(………………朝か……)
翌日修也は大体いつもと同じくらいの時間に目が覚めた。
舞原家に引っ越してきた時もそうだったが、環境が変わる程度では修也の生活リズムは変わらない。
そして目が覚めるのが早くても動き出せるようになるのに時間がかかるのも同じである。
…………だが、今日はそれ以外にも動けない理由がある。
(……両腕がしっかりがっちりとホールドされちまってんなこれ……)
今修也の左腕には由衣が、右腕には蒼芽がしがみついている。
どうやら寝ている間にそのような姿勢になったらしい。
しかも太ももで手を挟み込みまでする程の徹底ぶりだ。
(なんかプールのウォータースライダーを思い出すなぁ)
寝ぼけた頭で修也はぼんやりとそんなことを考える。
とにかく現状では何もできることはない。
ここまでしっかりとしがみつかれていては少し動いても起こす可能性もある。
こんな早い時間に起こしてしまうのは少々可哀想な気もする。
かと言って二度寝しようにも寝息がかかるほど2人の顔が近くては流石に落ち着かない。
(まぁ由衣ちゃんは知らないけど蒼芽ちゃんはそこそこ起きるの早いし、少しだけの辛抱……あ)
普段の生活から蒼芽の生活リズムは大体分かる。
なので蒼芽が起きて動き出すまでそう時間はかからないと踏んだ修也だったが、とあることを思い出す。
(確か蒼芽ちゃんって平日は起きるの早いけど週末はその分遅いんじゃなかったか?)
最近は改善されてきているとはいえ、それでも土日は平日よりも起きる時間が遅い。
ただ何か特別なイベントの日はその限りではないようなので早い時間に起きる可能性もある。
修也にできるのはその可能性を信じて待つだけである。
「…………ん~……」
と修也が思っていたら、意外にも左側の由衣の方に動きがあった。
目が覚めたのか、もぞもぞと動き出す。
(……お、由衣ちゃんが起きたか。これでとりあえずは……)
自分からはアクションができないこの膠着状態から脱却ができる。
修也はそう思っていたのだが……
「…………んふふ~……」
由衣は再び寝入ってしまった。
しかも修也の腕を掴み直すというおまけつきである。
(えぇ…………どうすんのこれ……)
状況が変わらないことに内心ため息を吐く修也。
今の修也には役得感よりも罪悪感の方が強い。
修也の主観としては、第三者から見た場合この状況が健全なものとは言えない気がするのだ。
たとえ疚しいことが一切無いとしてもあまり聞こえの良いものではない。
いくら由衣や蒼芽が了承して由紀が推奨したとはいえ、それは修也自身が容認できない。
やはり強く異を唱えるべきだったか。
しかしそれでは由衣を悲しませないか。
修也はそんな問答を繰り返すことで蒼芽か由衣のどちらかが起きるまでの時間を潰すことにするのであった。
守護異能力者の日常新生活記
~第6章 第9話~
その後蒼芽が目を覚ましたことで修也は自由の身になった。
今の自分の状況を認識したと同時に慌てて飛び起きながら修也に謝り、その騒動で今度こそ由衣が目を覚ましたという形だ。
その後由衣と蒼芽は由衣の部屋で、修也はその隣の空き部屋で着替えて階下へ降りた。
「おっはよー由衣ちゃん蒼芽ちゃんおにーさんっ! 昨日はよく眠れたかなっ?」
揃ってリビングに入ってきた修也たちに気づき由紀が声をかける。
「うんっ! 私はぐっすり眠れたよー!」
「ええ、おかげさまで」
「はい、ゆっくり休ませていただきました」
由紀の問いかけに対して頷く修也たち。
「……ぅん? おにーさん、本当にちゃんと寝れた? 朝なのにあんまり元気が無いように見えるよ?」
だが由紀は修也に対してだけは疑問顔で改めて問いかけてきた。
「……そうですか? 俺は朝はいつもこんなもんですけど」
自分の今の心境を見抜かれたようで内心焦る修也だが、表情には出さず平静を装う。
「おにーさん、もしかして私の寝相が悪くてよく眠れなかったのー?」
「ひょっとして私、寝てる間に何か失礼なことをしてしまったんじゃあ……!?」
「え? い、いやいやそれは無いから大丈夫だって」
申し訳なさそうに項垂れる由衣と蒼芽を見て修也は慌てて否定する。
「ほらアレだ、布団と布団の境目って絶妙に寝心地がよろしくないだろ? きっとそのせいだよ」
「あぁ……確かに寝にくいですよねあの位置は」
「そー言えばおにーさん、ちょうどお布団の真ん中だったねー」
修也の言い分に納得して頷く2人。
「それじゃあ次までに3人でちゃんと寝られる大きいお布団を用意しておくねっ!」
「わーい!」
「えっ? いやあの……そんな高頻度でやるものじゃないことにそう安くもない物をわざわざ用意してもらうのは……」
「そうですよ。それに新しく買わなくても並べ方次第でどうとでもなりますよ」
由紀の提案に対して両手を挙げて喜ぶ由衣に対し、修也と蒼芽は待ったをかける。
(……ん? 蒼芽ちゃんのその言い方だと……一緒に寝ること自体は嫌じゃないってことにならないか?)
