守護異能力者の日常新生活記 ~第6章 第6話~

「いらっしゃーい、おにーさんおねーさん!」

由紀と初めて顔合わせした日の週末の午後、修也と蒼芽は平下家の玄関にいた。
呼び鈴を押すとほぼ間を置かず扉が開き、中から笑顔満面の由衣が飛び出してきた。

「いらっしゃいおにーさん蒼芽ちゃん。待ってたよっ!」

その後ろから由紀も顔を見せる。

「お邪魔します。今日はお世話になります」
「本当に良かったんでしょうか……? 確かに昔はお泊り会とか結構頻繁にやってましたけど」
「いーのいーのっ! むしろ最近はやってくれなくてちょっと寂しいくらいだったんだからっ」

申し訳なさそうに尋ねる蒼芽に対して全く気にしていない様子の由紀。

「あ、そういや前にそんなこと言ってたっけか」
「はい。お互いの家で夜遅くまで色々遊んでました」
「そーだよねー、楽しかったよねー」
「しかも今日はおにーさんもいるんだからもっと楽しくなるはずだよっ」
「うんっ!」

由紀の言葉に由衣は大きく頷く。

「あ、そう言えば由衣ちゃん、お父さんはいるか? ちゃんと挨拶しとかないと……」
「それがねー、おとーさんは今日はお仕事で帰れそうにないんだってー」

修也の問いに由衣は不満そうに頬を膨らませながらそう答える。

「ありゃそうなのか。何と言うか……タイミングが悪かったなぁ」
「そうなんだよね……あの人、どうしてもおにーさんに会いたくて会社に直談判したらしいんだけど、会社からもどうしても今日は出勤してほしいって頭を下げられちゃってね」
「まぁ……社会人ってそういうものなんでしょうね」

修也はまだ学生なのでそういった経験はないが、何となく想像は付く。

「まぁ役員総出で土下座までされたら断れないよねっ」
「そこまでされたんですか!?」

だがそこまでは想像できなかったので、あっけらかんとしながらそんなことを言う由紀に修也は驚く。
それだけ由衣の父親が有能ということなのかもしれないが、それはそれで会社の体制としてどうなのかと修也は他人事ながら心配になる。

「まぁお隣さんなんだし、今後いくらでも顔合わせの機会は出てくるよっ!」
「…………」

由紀は明るくそう言うが、修也はそれに対し『それもそうですね』とは返せず黙り込む。
修也は居候の身だ。
この生活がいつまで続くか分からないが、ずっとこのままというわけにはいかないだろう。
早ければ高校卒業の際に舞原家を出るという選択肢も取れる。

(いや……むしろ取るべきなのかもしれないな)

いくら家主の紅音が気にしてないとしても少なからず負担をかけているのは間違いない。
高校生である今はともかく、卒業する頃には成人している。
今の学校生活における費用が完全に浮いているので、当面の資金も心配は無いだろう。
現実的な問題はまだ色々あるだろうが、一度真剣に考えてみるのも良いかもしれない。

「………………」

そんなことを考えている修也の横顔を蒼芽はどこか不安そうな表情で見つめるのであった。

 

守護異能力者の日常新生活記

~第6章 第6話~

 

「んむむむむむ…………」
「…………」

修也が由衣の持っているカードをひとつ取ろうとすると眉根にしわを寄せてうなる。

「…………んふふふふふー」
「…………」

そして違うカードを取ろうとすると表情が緩む。

(…………相変わらずだなぁ由衣ちゃん)

分かりやすく表情が変わる由衣を見て、修也は由衣と初めて会ってトランプのババ抜きをした時のことを思い出す。
あの時も非常に分かりやすく表情が変わっていたので、どれがジョーカーなのか簡単に見分けられたのだ。

(うーん…………まぁ仕方ない、か)

多少罪悪感があるものの、これではいつまで経っても終わらない。
何故か由衣は修也がジョーカーを持っていると狙いすましたかのようにジョーカーを取っていく。
そして修也や蒼芽がジョーカーを取ろうとするとあからさまに表情が緩む。
端的に言うと……由衣はババ抜きが恐ろしく弱いのだ。
負けろという方が難しい。

「えーと……じゃあこっちで」

そう言って修也は由衣が難しい顔をしていた時のカードを取る。
取ったカードの絵柄はやはりジョーカーではない。
揃ったカードを場に出して修也は上がった。

「あー負けちゃったー……やっぱりおにーさん強いねー」

由衣は残念そうな顔をして残ったジョーカーを場に放り投げる。

「いや俺より蒼芽ちゃんが凄いだろ。蒼芽ちゃんがジョーカー持っててもほぼ確実にすぐ俺に流れてくるんだから」

そう言いながら修也は蒼芽に視線を送る。
もちろんゲーム中に蒼芽にジョーカーが渡ることもある。
恐らくは蒼芽がゲーム性を持たせるためにわざと由衣からジョーカーを取っていたのだろうが、何故かすぐ次の修也の番でジョーカーが移っていくのだ。

