守護異能力者の日常新生活記 ~第6章 第21話~

男の手から投げられた鉄パイプは激しく回転しながら蒼芽めがけて飛んでいく。
このままでは間違いなく直撃だ。
刃はついてないし重量も大したことは無いので即死級の怪我にはなる可能性はそこまで高くないが、骨折くらいは普通にあり得る。
それにあくまでも『高くない』であって無いわけではない。
蒼芽に修也のような身のこなしができるなら回避もできただろうが、蒼芽はごく普通の女子高生だ。
それを期待するのは無理がある。
現に急に自分に矛先が向いたことで蒼芽の足はすくんでしまっている。
しかし時間は待ってくれない。
無慈悲に鉄パイプは蒼芽に襲い掛か……

 

 

ガァンッ!!

 

 

……る前に横に突き出した修也の右腕に阻まれた。
進路を妨害された鉄パイプはそのまま大きな音を立てながら地面を転がる。

「おいお前…………一体何のつもりだ?」

腕を横に突き出した体勢のまま修也は低い声で呟く。
その目は先程までとは違い冷たく鋭い。

「んー? なーんのことかなー?」

それに対し、男の方も先程までとは違いニヤニヤと厭味ったらしく笑っている。
まるで修也のその反応を楽しんでいるかのようだ。

「……明らかに俺じゃなくて蒼芽ちゃんを狙ったな? それがどういうつもりなのかと聞いてるんだ」
「弱点を突くのは基本だろ? もしこれが当たればキサマに一矢報いることができる。仮に防がれてもキサマにダメージを与えることができるってわけだ」
「…………」
「現にキサマは右腕で庇った。あれだけいい音したんならもうその右腕は使いものになんねーだろ?」

男は修也の右腕に視線を送りながらそう言う。
確かに鉄パイプが修也の右腕に当たった時、物凄い音が辺りに響いた。
あれで無傷はありえない。
そう確信して男はさらにいやらしくにやつく。

「自分としてはどっちの女でも良かったんだがなぁ……キサマ右利きだろ? だからそっちを狙ったってわけだ」

つまり修也本人にはどうひっくり返っても勝てないから、周りから崩そうとこの男は考えた。
もしくはせめて一矢報いるつもりだったのかもしれない。
そして修也の利き腕を潰すために修也から見て右側にいた蒼芽を狙った。
そのまま当たればそれで良し。
修也が庇って身代わりになるならそれはそれでまた良し。
男にとってはどちらになろうとも有利に事が進む。
そういう算段だったのだろう。

「いくら見切りが上手かろうが利き腕が使えなきゃ攻撃力は半分以下だ。あとはこっちの鉄パイプでじっくりいたぶってやるぜ……!」

そう言って左手に持っていた鉄パイプも右手に持ち替えて修也ににじり寄っていく男。

「……それで勝ったつもりか」
「おーおー負け惜しみの言葉が心地いいねぇ。卑怯上等、勝負ってのは勝てば何だっていいんだよ」

短く呟く修也の言葉を聞き流しながら射程距離に捉えた男は大きく鉄パイプを振り上げた。

 

守護異能力者の日常新生活記

~第6章 第21話~

 

「おらよっ………………!?」

自分の勝利を確信して振り上げた鉄パイプを修也に向かって振り下ろそうとした男だが、その直前に腹部にとんでもない衝撃が走り動きを止める。

「がっ…………はっ…………?」

一瞬何が起きたか分からず、体をくの字に折り曲げながら男は後ずさる。

「もう1回聞くぞ……それで勝ったつもりか」
「な……んだとぉ……!?」

先程と同じ言葉を今度は脂汗をかきながら聞く男。

「お前の言うように俺は確かに右利きだ。だが……俺が右腕しか使えないといつから勘違いしていた? 俺には左腕だって足だってある」

そう言いながら修也は男の腹にめり込ませた左肘を引き抜く。
箸や鉛筆を持って使うのであれば利き腕でないと厳しいが、相手の動きに合わせて肘鉄を叩きこむくらいなら別に利き腕でなくても問題ない。
というか今までも普通に何度も左腕でも攻撃してきているので、男の言う『攻撃力が半分以下』というのは全くの見当違いだ。
どちらかで言うのであれば確かに右腕の方が攻撃力があるだろうが、誤差レベルの話でしかない。

「ぐっ……! だが、右腕が使えない事実は変わらなグボォッ!!?」

何とか体勢を立て直して再び修也に殴りかかろうとした男だが、顔の左側を殴られて大きく体勢を崩す。

「……そして右腕だって健在だ」
「なっ…………!?」

修也が普通に右腕で殴ってきたと理解して男の表情は驚愕に染まる。

「な……何故だ! あれが直撃して無傷なんてありえねぇ!!」
「ありえてるから今こうなってるんだろうが」

予想しない事態に男は混乱するが、わざわざ種明かしをしてやる義理も無い。
言うまでもなく修也は右腕を『力』で固めていたのだ。
銃弾や大型トラックの体当たりを食らおうともノーダメージにできる『力』だ。
人の手で投げた鉄パイプが直撃したところで痛くもかゆくもない。