そんな疑問が修也の脳裏を掠めたが、おそらく由紀と由衣を気遣った建前だろうと即座にその疑問を引っ込める。
「それで今日はどうするのかなっ? 昨日言ってたように由衣ちゃんの新しい水着を買いに行くの?」
「うんっ! 行きたーい!」
「でもその前に一旦帰らないとな。荷物とか置いていかないと」
「えー、今日はお泊り会しないのー?」
「流石に二日連続は……ね?」
「うー……」
修也の言葉に由衣は不満そうに口をとがらせるが、蒼芽に窘められ口ごもる。
「だったら今度は由衣ちゃんが蒼芽ちゃんの家に行けば良いんじゃないっ?」
「あ、そっかー!」
「それにそんな頻繁にやってたら楽しさも薄れてしまうぞ」
「うん、それもそうだねー」
だが由紀と修也の言葉で納得したようだ。
「さっ、話も纏まったことだし朝ごはんにしよっ! おにーさんは朝はパン派?」
「あ、はい」
「蒼芽ちゃんもパンだったよねっ。じゃあちょっと待っててね」
そう言って由紀は台所に入っていった。
「はーいお待たせっ!」
そして10分程度で朝食を両手に持って戻ってきた。
「由衣ちゃんゴメン、運ぶの手伝ってくれるかなっ?」
「はーい!」
「あ、私も手伝います」
「いーのいーの昨日も言った通り蒼芽ちゃんはお客さんなんだからっ! おにーさんも座って待っててよっ」
席を立とうとする蒼芽を手で制止して座らせる由紀。
そうこうしている間に由衣も朝食を運び、食卓に並べていく。
「よしっ、運び終わったねっ、ありがと由衣ちゃんっ」
「うんっ!」
「……あの、由紀さん? どうして俺の席だけ2人分あるんでしょうか?」
平下家も朝はパンと卵料理らしい。
それは良いのだが、何故か修也の席にだけトーストも目玉焼きも2つずつ並べられているのだ。
さらに何故か食後用のコーヒーまで2杯用意されている。
「おにーさんは男の子だし、いっぱい食べられるでしょ?」
「いやまぁ確かにこれくらいなら食べられますけど……ここまでしてもらうのは申し訳ないというか恐れ多いというか」
昨日の夕食に比べればなんてことはないが、それでも申し訳なさが先に立ってしまう。
「気にしないで良いんだよっ! これはお礼も兼ねてるんだから」
「お礼?」
「そっ! いつも由衣ちゃんに優しくしてくれてるお礼だよっ!」
「うんっ! おにーさんいつも優しいもん!」
由紀の言葉に大きく頷く由衣。
「そうですね、修也さんはいつも優しくて強くて頼りになって人気者ですから」
「いや蒼芽ちゃん持ち上げすぎ。そんなに褒められても何も出んぞ?」
更に蒼芽まで続いてきたが、やや過剰な気がして修也は少々気恥しくなる。
「えー、でも事実じゃないですかー」
「事実だからって何を言っても良いってわけじゃないだろ。もし俺が、蒼芽ちゃんはいつも気が利いてコミュ力あって嫌な顔せず俺の世話してくれるいい子だって言ったらどうすんの」
「ありがとうございます!」
「あ、普通にお礼言って終わっちゃうのね……」
照れ隠しに立場を入れ替えた状態で問い返してみたが素で返されてしまった。
ただ蒼芽の口調が冗談っぽい軽さになってきていたので、これ幸いと修也もそれに合わせる。
「ふふっ、蒼芽ちゃんとおにーさんはホントに仲良しさんだねっ!」
「そーだよー、おにーさんとおねーさんはとっても仲良しなんだよー」
その様子を由紀と由衣はにこにこと微笑みながら眺めている。
「さっ、それじゃあそろそろ食べよっか!」
そう言って由紀はパチンと手を叩く。
「おにーさんはトーストには……」
「あ、えーと俺は」
「つぶあんとこしあんどっちを塗るのかなっ?」
「あれっ、あんこ限定!?」
由紀のトーストに何を塗るのかという質問に答えようとした修也だが、まさかの二択に驚く。
「? あんこおいしいよっ?」
「いやまぁおいしいのは否定しませんが……」
「私こしあーん!」
「では私はつぶあんを……修也さんはどうします?」
「……せっかく2枚トーストあることだしそれぞれ塗ってみるか……」
修也的にはあんこが出てくるのは予想外だったが、由衣と蒼芽が何事もなく食べ進めているのを見て追及を止める。
(……きっとここではそれが普通なんだな、うん)
家庭の数だけルールがあり常識がある。
それを部外者である自分があれこれ言うのはおかしい。
そう思い直し修也はつぶあんを塗ったトーストからかぶりつく。
「……あ、結構美味い」
「でしょー? こしあんも美味しいから食べてみてよおにーさん」
由衣に勧められるがままに今度はこしあんのトーストをかじる修也。
「…………うん、確かに美味いな」
「だよねー!」
修也の言葉を聞いて由衣は嬉しそうに笑う。