「あはは、修也さんだったら次はどこからカードを取るかなーって考えて持ってますから」
「しれっと規格外の神業披露しないでくれるか蒼芽ちゃん」

要は修也の癖や思考を読んで修也が取りそうな位置にジョーカーを配置しているということなのだろう。
何でもないことのように言ってのける蒼芽だが、やってることはとんでもない。

「修也さんだって似たようなこといつもやってるじゃないですか」
「俺がやってるのは動きを見て予想を立てることだ。流石に思考までは読めん」
「私だって誰にでもできるわけじゃないですよ。修也さんだからできるんです」
「……そんな分かりやすい思考してんのか、俺……?」

蒼芽の言葉を聞いて考え込む修也。

「いえそうではなくて、一緒にいる時間が長いと何となく分かるんです。修也さんもそんな経験ありませんか?」
「んー…………」

そう蒼芽に言われて思い当たる節が無いか修也は考えてみる。

「………………」

そしてどんどん表情が渋く歪んでいく。

「し、修也さーん? どうしてそんなに表情が苦々しいものになっていくんですかー……?」

そんな修也の表情の変化を見て狼狽える蒼芽。

「……いやまぁ、思い当たる節が無いこたぁ無いんだが……」

そう呟く修也の脳裏に浮かんだのは、とにかくブルマに話を繋げようとする担任だとか、やたらと擬人化させて変な絡みをさせるクラスメイトだとかだ。
そんな人たちの思考が読めても何も嬉しくない。

「……そんなに私の考えが分かるってことが嫌なんですか……?」

しかし蒼芽は『自分に関すること』で修也がそんな顔をしているという考えに至ってしまった。
なので力無く修也にそう尋ねる。

「あー! おにーさんがおねーさんを泣かせたー!」
「えっ!? いやいや違う違う!! 蒼芽ちゃんのことじゃないって!!」

由衣に指摘された修也は慌てて手と首を横に振る。

「俺のクラスにちょっとばかし個性のドギツい連中がいてだな……どうしてもそっちの方が真っ先に浮かんでしまうんだよ」
「『ちょっと』なのか『ドギツい』なのかどっちなんですか……?」

修也の言葉に苦笑いする蒼芽。

「……あ、でも蒼芽ちゃんならってのもあったな。蒼芽ちゃんって青が好きだから基本青色の物を選ぶ傾向にあるよな。つまりはそういうことだろ?」

蒼芽は何かを選ぶ場合、よほどの理由が無ければ青いものを選ぶ。
朝食で愛用しているジャムもブルーベリーだし、先日買った新しい水着も青だった。
私服も青いものが多いし、紅音情報では下着も青系を優先しているとのことだ。
それは見たことは無いが本人が肯定している以上間違いない。

「あ、そうそうそういうことです! 良かったです修也さんに私のことを分かってもらえてて」

修也の言葉に蒼芽は表情を綻ばせる。

「ねーねーおにーさん、それじゃあ私はー?」

それを聞いていた由衣が割り込んできて修也に尋ねてくる。

「そうだなぁ……由衣ちゃんはいつも元気で明るいからなぁ。一緒にいるとこっちも楽しい気分になるよ」
「そっかー、えへへー」

修也の答えを聞いて嬉しそうに笑う由衣。
由衣の思考が読めるのかという問いの答えにはなっていないが、当の本人である由衣は満足そうなので気にしないことにする。

「あ、そう言えばこの前の『由衣ちゃんには倫理感よりも物理的な問題を突いた方が良い』ってのも……」
「はい、そういうことですね」
「そうか……長年の付き合いで気心の知れた関係ってのは良いもんだなぁ……俺にはそういうのは親以外には無いからちょっと羨ましいかも」

しみじみとしながらそう呟く修也。

「えっ? おにーさんと蒼芽ちゃんはそういう関係じゃないの?」

そこに夕飯の支度の一区切りがついたのか、由紀が混ざってきた。

「……いやまぁ、気心が知れたってのは否定しませんが……『長年』ではないんですよね。知り合ってまだ半年も経ってないし」
「あ、言われてみればまだそんなものでしたね。もっと長い気がしてました」
「まぁ色々あったもんな……色々、な……」
「あ、あはは……」

『色々』を強調する修也に蒼芽は苦笑いしかできない。
今の町に引っ越してきてからというものの、修也の身の回りでは様々なことが起こり過ぎている。
それはもう『色々』の一言では片付けきれないようなものばかりだ。
中には現在進行形で修也の頭を悩ませている案件も存在する。

「えー意外だなぁ。私には何十年も苦楽を共にした老夫婦くらいの関係性に見えるけど」
「いや俺も蒼芽ちゃんもまだ成人すらしてませんよ」
「そうですよ、せめて『老』は取ってください」

