「ありがとう土神君。色々と有意義な話ができたよ」
「また何か進展があったら教えて頂戴ね」
「それ事件の話ですよね? 蒼芽ちゃんとどうのこうのって方じゃないですよね?」
ファミレス前で別れることになった不破警部と優実に向けて修也は尋ねる。
スケルスに関する事件の話もしたことに間違いは無いのだが、どうにも主題が蒼芽との関係性ばっかりだった気がする。
「……七瀬さんは普段は真面目な人なんだけどなぁ……」
去って行く優実の背中を見送りながら修也はそう呟く。
「そういうのってゴシップ記者とかが食いついてくるのが定番じゃないのか」
「じゃあお望み通り食いついてあげようじゃないの」
「え」
誰に言うでもなく呟いた言葉に返事が来たことに修也は虚を突かれる。
声をした方を見てみると……
「はろはろー、美人巨乳ライターの瀬里さんですよー」
「うわぁ本職が来た……」
笑顔で手を振る瀬里が立っていた。
そのことに修也は嫌そうな顔を一切隠さず応える。
「そーかそーか、そんなに私に会えるのが嬉しかったか土神君!」
「これがそんな顔に見えますか?」
「昔から言うじゃん、『嫌よ嫌よも好きの内』ってね」
「いっそ清々しいほどのポジティブシンキングですね」
しかしそんな修也の応対を瀬里は一切気にする様子が無い。
「んで、優実と話してたみたいだけどどしたの? 何かあった?」
「見てたんですか? それなら話に入ってきたら良かったじゃないですか」
優実と不破警部と話していたところを見ていたらしい瀬里に修也は疑問を呈する。
「いやー優実制服着てたし上司もいたってことは職務中でしょ? 流石にそこの邪魔はできないって」
「あ、ちゃんと節度は守るんですね。意外です」
瀬里はそう言う場でも遠慮なくズカズカと踏み込みそうな性格をしていると思っていた修也は少し驚くと共に感心する。
「まーね! 社会人たるものそう言う節度は守らないと。『親しき仲にも礼儀あり』とも言うしね」
「何かちょっと違う気もしますが……まぁ言いたいことは何となく分かります」
つまりは状況に応じて対応を変える必要があるということだろう。
たとえ長年の付き合いがある友人でも公的な場では過度の馴れ合いは控える。
修也にそう言う経験はまだ無いが納得はできた。
「それにちゃんとしておかないと後でプライベートで会った時に私的な制裁を食らうからねぇ」
「何やってんですか……」
そんな言葉が出るということは、少なくとも一度はやらかしているということである。
そのことに修也は呆れてため息を吐くのであった。
守護異能力者の日常新生活記
~第6章 第3話~
「まぁそれは置いといてさ、私も君に聞きたいことがあるんだよ」
仕切り直すように手をパチンと叩きながらそう切り出す瀬里。
「何ですか? 言っておきますけど高代さんが面白がりそうな話なんて……」
「土神君……君今結構な悩み事を抱えてないかい?」
「……!」
急に核心に触れそうな瀬里の言葉に修也の息が詰まる。
「図星のようだねぇ。他の人の目は誤魔化せても私の目は誤魔化せんぞー?」
「まぁ……悩みってのもあながち間違いじゃない、かなぁ……?」
『力』に関する問題はほぼ無くなったが、新たにスケルスに関する問題が出てきた。
目的も行動原理もサッパリ分からないスケルスの底知れなさに悩まされているとも言える。
「まぁ詳しい話は中で聞こうじゃないか。奢るよ?」
そう言って瀬里は親指でファミレスを指す。
「……いや、今さっきまで俺ここにいたんですが」
「だから奢るって言ってんのさ。せいぜいドリンクバーが良い所になるだろうし」
「うわぁセコい……」
「それに別に入り直しても良いっしょ? 別に店に迷惑がかかるわけでもないし」
「まぁそうかもしれませんが」
店としては売上が上がるし、少なくとも損にはならない。
しかし修也としては先程退店したのにまたすぐ入店してきたことで店員や他の客から奇異の目線に晒される懸念がある。
『力』のことでそう言ったことが微妙にトラウマっぽくなっている修也としてはできれば避けたい。
「せめて別の店にしません?」
「おうおう何だいこんな美人のお姉さんと同伴するのがファミレスだってのが気が引けるってか?」
「違いますそんなことは微塵も思ってません」
にやけながら肘で脇腹を突いてくる瀬里に対して即否定する修也。
「それじゃあアレかい? 出たばっかりの店に入り直すってのが気になるってところかな? いやぁ若いねー!」
「……若さ関係あります?」
自分の心情を言い当てられたことを誤魔化すように修也は呟く。
「無くはないよ。年取ってくるとそれくらいじゃ動じなくなるのさ」
「人生経験ってやつですか」
「そうそうそんなもん。昔から言うでしょ? 『亀の甲より年の功』って」
