陣野君たちを含めた15人で修也たちは姫本家から来るマイクロバスを待つ。
「ところで来てくれるのは良いけどどこに停めるんだ? 普通の車みたいにちょっと道路に横付けとかできたりするの?」
そこでふと疑問が湧いた修也は誰に言うでもなく問う。
「そう言えば……大体の道路って駐車禁止の標識がありますよね」
「まぁ公道ってそんなもんだよ」
「まさか姫本家の力を使って無理やり……」
「無い無い、そんなことできないしできてもやらないよ」
冗談めかした修也の問いかけに笑いながら軽く手を振って答える華穂。
「それにその心配はいらないだろう。今回のように人を乗せるために短時間だけ止める場合は『停車』となる。状況次第ではそれでも違反ととられる場合はあるが今回のようなパターンだとその危険性は皆無と言って良い」
そこに塔次が補足を入れる。
「そもそもの疑問なんですが『停車』と『駐車』の違いって何なんですか?」
「大きな違いは運転者がすぐ運転できるか否かといった所だな。運転者が運転席を降りて車から離れると駐車扱いで、エンジンを切っていたとしても運転席に待機していれば停車扱いだ」
亜理紗の問いにそう答える塔次。
「だが先程も言った通り状況次第では違反ととられる場合もある。確実性を重視するなら正しく駐車場に停めることだな」
「ただまぁ私たちはまだ誰も車の運転はできないからその知識が役に立つ日は遠そうね」
知ってて損は無いけど、と付け足しながら爽香が呟く。
「………………」
そんな皆でわいわいやっている光景を修也は無言で眺める。
「…………どうしたんですか、修也さん?」
それを見ていた蒼芽が修也に問いかける。
「ん? ああいや、こういうのって物凄く日常っぽくていいなぁ、と」
「こういうのって言いますと……」
「うん、週末に友達と遊びに行ったりあれやこれやとわいわい騒いだりとかな」
「確かにごく普通の学生生活って感じがしますね」
修也の考えを察した蒼芽が柔らかく微笑む。
蒼芽は修也が引っ越し前はこういった普通の学生生活を全く送れていなかったことを知っている。
なので今こうやって普通の学生らしい毎日を送れていること、そしてそれに自分が加われたことを嬉しく思う。
「ホント引っ越してきて良かった。そして蒼芽ちゃんと知り合えて良かった」
「……それは私もですよ。修也さんと知り合えて、そして仲良くなれて良かったです」
「うん、これこそが俺の求めてた日常なんだろうなぁ……」
しみじみとそう呟く修也。
「キャーーーーーーーーーー!!!」
そんな修也の耳に絹を引き裂いたような悲鳴が飛び込む。
「…………そうそう、これこそが俺の求めてた……」
「修也さん、現実逃避しないでください。こんなことが日常な訳無いです」
その悲鳴を聞いて微妙に表情を引きつらせつつも無理やり押し通そうとした修也に突っ込みを入れる蒼芽であった。
守護異能力者の日常新生活記
~第5章 第31話~
「うおおおこんなクソみたいな人生やってられるかーーー!! 世の中不公平だ! 何で俺ばっかりこんな目に遭うんだ!! 呑気にヘラヘラ笑ってるやつなんて死ねばいいんだーー!!!」
先程悲鳴が上がった場所の近くからそんな叫び声が聞こえてくる。
そっちの方を見るとみすぼらしい風体をした中年の男が鉈のような刃物を持って暴れ回っていた。
近くにいた通行人は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「……何かああいうのよく湧いて出るようになったわねぇ。夏が近いからかしら」
