守護異能力者の日常新生活記 ~第6章 第7話~

「ふぅ…………ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」

空になった皿を前にして修也と蒼芽は手を合わせてそう言う。

「やっぱりおにーさんすごーい! あれだけあったのに全部食べちゃったよー!」

そんな修也の横では由衣が目をキラキラ輝かせていた。

「うんっ、流石男の子だねっ!」
「でもすみません、おかわりまでは流石に……」
「いーよいーよ気にしないでっ! 余った分は明日のお昼ごはんにでも私が食べるからっ!」

宣言通り食卓に並べられたものは全て食べることはできた。
しかしおかわりまではできなかったのでそのことを修也は謝るが、由紀は気にした様子を見せない。

「それよりもお風呂沸いてるから入ってきてねっ」
「はーい。おねーさん一緒に入ろー」

そう言って蒼芽の手を引く由衣。

「うん、そうだね。行こっか」

蒼芽もそれに頷いて席を立つ。

(……良かった、由衣ちゃんのことだから俺とまで一緒に入ろうとか言いださないか心配だったが……)

それがただの杞憂だと分かり修也はホッと胸を撫で下ろす。
いくら倫理観が緩めの由衣でも流石にそれは無いようだ。

「ホントはおにーさんとも一緒に入りたかったけどうちのお風呂は3人一緒に入るには狭いんだよー……ごめんなさいおにーさん」
「あれっ、やっぱり物理的な問題だけなのか!?」

……と思ったら布団の時と同様ただ狭いからというだけの理由だった。
本当に申し訳なさそうな顔をして謝る由衣に突っ込む修也。

「それに3人も一緒にお風呂入ったらお湯がいっぱい流れてもったいないしー」
「そ、そういう問題でもないような……」
「あ、あはは……」

本気で物理的な懸念事項しか出さない由衣に頭を抱える修也を見て苦笑いする蒼芽。

「ねーねーおかーさん、どーにかできないかなー?」
「じゃあ今度お父さんにお願いしてお風呂をもっと広くしてもらおうかっ」
「うんっ!」
「いやいやいやいや待って待って。わざわざそんなことしなくても」

とても冗談とは思えない口調でそんなことを言いだした由紀を修也は止める。

「あっそっか、うちのお風呂を改築しなくても初めから広いお風呂のある所に行けば良いんだねっ! 流石おにーさん!」
「いやそういう意味で言ったわけじゃなく……そもそも公共の浴場施設は大体男湯と女湯で分かれてますから」
「大丈夫! きっと混浴の温泉もどこかにあるよっ! 今度探しておくからねっ!」
「ありがとーおかーさん!」

にこにこと笑いながらそんなことを言う由紀に対し、これまたにこにこと笑顔で返す由衣。

「……ゴメン蒼芽ちゃん、突っ込みが追い付かん。俺には止められないわこれ」
「あ、あはは……だ、大丈夫ですよ修也さん。混浴の温泉なんてそう簡単には見つかりませんから……」

平下母娘の天然とも言えるボケのラッシュには流石の修也も応対しきれなかった。
そのことに謝る修也に対し、蒼芽は引きつった表情で笑みを浮かべてそう返すのであった。

 

守護異能力者の日常新生活記

~第6章 第7話~

 

「それじゃー行ってくるねー!」
「お先に失礼します、修也さん」

そう言って由衣と蒼芽はリビングを後にする。

「さーってそれじゃあ早速調べないとねっ!」

そう言って由紀は自分のスマホを取り出した。

「あの……一応聞きますけど、何を調べるんです?」
「そりゃもちろん混浴ができる温泉だよっ!」
「やっぱり……」

嫌な予感がした修也は由紀に尋ねてみるが、返ってきた答えは予想通りの物だった。
そのことに修也はげんなりしつつため息を吐く。

「うーん…………」

しばらくスマホを操作していた由紀だが、その表情は芳しくない。

「ほらやっぱり無いんじゃないですか」
「うぅん、あるにはあるんだけどね」
「えっ、あるのっ!?」

由紀の表情から見つからないんだろうと予測した修也だったが、由紀の返事を聞いて素で驚く。

「というか昔は混浴が一般的だったんだって。でもプライバシーとかマナーとかそういう問題でどんどん減っていっちゃったみたいだよ」
「へぇー……そうだったんですね。確かに温泉にはプライバシーもへったくれも無いですしね」
「それでもまだ混浴ができる温泉はあるんだけど……ちょっと遠いんだよね。ほら見てよこれ」

そう言って由紀は修也にスマホの画面を見せてきた。

「あー……確かに気軽に行ける距離じゃありませんね。交通費だけで結構な金額になりそう」

スマホ画面に表示された温泉の所在地は、移動だけで半日は使いそうな所ばかりだった。
しかも大体が秘湯と言われそうな場所で、アクセスも非常によろしくない。
いくら何でも割に合わなさすぎる。

「いくら由衣ちゃんのお願いとはいえ、混浴の温泉に行くってのはちょっと難しいねぇ」
「ですね。じゃあ諦め」
「じゃあもうちょっと発想を変えてみよっかっ!」
「……るという選択肢は無いんですか」