実際のところ美味しいのは間違いないのだが、修也にはこしあんとつぶあんでそこまで大きな差は感じられなかった。
ただそれを言ったところで何の意味も無い。
なので修也はそこには触れず交互にそれぞれのトーストを食べ進めていくのであった。
「それじゃー行ってきまーす!」
朝食後、一旦修也と蒼芽は舞原家に戻って荷物を片付けた。
そしてモール開店の時間に合わせて再び家を出る。
そこにはすでに出かける準備を整えた由衣と見送りのために表に出てきた由紀がいた。
手を振る由紀に見送られ、修也たちはモールへの道を歩く。
特にトラブルもなくモールに着き、1階のイベントスペースに足を踏み入れた。
イベントスペースでは先日蒼芽の水着を買った時と同様に夏のレジャー用品が売られていた。
もちろんその中には水着コーナーもある。
「わぁー、やっぱりいっぱいあるねー!」
陳列されている色とりどりの水着に由衣は目を輝かせて駆け出して行った。
「…………やっぱりいつ来ても目が痛い。色んな意味で」
カラフルな上に様々なデザインがあるので修也は目のやりどころに困り頭を抱える。
今に始まったことではないし修也に限った話でもないだろうが、やはりこういう場は簡単に慣れるものではない。
「前にも言いましたけど現状ただの布ですよ? 中身は無いわけですし」
「水着売り場である以上すでに水着なわけで……場違い感がパネェ」
「まぁ女性用水着売り場に男性がいる時点でそれは避けられませんねぇ」
「大体男性用水着売り場に女性がいてもそこまで場違い感は無いのにこの差はなんだ。不平等じゃねぇか」
「じゃあ修也さんがその不平等感を減らすための第一人者になりましょうよぅ」
「あぁ結局そういう話の流れになるのね……」
ややグロッキー状態の修也に苦笑する蒼芽。
「あら、土神君に舞原さんじゃない」
そんな修也たちに背後から声をかけてくる人がいた。
「ん? おぉ、爽香じゃないか」
「こ、こんにちは……舞原さん、土神先輩……」
「あ、詩歌も一緒なんだね」
修也たちが振り返るとそこには爽香と詩歌の姉妹が立っていた。
「姉妹で買い物か?」
「まぁそんなところね。今日の昼食の買い出しよ。そっちは?」
「由衣ちゃんの新しい水着を買うのに連れ出されたってとこかな……」
「あ……由衣ちゃんも、いるんですね……」
「おにーさんおねーさん、これなんかどーかなー……あっ! 詩歌おねーさんと爽香おねーさんだー!」
1着の水着を持って戻ってきた由衣が、爽香と詩歌の姿を見つけて駆け寄ってくる。
「おはよう平下さん」
「お、おはよう由衣ちゃん……」
「うんっ、おっはよー! ねーねー、この水着どーかなー? 似合うと思うー?」
挨拶もそこそこに由衣は手に持っている水着を目の前に掲げる。
由衣が見せてきたのは水色をベースに黄色の花柄があしらわれていて、所々にフリルがつけられているものだった。
そして本人の希望通り上下に分かれているタイプのデザインだ。
「うん、可愛いんじゃない?」
「それに由衣ちゃんらしさが出てて良いと思うぞ」
「ほんとー? それじゃあちょっと試着してみるねー!」
そう言って由衣は試着室に向かって駆け出した。
その背中を爽香はじっと見つめていたが……
「詩歌、あなたも新しい水着買いなさい」
おもむろにそんなことを言いだした。
「え……えぇっ!?」
「詩歌も高校生になったんだし、持ってるのが学校の水着だけってのも味気ないでしょ」
「で、でも使う場面なんて……」
「そんなのこれからいくらでも出てくるわよ。それこそいつもの面子で海だのプールだの行こうって話が出てきてもおかしくないわ」
「まぁ……無くはない、のか?」
既に蒼芽と由衣とでプールに行ってはいるのだが、それは言わない方が良い気がしたので修也は伏せておくことにする。
「そんな時に学校の水着だと逆に目立つわよ?」
「そ、それは……」
爽香にそう言われ言葉に詰まる詩歌。
目立つのが苦手な詩歌としてはそれは避けたいのだろう。
「で、でも舞原さんは買わないみたいだし……」
「あ、私はもう買ったんだよ。だから今日は買わないってだけ」
「あ……そ、そうなんだね……」
一縷の望みをかけて蒼芽を引き合いに出した詩歌だがあっさりと撃沈してしまう。
「ほら、私が選んであげるから行くわよ」
「ま……待って、お姉ちゃん……」
そう言って水着売り場に入っていく爽香に慌ててついていく詩歌。
「……昼食の買い出しは良いのか?」
「まぁ……これくらいの寄り道は良いんじゃないんですかね……?」
そんな目的のずれた米崎姉妹の後姿を修也と蒼芽はその場で突っ立ったまま見送るのであった。
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