それを見た爽香が半眼でそう呟く。
「お、お姉ちゃん……流石に季節は関係無いと思うよ……」
「そうそう、沸く時は湧くもんだよああいう輩は。季節は関係無い」
横にいた詩歌と彰彦がそんな爽香に口出しする。
「にしてもちょっと近所迷惑だねぇ。やるなら誰もいない所でこっそりやってくれないかな」
「あっ! 海とか山に向かって『やっほー!』って叫ぶんだよねー? 私も前にやったことあるよー」
「いや山はともかく海に向かってはやらないと思うんだけど」
「おー分かるぜゆーちゃん! 思いっきり叫ぶとスッキリして気持ち良いよなー!」
「だよねー!」
「…………この2人といると時々私の常識がおかしいんじゃないかって思うことがあるわね……」
華穂の一言から始まった由衣と千沙のやり取りを聞いて頭を抱える亜理紗。
それぞれが思い思いの言動をしているが、共通しているのは……
「……なんで皆そんな落ち着いてるわけ?」
誰1人として慌てる様子が全く無いのだ。
詩歌ですらこんな非常事態なのに落ち着き払っている。
それ自体は悪いことではないのだが、落ち着きすぎではないかと修也は思う。
「なんでって……そりゃあ土神先輩がいますし」
「はい、土神先輩がいるなら何も心配することなんて無いですよね」
陣野君と佐々木さんが修也の問いに対してそう答える。
「アミューズメントパークでの事件を無傷で制圧した土神君ならあの程度どうってことないでしょ」
「猪瀬さんの時も部下全員をやっつけて更生させちゃったもんね」
「私が誘拐された時もすぐに助けに来てくれて悪い人をボコボコにしてくれたしー」
「いや何度も言うようだけど更生はさせてないからな? 本人はもちろんのこと、部下のやつらだって俺がどうこうしたわけじゃないし」
華穂の言い分にだけは訂正を入れる修也。
「でも……修也さんの行動に恩を感じて忠誠を誓って今じゃ町でかなり有名なボランティア集団になってますよね」
「……うん、それに関する逸話は俺も聞くし何なら身をもって体験したよ」
だが蒼芽の言葉に反論できずため息を吐く。
何処からか風のように現れて無償で労働力を提供して風のように去って行く集団の話は修也も何度も聞いたことがある。
いつか都市伝説の類になりかねない。
「何か事ある毎にあいつらのエピソードを聞かされて何とも言えない気分にさせられるんだよなぁ……」
「良いことしたんだから気にせず胸張ってりゃ良いじゃねぇかよ」
「そこまで肝座ってねぇよ」
「でも土神さんのおかげで救われた方も大勢いることに違いはありません。少なくとも自分を卑下するまではしなくても良いと思いますよ?」
「う、うーん……」
戒と美穂にまでそう言われて本当に何も言えなくなってしまう修也。
「……ってオラそこぉ!! 何を呑気に世間話してやがんだ! 人がこんだけイラついてんのに!!」
そんな和気藹々とした空気が気に入らないのか、先程から暴れている男が修也たちの方に矛先を向けてきた。
確かに周りが慌てふためいて逃げまどう中、普通に世間話していれば逆に目立ってもおかしくないだろう。
「……イラついただけで周りの人様に迷惑かけてんじゃねぇよ……恨み言が言いたいならさっき華穂先輩が言った通り樹海にでも潜って1人で勝手にやっててくれよ」
憤る男に対し修也は面倒くさそうに応じる。
いや実際面倒くさいのだ。
せっかく友人たちと遊ぶ楽しい週末を送っていたのにそれが台無しになりかねないことになっている。
それを面倒くさいと言わずにいられるだろうか?
