「いらっしゃいませー。何名様ですか?」
「6人です」
「ではこちらの席へどうぞー」
今日は人数が多いので、先日蒼芽と2人で来た時とは違う大きめのテーブルに修也たちは案内された。
「ご注文がお決まりになったらお呼びください」
そう言って店員はメニューを置いて立ち去る。
「……では皆様、お好きな物を注文してください」
そう言って永田さんはメニューを開いて修也たちに差し出す。
「じゃあ私はオレンジジュースー!」
真っ先に由衣が手を上げて注文を決める。
「えっと……私はアイスティーで。詩歌はどうする?」
「え、えっと……舞原さんと同じもので……」
遠慮がちに言う蒼芽と、それに輪をかけて遠慮がちに注文する詩歌。
「俺は……アイスコーヒーにしようかな。先輩は?」
「私もアイスコーヒーで」
「あれ?」
「ん? どうしたの土神くん」
修也と同じアイスコーヒーを頼もうとした華穂に首を傾げる修也。
それを見て同じく首を傾げる華穂。
「いや、先輩の事だから未だによく分からんあの呪文みたいな飲み物を頼むもんだと思ってたけど」
「……あっ! しまった忘れてたよ!」
修也に指摘されて華穂は気づいたようで、そう言いながら自分の額を手で覆う。
「今ならまだ間に合うぞ先輩」
「そうだね。それじゃあ……」
「あの……修也さん、姫本先輩? あの注文はこの喫茶店では無理だと思いますけど」
注文を変更しようとする華穂に対して何のことか分かる蒼芽が止めに入る。
「じゃああっちか。『ヤサイマシマシカラメマシ』……」
「いや土神くん、喫茶店でそれは無理だよいくら何でも」
「クレープ屋でこれ頼もうとしてた人が何を言うか」
「あ、あはは……」
修也と華穂のやり取りを見て苦笑する蒼芽。
「皆様、注文はお決まりですか?」
「あ、はい」
「それでは……」
全員の注文が決まったことを確認して永田さんが店員を呼ぶ。
そしてやってきた店員に修也たちの注文と自分の分であろうホットコーヒーを頼んだ。
「コーヒーとアイスティーをご注文の方は、ミルクと甘味はどうしますか?」
「あ、俺は両方欲しいです」
「私も両方ください」
「あ……わ、私も欲しい、です……」
「私はミルクは無しで」
「私はブラックでお願いします」
店員の質問にそれぞれの要望を伝える修也たち。
「畏まりました。しばらくお待ちください」
そう言って店員は奥へ下がっていった。
「……すごーい! コーヒーにお砂糖もミルクもいらないってかっこいいねー!」
ただ1人甘味もミルクも付けずブラックコーヒーを頼んだ永田さんをキラキラした目で見つめる由衣。
「……ふふ、そうですか? ありがとうございます」
その由衣に対して優しく微笑んで礼を言う永田さん。
修也たちもまた、ブラックコーヒーを頼んだ人を見ただけであのようなリアクションを見せる由衣を見てほっこりするのであった。
守護異能力者の日常新生活記
~第4章 第11話~
「それでは注文の品が届く前に手続きを済ませてしまいましょう」
そう言って永田さんは書類を取り出した。
「とは言ってもやることは土神様の氏名・住所・連絡先・振込口座番号を記入して最後に同意書にサインしていただくだけです」
そう言って差し出された書類には記入が必要な場所に付箋が貼られていた。
こういう細かい気遣いに永田さんの性格が伺い知れる。
「はぁ……こうなったら仕方ない。書いていくか……」
いい加減諦めのついた修也は書類に必要事項を書いていく。
(あれ、そういや住所って……)
だが氏名を書き住所を書こうとしたところで、修也は今の住所をきちんと覚えていないことに気づいた。
「いかがなさいましたか?」
住所を書こうとして手が止まった修也を不思議に思って永田さんが尋ねてくる。
「いや……俺先日引っ越してきたばっかりで新しい住所をまだちゃんと覚えてなくて……」
「あ、住所なら私が分かりますよ」
そう言って蒼芽が住所を口頭で修也に伝える。
「お、サンキュー蒼芽ちゃん」
修也は蒼芽に礼を言いながら住所を書き連ねていく。
「……? 素朴な疑問なのですが、どうして土神様の住所を貴女が把握しているのでしょうか?」
今の修也と蒼芽のやり取りを疑問に感じた永田さんが再び修也に尋ねる。
「え? あ……」
指摘されて修也は初めて気が付いた。
引っ越してきたばかりで住所をきちんと覚えていないというのはさして珍しい話ではない。
しかし自分以外の人間が自分の住所を覚えているというのはあまり一般的とは言えない。
