昼休憩の時間が終わり、午後の部が始まった。
午前はリレーや徒競走など真面目な競技が多かったが、午後はどうもエンターテイメント性が高い競技が割り振られているようだ。
今もグラウンドで行われているのはパン食い競走である。
「……と言うか昼食直後にパン食い競走ってどうなんだ」
「ま、まぁ……直接かぶりつくわけではないですから……」
プログラム構成に苦言を呈する修也を窘める蒼芽。
確かに吊るされたパンは包装されたものであり、直接かぶりつきはしない。
メインの目的は衛生面だと思われるが、妥当な処置だろう。
「しかし何で包装が透明じゃないんだ? あれじゃ中身が分からんだろ」
「むしろ分からなくするために透明じゃなくしてるんですよ」
「え、なんで?」
蒼芽の言葉に首を傾げる修也。
「最初は透明のポリ袋で包装されていたんです。でもそれだと人気のあるパンに殺到しちゃったんですよね」
「え、パンの種類統一されてないの? 俺てっきりこういうのってあんぱんで固定されてる物だとばかり思ってたけど」
「はい。このパン食い競走で使われているのは購買から提供されたパンで、様々なパンが吊るされているんですよ」
「あー……どうせなら人気のあるパンが欲しいわな……」
心理は分からなくもないので修也は微妙な表情をしながらも頷く。
「えぇそうなんです。だから人気のパンを巡って別の競争が……」
「いやいや待て待て、趣旨が変わってきてる!」
「……という訳なので中身が見えないようにしたんですよね」
「いやパンの種類を統一すれば良いだろうに」
「それは『中身は開けてみるまでお楽しみ』というワクワク感も兼ね揃える為だとか」
「いるのかその要素?」
学校の競技にそのようなガチャ要素を入れるのはいかがなものかと修也は眉を顰める。
「……まぁ、午後からの競技はそう言う物が多くなってるんですよ」
「……何か急にイロモノくさくなってきたな……」
「あ、あはは……でも結構楽しいですよ?」
「あっそうか。蒼芽ちゃんも去年は参加してたのか」
現在蒼芽は高1だ。
当然去年は中3で中等部在籍になるので参加していただろう。
「あまり競うことを意識しすぎてピリピリするのも嫌ですし、これくらい気楽なのも良いものですよ?」
「まぁ……確かにな」
「それに……運動が苦手な人もいるわけですし、そういう人たちも楽しめるように……って理事長が配慮したという噂を聞いたことがあります」
「あぁ……あの人ならあり得るな」
常に生徒のことを考え生徒の為に動くあの理事長なら十分考えられる話だ。
所々で垣間見える理事長の気遣いにじんわりと感心させられる修也であった。
守護異能力者の日常新生活記
~第4章 第24話~
「あ、次の競技は由衣ちゃんが出るみたいですよ?」
蒼芽の言う通り、次の競技に向けて由衣は待機場所へ移動し始めている。
「次は何の競技なんだ?」
「えーっと……借り物競走ですね」
蒼芽がパンフレットを見ながら答える。
「借り物競走かぁ……存在自体は知ってたけど実際にやってるのを見るのはこれが初めてだな」
「あれ、やってるのを見たことすら無いんですか?」
修也の言葉に意外そうな顔をして聞き返す蒼芽。
「うん。ついでに言うとパン食い競走も実際にやってるのを見たのは初めてだ」
「へぇー……どこでもやってる定番の競技だと思ってましたけどそうでもないんですね」
蒼芽は感心したかのように頷く。
そうこうしている間も競技は進んでいく。
借り物競争に参加している生徒たちはコースの途中に置かれているカードを取り、そこに書かれているであろうものを探して観客席辺りをうろついている。
そしてカードに書かれているものを借りられた生徒はゴールに向かって駆けだしていった。
中には観客そのものを引っ張っていっている生徒もいる。
「……え、人ごと持っていくってパターンもアリなのか?」
「多分お題に『髪の長い人』とか『背の高い人』みたいな人の特徴が書かれていたんでしょうね」
「ははぁ、なるほど……」
蒼芽の解説に修也が相槌を打っていると、由衣が立ち上がってスタートラインに立った。
「あ、由衣ちゃんの出番ですよ」
由衣はスタートの笛が鳴ると同時にカードが置かれている場所に向かって駆けだした。
相変わらず物凄く速い。
真っ先にカード置き場に着いた由衣はカードを1枚取ってめくり、何が書かれているか見た後きょろきょろと辺りを見回し始めた。
そして修也たちを見つけた瞬間、修也たちに向かって走ってきた。
「ん? こっちに来るってことは俺たちが持ってる物なのか?」
「何が書かれてたんでしょうね?」
首を傾げる修也と蒼芽をよそに由衣は全速力で修也たちの元まで来た。
「おにーさんとおねーさん、一緒に来てー!」
そして修也と蒼芽の手を取って再び駆け出した。
「ん……俺?」
「え、私も?」
何が書かれていたか分からないが、由衣がそう判断したのならばついていった方が良いだろう。
修也と蒼芽は由衣に引っ張られる形で走り出す。
「あっ、ありちゃんも来てー!」
自分のクラスの待機場所の近くを通った時、由衣は待機していた亜理紗にも声をかけた。
「はい? 私も? お題は一体何なのよ?」