「さっきもそうだったが神経逆撫でする汚い手ばかり使いやがって……俺をここまで怒らせて、覚悟はできてるんだろうな?」

先程の目潰しはまだ看過できたが今度はそうはいかない。
よりにもよって蒼芽に危害を加えようとした。
それだけで修也にとっては万死に値する大罪だ。

「…………けけけっ、覚悟だぁ? そんなもん必要ねぇだろ。これからぶち殺す相手によぉ……!」

しかしそれでも男にはまだ余裕が残されていた。

「右腕だってどうせやせ我慢なんだろ? あれを食らって平気な訳がねぇ。もし平気だってんならそりゃ人間じゃねぇ、バケモノだ!」

『力』のことを知らない男はそう決めつけて、怒る修也のオーラにも怯まず煽り続ける。
というのも、これも男の作戦だからだ。
もし鉄パイプを投げても外れるもしくはうまくいかなかった場合も男はきちんと考えていた。
結果がどうあれ修也が怒るのは間違いない。
そして大抵は怒ると攻撃が単調になり読みやすくなる。
奇しくも修也が普段取っている戦法と同じことをこの男はやっているのだ。
ただ、この男と修也では決定的な違いがある。
この男には修也のような洞察力や観察力は無い。
ただ相手を怒らせて楽しんでいるという面の方が強い。
そしてもうひとつ……

「…………それがお前の最後の言葉ということで良いのか?」
「バーーーッカじゃねぇの? 最後になるのは自分じゃなくてキサ」

まだ修也を煽ろうとしていた男だが、そのセリフを最後まで言うことはできなかった。

「フンッ!!」
「ぐぼぉっ!!?」

男の気の緩んだ一瞬の隙を突いて修也が全力で右の拳を鳩尾に叩き込んだからだ。
突然のことに腹を押さえてうずくまる男。
しかし何とか耐えて視線を前に戻す。

「うぐ……な、なんのこれしき…………は?」

しかし視界に修也の姿は無い。

「オラァッ!!」
「がはぁっ!?」

男が不審に思った次の瞬間、左側から衝撃が飛んできた。
それに逆らえず真横に吹っ飛ぶ男。

「ぐっ……! ふざけるな…………!?」

衝撃が飛んできた方向を男は睨むが、またしても修也の姿は無い。

「はっ!? …………どこに」
「こっちだ」

修也を探して辺りを見回す男の真後ろから声が響く。

「なっ……!」
「遅いっ!!」

男が振り返るよりも早く修也は男の背中の中心に掌打を叩きこむ。

「がっ…………!」

無防備な背中に強い衝撃を与えられたことで男の体は弓反りになる。
やがて立ち続けることもできなくなったのか、膝から崩れ落ち前のめりに倒れた。
そのまま起き上がってくる様子は無いが、呼吸はしているので死んではいないだろう。
……かなり尋常じゃないレベルでの痛みに表情を歪め呻いてはいるが。

「俺を煽って怒らせて、攻撃を読みやすくしようとしてたみたいだが無駄だ。俺もその戦法を使うから対策はよく知ってるさ」

修也と男とのもうひとつの決定的な違い……それは修也は怒っても激情に駆られるようなことはなく、冷静にブチギレるタイプだということだ。
体中に熱い怒りが湧いても頭の中は冷めている……そんな状態になるのだ。
自分自身が相手を怒らせて攻撃を読みやすくするという戦法を取るがゆえに、この戦法の有効さと危険性を理解していたというわけだ。

「何度も人体急所に痛打を入れてるからしばらくは立つこともできんだろ。そこで自分のやらかしたことをしっかり反省しろ」
「あが…………がっ……ぐぶっ……」

まともに言葉を発することもできずのたうち回る男。

「にしても……これだけキレたのはかなり久しぶりかもしれんな。由衣ちゃんの誘拐事件以来か」
「いや割と最近じゃないですか」

男を横目にそう呟く修也に突っ込む蒼芽。

「あ、それもそうか。まぁそれは置いといて……怪我は無いか、蒼芽ちゃん由衣ちゃん」
「はい、おかげさまで」
「おにーさんこそ大丈夫ー? 鉄パイプが腕に当たってたけどー」
「ああ大丈夫だ。俺の『力』はこの程度じゃビクともしない」
「やっぱりおにーさんすごーい!!」

