「それではこれより、2-Cと2-Eの試合を開始します!」
審判役の教師の宣言により試合が始まった。
先攻は2-Cになったので、1番打者が準備に入った。
対して後攻の2-Eは守備につく。
その中でピッチャーマウンドには……
「……え、相川が投げるのかよ」
自信満々の面持ちで瑞音が仁王立ちしていた。
「あーまぁ、相川なら十分あり得る。下手な男子より身体能力高いからな」
「ふーん……」
戒の呟きを聞きながら修也は瑞音の投球練習を眺める。
瑞音はキャッチャーミットの一点をしっかりと見据え、大きく腕を回してボールを投げた。
瑞音の手から放たれたボールは勢いよくキャッチャーミットに収まる。
「……いや、速くね!?」
瑞音の投球に驚いた彰彦が大声をあげる。
確かに物凄く速い。
とても高校の球技大会で出てきていい速度ではない。
「あー……だからキャッチャーもフル装備なのか。今まではせいぜいマスクつける程度だったのに」
「というかキャッチャーのやつちょっと涙目になってんじゃねぇか」
修也の指摘する通り、キャッチャーをやっている生徒は痛みからか少し表情が歪んでいた。
そのボールの勢いを見て、控えていた1番打者も表情が歪んでいる。
「……これはちょっと今まで通りの楽勝ムードって訳にはいかなさそうだな……」
「何言ってんだ、今まで通りかっ飛ばせばいいだけじゃねぇか!」
慎重な姿勢を見せる修也に対し、戒は強気の姿勢を崩さない。
「あー……うん、まぁそうなんだけどな……」
今までの試合の得点源は殆どが戒のホームランだ。
如何に瑞音が凄いボールを投げようとも戒がそれを弾き返せば点になる。
そしてそれができるだけのパワーを戒は十二分に持ち合わせている。
しかしそれでも修也は楽観視はしない。
先日の立ち合いでも瑞音は良く考えられた立ち回りをしていた。
その瑞音がただひたすらに力押しの戦術をとるだろうか?
それに同じ部活に所属しているならば戒の性格も良く知っているだろう。
ならばこそ戒を抑え込む手札を瑞音が持っているのは不自然ではないと修也は考える。
そんなことを修也が考えている間に、あっという間に1番打者と2番打者は三球三振に打ち取られてしまった。
次は修也の打順だ。
「ククク……来たな土神! 待っていたぜこの時をな……!」
「うわぁめっちゃ目がギラついてる……アグレッシブにも程があんだろ……ところでアンタ手大丈夫か?」
メチャクチャ楽しそうに笑う瑞音を修也は呆れた目で見つつキャッチャーをやっている生徒の手を気遣う。
「……正直もう痛いを通り越して何も感じない」
「あー、うん……あとでちゃんと冷やしておくことを勧めておく」
呻くように呟いたキャッチャーの生徒に修也はねぎらいの言葉をかけるのであった。
守護異能力者の日常新生活記
~第5章 第11話~
「じゃあ……いくぜっ!!」
そう言って瑞音は大きく振りかぶり、第1球を投げた。
ボールは空気を切り裂くような唸り音をあげて修也に迫る。
(いやいや高校の球技大会だろ!? なのに本格的過ぎるだろ!)