「やっぱり何かちょっと違う気がするんですが……」
「だから年寄りの言うことはちゃんと聞いとくもんだよ……って誰が年寄りだゴラァ!!」
「自分で言って自分でキレないでもらえますか」
一人で勝手に騒ぐ瀬里に呆れる修也。
「……とまぁ天下の往来でこんなやり取り続けることに比べたらファミレスに再入店するくらいどうってことないでしょ」
「はいはい分かりましたから入りますよ……」
急に素に戻った瀬里に言い返す気力も無くなった修也は謎の疲労感と共にさっき出たばかりのファミレスに再び入るのであった。
「ほらね、別に再入店したって何の問題も無かったでしょ?」
特に何事も無く席につき、瀬里はドヤ顔で胸を張る。
「まぁ確かに何かの法に触れる訳じゃないですからね……」
「それに客だって変なリアクションしてる人はいなかったでしょ? 君が思ってるほど周りは見てないもんだよ」
「なるほどこれが年を重ねることで得られる経験か……」
先程瀬里が言っていたことに納得ができた修也は頷き呟く。
「まぁ君は今時の人だからねぇ。注目を浴びるのも仕方ないし周りの視線を気にするのも仕方ないさ……って誰が年増だゴルァ!!」
「誰も言ってないでしょうがそんなことは」
言葉尻を捉えて食って掛かってくる瀬里を適当にいなす修也。
「……前も年齢関係で喚いてましたけど、昔何かあったんですか?」
「ほほぅ……? お姉さんのことが気になるかい?」
「いえ、割とどうでも良いです」
にやけながら囁いてくる瀬里を修也は軽く受け流す。
「いやさぁ、私の周りには年下の子しか恋愛対象に見れない男がほとんどなんだよ!」
「結局話すんじゃないですか」
「理屈は分かるんだよ? 女は男を年収で見るのと同様に男は女を若さで見るってのはさぁ!! そして女が男を身長でランク付けするのと同様に男は女を胸の大きさでランク分けするってーのも!!」
「……これで素面ってのが信じられん」
一滴も酒を飲んでいないはずなのにくだを巻き始めた瀬里を修也は呆れた表情で眺める。
「同僚が2~3歳年下がタイプだってのはまだ良いよ! でもさ、50も近いおっさんが20歳台の女の子とと真剣に付き合えると思ってんのか!?」
「まぁ……無くはないだろうけどかなりレアケースでしょうね」
「そう、相当なレアケースなんだよ! なのに飲み屋のオネーチャンにちょっとウケたくらいで若い子にモテると勘違いしちゃってさ! 社交辞令って知ってるか? 愛想笑いって知ってるか!? 見ててイタすぎるっつーの!」
「身近の体験談なんですか?」
やたらと具体的で熱の籠っている瀬里の愚痴にそう聞き返す修也。
「いやぁこれはいわゆる『あるあるネタ』ってやつだね。土神君も気を付けなよ? ああでも君の周りにいる子たちは本当に君のことを慕っているみたいだからそこんとこ間違えないようにね! ……リア充爆発しろ」
「語尾に呪詛を混ぜないでください。それにしてもこの前の誘拐事件の犯人もそんな感じだったし、高代さんの言うこともあながちただのネタってわけじゃなさそうだなぁ」
「あぁーそうそう! そのことで土神君に聞きたいことがあったんだ!」
『誘拐事件』という単語を聞いて何かを思い出したらしい瀬里が内ポケットからペンと手帳を取り出し身を乗り出してきた。
「何ですか聞きたいことって」
「土神君、あの時の誘拐犯を見た君の印象を教えてほしいんだよ」
「印象? うーん……とんでもなく太ってたくらいしか……」
瀬里に言われて思い出そうとする修也ではあるが、如何せん太っていた以外に特徴が無さすぎる男だった。
思い出そうにも中々思い出せない。
「それ以外でさ、外見よりも内面的なもので何か無いかな?」
「内面……?」
瀬里に言われて修也は真剣に思い出してみる。
「……太ってるせいで打撃が通りにくかったなそう言えば」
「だから内面的なものだってば」
「うーん……由衣ちゃんや蒼芽ちゃんには強く出るくせに俺にはそれができない内弁慶なやつだったような」
「そうそうそんな感じのやつ!」
「だけど突然激昂して狂暴化したな……」
芋づる式にあの時の光景が修也の脳裏に浮かび出す。
途中までは修也に怯えっぱなしだったのに突如人が変わったかのように狂暴化した。
まるで理性を無くし狂気に駆られたような……
「ふーむ……」
自分で書いたメモ帳を見ながら眉根を寄せる瀬里。
「どうしたんですか高代さん?」
「土神君、君がその女の子を助けに行って誘拐犯と対峙した時、相手の状態は今君が説明した通りで間違いないかな?」
「ええまぁ、俺の個人的な感覚ですけど」
「だとしたら…………この誘拐事件と前のアミューズメントパークでの事件は繋がってる可能性があるね」
「えっ?」
突然そんなことを言い出した瀬里に修也は呆気にとられる。
