いんだよ!」
「無駄に男らしいな新塚……」
豪快に笑い飛ばす千沙を見てある意味羨ましさを修也は感じる。
「千沙の言う通りだぜ土神。霧生を見てみろよ、小さいことを気にせず我が道を突き進んでるじゃねぇか」
「それはただアイツが馬鹿ってだけじゃねぇのか」
「まぁそうとも言うが」
「おいぃ!?」
「あははははは!!」
良い感じに話にオチが付き華穂の爆笑を誘う。
こっちに引っ越してきてからというもののこういうやり取りが数多く行われてきた。
年齢・性別・性格・思考それぞれがこれでもかという程バラバラなのにこうやってひとつの場に集まって仲良く遊んでいる。
修也にとってそれはまさに奇跡に等しい。
(皆色々クセは強いけど……良いやつらばっかりだよな)
改めてそう認識する修也。
(…………でも、だからこそ…………心苦しくなる)
周りの和気藹々とした空気とは裏腹に修也の心にはわずかながら陰りが出始める。
修也は未だに蒼芽と紅音以外には『力』のことを話していない。
これだけ打ち解け気軽に関わり合いになれる関係になっても『力』のことを話すのには抵抗があるのだ。
引っ越してくる前も『力』のことが知れ渡った瞬間に修也への周囲の見方は一変した。
それまで何事もなく享受していた日常は霞の如く消え去ってしまった。
あの時感じた恐怖は未だに修也の脳裏にこびりついている。
今のこの町ではそうならないかもしれない。
だがまた同じことが起こる可能性が全く無いわけでもない。
むしろなまじ今の修也の評価が恐ろしく高い分、あの時よりも落差が激しいかもしれない。
蒼芽は何があっても修也の味方と言ってくれてはいるが、それはつまりもしもの場合は蒼芽にもあの時の思いをさせるということになる。
修也としては絶対にそんなことはさせたくない。
そんなことになるくらいなら全てを捨ててこの町から出ていく。
修也は本気でそう覚悟していた。
蒼芽は修也にとって大事な人だ。
『力』のことを知っても態度が全く変わらず側にいてくれた。
だからこそ……
「おーい土神、次お前の番だぞー」
「っ! おぉ悪い悪い」
彰彦にそう声を掛けられ修也は思考を中断する。
(……もしもの時を考えても仕方がない。今まで通り『力』のことは隠しつつ日常生活を送っていこう)
改めてそう心に決めて修也は自分のボールを持って構える。
「おにーさん頑張ってー!」
由衣の声援を受けながら修也はボールを静かに投げる。
真ん中よりやや右側から投げられたボールはじわじわとレーンの真ん中に寄っていき、先頭のピンの斜め前にぶつかる。
そしてそのまま次々と他のピンを倒していき、最終的に全てのピンを倒した。
「すごーい! おにーさんストライクだよー!!」
「やるじゃねぇか土神! 私も負けてらんねぇな!!」
それを見ていた由衣や瑞音から歓声が上がる。
「ははは、うまく決まって良かったよ」
軽く笑いながらそう言って控えのベンチに戻る修也。
「……………………」
……そんな修也のことを蒼芽はじっと感情を抑えたような目で見つめていた。
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