「……ということで華穂先輩の提案で夏休みに海に行こうって話になったんだ」
午後の授業が始まる前に修也は爽香と彰彦に話す。
「あらそうなの。早速昨日買った水着が役に立つ時が来たわね」
「どっちかというと水着を買ったから海に行こうって話になったんだけどな」
「結果が同じなら別にどっちが先でも良いわよ」
「で、参加するかどうかを聞こうと思ったんだが……既に参加する気満々だな」
まずは参加するかどうかを聞こうと思っていた修也だが、爽香の中では始めから参加する体で話が進んでいたようだ。
「霧生と氷室はどうする?」
修也は少し離れた席にいる戒と塔次にも声を掛ける。
「おう行く行く! 砂浜と海って実は筋トレと有酸素運動が同時にできる良い場所なんだよな! しかも水泳は全身運動だし」
「お前は……本当に飯と筋トレしか頭に無いのな……」
戒の返答を聞いて呆れる彰彦。
「ふむ、ここらでは海のレジャーに関わる機会もそうは無いから経験しておくのも悪くないな。プールと海とでは得られる物も違う」
「そしてこっちはこっちで妙に理屈っぽいし……」
爽香は塔次の返答を聞いて半眼になる。
「お話の途中に失礼しますわ土神さん」
「土神殿、その企画の枠はまだ空いておりますかな?」
そこに白峰さんと黒沢さんも話に混ざってきた。
「え? あぁうん、まだ話が立ち上がっただけの段階だからどうとでもなるけど」
「でしたら私たちもその企画の末席に加えていただけませんか?」
「自分たちも海で夏の思い出作りに励みたいのですぞ!」
修也の返答を聞いてそう主張してくる2人。
「あれ珍しいな。2人がこういう一般的な物事に興味を持つなんて」
「先程氷室さんが仰っていた通り、何事も経験なのですわ」
「今でしか得られない物というのもあるのですぞ。経験というものは絶対に無駄にはならないのであります」
首を傾げる修也に対して白峰さんと黒沢さんはふんぞり返ってそう答える。
「分かった、じゃあ細かいことが決まったらまた連絡するから」
「承りましたわ。それでは、黒沢さん!」
「委細承知! 水着を買いにいざモールへ!」
「待て待て、まだ午後の授業があるだろうが」
そのまま教室を飛び出そうとした白峰さんと黒沢さんを修也は止める。
「でも土神さん、早めに探さないと間に合わなくなる可能性がありますわ」
「いや行くの夏休みって言ってんだろ。まだ具体的な日取りすら決まってないっつの」
「土神殿、良い物は早々に売り切れてしまうのであります。特に白峰殿は一般的なサイズからかけ離れている故にただでさえ品薄なのですぞ」
確かに白峰さんはモデル体型で、黒沢さんの言う通り一般的な女子高生からはかけ離れたスタイルをしている。
「でもだからこそ需要が少なくて売り切れる可能性も低いだろうに」
「それなら自分はどうなるのです! 自分は平均から大きく逸脱しておりませぬから売り切れている可能性は大いにありますぞ!」
「その場合は需要もあるから在庫も多めに置いてるだろ」
「ふむ、誰かが意図的に操作しているわけではないのに絶妙にバランスが取れる……経済学の基本だな」
「あぁ、需要と供給ってやつだな」
修也たちの話を聞いて塔次と彰彦が話に混ざる。
「つまり私がブルマを求め布教し続ければブルマ界は安泰ってわけだね!」
「自分一人だけで完結させてんじゃねぇ……ってか自分の授業行けよ」
そして何の前触れも無く口をはさんできた陽菜を瞬で切り捨てる修也であった。
守護異能力者の日常新生活記
~第6章 第13話~
「……あっ! 蒼芽ちゃん詩歌ちゃん、こっちこっちー!」
校門に立っていた華穂が蒼芽と詩歌を見つけて大きく手を振る。
「すみません姫本先輩に相川さん、お待たせしてしまいまして」
「いやいや、私も先輩もほんの数分前に来たところだ。気にすんな」
軽く謝る蒼芽に手をひらひらと振る瑞音。
「あっ、おねーさーん!」
そこに由衣たち中等部組もやってきた。
由衣が手を振りながら蒼芽たちのいるところまで駆け寄ってくる。
その速度は……ごく普通だ。
「あら、今日は普通なのね由衣。いつもだったら残像が出そうな勢いで走り出すっていうのに」
「それは多分……修也さんがいないからだよ長谷川さん」
「あ、そーいや兄さん今日はいないんだな?」
蒼芽に言われて気付いた千沙が周りを見回しながらそう言う。
「まぁ女性の買い物に男の土神を付き合わせるのは流石に気の毒だからな……」
「そ、それに……買うのは水着、だし……」
「えー? 私の水着買うのにはおにーさん付いてきてくれたよー?」
「それはきっと由衣だからでしょうが。アンタだったら全裸を見られても平気だって言いかねないわ」