「んだとぉ……人がこんなに苦しんでるってのに……」
修也の返答に対してこめかみをひくつかせる男。
「知らんよそんなもん、エスパーじゃあるまいし他人の心情なんて分かるわけ無いだろ。そりゃ人間誰だって何かしらにイラついたりムカついたりすることもあるだろうさ。それ自体は別に構わないと思うよ? でもそれを関係無い人にぶつけんなって言ってんの」
「うるせぇ! 俺はな、お前みたいな社会を知らないガキが知ったような口をきくのが一番嫌いなんだよ!」
「あぁそうかい、そりゃ悪うございましたねー」
「こっの…………!」
修也の馬鹿にしたような態度と言葉に乗せられ見る見るうちに憤怒の表情に変わっていく男。
「近頃のガキは礼儀ってもんを知らねぇのか! それが目上の人間に対する態度か!!」
「いや『年上』=『目上』じゃねぇだろ。歳取るだけなら何もしてなくてもできるもんな」
「黙れ! 年上ってことはその分人生経験積んでるんだ! それだけで偉いんだ!!」
「で? その俺より多い人生経験で学んだことが、気に入らないことがあれば公共の場で刃物振り回して暴れるってことだけなのか。大した人生経験だなぁ」
「ぐ、グギギギギギ……」
修也の言葉に男はさらに頭に血を上らせて顔を赤くさせる。
「会社も会社だ……! 価値観の見直しだか何だか知らないが社会経験の浅い年下ばっかり重用して俺を邪魔者扱いして追い出しやがって……」
「あー……多分年功序列を廃止して実力重視にしたんだろうね、あの人の会社」
男の呟きを聞いて華穂が修也に耳打ちする。
「それで年齢だけ重ねて実力の無いアイツを切ったってところかなぁ」
「いえ、それだけでは流石に解雇は難しいかと。恐らく他の従業員の方にも年上というだけで横柄な態度を取り続けて会社のコンプライアンスに違反したのではないでしょうか」
状況を推察する修也に今度は美穂が囁く。
「あぁモラハラとかそういう系ですか? やっぱそういうの厳しい世の中なんだなぁ。うちの担任も誰かセクハラで突き出してくんねーかな……」
「実害が無いから厳しいわよ。前にも言ったけど」
確かに陽菜の言動だけでセクハラを訴えるのは難しい。
完全に冗談のノリでネタ止まりである上に誰も不快な思いをしていないからだ。
修也も突っ込みを入れこそするものの不快かと言われると実はそうでもなかったりする。
「と言うか俺も他人事じゃない。蒼芽ちゃん由衣ちゃん、俺知らないうちに何かやらかしちゃったりしてない?」
「えー? おにーさんは全然そんなことしてないよー」
「はい、修也さんはそんなこと全くありません」
「えっと……俺は大丈夫ですかね? ほら、俺って馬鹿だから知らず知らずのうちに無神経なこと言ったりとか……」
「大丈夫ですよ戒さん。そのような発言をされたことなんて一度もありません」
それぞれ自分の心配をする修也と戒だが、由衣と蒼芽と美穂に太鼓判を押されて安堵の息を吐く。
「先に言っとくけど彰彦もそんなこと全く無いからね? 彰彦程相手の顔色を伺える人はそうはいないわよ」
「……それ褒めてんのか?」
微妙なニュアンスの物言いをする爽香に複雑な表情をする彰彦。
「要は相手を気遣えるかどうかだな。相手を思いやる心があれば問題無い」
「そ、それなら……先輩は絶対大丈夫、です……先輩は、凄く……優しい人、ですから……」
「……何か改めてそう言われるとちょっと照れるな……」
塔次の言葉を受けて珍しく強く主張する詩歌に頬を掻く修也。
「霧生にしたって馬鹿だけど無神経じゃねぇしな。馬鹿だけど」
「おい何で2回言った」
瑞音の言葉に戒は鋭い視線を向ける。
ただこれは悪口というよりはお互いの気心を知っているが故の軽口という空気を感じられる。
「大事なことじゃねぇか。もはやお前のアイデンティティみたいなもんだろ」
「あいでん……?」
