守護異能力者の日常新生活記 ~第4章 第26話~

「え……な、何ですかこれ……」

手紙の内容を見て蒼芽は表情を引きつらせる。

「見ての通りこれは脅迫状だ。まぁ大体そんなとこだろうとは思ってたけどな」
「どうして分かったんですか?」
「手紙にしてはちょっと重かったからな。あと手触りで紙以外の固い物が入ってるって分かったし」

蒼芽の質問に対して修也はそう答える。

(……引っ越す前に似たようなことがあったとは……言わなくて良いか)

実は引っ越してくる前に修也は似たような事態に遭遇したことがある。
何も怖がられ遠巻きにされていただけではない。
並外れた動体視力と我流護身術、そして『力』を持っている修也に直接危害を加えることはほぼ不可能だ。
なのでそのような遠回しの嫌がらせを仕掛けてくる奴もいたのである。

(……うん、敢えて言うようなことじゃないな。黙っておこう)

修也はそんなことを考えつつも顔には出さず、手紙を畳み封筒に戻す。
ネタにできるようなことならともかく、笑えないことをわざわざ話して空気を悪くする必要は無い。

「あの……修也さん? どうしてそんなに落ち着いてられるんですか?」

こんな気味の悪い物を送り付けられたら焦りや不安に襲われそうなものだ。
なのに修也にそんな様子は見られない。
それを不思議に思った蒼芽が尋ねてくる。

「いやぁこっちに引っ越してきてからというものの俺を称賛する声ばっかりしか聞けてなかったからなぁ。こういうのが1人か2人くらいいた方が逆に安心する」
「いやいやいやいや……」

少し笑ってすらいる修也に突っ込む蒼芽。

「とある事象に対して全員が同じ事しか言わないってのは逆に不自然なんだ。反対意見は必ずある」
「そうかもしれませんけど……」
「誰もが同じ事しか言わないってのは何だか嘘くさく感じないか? 人の考え方なんてそれこそ人の数だけあるというのに」
「……ということは、今の修也さんの評価は嘘じゃない正当なものになるってことですね! そういうことなら話は分かります!!」
「えぇー……そうなるのー……?」

蒼芽の出した結論に今度は修也が表情を引きつらせる。

「……まぁそれは置いといてとりあえずこの剃刀の処分方法を考えないとな。普通にゴミ箱に入れちゃダメだろ」
「えーっと……燃えないゴミになるんですかね……?」

これ以上は気にしても仕方がないと判断したのか、蒼芽はスマホを取り出して剃刀の処分の仕方を調べ始めた。

「あ、やっぱり不燃ゴミみたいです。固い紙とかにくるんで『危険』と張り紙をして捨てればいいみたいですよ」
「ティッシュじゃダメなのか」
「柔らかい紙じゃ突き破る危険がありそうですからね」
「あーなるほど」

ティッシュにくるんだ剃刀を封筒に入れて、修也と蒼芽はいつも通りに舞原家への道を歩き始めるのであった。

 

守護異能力者の日常新生活記

~第4章 第26話~

 

「……あっ、すみませんお待たせしてしまいましたか、七瀬さん?」
「いえ、気にしなくても大丈夫よ。今日は非番だったし」

翌日の放課後、修也は帰る途中でモールの喫茶店に寄っていた。
そこに先にやってきて席に座っていた優実に軽く謝りながら同じテーブルの向かい側の席につく。
修也は昨日のうちに優実に相談したいことがあると電話をかけていた。
優実はそれを快く受け入れ、翌日の今日に喫茶店で待ち合わせることにしたのだ。

