「やぁ土神君、わざわざ来てくれてありがとう」
放課後、修也は理事長室にやってきていた。
「華穂先輩から話があるって伺いましたが」
「ああうん、でもまぁそんな大層な話じゃないから気を楽にしてもらっても全然構わないよ」
修也の問いかけに対して軽く笑って返す理事長。
「それにしても……うん、やはり聞いていた通りだね。顔つきが少し明るくなってるよ」
修也の顔を見つめながら理事長はそう呟く。
「それオーナーとか藤寺先生も言ってましたが……そんなにですか」
「そうだね。それと君が長年抱え続けてきた悩みというか秘密のことも聞かせてもらったよ」
「えっ……それは、華穂先輩からですか?」
「うん、まぁ……そう言うものがあったという話だけで具体的な内容までは聞いてないけどね」
「そうですか……」
「でもアレだろう? 今学校中で持ち切りになっている、君が実は超能力者だったという話だろう?」
「…………ええ」
これだけ話題になっていたら、たとえ華穂が修也を気遣って伏せていたとしても理事長の耳にも入るだろう。
そしてその話を聞いた理事長の反応次第では……
「まぁそれは置いといて……」
「あ、あれ? 置いといちゃうんですか!?」
理事長があっさりと話題を変えようとしているのを見て修也は呆気にとられる。
「僕も孫が高校生になるくらいまで年を取った。長いこと生きてるとねぇ、それくらいじゃ驚かなくなるんだよ」
「そ、そう言うものなんですかね……?」
「それに土神君がその超能力で問題行動を起こしてるならともかく、むしろ逆で人助けをしてるんだよ? 賞賛こそすれ罰するなんてお門違いも良い所じゃないか」
「…………」
前の町ではその『お門違い』があったので、修也は何とも言えない気持ちになる。
「その力で君には妻と孫娘たちとこの学校の生徒たちだけでなく町の住人まで……」
「あ、すみません。夫人と華穂先輩と美穂さんに関しては『力』は使ってません」
理事長の言葉を遮り修也は情報を訂正する。
理事長夫人が遭ったひったくりに関しては純粋に体術で投げ飛ばしただけだし、華穂と美穂の時も『力』を直接は使っていない。
あの時はむしろ蒼芽を守る為に使ったと言った方が近い。
「おやそうなのかい? まぁ君が数々の功績をあげたのは事実だ。それが君が超能力者だからなんていう理由で覆るわけが無いだろう」
「そう…………なんですかね……」
「もしそんな不届き者がいるなら僕の持てる限りの権力をフル活用して徹底的に潰してやろうじゃないか……ふふふ」
「職権乱用はやめてください、こんなことで」
何やら黒い笑顔を浮かべ始めた理事長を修也は窘める。
「そう、『こんなこと』……なんだよ」
「……え?」
急に表情を緩めてそう言う理事長に首を傾げる修也。
「君は重く考えているようだが僕からすればそのくらいどうと言うことは無い、ただの個性のひとつさ」
「お、おおぅ……流石と言うか何と言うか……言葉に重みと説得力がありますね」
自信満々に言い切る理事長に修也は感服する。
「……そういや蒼芽ちゃんにも似たようなこと言われたことあるな」
「ほほぅ……それはこの前ウチに一緒に来た子のことかな?」
「え? あ、はい」
「良い子じゃないか。大事にしてあげるんだよ?」
「…………そうですね」
理事長に言われ、修也は自分に言い聞かせるようにそう呟き頷いた。
守護異能力者の日常新生活記
~第6章 第2話~
「……で、話と言うのは……」
「あぁそうだった。土神君、先日駅前で鉈を持って暴れてた男を迅速に取り押さえたらしいじゃないか」
「あ、えぇまぁ」
「しかも今回は被害ゼロだって? 素晴らしいじゃないか」
「ただそいつのせいで俺の『力』のことが周りにバレましたけどね……」
「でも君に対する周りのアクションは何も変わってないらしいじゃないか」
「ありがたい限りです。そう言う理事長も全く変わりませんよね」
「さっき言った通り、君が超能力者だからと言って今までの功績が消えてなくなるわけじゃない。君が僕の大事なものを守ってくれた恩人であるということは変わらないんだよ」
やはり人生経験を積んでいるだけあって理事長の言葉はどれも説得力がある。
「話を戻して、その功績を称えて警察から感謝状を贈りたいと学校に問い合わせがあったのさ」
「え」
しかし次の理事長の言葉は現実味が無く修也は耳を疑う。
「えぇと……被害ゼロの事件とも言えない出来事で何故……」
「むしろ被害ゼロに抑えたからだと思うよ。それに今までの功績も含めてるんじゃないかな」
「それにどうして直接俺じゃなくて学校経由で?」
「君の連絡先を知らないからじゃないのかな? でも在籍する学校は知っていたとか。君はもう学外でも有名人だからね」
「んー……」
不破警部や優実は修也の連絡先を知っているが、そのあたりは警察組織として色々あるのかもしれない。
