「土神、少し時間良いか? 話しておきたいことがある」
翌朝、修也が教室に入るのと同時に塔次が声をかけてきた。
「何だどうした登校早々に……」
「早めに情報を共有しておいた方が良いと思ったのでな」
「何かよく分からんが……話を聞けば良いのか」
「うむ、では鞄を置いたら場所を変えるぞ。あまり第三者に聞かせて良い話ではないからな」
よく分からないがあまり楽しい話やふざけた話ではないようだ。
塔次の表情からそれを何となく感じ取った修也は鞄を自分の席に置いた後教室を出て塔次について歩きだした。
「……よし、この辺りなら人は通らないだろう」
塔次は教室を出て廊下の突き当たりまで来て足を止めた。
ここは位置的に玄関から見て最奥にあたる。
通常登校してきた生徒は、玄関から最寄りの階段を使って自分の教室のある階に上って教室へ向かう。
なので今修也たちがいる場所は特に理由が無い限り生徒が通ることはない。
確かに人に聞かせたくない話をするなら最適だろう。
「……で、何なんだ話しておきたいことって」
「うむ。単刀直入に問おう。土神、ここ最近お前の周りで妙なことが起きているな?」
「えっ?」
塔次の質問に修也は虚を突かれて言葉に詰まる。
「妙なこと……?」
「そうだ。お前もここに転入してきてそこそこ日が経ち、自分なりの生活リズムというものを築いたであろう」
「まぁ……そりゃな」
塔次の問いかけに頷く修也。
朝起きて蒼芽と一緒に学校へ行って授業を受ける。
教室で陽菜をはじめとするクラスの面々のおかしな騒ぎに巻き込まれる。
昼休みは基本はクラスメイト、時々蒼芽と時間が合えば詩歌や華穂も加わって一緒に昼食をとる。
帰りは蒼芽やクラスメイトと一緒に帰ったり寄り道したりする。
最近ではそこに由衣や亜理紗が突撃してくることも増えた。
多少の違いはあれど修也の今の日常はそんな所である。
(……いや、明らかに蒼芽ちゃんが多いなぁ……まぁ一緒に暮らしてたら当然なのかもしれないけど)
思い返したことで自分の生活に蒼芽の関与率が非常に高いことを改めて認識する修也。
すっかり日常と化しているので意識から外れそうになるが、普通はまずありえないことである。
「その生活リズムに明らかに異質な要素が紛れ込んでいることに気付いているか?」
「異質な要素……?」
そんなことを考えている修也をよそに質問を重ねる塔次。
質問の意図がつかめず修也は眉根を寄せる。
「もっと簡単に言えば普段の生活の中で違和感があったりしないかということだ」
「違和感か……」
塔次に言われ、修也は最近の生活をざっと思い起こす。
「……そういや最近このクラスの面子にしてはとても普通の話題で盛り上がったことがあったな」
「ふっ……それを違和感として挙げるあたりお前も随分と今のクラスに馴染んだではないか」
修也の回答に何故か得意気に含み笑いを返す塔次。
「……喜んで良いのか、それ?」
そんな塔次を呆れた目で見てそう呟く修也であった。
守護異能力者の日常新生活記
~第4章 第27話~
「しかし今回の話題の焦点はそこではない。先日お前の下駄箱にお前の靴以外の物が入っていただろう」
「あぁ……って、何で知ってんだ?」
先日の脅迫状のことを言ってることに気付いた修也だが、何故塔次がそのことを知っているのかという疑問が湧いて出た。
「まさか氷室、お前が……」
「そんな訳あるか。そんなことして俺に何の得がある」
「まぁそれもそうか……」
先日の瀬里の分析では、あの脅迫状を送り付けたのは修也に対して嫉妬や羨望を拗らせた人物と予測された。
塔次は修也がどれだけ人気者になろうが我関せずと独自の道を突き進むような奴だ。
修也に対してそのような感情を持ち合わせる理由など全く無い。
「先にも言ったが、俺はこの学校に所属している人物の顔と名前を全て把握している。その俺が見覚えの無い人物がお前の下駄箱に何かを入れているのを見たのだ」
「え? それどんな奴だったか分かるか?」
思わぬところで手がかりが出てきたことに修也は塔次に詰め寄る。
「残念ながら顔は見ていないが、体格からして男なのは間違いない。それでいてBMI値が25を間違いなく上回っている」
「いや分かりにくい表現だな。普通に太っていると言えよ」
変な言い回しをする塔次に苦言を呈する修也。
「伝わったのであれば問題あるまい。で、一体何が入っていたんだ?」
「あぁ……脅迫状が入ってた。これ以上調子に乗るな、態度を改めないなら天罰が下る……って内容の手紙に剃刀の刃を貼り付けてな」