遠くで見るのと実際に間近で見るのとでは迫力が違う。
それに驚きつつも修也はバットを振る。
「っ!?」
が、当たりこそしたもののボールは前には飛ばず後方のファールゾーンに落ちた。
「おいおいマジかよ……なんて球威だ」
転がっていくボールを唖然とした表情で見送る修也。
「……やるな! 初見で当ててきたのはお前が初めてだ」
それを見てニヤリと笑う瑞音。
(……これは下手に手加減とかできんぞ……)
修也は気を引き締めてバットを構えなおす。
それを見た瑞音が再び大きく振りかぶり、第2球を投げた。
ボールは先程と同じような唸りをあげて飛んでくる。
「っ!」
今度も当てることはできたが、1塁側のファールゾーンを転がるに終わった。
「凄いね相川さん……修也さん相手に一歩も引いてないよ」
「この前もそうだったけど……私には全然、相川先輩の投げたボールが見えないよ……」
「確かにねぇ。土神くんの前の子たちはあっさり三振で終わっちゃったし。当てられるだけでも凄いよね」
瑞音の投球を見て蒼芽たちはそれぞれ思ったことを呟く。
「次ストライクだったらアウトなんでしょ? 初めて土神君が塁に出ず終わるのかしら」
「いや、うーん……」
爽香の問いに首を捻って唸る彰彦。
「いや、そうはならんだろう」
そんな中、塔次はきっぱりとそう言い切った。
「え?」
「カウントだけ見れば確かに追い込まれているが、土神はあの剛球にきっちり合わせてきている。その証拠に1球目は後ろに逸らしたが2球目は前に飛ばしているだろう」
「確かに……あれだけ目の良い修也さんならタイミングを合わせるくらい……」
蒼芽は今までに何度も修也の目の良さを目の当たりにしている。
それに加えて反射神経も尋常ではない。
そんな修也なら……
「じゃあ3球目……行くぜ!!」
周りの声をよそにそう言って瑞音は先の2球と同じモーションでボールを投げた。
「------」
修也はそのボールに視線を集中させる。
(……確かに高校生が投げるとはとても思えん剛球だ……だがそれゆえの弱点がある!)
持ち前の動体視力でボールの軌道を読んだ修也は、バットを強く握りボールの軌道に置くようにバットを合わせた。
ボールとバットが衝突した瞬間にとんでもない衝撃が修也の両手を襲うが、勢いに負けて弾かれないように修也はバットを振りぬいた。
その結果、打球はセカンドの頭の上を越え、ライト前にてんてんと転がる。
それを見て応援席や観客席から歓声が沸き起こった。
「すげぇ! 土神先輩、あの剛球を打ったぞ!!」
「最初の2球もファールだったけど当ててたし! 俺だったら絶対バットを振ることすら無理だって!」
「これで打率10割は継続か。もしかしたら全打席ヒットもあり得るかもしれないな」
「やっぱあの人は伝説だよ! この学校の伝説になる人だよ!!」
そんな声が方々からあがる。
「いや、いくら何でもそれは……」
修也は塁上で呆れながら観客席から飛んでくる声援を聞き流す。
修也がやったのは瑞音の剛球の勢いに負けないようにしっかりとバットを握って真芯に合わせて当てただけだ。
そうすれば多少勢いは殺されるものの、ほぼ投球の勢いのまま打球となって跳ね返る。
投球の球威が上がれば上がるほど打球の勢いも増すのだ。
流石に限界はあるし長打にはなりえないが、内野越えくらいは可能だ。
修也らしい相手の力を利用して返す戦法だ。
「土神……お前ってやつは……どこまでも私の期待に応えてくれるな……最高だぜ!!」
瑞音は打たれたというのに実に清々しい笑顔を修也に向ける。
「うわぁ輝かんばかりの笑顔」
「だがな、お前に打たれても次を抑えれば良いだけの話だ。それなら負けにはならん」
「…………まぁ、理屈の上ではそうなんだが……」
修也の次は全試合全打席でホームランを打っている戒だ。
戒ならあの瑞音の剛球にも力で十分対抗できるだろう。
なのに瑞音の自信は揺らがない。
(……これは相川に何か策があるな……?)