「それは後で言うから早く早くー!!」
亜理紗の質問に答えず急かす由衣。
確かにこれは競走なのでゴールするのが先だろう。
亜理紗もそれは把握したのか、疑問顔ながらも由衣についていく。
他の生徒がまだお題の借り物を探している中、由衣はゴールの係員の元に駆け付けた。
「お題を確認させてもらっても良いかな?」
「はいっ! これだよー」
そう言って由衣はお題のカードを係員に見せる。
「………………」
カードと修也たちの間を何度も係員の視線が往復する。
「…………別にこのお題だったら1人でも良かったんだけど?」
「1人じゃなくても良いんでしょー?」
「そうだけど……まぁとりあえずOKだね。通って良いよ」
「やったー! また1位だよおにーさん!」
お題をパスしてゴールに着いた由衣が飛び跳ねて喜ぶ。
「良かったな由衣ちゃん。ところでお題は何だったんだ?」
由衣をねぎらいつつ修也はずっと気になってたことを尋ねる。
由衣はお題を見て修也と蒼芽と亜理紗を連れてきた。
この3人の共通点が何なのか修也には見当がつかない。
それは蒼芽と亜理紗も同じようだ。
「これだよー」
そう言って由衣は修也にお題のカードを見せる。
そこには『自分の好きな人』と書かれていた。
「…………いやちょっと待て。何だこの絶妙に扱いにくいお題は」
お題を見た修也の表情が歪む。
任意の人という解釈もできなくはないが、ここではそうではなく自分が好感を持っている人物という意味なのだろう。
中学生という中々多感な年頃にこのお題はいかがなものだろうかと修也は思う。
「……あぁーなるほど、それで修也さんと私と長谷川さんを連れてきたんだね」
「まぁ由衣らしいと言えばそうですねぇ。……ってか1人で良いじゃないのよ。何でわざわざ3人連れてきたのよ? 意味無いでしょうが」
同じくお題を見た蒼芽が納得したように呟き、亜理紗は由衣がわざわざ3人連れてきたことにツッコミを入れる。
「えー、だっておにーさんもおねーさんもありちゃんも私好きだもん!」
迷い無く言い切る由衣。
「いやそういうことじゃあ……まぁ良いわ。それでこそ由衣って感じだし、それでも1位取れてるんだしね」
諦めに近い感情で自分を納得させる亜理紗。
「……ってか良いのか? 長年の付き合いのある蒼芽ちゃんや長谷川と俺が同列に並べられて」
亜理紗とは2年強、蒼芽とはそれ以上の付き合いがあるのに対して自分とはまだ知り合って1ヶ月も経っていない。
そんな2人と同格の扱いをされていることに修也は疑問を呈する。
「それは良いじゃないですか。修也さんの人柄がなせる業というものですよ」
「それに由衣ですからねぇ。多少なりとも由衣の性格を知ってる人間ならこの程度でうだうだ言うことが如何に不毛かつ無意味なことかが分かるかと思います」
「それはまぁ……確かに」
由衣はコミュ力の塊である蒼芽以上に人懐っこい。
修也など出会って1分であの懐かれ様である。
そんな由衣を前にしたら知り合ってからの期間など些細な問題なのだろう。
だから今回のこのお題は由衣にとってはむしろうってつけだったとも言えるかもしれない。
「……と言うか、由衣ちゃん以外がこのお題引いたらどうするつもりだったんだ……」
「まぁそこは普通に友達とかでごまかしてたと思いますよ? 私や長谷川さんが良い例です」
「この借り物競争って変なお題が多いんですけどその代わり判定が大分緩いんですよね。だから蒼芽先輩が言った通り仲の良い友達を連れて来れば良いんですよ。もちろん恋愛的な意味で好きな人を連れて来ても問題ないです」
「ナルシストが『好きなのは自分です!』って言って1人で来るっていうのもアリなのか?」
「アリです。係員が納得すればパスできます」
「マジ!?」
修也はネタ半分で聞いてみたのだが、返ってきたのは予想外の答えだった。
「はい。さっき長谷川さんが言ってましたけど、判定が相当緩いんですよ。私が在籍してた頃も『髭』というお題を引いた男子生徒が何も持たず係員の所に行って『今はまだ生えてないけどそのうち生えてくる! だから髭はある!!』と言い切ってパスしてましたよ」
「この競走で必要なのは機転を利かせられる発想力と相手を納得させられるプレゼン能力なんですよ。もちろん足も速いに越したことはありませんが」
「えぇ……競走に求められる能力じゃないだろそれ……」
無茶苦茶な主張をしたその男子生徒とそれを通した当時の係員に呆れる修也であった。
「次のプログラムは部活対抗リレーです。これで最後ですね」
観客席に戻った蒼芽がプログラムを見ながら言う。
「ああ、それは前の学校にもあったぞ。各部活が自分のユニフォームを着てリレーするんだろ?」
「はい。クラス対抗ではないので完全にお楽しみ要素ですね」
今トラックのコース上には様々なユニフォームを着た生徒が並んでいる。
「野球部・サッカー部・陸上部……まぁ定番だな」
「はい。その辺は順当ですね」
「テニス部・バレー部・バスケ部……うん、この辺もポピュラーだ」
「テニス部はちょっと走りにくそうですけどね」
テニス部は何故かラケットを持っている。
バトン代わりなのだろうか?