「ごめんなさいね舞原さん。本当なら土神君と2人で来たかったでしょうに」

そう言って修也と一緒に来ている蒼芽に謝る優実。

「いえ、ここには一度来たことがありますから」
「あらそうなの。変わらず仲が良さそうで安心したわ」

蒼芽の返事に優実は柔らかく微笑む。
そこへ店員が注文を取りに来たので修也はアイスコーヒー、蒼芽はアイスティーを注文した。

「おーぅ何か私のアンテナにビンビン来そうな話してんじゃないのさー。詳しいこと聞かせておくれよ!! あ、私はホットコーヒーで」

注文を聞き一礼して去ろうとする店員に違う声が割り込んでくる。

「……瀬里? 土神君、あなた瀬里にも声をかけたの?」

瀬里がやってきたことに不思議そうな顔をして修也に尋ねる優実。

「ええまぁ。七瀬さんに相談したいことがあると言ったのは間違いないんですが、高代さんにも聞いておいてもらった方が良いと思いまして」
「何々? おススメのデートスポットでも聞きたいの? 私としてはここから電車で20分程の所にある」
「未成年に何を勧めようとしてるのよ」
「あだぁっ!?」

何か言おうとした瀬里の後頭部を優実の容赦ない手刀が襲う。

「つぅ~~……何だよぅ、ちょっとしたジョークじゃないのさぁ」
「タチの悪い冗談はやめなさい」
「えーっと、これは……深く掘り下げない方が良いやつですかね」
「えぇ。無視して良いわ」

2人のリアクションからしてロクでもない所なのだろう。
優実の了承も得たので修也は下手に触れないことにする。

「それじゃあ話を進めますね。実は昨日……」
「へい大将! やってるかい? あ、私はアイスカフェオレで」

修也が話を進めようとしたところにまた違う声が割り込んできた。

「……土神君、陽菜も呼んだの?」

遅れてやってきた陽菜に目を向けながら優実が再び尋ねてくる。

「ええ……この前の華穂先輩との時にお2人とだけで喫茶店に行ったことで、後で非常にめんどくさい絡まれ方をされたので……」
「なるほど……その情景が簡単に想像できるわ……」

修也の言葉に眉間を指で押さえて首を振る優実。

「で、どうしたのさ舞原さんと2人で相談事なんて。お勧めのデートスポットならここから電車で20分ほどの所の」
「それはさっき瀬里がやったわ。教職者が何勧めようとしてるのよ」

再び容赦のない優実の手刀が今度は陽菜を襲う。

「フフハハハハ! 私にそれは通用しないよ優実! 瀬里とは違うのだよ瀬里とは! 体育教師舐めんなー!!」

しかし陽菜は上手く避けた。

「……相変わらず運動神経だけは無駄に良いんだから……」
「へへーん! それがブルマとスパッツとの間にある埋めようの無い差と言う奴だよ! どうだい舞原さん、これを機にブルマ勢力に加入しないかい?」
「え? えぇっと……」
「蒼芽ちゃんを巻き込まんでください……と言うか本題に入らせてくれませんか」

どんどん脱線していく3人に修也は突っ込みを入れる。

「ああごめんなさいね土神君。で、今日はどうしたの?」
「実は昨日、俺の下駄箱にこんな物が入ってまして」

そう言って修也は昨日の封筒をテーブルの真ん中に置く。

「ん? これは……俗に言うラブレターってやつじゃないのかい? 良いね良いね青春じゃないのさ土神君!」
「何だ自慢か? 舞原さんみたいな可愛い子が側にいるのに自分はモテるって自慢ですかコンチクショー!!」

それを見て楽しそうに笑う陽菜と変にやっかんでくる瀬里。
封筒のデザインが可愛らしいものだったからそう思ったのだろう。

「落ち着きなさいよ2人共。これが本当にラブレターならわざわざ私に相談を持って来たりしないでしょうが」

そんな2人とは対照的に冷静に分析する優実。
三者三様のリアクションにそれぞれの性格が見て取れる。

「そりゃそうかー。恋愛経験の無い優実に相談したりしないよねー」
「あー確かにそりゃそうだ。恋愛経験の無い優実をわざわざ呼び出したりしないよねー」
「…………シメられたいのかしら2人共」