修也はそう予測するが、だからと言ってできることは何も無い。
せいぜい戒が瑞音の策を打ち破るのを期待する程度だ。
だが……
(……ダメだ、霧生の勝つシーンがどうしても浮かばねぇ)
修也にはどうしても戒が瑞音に翻弄されるイメージしか浮かばない。
如何せん戒は身体能力は高いが思考能力が低い。
それに対して瑞音は流石に戒には劣るがそれでも修也とまともに立ち合える身体能力を持っているし、思考能力も低くない。
総合的に考えると瑞音の方が有利なのだ。
(……しかし、霧生に頼れないとなると……結構キツくないか?)
今まで2-Cはほぼ戒のホームランだけで勝ってきた。
その戒を封じられるとなると主な得点源が無くなってしまう。
しかし戒以外であの瑞音の剛球に対抗できるメンバーなどいない。
修也自身はこうやって出塁できてはいるが、後が続かないのでは意味が無い。
「おっしゃああ来いや相川ああぁぁ!!」
「行くぜ霧生ううぅぅ!!」
修也があれこれ考えているうちにも試合は進んでいく。
戒が打席に立ち、瑞音が投球動作に入っていた。
「……てか何であんなにテンション高いんだ2人共」
修也は塁上でやたらテンションの上がっている戒と瑞音を半眼で眺める。
瑞音も瑞音でどこか戒に似通った部分があるのかもしれない。
「おらぁっ!!」
掛け声と共に瑞音が第1球を投げる。
先程の修也の時と同等もしくはそれ以上の球威だ。
「ひぃっ!?」
「ふんっ!!」
短く悲鳴をあげるキャッチャーの生徒に対し、戒は物怖じすることなくフルスイングする。
戒のバットは瑞音の剛球を捉え弾き飛ばす……が、タイミングが早すぎたのか3塁線を切ってファールゾーンに落ちた。
「……やはりお前は普通に当てて飛ばしてくるか……!」
「はっ、この程度じゃまだまだだぜ! 球が遅くて引っ張り過ぎちまったくらいだ」
お互いそう言って不敵に笑い合う。
やはり戒なら瑞音の剛球にも力負けしていない。
「ふんっ!!」
瑞音が第2球を投げる。
さっきと同様力の入った速い球だ。
「そぉいっ!!」
しかしこれも戒は軽々と打ち返す。
またもや3塁線を切ってファールボールとなったが、さっきよりはフェアゾーンに近づいてきている。
「よーしタイミングが掴めてきたぞ。次はホームランだな!」
そう言ってバットを構える戒。
「ふっ……そう簡単にはいかせないぜ!」
それ対して瑞音は軽く口角を上げて笑いながら第3球を投げた。
「…………あっ!」
瑞音の投球フォームを見ていた修也は思わず声をあげる。
僅かだが瑞音がリリースの瞬間に少しボールを抜いたように見えたからだ。
そしてそれは気のせいではなく、実際に球速はさっきの2球に比べて遅い。
「よっしゃもらっとぅおあああぁぁ!!?」
3球目も同じような球が来ると思っていた戒は完全にタイミングを外された。
ボールは戒のバットに当たることなくキャッチャーミットに収まった。
これで3アウト……攻守交代だ。
戒が三振に打ち取られたことで観客からどよめきが起きる。
「嘘だろ……全打席ホームランを打ってたあの霧生が三振!?」
「あのE組のピッチャーやってる女子って誰だ?」
「霧生と同じ格闘技クラブの部長やってる相川さんよ」
「すげぇな! あの霧生を手玉に取るとか」
「いやそれよりもっと凄いのはその相川からヒットを打った土神だろ!」
「それは違いないね! やっぱ格が違うね土神君は!!」
「いや何でそうなるの……」
戒を打ち取った瑞音に賞賛の声が上がっていたはずなのにいつの間にか修也を称賛する声に変わっていることに呆れる修也。
ここでも『少しでも修也が関わると何をしても修也のプラス評価になる』という事象が発生しているようだ。
とりあえず守備に移るために修也は一度待機スペースへ戻る。
「くそーっ、してやられたー!!」