「水泳部は……水着の上に裸足かよ」
「まぁ……ユニフォームと言えばそうなんでしょうけど」
グラウンドに水着姿でいると違和感がハンパない。
男女共に変な注目の的になってしまっている。
「剣道部は……袴で走るのか。走りにくそうだなぁ」
「走ることが無い部活ですからねぇ……」
防具をつけないだけマシだがそれでもやりにくそうではある。
というか普通に暑そうなので途中で倒れたりしないかが心配だ。
「そして……え、柔道部? 中等部には柔道部あるのか?」
コースの端に柔道着を着て立っている生徒を見て修也は意外そうに首を傾げる。
「あ、はい。中等部にはありますよ」
「そういや霧生も中学の時は柔道部って言ってたもんな……」
中等部では普通に存在しているのに高等部には無い。
そんなことがあり得るのだろうかと修也は眉を顰める。
「もしかしたら何か裏であったのかもな……今度暇な時に覚えてたらそれとなく調べてみるか」
「それ絶対調べないやつですよね?」
「だって興味無いしなぁ」
自分に関わり合いがあるならともかく、これは全く修也には関係ない話だ。
わざわざ自分から首を突っ込む気にはならない。
修也は湧きだした疑問を放り投げて部活対抗リレーの行く末を眺めることにする。
「……やっぱ陸上部の独壇場かぁ」
「まぁそうなりますよねぇ」
当然というか何というか、リレーはやはり陸上部が圧倒的な差で1位という誰もが予想できた結果で幕を下ろした。
由衣の時のような番狂わせなどそう簡単には起きないのである。
「あっ! おにーさんおねーさん、今日は応援に来てくれてありがとー!」
閉会式を終えて解散となり、由衣は制服に着替えて校舎から出てきた。
そこで待っていた修也と蒼芽を見つけて駆け寄ってくる。
「お疲れ様由衣ちゃん。楽しかった?」
「うんっ! 2回も1位取れちゃったしねー!」
「いやぁ足速いんだな由衣ちゃん。ビックリしたよ」
「えへへー」
2人の間に立ち、笑顔で歩き出す由衣。
「それに借り物競争でもあのお題で即決即断だもんな。俺が同じ立場だったら絶対無理だわ」
自分は仲が良いと思っていたけど相手はそうでも無かったらどうしよう。
そもそも声をかけられる人が見つかるのか。
修也はどうしてもそういう考えが頭にこびりついて離れない。
「その時は私がついてってあげるよー!」
修也の呟きに対して笑顔でそう答える由衣。
「え?」
「だって私おにーさんのこと好きだもん! だったらおにーさんも私のこと好きだよねー?」
「おぅ……何という由衣ちゃん理論……」
自分が相手を好きなんだから相手も自分が好き。
非常に楽観的かつ安直な理論だし実際はそんな簡単な話ではない。
修也の考え方の方がまだ現実的だろう。
「……まぁそうだな。もしそんな場面が来たらその時は頼むよ」
「うんっ!」
しかしこの考え方は非常に由衣らしいとも言える。
なので修也は余計なことは言わないでおくことにした。
「も、もちろん私もですよ!?」
由衣と修也の話を聞いて蒼芽も割り入ってきた。
「……そうだった。今の俺には蒼芽ちゃんがいるんだ。だったら何も恐れる必要は無いな」
「じゃあ私とおねーさんとで一緒に走ろーねー!」
「ふふっ、そうだね」
笑顔でそう言う由衣に対して蒼芽も笑顔で返す。
実に微笑ましい光景だ。
(………………ん?)
しかしその微笑ましい光景に水を差すような視線を修也は背後から感じた気がした。
振り返ってみたがそこにいたのは他の中等部の生徒や応援に来ていた保護者くらいである。
特に怪しい人影は見当たらない。
(気のせい…………なのか?)
先日のプールの帰りにも似たようなことがあったのを修也は思い出す。
だが結局あの後特におかしなことは何も無かった。
今回もただ人混みに慣れていないが故の気にしすぎなのかもしれない。
「おにーさん、どーしたのー?」
後ろを振り返ったままの修也に気が付いて由衣が尋ねてくる。
「あぁ、いや何でもない。帰ろ帰ろ」
無駄に不安を煽る訳にもいかないので修也は言葉を濁して、止まっていた足を進めて舞原家への道を歩くのであった。
コメント