守護異能力者の日常新生活記 ~第4章 第23話~

「……え、いや、何で……?」
「あ、あはは……」

修也は中等部の購買で買ったパンを手に持ちながら呆然とした様子で立ち尽くしていた。
横に立っている蒼芽も困ったような表情で苦笑している。

「いや、理事長が同じという時点で予測するべきだったか……」
「流石にこれの予測は無理じゃないですか……? まさか中等部の方でも適用されるなんて思いませんよ」

修也はパンとは別に手に持っているレシートを見下ろす。
蒼芽も横からのぞき込むような形で修也と同じところを見る。
2人が見ているところには、『特別割引 -100%』と書かれていたのだ。

「……これ見る度に俺、罪悪感でいっぱいになるんだけど。ホントに良いのか? ……って」
「まぁ……この学校で一番偉い理事長が良いと仰っているんですから良いんでしょうけど」

未だ難しい顔をして唸っている修也に対して蒼芽がフォローを入れる。

「それに理事長も修也さんが無茶苦茶な使い方をしないって分かってらっしゃるからそのようなお礼をしているのではないですか?」
「うーん……」

確かに蒼芽の言う通り、これは使い方次第ではとんでもないことができる。
例えばクラス全員の買い物を一手に引き受けて買い物をして配り回ればクラス全体の買い物を無料でできることになってしまう。
そうすれば流石に経営に少なからず影響が出る恐れがある。
しかし修也はそんなことをするつもりは毛頭ない。
というか学校でかかる費用が10割引きになっていることをほとんど口外していないのだ。
その事実を知っているのは蒼芽以外だと華穂と詩歌くらいだ。
彰彦と爽香は9割引きまでしか知らないし、それについても口外しないで欲しいという修也の頼みを聞いてくれている。
華穂は身内の話だし、詩歌は進んでそういうことを口外するタイプではない。
そう考えると確かに蒼芽の言う通り、理事長が修也の人柄を見抜いてそのような報酬を渡した可能性は十分ある。

「……そういやあの人、人間観察が趣味だったな……」

理事長に初めて会った時そのようなことを言っていたのを思い出す修也。

「理事長は理事長なりに俺の事を評価してくれてるってことなのかな……」

先程の陽菜の話が修也の脳裏に浮かぶ。

「そうですよ。そしてこれが理事長なりの評価の示し方なんですよ、きっと」
「んー……」

いやらしい言い方かもしれないが、人の評価として一番分かりやすいのはお金だ。
しかしいくら何でも直接謝礼金を渡すというのは色々と問題があったのだろう。
なので修也の学校生活にかかる費用を負担するという回りくどい形をとることになったのではないか。
蒼芽の言葉を聞いて修也はそう推論を打ち立てる。

「……まぁ、結局想像の域は出ないけど一応納得できた……気はする」
「だったら良かったです。という訳でその真剣な表情の修也さんの横顔を1枚撮らせてください!」
「え、何が『という訳で』なの? 何でそうなるの?」

期待に目を輝かせてスマホを構える蒼芽を適当にいなしながら修也は中等部のグラウンドへ足を進めていった。

 

守護異能力者の日常新生活記

~第4章 第23話~

 

「……あっ! おにーさーん!!」

グラウンドではちょうど昼休憩になったらしい。
生徒が思い思いの場所へ向かって散り散りになっているところだった。
そんな中で由衣が修也を見つけて駆け寄り飛びついてきた。

「おわっと!」

正面からだったとはいえ、パンで手がふさがっていた修也は由衣の体当たりをまともに受ける。
とは言っても心の準備はできていたし由衣は軽いのでどうということはなかったが。

「ねーねーおにーさん、私1番になったんだよー? 見てたー?」
「あぁ、ちゃんと見てたぞ。凄いじゃないか由衣ちゃん。メチャクチャ足速いんだな?」
「えへへー、おにーさんが応援してくれたから頑張ったんだよー」
「あー、そりゃ速いはずだわ。聞いてくださいよ土神先輩。由衣ったら先輩が関わったら身体能力が大幅に上昇するんですよ。この前だって先輩が視界に入った途端視界から消えるレベルの速度で突っ走っていきましたからね」

一緒にいた亜理紗が納得顔で説明する。

「と言うか2位だった子は陸上部なんですけどねぇ……まぁ彼女は長距離選手で短距離は専門外な訳ですが、それでも一般生徒に負けないくらいの自信はあったということですよ?」
「マジか由衣ちゃん。陸上やってる子に勝ったのか……」
「えへへー」
「その子自信喪失とかしてないよな?」

3年近く必死に練習してきたのに、専門外とは言え一般生徒に負けたのだ。
これから最後の大会を控えているだろうし、心が折れていないか修也は危惧したのだが……

「いえそれが、あそこまで差がついたら悔しいという気持ちすら起きなかったみたいです。むしろ高等部に入ったら一緒に陸上やらないかって誘ってましたよ」
「おお、逞しいな……」