だから永田さんは修也の住所を蒼芽が言えることに疑問を持ったのだろう。
「込み入った事情がおありなのでしたらこれ以上は聞かないでおきますが……」
「いや別にそんな大した事情じゃないですよ。単なる家庭の都合です」
「はい。家の都合で修也さんには私の家に居候していただいているんです」
ここで変に隠したり誤魔化したりすると余計にややこしいことになる。
そう察知した修也は敢えて何でもないことのように軽く釈明する。
蒼芽も修也の意図をを察したのか同意してくれる。
「あ、そうなのですね。失礼しました。てっきりお二人はもう同棲する間柄なのかと」
「いやいや俺はまだ高2ですよ? いくら何でも早すぎるでしょ」
「そうでもないですよ? 私の知り合いに高校の進学前にもう結婚を見越した同棲生活を送っている人がいましたから」
「高校の進学前!? ってことは中学生でってことですか!?」
永田さんから告げられた衝撃の事実に修也は驚く。
「あ、でも私の知り合いにもいたね。まだ小学校にも入っていない時期で許嫁が決まってる子」
「マジか……そういう世界もあるってことなのか……」
さらっと華穂の口からももたらされた事実に関心半分呆れ半分で呟く修也。
「なのでお二人もそうなのかと思ったのですが……と、すみません。プライベートなことに踏み込みすぎましたね」
「あ、いえ……」
「むしろ永田さんの知り合いの話が気になります……」
軽く頭を下げて謝る永田さんに対して首を振る修也と違うところが気になる蒼芽。
「お待たせしました。オレンジジュースの方はー……」
話にちょうど区切りがついたところで店員が注文した飲み物を持ってきた。
「あっはーい」
手を挙げた由衣の前にオレンジジュースが置かれる。
その後もそれぞれ頼んだ飲み物が置かれていった。
「ではごゆっくりどうぞ」
そう言って店員は伝票を置いて下がっていった。
「えーと……手続きとしてはこれで終わりですか?」
住所以降も書き終えて自分のアイスコーヒーにガムシロップとミルクを入れながら修也が尋ねる。
「はい。税金その他の処理は弊社で行いますので、土神様にしていただくことはこれ以上はございません」
永田さんは書類に不備が無いことを確認して、書類を纏めて鞄にしまう。
そして自分のホットコーヒーのカップを持ち、口をつける。
「っ…………」
「……ん?」
その瞬間、修也は永田さんの表情に引っ掛かりを感じた。
(気のせいかな……? 一瞬永田さんの表情が歪んだような……)
見間違いかもしれないが、永田さんの眉が一瞬引きつったように修也には見えたのだ。
(まぁ思ったよりも熱かったとかそんなとこだろうな。永田さんが頼んだのホットコーヒーだし)
ただ、大したことではないと思いすぐにその疑問を引っ込める。
実際のところは普段はがっつりミルクも砂糖もいれる永田さんだが、高校生たちの前でちょっと大人ぶろうと見栄を張ってブラックコーヒーを頼んだのは良いが想像以上に苦く、それでも尊敬の眼差しを向ける由衣の手前やっぱり砂糖とミルクが欲しいとは言えず何とか根性で表情に出さないように抑え込んでいただけだというのは本人だけが知ることなのである。
「それでは私はこの書類を持ち帰って手続きに入ります。本日はありがとうございました」
喫茶店を出てすぐに永田さんはそう言ってお辞儀をして去っていった。
「じゃあ私も帰ろっかな。じゃあまた明日ねー」
「わ、私もこれで……それじゃあまた明日……」
そう言って華穂と詩歌も帰っていった。
「じゃあ俺らも帰ろうか」
「そうですね」
修也の言葉に蒼芽が頷き、歩き出そうとする。
「ちょっと待っておにーさん! 忘れてることがあるよー!」
そんな修也を由衣が止める。
「え? 何か忘れてたっけ?」
「一昨日おねーさんは水着買ったのにおにーさんは買わなかったでしょー?」
「あぁ、そう言えば……」
修也は2日前にこのモールに来た時、蒼芽の水着を買っただけで結局自分は何も買っていなかったことを思い出す。
「でも俺の買い物はついでで別に買わなくても良かったし、そもそも買うにしたってTシャツとかその辺を考えてたんだが……」
「ダメだよー! せっかくおねーさんが新しい水着買ったんだからおにーさんも新しいの買わないとー!」
「……そういうもんなの?」
「由衣ちゃん的にはそういうものなんでしょうね……」
由衣の主張にお互い顔を見合わせる修也と蒼芽。
「それに俺個人の買い物に2人を付き合わせるのは……」