しかし瀬里の表情は至って真剣でふざけている様子は無い。
「まああくまでも可能性だけどね。今聞いた誘拐犯の印象とアミューズメントパークで暴れたやつの印象に共通点があるんだよ」
「共通点……狂暴化したってところですか?」
「そうそれ! アミューズメントパークの時も狂気に駆られてるみたいだったって言ってたよね?」
「そうですね……ちょっと尋常じゃないくらい怒り狂ってるって感じでした」
相手を怒らせて行動を単純化させるのは修也がよくとる手段ではあるが、あの時の男の怒り方は常軌を逸していた。
そのことは今も強く記憶に残っている。
「……そう言えばあの誘拐犯も途中まで完全に戦意喪失していたのに急に人格が変わったんじゃないかってくらい狂暴になったな」
修也はただキレて自暴自棄になっただけだと思っていたのだが、そう言われると不自然だった気もする。
「これはアレだね、ヤバいクスリでもやってたんだよきっと」
「またそんな突拍子も無い……」
「でももしそういうものがあったとしたら納得できないかな?」
「…………」
瀬里にそう言われ修也は押し黙る。
確かに両者のあの怒り狂い方は異様とも言えるものだった。
ハンマー男は元々そういう気質だったとするにしても、誘拐犯の方はそうではないだろう。
そうなると外部からの影響で狂暴化したと考えられなくもない。
「だとしたらそんなの誰が……まさか……」
そう言いかけた修也の脳裏に一人の人物が浮かび上がる。
「うん、一番可能性が高いのはあの誘拐犯の協力者ってやつだね」
瀬里も修也と同じ考えに至ったようだ。
「…………スケルス……」
「ん? 悪人が何だって?」
修也の呟きを聞いた瀬里が問いかけてくる。
「ああいえ、その誘拐犯の協力者が先日俺に接触してきてそう名乗ったんですよ。と言うかラテン語分かるんですか高代さん」
「まぁ興味本位で色々な言葉勉強してたことがあるからね。土神君も知識は蓄えていた方が良いよ? いつどこでどんな時に役に立つか分からないからねぇ?」
修也の問いにドヤ顔で応える瀬里。
「……しかしそこまで行くと協力と言うよりただ実験台にしてるようにしか見えないんですが」
「実際そうだったんじゃない? 自分で『悪人』って名乗るくらいなんだし。まさかそんな危険なものを自分で試す訳にはいかないでしょ」
「となると不破さんが言ってたことも筋が通るな……」
不破警部はスケルスが由衣を誘拐したあの男のことを仲間と思わず駒として扱っていたのではないかと推測していた。
人格を破壊しかねない危険なものでも、切り捨てること前提の駒になら躊躇わず使ったとしても不自然ではない。
(…………ん?)
その時修也の脳裏に違和感が浮かび上がった。
いや、違和感と言う程でもない何か引っかかりのようなものだ。
(人格が壊れかねないヤバいクスリ……何だろう、どこかで聞いたような……)
デジャブとでも言うのだろうか、そんな感覚が修也の頭の中でぐるぐると渦巻いている。
「いやーこれは大事件の匂いがするね。オラワクワクしてきたぞ」
「そんな悠長に構えてて良い話じゃない気がしますけど」
どこぞの少年漫画の主人公を彷彿とさせる物言いをする瀬里を呆れた目で見つめる修也。
「それで土神君は色々と頭を悩ませて優実にも相談を持ち掛けてたわけかー。なるほどなるほどこれはちょっと想定外だったわ」
「じゃあ何を想定していたんですか? 俺が悩んでるってのは見抜いてたみたいでしたが」
納得顔で何度も頷く瀬里に対し逆に疑問が湧いた修也は尋ねてみる。
「てっきり私はついに舞原さんと一線を越えてやることやってできるものができちゃったから男としてどうやって責任を取るべきか悩んでるもんだと思ってたんだよねー」
「ぶっ飛ばしますよ?」
あっけらかんとしながらそう言う瀬里に鋭い目線を向けて突っ込む修也。
「まぁこれはそういうことで騒げるくらい平和な世の中になってほしいなーっていう私の願望ってことで」
「無理がありすぎるでしょ。平和になってほしいのは確かにそうですけど」
「じゃあ次の私のブログネタはこれにするかぁ! ゴシップライターの腕がなるね!!」
「七瀬さんに名誉棄損で突き出しますよ?」
目を輝かせている瀬里に対し修也はそう低い声で呟く。
「そうそう、土神君はやっぱりそうでなくっちゃ! 厄介なことは私たち大人に任せて君は学生生活を謳歌するべきだ!」
瀬里はそう言って笑いながら修也の肩を叩く。
(…………高代さんなりに色々悩んでる俺を激励してくれたんだな……と思うことにしとこう)
そう自分に言い聞かせ、修也はドリンクバーで自分で淹れたアイスコーヒーを飲み干すのであった。
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