亜理紗の話だととりあえず落ち込んではいないようだ。
そのことに修也は他人事ながら安堵のため息を吐く。

「でも部活入ったらおにーさんやおねーさんと遊ぶ時間が減るからやだなー……」

当の由衣は部活に入ることにはあまり乗り気ではないらしい。
眉根を寄せてそんなことを呟く。

「まぁその辺はゆっくり考えたら良いさ。それは置いといて昼食にしよう。由衣ちゃんたちはどうするんだ?」
「私はねー、おかーさんが作ってくれたお弁当があるんだよー!」

そう言って由衣は手に持っていた巾着袋を目の前に掲げる。

「……あ、そう言えば由衣ちゃんのお母さんって会ったこと無いな……」
「確かにお会いする機会は無かったですね。私も最近会ってないなぁ」
「忙しい人なのか?」
「はい。由衣ちゃんのご両親は共働きでして、家を空ける日が多いんです」
「だからよくおねーさんちに遊びに行ってたんだよー」
「ははぁ、なるほど……」

そういう背景があったから家族ぐるみで仲が良かったのかと修也は納得する。

「あっ! そー言えばおかーさんがおにーさんに会いたがってたよー?」
「え? 何で?」

突然そんなこと言われても理由の見当がつかない。
由衣の言葉に修也は首を傾げる。

「んー……この前おにーさんのお話をおかーさんにしたら、是非会って挨拶したいってー」
「どんな話したんだ由衣ちゃん……?」
「えっと……シンプルに隣に新しく引っ越してきたから顔合わせしたいだけだと思いますよ?」

蒼芽が理由を推測して教えてくれる。

「そういうもんなのか……俺、そういう人付き合いとか経験薄いから分かんないや」
「まぁそういう人は少なくないですよ。特に最近はご近所付き合いですら希薄なのは珍しくないです」
「あ、そうなの?」

修也は今回も自分の置かれた環境故の弊害だと思ったが、今回に限ってはそうでもないらしい。

「まぁそれは良いじゃないですか。それよりも早く食べましょうよ。でないとお昼休憩終わってしまうじゃないですか」
「そうだな。由衣ちゃん、どこか食べるのに良い場所知ってるか?」
「うんっ! 中庭が良いと思うよー」
「じゃあ早いとこ行きましょうか。長谷川さんはこれから買うの?」

由衣と違い亜理紗は何も持っていない。
なので蒼芽はそう尋ねる。

「あ、はい。なので先に行っててください。私は購買に行ってから中庭に行きますので」

そう言って亜理紗は購買に向かって駆けだした。

「じゃあ案内するねー! こっちだよー」

そう言って由衣は修也の手を取って歩きだした。

 

中庭には修也たち以外にもちらほらと生徒がいた。
備え付けられているベンチや石垣に腰かけていたり用意していたであろうシートに座っていたりして昼食をとっていた。

「あっ、あのベンチが空いてるよー」

そう言って由衣が指さしたところには確かに誰も使っていないベンチがある。
後から来るであろう亜理紗を入れても並んで座る分には問題なさそうだ。

「私いっちばーん!」

そう言って由衣が駆け出して一番にベンチに辿り着く。
少し遅れて修也と蒼芽も同じベンチに腰掛けた。

「それじゃあいただきまーす!」

そう言って巾着袋を開ける由衣。

「あれ? 由衣ちゃん、長谷川は待たなくて良いのか?」

亜理紗がまだ来ていないのに食べ始めようとする由衣を見て修也は尋ねる。

「うん、こーゆー時は先に食べるって2人で決めてるんだよー」
「へぇー、普段から長谷川と一緒にお昼食べたりするんだ」
「うんっ! ありちゃんは学校で一番仲の良い友達だからねー」
「ふーん……ん?」

楽しそうに亜理紗のことを話す由衣に相槌を打っていた修也だが、ふと気になることができた。

「? どうしたんですか修也さん?」
「……ということは、前に由衣ちゃんが友達から教えてもらったって言ってた合コンまがいの遊びは長谷川が発信源か……?」
「あ、あぁー……そんなこともありましたね……」

先日の舞原家での合コンもどきを思い出して微妙な表情になる蒼芽。

「あの時はすみませんでした。つい私も悪ノリしてしまって……」
「……いや、蒼芽ちゃんは悪くない」

申し訳なさそうに謝る蒼芽を手で制する修也。

「あ、いたいたお待たせしました土神先輩、蒼芽先輩! 思ったよりも購買が混んでなくて助かりましたよー。それでも別にわざわざ待たないで由衣みたいに食べ始めてくれてても」
「悪いのはお前だあああぁぁぁ!!」
「いきなり何の話ですかぁ!?」