「あ、それは全然構いませんよ」
「私もー!」
「……うん、何かそう言われるような気はしてたけどさ」
2人ならそんな返事が返ってくるんじゃないかと考えていた修也は、予想通りの回答が返ってきたことに諦めに近い感情で呟く。
「それじゃあ早速水着売り場に行こー!」
そう言って由衣は修也の手を取ってぐいぐいと引っ張る。
「由衣ちゃんそんな急がんでも」
「早くしないと良い水着は売り切れちゃうんだよー!」
「いや女の子の水着ならともかく、男の水着でそれは無いだろ」
口ではそう言いながらも由衣に引かれるままに足を進める修也。
蒼芽も苦笑しながら修也に並んで歩く。
1階のイベントエリアでは、やはり修也の予想通り男物の水着が売り切れてるなんて事態にはなっておらず、修也は適当に無難なデザインのものを試着無しで買った。
「おにーさん、試着しないで大丈夫なのー?」
「あぁ。男物の場合は大体サイズが合ってりゃ何とかなるからな」
「へー、そーなんだねー」
「よし、それじゃあ今度こそ帰ろう」
そう言って改めて舞原家に向かって修也は足を進める。
今度は由衣に止められることも無く、3人並んで帰り道を歩いていくのであった。
「んー…………」
帰宅して自分の部屋に戻ってきた修也はベッドに寝転びながら考える。
一昨日の水着売り場の店員も永田さんも、修也と蒼芽が付き合っているように見えたと言った。
永田さんに至っては同棲関係だと思っていたようだ。
「……周りにはそう見えるってことなのかなぁ……?」
修也自身は全く自覚が無かったのだが、こういうことは自分自身では意外と気付かないものなのだろう。
思えば蒼芽は修也が引っ越してきてからずっと好意的に接してくれている。
元々世話焼き気質という所もあるとは思うのだが、それだけでは片付けられないような気もする。
「……でもどうすりゃ良いんだろ?」
それ自体は非常にありがたい話ではあるのだが、そんな蒼芽に対してどういうアクションを起こせば良いのかが全く分からない修也。
今まで人付き合いが希薄だった弊害がこんな所でも出てきてしまう。
「修也さーん、晩ご飯ができましたよ」
修也があれこれ思案していると扉がノックされて蒼芽の声が廊下から聞こえてきた。
「ん……? あぁ、もうそんな時間か」
気が付けば結構な時間が経っていたらしい。
修也はベッドから起き上がり部屋を出る。
「わざわざありがとな呼びに来てくれて」
「いえいえこれくらいなんてことないですよ」
「これに限らず蒼芽ちゃんには色々と恩があるからなぁ。ここでの生活の事とか『力』の事とか」
引っ越してきてからの身の回りの世話をしてくれているというのも十分ありがたいが、修也的には『力』を目の当たりにしても態度が一切変わらなかったというのが非常に大きい。
「何かで返せれば良いんだが……」
「前にも言ったじゃないですか、時々デートとかしてくれるのでそれで十分ですって。でもそれで修也さんの気が済まないっていうのであれば……」
そこで蒼芽は一旦言葉を区切って目を伏せる。
「……前みたいにぎゅって抱きしめてくれませんか」
そして小声かつ早口でそう呟いた。
「え」
予期せぬ方向からのお願いに修也の思考がフリーズする。
蒼芽も蒼芽で顔が赤くなっている。
「ほ……ほらっ、この前由衣ちゃんが言ってたじゃないですか。修也さんに抱きしめられるとなんだか落ち着くって。きっと修也さんからはマイナスイオンが出てるんですよマイナスイオンが!」
照れ隠しなのかいつもよりやや早口かつ饒舌になって何かよく分からないことを口走る蒼芽。
「俺はトルマリンか? ……でもまぁそれくらいなら……」
「えっ? 良いんですか!? 自分から言い出しておいて何ですけど」
修也の言葉に期待に瞳を輝かせて聞き返してくる蒼芽。
(俺からすれば、逆に良いのか? ……って聞きたいくらいなんだが)
可愛い女の子を抱きしめることができるとか、役得以外の何物でもない。
そんなお願いを無下にできるような、白峰さんや黒沢さんが悦びそうな嗜好を修也は持ち合わせてはいない。
「まぁ夕飯食べてからな。これ以上紅音さんを待たせるのは良くない」
「あ、そうですね」
修也の言葉で、夕飯ができたことを呼びに来たという本来の目的を思い出した蒼芽は階下に向けて歩き出す。
その足取りが軽く見えたのは気のせいではない……気がする修也であった。
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