疑問顔の由衣に突っ込む亜理紗。
「ん? ありちゃんは平気じゃないのか?」
「私がおかしいみたいな空気出すのやめなさいよ千沙!? こっちが普通なのよ!! 同性相手でも抵抗ある人だっているんだからね?」
「そーゆーもんかー。あたしは瑞音ちゃんの教室で練習の後みんなと銭湯とか行ったりしてるからなー」
物凄い剣幕で突っかかる亜理紗を千沙はのほほんと受け流す。
「だったら今度銭湯に行くときはゆーちゃんだけ誘うことにするぜー。ゆーちゃんはそーゆーの平気か?」
「うんっ! 私は皆でお風呂入るの大好きだよー!」
「ち、ちょっと待ちなさい。別に私だって平気じゃないなんて言ってないじゃない!」
由衣だけ誘われたのを見て亜理紗は慌てて乗ってくる。
「何だよー一緒に来たいなら最初からそーいや良いじゃねぇかよありちゃーん」
「ありちゃんそーゆーところあるからー」
「ぬぐぐぐぐ、何か良いようにしてやられた感がムカつく……!」
豪快に笑い飛ばす千沙とそれに追随する由衣を見て歯ぎしりする亜理紗。
「んじゃー今度3人で銭湯に行こうぜ! そして『あれ? ちょっと上腕二頭筋太くなったんじゃない?』『えーそんなことないよー』みたいな会話しようぜ!」
「うんっ、やろやろー!」
「ちょっと待ちなさい! それ女同士でやる会話じゃないわよ!! 女の子同士で比べることの定番って言ったら胸の大きさでしょうがっ!!」
「えっ? でもなぁ……ゆーちゃん、ありちゃんって……」
「うん、すっごいぺったんこでまったいらだよー」
「だよなぁ? だからあたしなりに気を遣ったつもりだったんだが……」
「そんな気遣いいらんわーーーー!!」
本気で心配そうな表情をする千沙に亜理紗はさっきよりも強い剣幕で怒鳴りかかる。
「あははは、仲良いね3人とも」
「今のやり取りがそう見えるんですか姫本先輩」
「歯に衣着せない物言いができる相手って大事だよ? 言葉の裏を探りながら気遣い続けるって疲れるんだから」
「何か……先輩が言うと物凄く説得力がありますね……」
華穂はそういう社交界の場に出たこともあるのだろう。
そして腹の探り合いをするようなやり取りも今まで何度もやってきたのだろう。
だからこそ裏の無い本気のぶつかり合いができている亜理紗たちが羨ましいのかもしれない。
「それに亜理紗ちゃんはまだ成長期なんだし、多分これからだよ。あと、胸の大きさが全てじゃないと私は思うな」
「そうは言いますけどね……じゃあ姫本先輩が中3の時はどうだったんですか?」
「んーーーーーー………………」
「その沈黙がもう答えじゃないですかーー!!」
亜理紗の問いに対して明後日の方を見ながら黙秘を貫く華穂に突っかかる亜理紗。
「まぁまぁ長谷川さん、落ち着いて」
「じゃあ蒼芽先輩は去年はどうだったんですか? 詩歌先輩は? 一昨年の瑞音先輩は!?」
「あー……」
「え、えっと……」
「……まぁこれからどうなるかは分かんねぇじゃねぇか」
亜理紗は蒼芽・詩歌・瑞音にも話を振るが、3人とも視線を逸らし曖昧に言葉を濁す。
「まぁ皆それなりにあったってこった」
「軽やかにトドメをさすなああぁぁ!!」
千沙の遠慮のない一言に亜理紗は今日一番の叫び声をあげる。
「それはとりあえず置いといてさ、不思議な縁だよねぇ。これだけ学年がバラバラで共通点がほぼ無いのにこうやって一緒に買い物に行く仲になるなんて」
「確かに……学校は同じですけどほとんど接点無いですよね」
これ以上は亜理紗いじめになってしまうので話題を変えた華穂とそれに乗る蒼芽。
「ほぼ全部修也さん繋がりってのも面白いですよね」
「うん……多分、先輩がいなかったら……私も、舞原さんと友達にすら……なれてなかったと思う」
「確かになー。あたしも兄さんがいなけりゃゆーちゃんやありちゃんとも知り合わなかっただろうし」
元々姉妹である詩歌と爽香や華穂と美穂に蒼芽と由衣、由衣と亜理紗、瑞音と千沙を除けば全て修也繋がりで知り合った縁だ。
修也がいなくても知り合えた可能性はあるが、今のような関係性は築けなかっただろう。
「やっぱりおにーさんは凄いよねー!」
「う、うん……私のような人にだって……優しいし……」
「それに私が認めるライバルだからな!」
皆思い思いのことを言うが、誰一人として修也のことを悪く言う人はいない。
そのことを蒼芽は自分のことのように嬉しく思う。
「さっ、それはそれとしてそろそろ出発しようよ。美穂ちゃんは現地で合流するってさ」
スマホに来ていたらしい通知を見ながら促す華穂を先頭に全員歩きだす。
「そういや由衣、アンタはもう水着買ったのよね? どんなの買ったの?」