鉄パイプが直撃したのを見た由衣が心配そうに尋ねてくるが、全然問題なさそうな修也の様子を見てぱっと表情が明るくなる。

「……しかし何だったんだろうな……さっきの言動と比べて微妙に違和感が……」
「それは僕が答えてあげるよ」

修也が男の不可解な言動に首を傾げていると、それに応える声が物陰から飛んできた。

「! その声は……」
「やぁ、また会えて嬉しいよ」

声をした方を修也が睨むと、そこからフードを目深に被った人物……スケルスが現れた。

「お前が現れたってことは……コイツに何かした張本人は」
「そう、僕さ。彼はちょっと不満を抱えていたみたいだから、それを解消する手伝いをしてあげたんだ」

何でもないことのようにつらつらと話すスケルス。
本人的にはちょっとした人助けくらいの感覚なのだろうか、そこに罪悪感らしきものは一切感じられない。

「それにしても……身体能力が高いだけてもダメかぁ。一応前回の失敗を反省して人を選んだんだけどねぇ」
「前回の失敗って……」
「そう、君が倒したあの太ってる男さ。欲望は申し分なかったけど如何せん身体能力が低すぎて使い物にならなかったんだよね。ああ安心してくれて良いよ? アイツはもう二度と起き上がることは無いだろうからね」
「……!」

淡々と恐ろしいことを口走るスケルス。
実際、優実もただ生きてるだけで意識は未だ戻らないと言っていた。
やはりスケルスはいとも簡単に人を潰せるだけの力がある。
その事実に修也は戦慄を覚える。

「……なんで、そんな何の躊躇いもなく……」
「おや意外だね。君にとってもあんなのいない方が良いんじゃないのかな?」

確かに由衣を始めとしたか弱い女の子たちがあの誘拐犯の毒牙にかかるというリスクが無いに越したことはない。
だからと言って法の裁きを通さず私的に制裁を下して良いわけではない。
しかしスケルスはそれを躊躇いなくやった。

「僕もアイツがいらなくなったから切り捨てた。不要分子や異端な存在が排除されるのは現代じゃそう珍しい話じゃないんじゃないかな。心当たりは無いかい?」
「…………」

スケルスの問いかけに修也は何も言えない。
というのも修也には心当たりがあるからだ。
引っ越す前の町では『力』のせいで周りから爪弾きにされ腫れ物扱いされてきた。
修也の経験がスケルスの言葉に信憑性を持たせてしまっている。

「そして切り捨てられた方はそれを恨んで切り捨てた方に牙をむく……それも珍しい話じゃないさ。だから僕は牙をむかれるのを未然に防いだ。それだけの話だよ」
「……もしかして、お前が『復讐者』を名乗っているのは……」
「あれ、誰かから聞いたのかい? まぁ隠すようなことじゃないから別にいいけど」

修也の言葉に意外そうなニュアンスを含んだリアクションをするスケルス。
さっきのスケルスの言葉にはやたらと実感が込められているような気がした。
なので修也はそうアタリをつけて尋ねてみたが、どうやら修也の予想は当たっているようだ。

「そうさ僕も過去に切り捨てられたことがある。まぁ僕の場合は不要だったからというよりは危険と思われたからだろうけどね」
「危険……?」
「今なら切り捨てる側の気持ちも分からないでもないけど、だからと言って当時僕を切り捨てたやつらを許す気にはなれない」
「だからって関係無いやつを使って関係無い人に危害を加えるとか」
「関係無くはないよ。僕を切り捨てたのはこの社会……世界なんだから。ならその世界に牙をむくのは自然な話だろう? ああでも君個人は割と気に入ってるからこの恨みを君にぶつける気は無い。安心してくれて良いよ」

にこやかにそう言うスケルスだが、それを聞いて安心できる訳が無い。

「……お前に同調したやつが俺に牙をむいてきていることについては」
「それは僕の責任じゃないね。僕が言っているのはあくまでも僕自身が直接恨みを君にぶつけないというだけさ」
「……詭弁だな」
「かもしれないね。だから今の状況を何とかしたいなら君が取れる選択肢は2つ。僕に協力するか、それとも……力づくで僕を止めるか」
「…………俺がお前に協力するとでも?」
「ふふっ……君ならそう言ってくれると思ってた。協力すると言い出したらどうしようかと思ったよ」

修也は相容れないという意思を表明したというのに、スケルスは気分を害する様子を見せずむしろ笑っている。

「……楽しそうだな?」
「楽しいさ。世界を自分の思う通りに変えるなんて大きなことをやろうとしているんだ。それに見合った障害が無いと面白くないじゃないか。君ならその障害役にうってつけさ」

そう言ってスケルスはゆらりと動き出す。

「さて、それじゃあ勝負と行こうじゃないか。君が僕を止めることができたら野望を捨てて大人しく引き下がろう。しかし止められなかった場合は……それ相応の覚悟をしてもらおうかな」
「……これ以上の厄介ごとは御免だ。何としてでも止めてやる」

得体の知れないスケルスの雰囲気に気圧されないように、修也は足で地面をしっかりと踏みしめて立ち向かうのであった。

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