『恋愛経験の無い』をやたら強調する陽菜と瀬里にこめかみをひくつかせる優実。

「ま、まぁまぁ七瀬さん……七瀬さんは格好良くて素敵な女性ですから……」

そんな優実を蒼芽が宥める。

「ありがとう舞原さん。でもね、世の中の男性はあなたみたいな可愛い女の子に寄っていくものなのよ……」
「え、そうなんですか修也さん?」
「いや俺に聞くな。そんなもん人それぞれだろ」
「じゃあ土神君。あなたは私と舞原さんだったらどっちを選ぶ?」
「えっ?」

突然の優実の質問に修也はたじろぐ。

「ああ別に私に遠慮はいらないわよ。たまにこうやって会うだけの私と一緒に暮らしてて毎日顔を会わせる舞原さんとなんてどちらか考えるまでもないでしょう」
「え、えぇと……」

分かっていると言いたげな表情の優実に何と言って良いか分からず言葉を濁す修也。

「じゃあさじゃあさ! 私と舞原さんならどっちを選ぶんだい土神君?」
「蒼芽ちゃんです」

陽菜からされた同じ質問に今度は迷わず即答する修也。

「それなら私と舞原さんならどっちかな?」
「蒼芽ちゃんです」

瀬里からの質問にも修也は迷わず即答する。

「えー、私担任なのになー」
「私は同じイニシャルなのになー」

即答した修也に対して不満そうに唇を尖らせる陽菜と瀬里。
その口調は完全におふざけモードである。

「……良かったわね舞原さん。土神君はやっぱりあなたを大事に思ってくれてるみたいよ」
「え、えっと……そうなるんですかね……?」

会話の流れ的に素直に喜んでいいのかよく分からないのか、今回は首を傾げて疑問顔の蒼芽。

「あのー……いい加減本題を進めさせてくれませんか」

ここでちょうど全員分の注文した飲み物がテーブルに並べられたので修也は仕切り直す。

「それもそうね。で……この手紙に何か問題があるの?」
「中を見てみれば分かります」
「それじゃあ見させてもらうわね」

そう言って優実は封筒の中から手紙を取り出して開く。
そして中を見たと同時にスッと目が細くなった。

「これは……」
「何々? 何が書かれてたの?」
「私たちにも見せておくれよ!」

優実の両サイドから陽菜と瀬里が覗き込む。
そして書かれている内容を見て優実と同じリアクションをする。

「……これは穏やかじゃないねぇ」
「可愛い見た目で油断させておいてこれはタチが悪いなぁ」

今回ばかりは陽菜と瀬里も真面目な反応である。

「ちなみに俺が手に取った時は裏に剃刀の刃が貼り付けられていました」
「うっわさらにタチが悪いなぁ……よく怪我しなかったね土神君」

修也の指に特に怪我をした様子が見られないことを陽菜が指摘する。

「その手紙を手にしたときに違和感があったので用心して開けました」
「相変わらずの危機察知能力ね……」

修也の言葉に優実が感心しながら呟く。

「にしてもさぁ、よく冷静に対処できたね。普通そういうの見たらテンション上がって判断力落ちそうだけど」
「だねぇ。こんな見た目した手紙が下駄箱に入ってたら『うおぉこれはラブレター!? 俺にもついに春が来たぜウッヘヘフャホオオォォ!!』みたいな奇声あげてもおかしくなさそうなのに」
「いやおかしいでしょ。何ですかその文字に起こしにくそうな叫び声は」

おかしなことを言い出した瀬里に修也はため息を吐きながら突っ込む。

「まぁ土神君の周りには舞原さん以外にも可愛い女の子がいっぱいいるからねぇ。それくらいじゃもう動じないんでしょ」
「何だとぉ!? このリア充めがー!!」
「……もう収集がつかん……」
「いい加減にしなさいよ2人共。話が全然進まないじゃないのよ」
「はーい」
「はーい」

混沌としかけた場の空気を目つきを鋭くさせた優実が一言で締める。
これ以上ふざけ続けるのは良くないと判断したのか、陽菜と瀬里はすぐに切り替えた。
流石長年この2人を相手してきただけあって扱いに慣れている。

