「あ、ありがとうございましたー……」
微妙に引きつった笑顔で食事を終えた修也たちを見送ってくれたウェイトレスのお姉さん。
レジの会計も注文を取りに来たウェイトレスのお姉さんがしてくれた。
なのであの戒と美穂の注文も知っているのだろう。
……そしてそれが見事に全て残さず食べられたことも知っているのだろう。
(……やっぱり何も知らなかったら驚くよなぁそりゃ)
戒はまだ分からなくもないが、美穂のような女性がメニュー1ページ分の料理を全て食べられるなどにわかには信じがたい。
その美穂がスタイル抜群であるなら猶更である。
「ご馳走様でした、とても美味しかったです。詩歌さんのお料理に比べるとどうしても見劣りしますが……いえ、この場合は味劣りと言う方が正しいのでしょうか?」
「そりゃそうですよ。詩歌の料理が全国チェーン店で使われる量産型の料理になんて負ける訳がありませんから」
「いや何で爽香が偉そうなんだよ」
美穂の言葉に自慢げに胸を張る爽香を窘める彰彦。
「……さて、これからどうすっかなぁ……?」
昼食後の予定は特に考えていなかったので修也は考える。
「なんだよ何も考えてなかったのかよ土神」
「自慢じゃないがこうやって多人数で遊びに行くことを計画したことなんて生まれてこの方一度も無いからな」
「本当に自慢にならないわね……」
戒の言葉にしれっと返す修也を呆れた目で見る爽香。
「それだったらアミューズメントパークにでも行く? うちから車出すから電車の混雑の心配は無いよ」
「それも良さそうだけど……俺が行ったらまたあのオーナーが顔出して来たりしないか?」
「さ、流石に1日2回は……」
「あー、あるかもね」
「あのおじ様ならやりかねません」
華穂の提案に懸念を示す修也。
蒼芽的にそれは無いと思っていたのだが、姫本姉妹的にはありえなくはないという考えらしい。
「ま、その時はその時だよ。別に土神くんが損する訳じゃないんだから良いんじゃない?」
「いや、なんつーか……気苦労がハンパないんだよ。俺なんかの為にここまでしてもらうのは申し訳ないというか……」
「それだけ土神さんに感謝しているということなのでしょう。遠慮しなくても良いのではないでしょうか」
「う、うーん……」
修也はただ言いがかりとしか言いようがない恨みで襲われてそれを返り討ちにしただけだ。
アミューズメントパークを救ったのはいわばオマケのようなもので、それを恩に思われても困惑するしかできない。
たとえそれがオーナーの生活の根幹に関わる重要なことであったとしてもだ。
「と言うかその前に13人も乗れる車なんてあるんですか?」
修也が頭を悩ませている横で亜理紗がそんな疑問を口にする。
確かに普通の車なら運転手を除いて5人が良いところだ。
ワゴン車でも8人くらいが限界だろう。
「それは大丈夫。うちはマイクロバスも所有してるから」
「もちろんそういった車を運転する為の免許を所有している人もいます」
「もしかして御堂さんですか?」
「うん、そうそう」
蒼芽の疑問に頷く華穂。
「ちなみに御堂さんはあらゆる乗り物の免許を取得しています。船やヘリコプターの操縦もできるんですよ」
「スゲェな、御堂さん……」
御堂の意外な一面を知って舌を巻く修也であった。
守護異能力者の日常新生活記
~第5章 第30話~
「……うん、今から来てくれるってさ。でも流石にちょっと時間かかるみたい」
電話を終えた華穂がそう言う。
「まぁそれは仕方ない。急なことだし来てくれるだけでもありがたい話だよ」
「でもそれまでの間何するの? 流石に何もせず待ってるのはもったいない気がするけど」
「じゃあ師匠! あたしに稽古つけてくれよー!」
「いやこんな町中で無理言わないでくれよ。しかも服装的にも向かないだろ」
爽香の質問に対して千沙がそんな提案をするが戒は首を横に振る。
「えー? でも土神の兄さんは制服で立ち合いに付き合ってくれたぜー?」
「それは土神は服装に囚われず立ち合える格闘スタイルだからだろ」
「それ以前にスカートでやるのはやめなさいと前にも言ったでしょーが!」
今日の千沙は膝にかかるくらいの丈のスカートである。
激しく動かない限り中が見えるということは無いだろうが、千沙の場合その『激しく動く』ことが普通にあるのが問題なのである。
「……あれ? もしかしてそこにいるのは土神先輩と霧生先輩ですか?」
「……ん? あ、やぁ陣野君じゃないか」
千沙と亜理紗が言い合いをしている横から別の声が掛かってきた。
修也が振り返るとそこには陣野君が立っていた。
その横には佐々木さんもいる。
「こんにちは佐々木さん。今日も陣野君とデート?」