修也はこれで話が終わると思っていたのだが、どうやら由紀は諦めが悪い性格らしい。

「そもそも温泉にこだわる必要はないんだよっ! 要は一緒にお風呂に入れれば良いんだからねっ」
「もう温水プールとかで良いんじゃないですか? それならアミューズメントパークにありそうだし」
「おにーさん、もっと真面目に考えてっ! お風呂とプールは全くの別物だよっ! プールは水着着るでしょっ!」
「あ、はい。すみません」

早めに話を打ち切りたかった修也は投げやりな意見を出したのだが、何故か由紀に怒られてしまった。

「でもさっきの混浴温泉にしたって流石に全裸は無いと思うんですが。入浴用の服とかあるんじゃないですか?」
「あ、うん、湯あみ着ってのがあるみたいだね」

先程のページをスクロールしながら由紀が修也の質問に答える。

「じゃあ水着でも」
「ダメだよおにーさんっ! 水着でお風呂に入るのはマナー違反だよっ!!」
「アッハイ」

再び妥協案を出そうとした修也だが、かぶせ気味にダメ出しされてしまった。
その剣幕に修也はつい反射的に返事をしてしまう。
どうやら修也がどう意見しても由紀は考えを変える気は無いらしい。

「にしても……いくら本人が希望しているとはいえ、普通年頃の娘がよその男と風呂に入ろうとするのを止めるどころか全力で後押しするもんですかね?」

なので修也は少し違う方向からアプローチしてみることにした。

「それはおにーさんだからだよっ」
「俺だから?」
「うんっ! 由衣ちゃんがあれだけ懐いてるんだもん。良い人じゃないわけが無いよっ!」
「そうですかね? 確かに由衣ちゃんは相当人懐っこいですけど」

その人懐っこさはあのコミュ力の塊である蒼芽以上である。
年上である詩歌や華穂や瑞音相手でも全く物怖じしなかったし、千沙とも出会ってすぐに仲良くなっていた。
気質的に反りが合わないと言われても納得できそうな亜理紗からも『親友』と言わしめる程だ。

「でも出会い頭に飛び付くのはおにーさんだけだよっ!」
「あ、そう言えば……」

由紀に言われ修也は気づく。
由衣は出会う度に修也には飛び付いてくるが、他の人にやっているのを見たことは無い。
仲の良い蒼芽や亜理紗、千沙に対しても普通に呼びかけるだけなのだ。

「……だからと言って一緒に風呂に入るってことに繋がりはしないと思うんですが。というかまずその発想に行きつかない」
「そう? 私たちは行きついたよ?」
「『私たち』というのは由紀さんとご主人ですか?」
「うん、そうそう」
「……マジですか」

しれっと言う由紀に呆れと感心が混ざったため息を漏らす修也。

「……にしても、由紀さんって風呂好きなんですね。温泉巡りとか趣味だったりします?」
「あっ、分かる? そうなんだよ私は色んな温泉に行って回るのが好きでね、お父さんともそこで知り合ったんだよっ」
「なるほど……それならその発想に行きつくのも納得です」

お互いの趣味が温泉巡りなら親交を深めるために一緒に風呂に入るのもそこまで不自然ではない。

「……あれ? だったらわざわざ探さなくても混浴温泉のある所を知ってたんじゃあ……?」

しかし別の疑問が湧いたので修也は尋ねてみる。
実際に由紀自身が行ったことがあるのであればそこを候補に挙げれば良いはずだ。

「それがね……一緒に温泉旅行は行ったけど一緒にお風呂に入ってまではいないんだよね」
「じゃあ別に無理に一緒に入ることにこだわらなくても良いじゃないですか。普通に旅行に行くとかでも十分でしょ」
「うーん……確かにそれもそうだね。じゃあ一旦この件は保留にしとこっかっ」
「……あ、保留止まりなんですね」

結局この件は保留という結論に終わった。
不完全ではあるものの一応何とか説得できたことに修也は安堵のため息を吐く。

「それはそれとして……おにーさん、これからも由衣ちゃんと仲良くしてくれるかな?」
「あ、はい。それはもちろん。むしろこっちからお願いしたいくらいです」

その由紀の問いかけには修也は迷わず頷く。
そんなもの断る理由などどこにもありはしない。

「良かった、それが聞けて安心したよっ。これからも由衣ちゃんをよろしくねっ!」

修也の返事に満面の笑みで応える由紀であった。

 

「……いいお湯だねーおねーさん」
「そうだね、やっぱりお風呂って気持ち良いよね」

修也と由紀がそんな話をしている一方で蒼芽と由衣はゆっくり湯船に浸かっていた。

「でも残念だなー。おにーさんとも一緒に入りたかったのにー……」
「あはは……まぁ仕方ないよ。普通の家のお風呂はそんな大人数で入れるように作らないし。ほら今も私と由衣ちゃんだけで湯船いっぱいだよ」