隠す意味も理由も無いので修也は塔次に説明する。
「ふん……下らんな。今どきそのような時代遅れの脅迫状、小学生でも作らんぞ」
それに対して塔次はつまらなさそうに呟く。
「じゃああれはタチの悪い悪戯ってことか」
「いや、そう断定するにはまだ早い」
この脅迫状をただの悪戯で片付けようとした修也だが、塔次はそれに待ったをかける。
「……え?」
「俺はあくまでもこのやり方と内容が稚拙だと言ったに過ぎない。それだけであり得ないと切り捨てるのは早計というものだ」
「…………」
「むしろこのような幼稚な思考の持ち主程常人には理解の及ばない行動に出るものだ」
「あー……何か分かる気がする……」
塔次の言葉に修也は少し前のことを思い出す。
転校手続きの時に学校に不法侵入してきた男は僅かな現金だけ持たされて家から放り出されたと不破警部は言っていた。
普通なら何とかアルバイトでもして食いつないで生活基盤を立て直そうとしそうなものだが、男は犯罪に走った。
アミューズメントパークで暴れた男も、元々当たり屋やスリを働いていた。
その思考の時点で常人には理解できないし、大型トラックで突っ込もうとするなんてさらに理解できない。
幼稚ではないが、その手の人間は時に思いもよらないような常識外れの行動を起こす。
今回も脅迫状を送り付けた人物が修也たちの斜め上を行く思考の持ち主で、おかしな行動をしてくる可能性は十分にある。
「だからと言って脅迫状の言う通りにするのは癪っつーかなんつーか……」
「無論そんなものに屈する必要は無い。そもそも相手はお前の何が気に入らなくて何をどうすれば良いのか全くもって不明ではないか」
塔次の言う通り、『調子に乗るな』だけでは修也の何が不満なのかサッパリ分からない。
それに『態度と行動を改めないと天罰が下る』というのも曖昧過ぎる。
具体的にどうしないと何が起きるのかが何も書かれていないのだ。
それだと仮に脅迫状に従うとしても、塔次の言う通り何をどうすれば良いのか全く分からない。
「と言うかさ……今の俺の状況って周りが勝手に騒いでいるだけで俺が何かしているわけじゃないんだが。それで調子に乗るなと言われてもなぁ」
修也としては自身に降りかかってきた面倒ごとを排除しただけに過ぎない。
その結果を見て周りが騒ぎ立て修也を祭り上げているのだ。
それに対しても修也は少し自重してほしいと願いこそすれ、調子に乗ったことなど一度も無い。
「……ふむ、お前の成し遂げたことと言えば不法侵入者の撃退にアミューズメントパークでの暴漢の制圧、そして猪瀬の更生だが……」
「いや猪瀬の更生はお前だろうが。しれっと俺がやったことにするんじゃねぇ」
修也の功績を指折り数える塔次に修也は突っ込む。
猪瀬の更生は最終的に塔次のマインドコントロールで終結したのだ。
それを自分の功績に入れるのは違うというのが修也の主張だ。
「要は周りにどう認知されているかということだ。そこに真実は関係無い」
「えぇ……」
塔次の言葉に顔を歪める修也。
「それに最終的に俺が手を加えたとはいえ、そこに至る過程で主に動き手を尽くしたのはお前だ。結果だけが求められることの多い今の世の中だが、だからと言ってそこまでの過程や努力を無かったことにするのは違うぞ」
「む、それは……」
言われてみると確かに塔次の言う通りなのかもしれない。
何事においても結果を出すにはそれ相応の過程や努力というものがある。
逆に言えばその過程や努力があってこその結果なのだ。
結果はもちろんだが、そこに至る過程も等しく評価されないと不公平だ。
「しかし『終わり良ければ全て良し』って言葉も……」
「それは最後の結果が良ければ途中の失敗は問題にならないという意味だ。今回の事例には当てはまらん」
修也の反論をバッサリと切り捨てる塔次。
「……横道に逸れたな、話を戻そう。状況を鑑みて察するに、これは土神があげたこれらの功績によって周りからもてはやされているこの状況を面白く思わない奴の犯行の可能性がある」
「んー……確かに辻褄は合いそうだが……」
塔次の推察に矛盾は無い。
修也自身がどう思ってるかはさておいて、華々しい活躍をしている修也を僻んでこんなことをしでかしたという論理は筋が通っているように見える。
しかし修也は何処か釈然としないものを感じていた。
「……納得が行かないとても言いたそうな顔だな。何か気になる点でもあるのか?」
修也の表情から察した塔次が問いかけてくる。
「いや、気になるというか……本当にそれで合ってるのかって思って。いくつか腑に落ちない点があってな」