由紀の感想に待ったをかける修也。
修也の物言いに蒼芽も同調する。

(……あれ、否定するの『老』だけ? んー……でもまぁ10代で年寄扱いは嫌だよなぁ確かに)

その物言いに修也は微妙に違和感があったが、そんなもんかと自分を納得させる。
実際この町に引っ越してきてから外出している時は蒼芽が隣にいることがほとんどである。
だったらそのように見える人がいても不思議は無いだろう。

「それくらい仲良しに見えるってことだよっ!」
「そーだよー、おにーさんとおねーさんはすっごく仲良しなんだよー」

二人の物言いに対し、笑顔でそう返す由紀と由衣。

(うん、やっぱりそういうことだよな)

それを見て修也は自分の推測が間違っていなかったと確信する。

(……あれ? 否定するのって『老』だけで良かったんだっけ? でも全否定したらそれはそれで修也さんを傷つけてしまいそうだし『夫婦』に見えるくらい仲良しってのは私的にはむしろ願ったり叶ったりなんだけどだからと言って否定しないのはえーとえぇと……!)

その裏で蒼芽は表情にこそ出さないが内面では目を回し悶え転がりまくっていた。

「さっ、それはそれとして晩ご飯にしよっ! 今日は蒼芽ちゃんとおにーさんがいるから張り切って作ったよっ!」
「わーい晩ご飯だー!」

切り替えるように言った由紀の言葉に由衣は両手を挙げて飛び上がり食卓に小走りで向かっていく。

「あっ! すみません手伝いもせず遊んでて……」
「いーのいーのっ! 今日は蒼芽ちゃんとおにーさんはお客さんなんだからっ! さっ、座って座って」

由紀1人に夕飯の支度をさせてしまったことを謝る修也と蒼芽だが、由紀は気にする様子を一切見せず微笑んで席に促す。

「えーと……これは席は決まってるのか?」
「うんっ! おにーさんは私の隣でー、おねーさんはおにーさんの向かいだよー」

修也の問いに対し、一足先に座っていた由衣がそう答える。

「あー、確かにそれっぽい感じがするな……」

見ると修也の席の所は他よりも料理が多い。

「由衣ちゃんからおにーさんはいっぱい食べるって聞いてたからたくさん用意したんだよっ!」
「あ、お気遣いありがとうございます。しかしホントに多いな……単純に見て倍近くありそうだけど」
「だっておにーさん、この前プールで焼きそばとたこ焼き食べてたでしょー?」
「え? うんまぁそうだけど……あ、だから二人分食べられるだろってことか?」
「うんっ!」

修也の予想に大きく頷く由衣。

(……いやそんな単純な話じゃないっつーか何つーか……)

プールの屋台で売られていたものはどれも量が控えめだった。
戒程ではないが食べ盛りの高校生である修也がそれら一皿だけで足りるわけがなかったので両方食べたのだが、由衣はそれを見て修也は二人分食べられると考えた。
そしてそれをそのまま由紀に伝えた結果が今食卓に並んでいる料理の量ということなのだろう。
向かいに座っている蒼芽も修也と同じ推測をしたらしく、苦笑いを浮かべている。

「それじゃー手を合わせてー……いただきまーす!」

そんな修也と蒼芽の複雑な心境には気づかず、由衣は手を合わせて食卓に並べられた料理を食べ始める。

「い……いただきます」
「いただきます……」

由衣に続いて蒼芽と修也も食べ始めることにした。

「どうおにーさん? おかーさんの料理おいしいでしょー?」
「あ、うんそうだな。確かにおいしい」
「私は久しぶりに食べたけど昔と変わらずおいしいですね」
「うふふ、二人ともありがとっ! お代わりもあるから遠慮なく言ってねっ?」
「ぜ、善処します……」

にこにこ笑顔でそう言う由紀に修也は頬を引きつらせながらも何とかそう返す。
既に二人分盛られているので修也としてはそれで充分なのだが、どうも空気的にそれだけでは済まなさそうだ。

「あの修也さん、食べきれなさそうなら無理しなくても……」
「いや出された分は食べるよ。それが礼儀ってもんだろ」
「あっ! 礼儀と言えばどこかの国ではむしろちょっと残すのが礼儀って聞いたことあるよっ!」
「えー、そーなのおかーさん? それもったいなくないー?」
「『もうおなかいっぱいですこれ以上は食べられません』っていう意思表示なんだって!」
「ほえー……」

そんな話をしながら夕食は進んでいく。

(……誰かと席を囲んで楽しく食事するってのはやっぱ良いもんだな)

舞原家とは少し違う温かみのある華やかな食卓の空気を感じながら、自分にだけ多く盛られた料理を修也は食べ進めていくのであった。

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