「話を纏めるわよ。つまり土神君はこの手紙を見て事件性を感じて警察官としての私に相談しようと思い立ったのね」
「でも実害が出ないと警察は動けない。だから優実の手の届かない範囲での情報収集役として記者の私にも声がかかったわけだ」

優実と瀬里が納得した顔で頷く。

「じゃあ私を呼んだ理由は?」

陽菜が自分を指さし尋ねる。

「……呼ばなかったらまたアンタめんどくさい絡み方してくるでしょうが」
「もち! 決まってんじゃん!」

半眼で睨む修也に対し、当然のことと言わんばかりに胸を張って答える陽菜。
その堂々とした佇まいに修也と優実は同時にため息を吐く。

「……で、こんなものを送り付けられる心当たりはあるかしら?」

気を切り替えて手紙を畳んで封筒にしまいながら優実が尋ねてくる。

「それって俺を恨んでいる人間がいるかってことですよね? うーん……」

優実に言われて修也は考えてみるが、全く心当たりが浮かばない。
せいぜい学校に不法侵入してきた男とアミューズメントパークで暴れた男くらいなのだが、2人共逮捕されているので除外してもいいだろう。

「そんな人いないんじゃないですか? 今修也さんの人気はとんでもないですよ」
「だねぇ。土神君のことを悪く言ってる人なんて見たこと無いよ」

学校での修也のことを知っている蒼芽と陽菜が代わりに答える。

「となると学外の人間の仕業かねぇ? でも別に土神君、素行が悪いって訳でもないでしょ?」
「ええまぁ。少なくとも自分ではそのつもりです」
「となると……個人的な羨望や嫉妬を拗らせた輩の犯行ってところかなぁ?」
「うわめんどくせぇ」

瀬里が導き出した結論にげんなりとした顔をする修也。

「何にしてもさっき瀬里が言った通り実害が無いことには警察は動けないのよ。もどかしいけどね」
「脅迫状を送り付けられたのは実害にならないんですか?」
「ええ。これだけだと弱いのよ」

蒼芽の質問に申し訳なさそうに優実は首を振る。

「でも不破警部に話は通しておくわ。何かあったらすぐ連絡して頂戴」
「私の方でも色々調べてみるよ。気になる情報をキャッチしたら教えるよ」
「他に困ったことが起きたら相談に乗るからいつでもおいでよ」

そう言って優実は伝票を持って立ち上がる。
陽菜と瀬里もそれに続く。

「あ、お金……」
「良いわよ、これくらいは私が持つわ」
「やったぁ! 優実太っ腹!!」
「胸は細いけど!!」
「あなたたちの分は自分で払いなさい。そして瀬里……全身の骨砕くわよ?」

そんな3人の間ではいつも通りのやり取りをしながら陽菜たちは喫茶店を出ていった。

「ふぅ……覚悟はしてたけどあの2人を同時に相手するのはしんどい」
「あ、あはは……」
「七瀬さんがいてくれて良かったよホント」

そう言って修也は大きく息を吐いて背伸びする。

「お疲れ様です修也さん」
「とりあえず今できることはこんなもんか……あ、そうだ蒼芽ちゃん」
「はい、何でしょう?」

何かを思い出したのか蒼芽の方に顔を向ける修也。

「七瀬さんの手前本人がああ言ってたとはいえ遠慮してたけど……七瀬さんと蒼芽ちゃんでも俺は蒼芽ちゃんを選ぶからな」
「……あ、さっきの……」

一瞬何のことか分からなかった蒼芽だが、すぐにさっきの優実との話のことだと理解する。

「修也さん……ありがとう、ございます」

少し顔を赤らめながらも笑顔でそう返す蒼芽。

「……うん、じゃあそろそろ俺らも帰ろうか」
「はい」

そう言って2人は席を立ち、喫茶店を後にするのであった。

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