「良いだろう……話してみるが良い。懸念事項は極力潰しておいた方が良い。土神は何が引っかかっているのだ?」
「んー…………」
塔次に言われて修也は考え込む。
「なぁ氷室……俺のやってきたことって、世間的には正しい……よな?」
「そうだな……何が正しいか、何が間違っているかなどは時代や地域によって異なるから一概にこうだとは言えん。だが今この場において土神のやってきたことは間違いなく評価されるべきことだ」
修也の質問に対し塔次は頷きながらそう答える。
「土神がいなければ間違いなく被害者や犠牲者が出ていたであろう。それを防いだのだ。そこだけを鑑みても称賛されることだろう」
「あぁ……だから何で妬まれるのかが分からん。俺の行動で何か不都合でも起きたのか……」
凄惨な事件になりかねなかったことをほぼ損害ゼロに抑えたのだ。
今のような過剰な称賛はそれはそれでどうかと思うが、妬まれる道理は無いハズだ。
この脅迫状を送ってきた犯人が何を思って修也を妬んでいるのか皆目見当がつかない。
考えれば考えるほど深みに嵌っている気がする。
しかしどれだけ考えても一向に答えには辿り着かない。
「うーん…………」
「そこまでにしておけ、土神」
修也が思考の沼に浸かりかけた時、塔次にそう声をかけられたことで我に返る。
「え?」
「今考えるべきなのは犯人の思考ではなく正体だ。他人の思考など理解の及ばない領域のことだ。ましてや脅迫状を送り付けるような犯罪者予備軍のものなら猶更な。そんなものいくら考えても正解に辿り着くことはない。それに……」
その時、校内にチャイムの音が響き渡った。
「……予鈴だ。ホームルームが始まるから教室に戻るぞ」
そう言って塔次は教室に向かって足早に歩き出した。
修也もそれに続く。
「……最後に一つ、思考の深みに嵌らない為にあえて提言させてもらう。今回の事件と先に挙げた土神の功績はもしかしたら関係無いかもしれんぞ」
「え? どういうことだ?」
不意に出た塔次の言葉の意味が分からず修也は聞き返す。
「嫉妬とは他人が自分より恵まれていたり優れていることに対して羨み妬むことを言う。しかしあまりにも格差があると嫉妬の念すら湧かないということが起こり得る」
「……確かにそういう話は聞いたことがあるな」
野球を始めたばかりの少年がメジャーリーグで大活躍している選手に対して憧れはするだろうが妬みなどしない。
ただの趣味程度のレベルでテレビゲームを楽しむ人がガチのプロゲーマーのプレイを見て僻んだりしない。
つまりはそういうことなのだろう。
もっと身近な例だと、不法侵入者を撃退した後の1-Cの生徒は宗教を興しかけるほど修也をリスペクトしている。
アミューズメントパークで暴れてた男を制圧した時は、彰彦と爽香は純粋に修也のことを称賛していた。
詩歌は呆然としていたがそれが当然の反応であるし、それでも負の感情は無かった。
戒との試合の後は負けたというのに戒は実に晴れ晴れとした表情をしていた。
……ただこれは戒が単純に強い奴と戦えて楽しかったという、どこぞの戦闘民族みたいな思考をしていた可能性も捨てきれない。
「……しかしそれだと犯人が俺を妬んで脅迫状を送り付けた理由が何なのかという最初の問題に戻ってしまうのだが……」
「理由をこうだと決めつけてしまうと思考の視野が狭まる。あらゆる可能性を模索しておいて損は無い」
「それにさっきの氷室の話だと、俺が脅迫状を送り付けた犯人より恵まれたり優れていることがあるってことだよな? あるのかそんなもん」
長年に渡り染みついた自己評価の低さのせいで自分のどこにそんなものがあるのか、修也には分からない。
「その犯人の価値観が判明しない以上比較することはできんが……お前にはお前の良さがある。それは間違いないだろう」
「…………」
塔次にそう言われ、押し黙る修也。
(……そう言えば藤寺先生も似たようなことを言ってたな……)
先日の中等部での体育祭で陽菜が言っていたことが修也の脳裏をよぎる。
『私だってブルマ女子に囲まれてキャッキャウフフしたいんだよおおおぉぉぉ!!』
(いや違う違う、これじゃねぇ)
あまりにもソウルフルな叫びだったのでそっちが強く印象に残ってしまっていた。
修也は頭を振ってその印象を振り払う。
想像の中でも突っ込ませるのかあの人は……と修也は少しげんなりとしながら教室へと足を運ぶのであった。
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