「アイデンティティ。『自分らしさ』や『自己同一性』という意味だ。分かりやすく言えば個性ということだな」
今度は首を傾げる戒。
その横で塔次が解説を入れる。
「それに何たって土神は私のライバルだからな!」
「いやそれは意味が分からん」
「だから! 俺を差し置いて呑気に雑談なんかするんじゃねぇっつってんだろうがぁぁ!!」
自分を置いてけぼりにして雑談に花を咲かせだした修也たちに憤り地団駄を踏む男。
「いやお前は自業自得だろう。どうせ年功序列に胡坐をかいて自分を磨く努力をしてこなかったってとこじゃないのか?」
「それ相応の努力をしたのであれば同情の余地はあるが、見た所そのような形跡も存在しないようだしな」
しかしそれを修也と塔次は冷たく切って捨てる。
「まぁ今からでも遅くはない。そのくだらない価値観とプライドは捨てて自分磨きに励んでみたらどうだ? 今だったらちょっとタチの悪い悪ふざけでしたー……で済ませても良いぞ?」
面倒事を避けたい修也はそう提案してみるが……
「黙れっ! 見た所お前高校生だろう? 俺の3分の1も生きてないようなガキが偉そうに口を出すな!!」
全く聞く耳を持たない男はそうがなり立てる。
「さてここで霧生に問題だ。俺はまだ誕生日を迎えてないから16歳だ。そしてアイツの年齢は俺の3倍以上らしい。ということはアイツは最低何歳だ?」
「いや、いくら何でも流石にそれくらいは普通に分かる。16×3の48歳だ」
突如出した修也の問題に冷静に答える戒。
いくら個性化していると言われるほど頭が悪いとはいえ、小学校レベルの計算は難なくできるらしい。
「え……ということは50台も近いのにこんなことやってるんですか? 引くわぁー……」
「と言うか自分の3分の1も生きてない兄さんたちにそんなこと言われてる時点でダメダメじゃねーか」
男の大体の年齢を知りドン引きする亜理紗と千沙。
「まあそう言ってやるなよ長谷川、新塚。自分は若い頃は年功序列のせいで年上の先輩や上司に理不尽に押さえつけられ、時が経っていざ自分が押さえつける番が来たと思えば年功序列制度が廃止されてそれができなくなってしまったんだからな。気持ちのやり場が無いんだろ」
「しかしそういった理不尽の輪廻はどこかで断ち切らねばならない。そもそも自分がされて嫌だったからと言って人にやって良いという道理は無い」
「むしろ自分がされて嫌だったんなら人にはやらないでおこうと思うもんじゃないのか? それが思いやりってもんだと思うんだが」
2人にフォローを入れる修也と塔次と彰彦。
だがそれがフォローになっているかどうかは不明だ。
「まぁアイツも可哀想なやつなんだよ。世の中の価値観が変わるとどうしてもああやって割食うやつが出るってのが世の常だ。アイツは時代の流れに乗れなかった哀れな被害者ってこった」
「凄い……あんな人まで思いやれるなんて流石土神先輩です!」
「また土神先輩の伝説が1つ増えたね」
「いやそんな大層なもんじゃねぇよ!?」
瞳をキラキラと輝かせる陣野君と佐々木さんを修也は慌てて制止する。
「……やめろ! そんな目を俺に向けるんじゃねぇぇぇぇ!!!」
憐れまれたと思ったのか、さらにいきり立つ男。
「もう絶対許さねぇ! ぶっ殺してやる!!」
そう男は叫んで鉈を構えて修也に向かってくる。
「あー……結局こうなるのか……」
それを見た修也は短く息を吐き、迎えうつべく構える。
「いや当然でしょ。最初から最後まで煽り倒してたじゃない」
「うん、なるべくしてなった結果だと思うぞ」
「えっ? 途中同情っぽいことしてなかったか?」
「そういう風に見せかけてさらに煽っていたのだ。なかなか高等な話術を使うではないか土神」
「…………」
後ろであれこれ言っているクラスメイトたちのことはとりあえず意識の外に追いやることにした。
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