待機スペースでは一足先に戻っていた戒が悔しそうに地団駄を踏んでいた。
「完全にタイミングを外されたな。俺との立ち合いの時もそうだったけど感覚に任せすぎだろ」
「そうは言ってもだな、あれこれゴチャゴチャ考えるのは俺の性に合わないというか……」
「そこを突かれたんだろ。やっぱ相川は霧生の弱点を知ってたか……」
同じ部活で付き合いも長い分性格なども把握されていたのだろう。
結局修也の予想通り、戒は瑞音に翻弄されてしまったという訳だ。
「これはやっぱり結構厳しい試合になりそうだな……」
別に勝ったところで何も無いのではあるが、せっかくなら勝ちたい。
しかしその為には瑞音のあの剛球を攻略しないといけない。
修也は一応攻略しているが、修也が単打を打つだけでは得点にはならない。
「うーん…………勝ち筋が見えん……せめて点を取られないようにしないとなぁ」
考えてみるものの修也には良い案は浮かばない。
とりあえず失点は防ぐという消極的な方策しか出せなかった。
「そんな後ろ向きな方策でどうする。それでは負けはしないが勝てもしないぞ」
そんな修也に塔次が苦言を呈する。
「いやしかしそうは言ってもだな」
「土神しか攻略できないというのであれば、土神だけで点を取れるようにすればいいのだ」
「それって俺にホームランを打てってことか? でも俺にはそこまでのパワーは無いし、ましてやあの剛球となるともっと無理だぞ」
「そこについては俺に考えがある。まずは流れを向こうに持っていかれないようにしっかり抑えろ」
何やら自信ありげな塔次。
根拠は分からないが確かにここで流れを持っていかれるのはよろしくない。
「……そうだな。霧生も切り替えて先のことに集中しろ」
「よっしゃ、この回の守備で汚名挽回してやるぜー!」
「汚名を挽回してどうする。正しくは汚名返上もしくは名誉挽回だ。無理して慣れない熟語を使おうとしなくても良い」
「えっ、そうなのか!?」
変な所で頭の悪さを露呈してしまい塔次に突っ込まれる戒。
そのせいで何だか締まらない空気になってしまう2-C陣営であった。
「よしっ! とりあえず第1打席は抑えられたな。言っただろ? 土神に打たれても後続を締めりゃ良いって」
「流石だねー相川さん。あの霧生君を抑えるなんて」
「霧生君を抑えて格闘技クラブの部長をやってるだけはあるね!」
「いや別に強い奴が部長をやるわけじゃないんだが」
「……なぁ、俺の左手ちゃんとある? さっきから何やっても感覚が無いんだが」
「大丈夫だ、ちゃんとついてるから。そのうち感覚も戻ってくるって」
「大袈裟だなぁ……ちゃんと真芯で捕らないからそうなるんだ」
「いや無茶言うなよ!!」
一方2-E陣営では、戒を抑えたことで士気が向上していた。
場の空気は約一名を除いて明るい。
「このまま流れをこっちに引き寄せて勝つぞ!」
「おーっ!!」
円陣を組んで掛け声をあげる2-Eの面々。
(さて問題は……こっちの攻撃が通じるかどうかだな)
そんな中瑞音は1人静かに2-C陣営を睨みながら考える。
2-Cの……修也の真骨頂は攻撃よりも守備だ。
(……普通にやれば、あの土神の固い守備を崩さない限り得点は望めないだろうな……)
瑞音はそう思案する。
別に修也の体術における守りの固さがソフトボールにまで適用されるわけではないし、個人の能力がチーム全体に影響するわけでもない。
でも瑞音は修也が2-Cのキーパーソンだと思っている。
故にそんな考えに至ったのだ。
(でも私は引かねぇ……要は土神の守備を無視できる状況にすれば良いわけだ。この試合勝たせてもらうぜ、霧生……土神!!)
そう決意し、ひときわ強く闘志を燃やす瑞音なのであった。
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