「うん、せっかくのお休みだしね」
「そ、そうなんだね……」
クラスメートである蒼芽と詩歌が佐々木さんに話しかける。
「お久しぶりです。お元気でしたか?」
そこに佐々木さんと面識のある美穂も2人に加わった。
「あ……は、はいっ! その、私の事覚えていてくださったんですか?」
「もちろんです。貴女のような可愛らしい方を忘れる訳が無いでしょう?」
自分のことを覚えてくれていたことに感激する佐々木さんに対して柔らかく微笑みかける美穂。
ただのチャラい男が言いそうな浮ついたセリフも美穂が言うとやたらと様になって聞こえるから不思議だ。
「先日お会いした時もデート中でしたが、とても仲がよろしいのですね」
「は、はい。以前土神先輩に『デートはお互いを知るための手段』というお言葉を頂いたので」
「……いやあの、そこまで重く受け止められてもリアクションに困るんだけど……」
佐々木さんの言葉に対して頬をかきながら修也はそう答える。
「という訳なので陣野君のことをもっと知るためにできる限りデートするようにしてるんです」
「おぅおぅ愛されてんなぁ陣野君」
「え、えへへ……」
揶揄うような戒の口調に照れ笑いで誤魔化す陣野君。
「陣野君の好きな食べ物は何なのかとか今のマイブームは何かとかどの角度から見たら一番映えるかとか自分の家の部屋にいる時は主に何してるかとかいつもは何時くらいに寝るかとかお風呂に入る時間はどれくらいかとか」
「佐々木さん?」
始めはまだ分からないでもないが段々不穏になってきたことに修也の頬が引きつる。
「佐々木さん……好きな人の事なら何でも知りたいって気持ちは分からなくもないけど……程々にしといた方が良いと思うな……」
蒼芽も修也と同様少々頬を引きつらせながら窘める。
「え、そぅ?」
「うん、佐々木さんだってプライベートなことを詮索されるのは良い気分しないでしょ?」
「うーん……陣野君だったら別に良いかなって思うけど……」
「あ、そうなんだ……」
素でそう答える佐々木さんに蒼芽は半分呆れ気味に返す。
(いや蒼芽ちゃん、君はあまり人の事言えないと思うが)
そんな蒼芽の様子を見ながら修也は心の中でそう呟く。
蒼芽も割とプライベートなことをオープンにする傾向がある。
それは同じ家に住んでいる修也に対してだけかもしれないが、堂々と佐々木さんに指摘できる立場であるのかは微妙なのではないかと修也は思う。
「ところで土神先輩たちはこんな大勢で何をしてたんですか?」
「ん、あぁ俺たち? 午前中ちょっとボウリングで遊んでて、これからアミューズメントパークに行こうかってところ」
「え、今からですか? 電車物凄く混むんじゃあ……?」
「御心配には及びません。今私の家から車を出してもらっている所です。それを待っているのですよ」
修也の言葉に電車の混雑を懸念した佐々木さんだが、それに美穂が優しく答える。
「凄い……! 流石土神先輩ですね!!」
「え、いや何でそこで俺が凄いことになるの?」
それを聞いて瞳を輝かせる陣野君に素で突っ込む修也。
「だってこんな大人数を乗せられる車を用意できる人と知り合いなんですよ? 凄いじゃないですか!」
「いやそこは素直に車を用意できる華穂先輩と美穂さんが凄い、で良いじゃないか」
「いやいや凄いのはそれを可能にする財力を持ってる両親たちだよ。私たちは凄くもなんともないよ」
「ええ、私たちは両親祖父母の恩恵にあやかっているだけです」
「あーもう面倒くさいですね……全員凄いで良いじゃないですか!」
功績の押し付け合いをする修也たちを見て亜理紗が割って入ってくる。
「じゃあ長谷川、お前も凄いってことで良いんだな?」
「えっ? 私も入るんですか?」
「そーだなー、人前で何の意味も無くパンツ晒せるとかスゲーよなー」
「そーそー、黄色いしましまのパンツをねー」
「いつまで掘り返す気よそれ! それに千紗、アンタにだけは絶対に言われたくないわよ!! アンタ普通に上段回し蹴りでパンツ晒してたじゃないのよ!」
「あたしには集中力の撹乱というちゃーんとした意味があるから良いんだよ」
「んな訳あるかー!!」
そう言ってやいのやいのと騒ぐ中学生組。
「………………」
その様子を陣野君はじっと見ている。
「ん? どうした陣野君。由衣ちゃんたちをじっと見て」
「あ、いえ……あのピンクの髪の子なんですけど……」
修也の問いかけに陣野君はそう言いながら千紗に視線を送る。
「…………僕より背が高いなって…………」
「あ、あぁー……」
どんよりと陰がさす陣野君に修也の言葉が詰まる。
陣野君は蒼芽や詩歌よりは背が高いが、瑞音や華穂よりは低い。