そこに遅れてやってきた亜理紗を指さして糾弾する修也。
いきなり詰め寄られた亜理紗は訳が分からず目を白黒させている。

「お前だろ! 由衣ちゃんに合コンまがいの変な遊びを教えたのは!?」
「あぁ何かと思えばその話ですか。そうですよ、私が由衣に教えましたよ」

しかし修也が何の話をしているのか理解した後はあっさりと自分がやったと認めた。

「いやしれっと言うなよ! ちったぁ悪びれるくらいしろよ!」
「そうは言ってもですね、これは必要なことなんですよ? 今後私たちにだって合コンのお誘いが来たっておかしくないじゃないですか。おかしくないですよね? ……おかしくないんですよコンチクショウがっ! 何ですかその『お前に合コンの誘いなんか来るわけないだろ自惚れも大概にしろ』って感じの目は!?」
「そんな目してねぇよ。いきなり訳分からんキレ方すんじゃねぇ」

弁解の途中で急にキレだした亜理紗に呆れる修也。

「あぁこれは失礼しました。でですね、備えあれば憂いなしと言う言葉もある訳ですし情報はいくらあっても困らないじゃないですか。なのでいつか合コンに参加する日を夢見ていざそんな日が来た時に慌てないように予備知識を蓄えてるって訳です」
「ん、んー……そう言われると……」

亜理紗の言い分に特におかしな点は無い。
予備知識や前情報は事をスムーズに進める為には欠かせないものである。
可能な限り仕入れておいて損は無いだろう。

「にしたって中学で合コンとか……」
「早すぎて困ることも無いでしょう? いやー良い時代ですよね。ちょっと調べればすぐ情報が見つかるんですから。ほらこれとか、最近の私のお気に入りブログなんですよ。『SERIの必勝合コンテクニック!』ってブログなんですが……」
「それあまり鵜呑みにしない方が良いと思うぞ」

自分のスマホを開いてページを見せてきた亜理紗に修也は忠告しておく。

「え、なんでですか?」
「いや……」

何と説明すれば良いか分からず、修也は言葉を詰まらせながら亜理紗が見せてきたブログを凝視する。
断定はできないが、文体やブログの雰囲気からしてあのニュースブログと運営者が同じような気がする。

(……高代さん、こんなブログも作ってたのか……?)

脳裏に無駄に笑顔を輝かせている瀬里が浮かぶ修也。
何とも言えない微妙な気分になった修也だが、個人の嗜好をどうこう言うのは違うと思うので深入りはしないでおくことにした。

「ねーねーおにーさん、食べないのー? お昼休み終わっちゃうよー?」

いつまでも食べ始めない修也に由衣が声をかける。

「え? あ、そうだな」

由衣の言葉に修也は頷き、先程買ったパンのひとつの包装を開ける。

「あっ! その卵サンド買えたんだおにーさん。とってもおいしいんだよ、それー」

修也が手に取った卵サンドを見て目を輝かせる由衣。

「そうなのか?」
「うんっ! 購買でも人気なんだよー。でもおいしいからすぐ売り切れちゃうんだよねー」
「へぇー。早めに買いに行ったのが功を奏した感じかな」

そう言って手元の卵サンドを眺める修也だが、そこで由衣が卵サンドを凝視してることに気がついた。

「…………一口食べるか? 由衣ちゃん」

気になった修也はそう由衣に尋ねてみる。
それだけ美味しいと言うのであれば食べたいのではないかと思ったからだ。

「えっ? 良いのー!?」

修也の言葉に目を輝かせる由衣。

「ああ。美味しいって教えてくれたお礼だ」
「わーい! ありがとーおにーさん!」

頷く修也に由衣は笑顔で礼を言い……

「はむっ」
「あ」

修也の持っている卵サンドに直接かぶりついた。

「……んー! やっぱりおいしいよー」

幸せそうな顔をして何度も咀嚼する由衣。

(……どうしよう、これ……)

一方修也は由衣の歯型が付いた卵サンドを見て眉根を寄せて悩む。
修也は一口分ちぎって渡すつもりだったが、それよりも先に由衣が直接かぶりついてしまった。
このまま続きを食べて良いものなのだろうか?
かと言って食べないのもそれはそれで勿体ない。

「……あの修也さん、良かったら私にも一口貰えませんか?」

修也が葛藤していると、横から蒼芽がそう声をかけてきた。

「え?」
「由衣ちゃんがそれだけ美味しいと言うんでしたら私も食べてみたくなりまして」
「あ、あぁ」
「では、失礼して……」

そう言って蒼芽は由衣がかじった所から少しちぎって自分の口に入れる。

「!」
「あ、本当に美味しい」
「でしょー?」

蒼芽の言葉を聞いてにこにこ顔の由衣。

(……なるほど、気を遣ってくれたんだな蒼芽ちゃん)

今の蒼芽の行動の意図を把握した修也。
蒼芽は直接由衣が口を付けた卵サンドをどうすれば良いか修也が悩んでいるのを見抜いたのだろう。
なのでその部分だけをちぎり取って自分が食べることにしたのだと思われる。

(そういう気遣いが自然にできるのが蒼芽ちゃんの良いところだよなぁ)

蒼芽のさり気ない気遣いに感心する修也であった。

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