蒼芽と由衣の2人だけならまだ何とかならなくもないが、そこにさらにもう1人となると流石に厳しい。

「重なればどうにかならないかなー? 一番下におにーさんでー、その上におねーさんが座ってー、その更に上に私が座るのー」
「それ修也さんが重いし由衣ちゃんはお湯に浸かれないんじゃないかな……?」
「だったら横に3人並んで膝を曲げて座ったらどうかなー?」
「うーん……私はお風呂はゆっくり足を伸ばして入りたいかなぁ。それに修也さんだとそれじゃ収まらないかもしれないね」
「そっかー……」

蒼芽の言葉を聞いて由衣は残念そうに俯く。

「じゃあやっぱり広いお風呂を探すのが良さそうだねー。おかーさん見つけてくれたかなー?」
「さぁ……広いってだけならいっぱいあるだろうけど、混浴はどうだろうね?」
「あったら良いなー。そしたらおにーさんとも一緒に入れるのにー」
「でも……そういうところって他の男の人とかも入れるんじゃないかな。それは私はちょっと……」
「あ、それは私もやだー」

1つの可能性を思いつき難色を示す蒼芽。
すると由衣もその意見に同調してきた。

「あれ、そうなの?」

予想外の反応に蒼芽は肩透かしを食らう。
由衣のことだからてっきりその辺は一切気にしないと思っていたのだがそうでもないようだ。

「うんっ! 私はおにーさんと一緒にお風呂に入りたいだけだよー。そしたらもっと仲良くなれるしー」
「ん? どういうこと?」

由衣の言っていることがイマイチ分からず蒼芽は聞き返す。

「前におかーさんが言ってたんだよー。一緒にお風呂に入ると仲良くなれる……だったかなー? だからおとーさんとおかーさんも昔よく一緒に温泉旅行に行ってたんだってー」
「あ、そうなんだ……でもちょっと待って? それ一緒にお風呂に入って仲良くなったわけじゃなくて、元から一緒にお風呂に入るほど仲が良いってことじゃないの?」
「ほえ?」

蒼芽の質問に首を傾げる由衣。

「順番が逆なんだよ。由衣ちゃんが今修也さんと仲良しなのは別に一緒にお風呂に入ったからじゃないでしょ?」
「あっ、そっかー! うんっ、私とおにーさんは始めっから仲良しだよー!」
「じゃあそれで良いんじゃない? 無理に一緒にお風呂に入ろうとしなくても由衣ちゃんと修也さんはとても仲良しだよ」
「うんっ!!」

蒼芽の言葉に由衣は嬉しそうに頷く。

(ふぅ……どうにか誤魔化せたかな?)

その様子を見て蒼芽は内心安堵のため息を吐く。
いくら蒼芽でも修也と一緒に風呂に入るというのは流石に抵抗がある。
とりあえず由衣が納得してくれたことで蒼芽は肩の荷が下りたような気がした。

「それは置いといてー……むううぅぅぅ……」

そう呟いて由衣は口をへの字に曲げて蒼芽を凝視する。

「……? どうしたの由衣ちゃん?」
「水着買いに行った時も思ったけどー……おねーさんやっぱりおっぱいおっきくなったよねー? ちょっと触ってみても良いー?」

そう言って答えを聞く前に蒼芽の胸元を指でつつく由衣。

「そう? あ、そう言えば高校に進学する前後あたりでちょっときつくなったから下着買い替えたっけ」

それに対して蒼芽は特に変わったリアクションをするでもなく普通に返す。
由衣とは付き合いも長いのでそういう話も今まで何度も出てきた。
だから特に抵抗もなく返すことができるのだ。

「やっぱりー。いーなー、私も少しはおっきくなったんだけどなー……」

そう言って自分の胸を寄せる由衣。
多少なら寄せられる余地はあるものの、蒼芽ほどではない。
そのことに由衣は不満気に頬を膨らませる。

「でもまぁこれは個人差があるからね。ありきたりな言葉だけど」
「そーなんだよねー。ありちゃんなんてまだまったいらだしー、1年の時からから全然変わってないんだよー」
「……それ長谷川さんの前では言わないであげてね? 凄く気にしてるみたいだから」

蒼芽は亜理紗が陽菜をまるで親の仇とでも言わんばかりに物凄い目で凝視しているのを見かけたことがある。
そして『いつ見ても理不尽よあの巨乳……あんなデカい人もいるのに何で私のは膨らむ気配すら見せないのよ……世の中不公平よ……おのれ格差社会め……』と呪詛のように呟いているのも聞いたことがある。
このまま変に拗らせたりしないか他人事ながら心配になってしまう。

「だったら私も高校生になったら今よりおっきくなるかなー? そしておねーさんが着てたようなおなかが出てる水着も着れるかなー?」
「成長に関しては人それぞれだけど……別に今の由衣ちゃんが着ても良いと思うよ? 色んなサイズがあるだろうし、今度また見に行こうか」
「うんっ!」

そう提案する蒼芽に由衣は楽しそうに頷くのであった。

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