「……分かりました。知り合いに警察官がいますので詳しいことはその人に聞いてみようと思います」
「そうだね、それが良いよ。じゃあもう用事はおしまいだ、帰っても良いよ」
「ありがとうございました、それでは失礼します」
そう言って理事長に頭を下げ、修也は理事長室を後にした。
「…………と言うことらしいんですが本当にそう言う話になってるんですか?」
その後修也はファミレスに足を運び、テーブル席の向かい側に座っている不破警部と優実に問いかけた。
元々先日の鉈男の件で事情を聞きたいという話が来ていたので、ついでに聞いておこうと思った次第だ。
「そうだね、確かに以前からそう言う話は上がっていた。で、今回の事件の報告を受けて正式に決まったって感じかな」
「私と不破警部は土神君の連絡先を知っているけど、いくら組織内とは言え個人情報を本人の許可なく教える訳にはいかないからこういう形になったのよ」
不破警部と優実はそんな修也の疑問に丁寧に答えてくれる。
「にしても感謝状だなんてそんな大げさな……」
「何を言っているんだい、ここ最近頻発しているおかしな事件を全て人的被害ゼロに抑えてるんだよ? 感謝状の10や20は贈って当然じゃないか」
「それは多すぎです。事件数より多いじゃないですか」
さらっとおかしなことを言い出す不破警部に修也はため息交じりで言い返す。
「ここだけの話、感謝状に加えて金一封も出るから楽しみにしていてくれたまえ」
「舞原さんとのデート代にでも使ってね」
「使い道限定されるんですか?」
「そう言えば結構な月日が流れたけど舞原さんとはどれだけ進展したのかな?」
「安心して、ここだけの話と言うことで陽菜や瀬里には絶対に言わないから」
「いやいやいやちょいちょいちょい、2人揃って悪ノリが過ぎますよ」
普段は真面目な優実だが、こういう話だけは何故かはっちゃける。
優実にまでそっち側に回られると収拾がつかない。
「それよりも…………非常に真面目な話があります」
なので修也は強引に話を切り替える。
「…………分かった。おふざけは一時中断して話を聞こうか」
雰囲気を察知した不破警部が表情を引き締めて聞く姿勢に入る。
「実は鉈男の事件があった日の夕方……先日の誘拐事件の首謀者と思しき男が接触してきたんです」
「な、何だって!?」
修也の言葉に驚き目を見開く不破警部。
「……その男の特徴は覚えているかしら?」
一方で優実は冷静さを失わず修也に質問をしてくる。
「それが……フードを目深に被っていたせいで外観的な特徴と言えるほどの物は何も……」
「…………そう」
修也の回答を聞いて残念そうにため息を吐く優実。
「……しかし土神君、君のことだ。何かしらの特徴は掴んでいるのではないかね?」
それに対して不破警部は信頼ともとれる期待をにじませた視線を修也に送る。
「…………また俺の個人的な感覚の話になりますよ?」
「良いとも。そういった手がかりでもあるのと無いのとでは大違いだ」
修也の断りに不破警部は自分の読み通りだと言わんばかりに満足そうに頷く。
「それじゃあ……俺がアイツと対峙して持った感想は……よく分からないんですよ」
「……んん? どういうことだい?」
修也の言葉に不思議そうに眉を顰める不破警部。
「七瀬さん、例えば非番で自分の好きなように時間が使える日が来て、色々予定を考えていたのに急遽意図しない予定が差し込まれて休日が台無しになったらどう思います?」
「……物凄く腹が立つわね。その予定を差し込んできた人の顔を元の形が分からなくなるくらいぶん殴りたくなるわ」
「七瀬くーん……どうして私を見ながら言うのかなー……?」
真顔で真横に視線を送りながらそう言う優実とその視線を受けて表情が引きつる不破警部。
「そうです、大体の人間は自分の予定通りに事が進まなかったら苛立つものです。でもアイツにはそんな感情は感じられなかった」
「……と言うと?」
「先日の誘拐事件はアイツの予定というか計画の一部でしょう。それを俺は完膚なきまでにぶち壊した。だったら俺に多少なりとも怒りの感情を向けるものだと思うんです」
「それが全く無かったと土神君は感じたのね?」
「ええ。それどころか敬意を表するとまで言われました」
「……それはまた何とも……」
修也の言葉に不破警部は難しい顔をして考え込む。
「それに俺のファンとも言ってきたんです。本心かどうかまでは分かりませんが」
「ますます分からないわね。自分の計画を邪魔してくる人のファンを自称するなんて」
優実も訳が分からないと言った感じで首を傾げる。
「そうなんですよ。計画をぶち壊され、仲間を失ったというのに……」
「……いや…………もしかしたら……」
修也も解決の糸口が掴めず考え込みかけたところで不破警部が何かブツブツと呟き始める。
「? どうしたんですか不破さん」
「土神君……これは私の推論に過ぎないが、そこの部分だけは説明がつくかもしれない」