道すがら亜理紗がおもむろに由衣に尋ねる。
自分の物を買うにおいて参考にするつもりなのだろう。
「かわいーのー!」
「……すみません蒼芽先輩、具体的な解説をお願いします」
「あはは……」
しかし全く参考にならない由衣の回答に頭を抱えて蒼芽に助け舟を求める。
由衣の親友を自負する亜理紗でも流石にこれは分からなかったようだ。
「由衣ちゃんが買ったのはタンキニだよ。水色ベースの黄色い花柄で、所々にフリルがついてたかな」
「ふむふむなるほど……ちなみに蒼芽先輩も買ったんですか?」
「うん、買ったよ。私は青のセパレートで、詩歌がピンクのモノキニだよ」
「へぇー、蒼芽先輩はイメージ通りですけど詩歌先輩はちょっと意外ですね」
「そ、そうかな……?」
「はい。詩歌先輩だったら正直海女さんルックを選んでても不思議じゃありませんでした」
「さ、流石にそれは……逆に浮いちゃうよ……」
布面積の少ない水着が恥ずかしいのはもちろんだが、周りとかけ離れすぎているのもそれはそれで恥ずかしい。
そのせめぎあいの結果詩歌が選んだのが今のモノキニなのである。
「でもそっかー、皆そういうやつなんだったら私もちょっと刺激的な水着にしてみようかな」
「ありちゃんなら男物の水着でもイケるんじゃね?」
「いけるか! いくら何でも無理あるわ!!」
「そーだよちーちゃん、ありちゃん髪長いから流石にバレちゃうよー」
「いや髪だけ!? もっと他にもあるでしょうが!!」
「あはははは!」
由衣たちのやり取りを見て華穂が大笑いする。
終始和気藹々といった感じでモールへの道を歩いていく蒼芽たちであった。
「…………さて」
一方その頃、修也は教室を出てすぐには帰らず校舎の廊下を歩いていた。
それも自分の教室のある3階ではなく1つ上の4階だ。
華穂は修也が買い物に同行しない理由を買う物が物だけに気乗りしないからだと思っていたようだが、ちゃんと別に理由があったのだ。
まぁ気乗りしないというのも間違いではないが。
「えーっと…………よくよく考えてみたら、あいつがどこのクラスにいるのか知らなかったな……」
ただ目的の場所が分からず廊下の真ん中で右往左往するハメに陥ってしまっていた。
「あっすみませんそこの人、ちょっと良いですか?」
自力ではどうしようもないので修也は通りがかりの男子生徒に声をかける。
「え、何…………って、土神!?」
声をかけられた男子生徒は振り返り、そして声をかけてきた人物が修也であることに驚く。
「帰るところにすみません、ちょっと聞きたいことが……」
「うわすげぇ! 土神に話しかけられちゃった! 明日クラスで自慢しよ!!」
「えぇー……」
修也はただ話しかけただけなのに男子生徒は非常に舞い上がってしまっている。
その様子を見て呆れることしかできない修也。
「ごめんなさいね、コイツミーハーな所があるから……」
「はぁ……」
その男子生徒の横を歩いていた女子生徒が代わって修也に謝る。
「で、どうしたの?」
「えぇと、猪瀬を探してるんですが……どこのクラスか知ってますか?」
「……猪瀬? またアイツ何か姫本さんに迷惑かけてるわけ?」
猪瀬の名前を聞いて顔をしかめる女子生徒。
「いやそういうわけじゃなくてですね」
「あ、そうなの? まぁ今のアイツを見る限りそんなことしそうな気配は全く無いけどさ」
だが修也が否定するとすぐに表情を戻し、猪瀬の現状を教えてくれた。
どうやら塔次のマインドコントロールの効果はまだ続いているらしい。
「で、アイツのクラスだっけ? A組だよ。A組は一番奥の教室にあるから」
「分かりました、ありがとうございます」
丁寧に教えてくれた女子生徒に礼を言い、修也はA組の教室に向けて歩き出す。
「こっちこそありがとな! 色々と」
そんな修也に対し礼を返す男子生徒。
「…………? 色々と?」
この男子生徒とは今日この瞬間に初めて顔を合わせただけの関係だ。
当然だが修也には礼を言われる心当たりは無い。
「猪瀬を懲らしめて華穂先輩を自由の身にしたこととかそういうやつですかね?」
「それも無くはないけど……その繋がりで私たち、付き合うことになったのよね」
「……はい?」
話の意味が分からず首を傾げる修也。
「一体何がどうなって……あ、そう言えば前に何か華穂先輩がそれっぽいこと言ってたような」
「うん、だから私からもお礼を言わせて。ありがとう」
「ど、どういたしまして……?」
全然関与していないことでお礼を言われ、修也は頬を引きつらせるのであった。
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