そして千紗は華穂とほぼ同程度の身長だ。
つまり陣野君は千紗よりも背が低いことになる。
「相川先輩や姫本先輩も僕より背が高いですけど、年上だからということで納得できるんです。でもあの子は中等部ですよね? ということは年下で……」
「あー……まぁこういうのは人それぞれな訳で……」
流石に修也も背の高さについて助言することはできない。
特に今まで気にしたことが無いのでどうすれば大きくなれるかなどアドバイスのしようがないのだ。
「だーいじょうぶ大丈夫、小さいことは気にすんな! そんなこまっけぇこと気にしてる方が大きくなれないぞ!」
そんな陣野君の肩を叩きながら豪快に笑い飛ばす戒。
「そ、そうだよ陣野君。それに私は陣野君の背丈がどうとか気にしないよ?」
そう言って佐々木さんは陣野君の手を取って説得する。
「佐々木さん……ありがとう。それに霧生先輩と土神先輩もありがとうございます。そうですね、人と比べること自体が間違いですよね」
どうやら修也たちの説得は成功したらしい。
先程よりも陣野君の目つきが良くなっている気がする。
「にしても、こうやって陣野君に色々教えを説くのも何度目かなぁ? うざかったりしてなきゃいいんだけど」
「そんなとんでもない! 土神先輩の教えは全て心に留めてあります!」
「あ、いやそんな大層なことは言ってないような……」
「そんなことはないですよ! 私も土神先輩のお言葉はきちんとまとめてファイリングしてます。……陣野君観察記録書に比べたら冊数は少ないですけど」
「佐々木さん?」
ボソッと佐々木さんが呟いた言葉に再び修也の頬が引きつる。
「あっそうだ! ねえねえ、せっかくだったら君たちも一緒にアミューズメントパークに行かない?」
そう言って華穂が陣野君たちに誘いをかける。
「え? でもお邪魔になってしまうんじゃあ……」
「大丈夫、2人くらい増えたってどうってことないよ。車の席も余裕あるし」
「それに入場料の問題も大丈夫だ。ここだけの話にして欲しいんだが、俺とんでもないフリーパス持ってるんだ。期間無制限で何人いても適用されるっていうな」
「す、凄い……! 土神先輩程にもなるとそういうのも持てるようになるんですね!」
「いや、俺程というか……」
「でも修也さんがやったことの結果なのは間違ってないですよね?」
「う……」
目を輝かせる佐々木さんから視線を外して誤魔化そうとする修也だが、蒼芽に追撃され何も言えなくなる。
「で、どうかな? 向こうに着いたら自由行動ってことで2人で遊んでも良いし」
「もちろん無理にとは言いませんので都合が悪ければ遠慮無く仰ってください」
改めて誘いをかける華穂に合わせて美穂が補足する。
「そ、それじゃあせっかくだしご一緒させていただきます。佐々木さんもそれで良い?」
「うん、陣野君がそう決めたなら私はついて行くよ」
華穂の誘いを受けた後に佐々木さんに確認する陣野君。
佐々木さんも特に不満は無いらしく普通に頷いた。
「……土神先輩、ありがとうございます」
「……え、なんでお礼言われたの俺? フリーパスの件なら言い方はアレだけどついでみたいなもんだし」
突然礼を言い出した佐々木さんに疑問を呈する修也。
「あ、いえそうではなく……この前陣野君に自分の意見をちゃんと主張できるようになれって言いましたよね?」
「あ、あぁー……そんなこと言ったこともあったような」
「それから陣野君、私の意見を聞いた上で自分の意見も言うようになったんです。それまでは全部私の意見だけを通して自分の意向は無かったので」
そう言う佐々木さんの表情は嬉しそうである。
佐々木さん的には付き合うならお互いの意見を出し合って行動を決めたいという考えらしい。
「そうやってお互いの考えを擦り合わせて理想の形を探して作っていくって良いですよね」
「まぁどちらか一方だけの意見を通し続けてたら確執が生まれかねないしな」
「……自分好みに調き……教育するのもそれはそれで良いですけど」
「佐々木さん?」
またしても佐々木さんから出てきた不穏な言葉に首を傾げる修也。
(今『調教』って言いかけてたような……言い直してもあまり意味変わってないし)
今回に限らず佐々木さんは時々発言がおかしい。
しかし自分には関係の無い話だし、何より深入りしたくない。
陣野君は別に気にしていない……というか気づいていないようだし、2人の間のことに修也があれこれ口出しするのは違うだろう。
修也はそう自分に言い聞かせてこの問題をスルーすることにするのであった。
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