「え?」
不破警部の言葉に修也は首を傾げて聞き返す。
「もしかしたら……彼はあの誘拐犯のことを仲間だとは思っていなかったんじゃないかな」
「え? 志が同じなのにですか?」
「自分の目的を果たす為に同調した振りをして利用する……なんてのはそう珍しい話じゃないさ」
「なるほど……自分の手を汚さず事を運ぶための駒という訳ですか」
不破警部の推論に優実は頷く。
「土神君は将棋を知っているかな?」
「ええまぁ。基本的なルールくらいなら」
「その将棋で歩を取られたくらいでいちいち怒ったりしないだろう? むしろ戦略上わざと相手に取らせることもある」
「アイツにとってあの誘拐犯はその程度の扱いでしかなかったと……?」
「むしろ邪魔者で厄介払いしたかった可能性もあるわね」
修也の言葉に続いて優実も呟く。
「これなら土神君があの誘拐事件を大した被害も出さずに片付けたことに対して怒りが無いことにも説明がつくと思うんだが」
「まぁ、確かに……」
不破警部の推論に頷きながらも修也は考え込む。
由衣を誘拐した男はどちらかと言うと直情的で欲望に正直なタイプだった。
対してスケルスと名乗ったあの男は人間味を感じない、計略的なイメージがあった。
不破警部の言う通りあの誘拐犯を仲間と思っていなかったのか。
……それともアイツを潰された程度ではスケルスの計画自体に狂いは出ないのか。
もしかしたら捨て駒にして潰れることも計画の内ではないのか。
とにもかくにもスケルスの考えが読めない。
「あ」
と、ここで修也はもう一つ情報があることを思い出した。
「ん、どうしたんだい? 何か思い出したのかな?」
「いや、そんな重要なことではないと思うんですが……アイツ、自分のことを『スケルス』と名乗っていたんです」
「『スケルス』?」
「ええ。ラテン語で『悪人』と言う意味らしいんですが」
「土神君……あなた、ラテン語が分かるの?」
「いや俺じゃなくてクラスメイトが知ってたんです」
「最近の学生は色んな事を知ってるねぇ。私が学生の時より学ぶ機会が圧倒的に多くて羨ましいよ」
そう呟いて遠い目をする不破警部。
「……と言うことは、自分で悪人と名乗っているということ? 世界を変えると言っておいて、やってることは悪いことだと自覚している訳?」
「そこも訳が分からないんですよ……」
そう言って修也は天を仰ぐ。
「普通は結果がどうなるにせよ自分が正しいと信じて行動するものだと思うんですよ。自分のやってることが悪いことだ、間違っていることだと思ったりなんかしない」
「いやぁそうとも言えないよ? 世の中には世間的に悪いことだと分かっていて行動を起こす輩だっている。実際そう言うのを私は見たことがあるよ」
「……マジですか」
不破警部の言葉にげんなりとしながら呟く修也。
「そういうやつの心理ってどうなってるんですかね?」
「うーん……世間を騒がせたい愉快犯と言うのが大半かなぁ? もしくは自分に莫大な利益が舞い込むとか」
「何にせよ自分の欲求を満たしたいという心理から来るものよ」
「…………」
修也の疑問に不破警部と優実が答えてくれる。
……が、修也の中ではどうもしっくりこない。
(……何か、はっきりとした確証は無いけど……アイツはそのどちらでもない気がする)
世間を騒がせたいならもっと大っぴらにやるはずだし、利益を求めてやってるようにも見えない。
考えれば考えるほど分からなくなってしまう。
「まぁ他人の考えなんて分からないものだよ。この手の輩の物は特にね」
「だから分からないってことはつまり土神君は世間一般寄りの考えを持ってるということよ」
「……そうですね、そう思うことにします」
以前塔次にも言われたが、他人の……しかも犯罪を起こすようなやつの考えを理解しようということ自体が無理なのだ。
修也はそう結論付けて思考を打ち切る。
「そうそう。こういうことは私たち警察に任せて、君はもっと学生らしいことで悩むべきだ」
「……学生らしいこと?」
「舞原さんとの関係で何か悩みとかあるかしら? 私で良ければいくらでも聞くわよ?」
「私の長年の人生経験で培った口説きテクニックも伝授してあげられるよ?」
「いやいやいやいやプライベートなことに踏み込み過ぎじゃないですかね!?」
おかしなことを言い出した優実と不破警部に待ったをかける修也。
しかし聞き入れてくれる様子は無い。
と言うよりか先程よりも表情が生き生きしている気がする。
「学生の青春話はいつ聞いても良いものなのよ。癒されるもの」
「はっはっは! 若いって良いねぇ!!」
「……七瀬さんがなんだかんだ言ってあの2人と関係を継続できてる理由が分かった気がします……」
豪快に笑う不破警部と無駄に瞳を輝かせている優実を見てため息を吐く修也であった。
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