「…………何か、こういう厄介ごとに巻き込まれる星の下に生まれて来てんのかねぇ、俺?」
ブツブツと独り言を呟きながら修也は部屋の真ん中に立つ。
「おにーさん頑張ってー!」
「またあのスゲー立ち回り期待してるぜ兄さん!!」
部屋の端から由衣と千沙の声援が飛んでくる。
「……まさかあの土神さんの立ち回りを見れるなんて思わなかったなぁ」
「だよな! しっかりとこの目で見させてもらおっと!」
この教室に通っている生徒たちからもそんな声が聞こえてくる。
「……こんな年端もいかぬ小僧など相手になるのかと思ったが……そうか、お前が最近この町で話題になっている伝説の英雄か」
「いや伝説て。周りが勝手に話を大きくしているだけだ」
向かい合って立ちそんなことを言う道場破りの男に訂正を入れる修也。
「面白い! そうやっておだてられて天狗の如く伸びた鼻をへし折った瞬間というのは何物にも代え難い快感なんだよな!!」
「……うん、ナチュラルにクズ発言織り込んでくるなお前」
楽しそうに笑う男を見て修也はため息を吐く。
というのも、この男の笑顔には隠そうともしない悪意が見て取れるからだ。
瑞音の場合は純粋に勝負そのものを楽しんでいて、勝ち負けにはそこまでこだわっていない。
千沙も瑞音の影響を受けているからか強くなりたいという思いはあるようだが、そこに邪念は無いし勝つことに執着はしていない。
しかしこの男は相手を打ち負かすことに楽しさを見出しているように見える。
『勝ちたい』と『打ち負かしたい』では意味合いが大きく異なる。
しかもその『勝ちたい』と思う動機も不純である。
(……そんな歪んだ思想で試合に勝って嬉しいものなのかね?)
修也自身は別に勝ちたいとか強くなりたいという思いは無い。
護身術を身に付けたのも、テレビで見てカッコいいと思ったからというだけの軽い理由だ。
負けるよりは勝つ方が良いことに違いはないが、負けた相手に敬意を払おうともしないこの男の考えには共感できない。
だから気乗りはしないが負けるわけにはいかない。
(……それに新塚の時以上に負けて無様な姿を見せるわけにはいかないしな)
千沙の時はそもそも試合ではないし、たとえ一本取られてたとしても言い訳ができたかもしれないが今回はそうはいかない。
一応名目上はここの代表なのだ。
もし無様に負けたりしたら瑞音たちに申し訳が立たない。
「それじゃあルールを確認しておくよ。時間制限無しの一本勝負で有功打が決まればそれまで。大怪我に繋がりそうな危険な攻撃は無し……これで良いかな?」
「はい、大丈夫です」
「自分も問題ない」
瑞音の父のルール確認に修也と男は頷く。
「それでは……始めっ!!」
その言葉と共に瑞音の父は高く上げていた右手を振り下ろした。
守護異能力者の日常新生活記
~第6章 第19話~
「……………………」
試合開始の合図があっても修也はその場から動かず相手を観察する。
たとえ相手が誰であろうともこのスタンスは変えない。
これで相手の出方・癖・性格などを読み取るのだ。
今相対している道場破りの男は、流石に全国各地を巡っていると言うだけあって構えに隙も無い。
早々に踏み込んでこないところを見ると意外にも慎重派なのかもしれない。
性格に問題はあるが実力は本物なのだろう。
「……どうした、かかってこないのか? 英雄だのなんだのもてはやされているがただの腰抜けじゃないか」
動く気配を見せない修也を見て男が口の端を歪めながらそう言う。
「……悪いがそんな見え透いた安い挑発に乗るような性格してないんでね」
「…………けっ」
しかしそれに対して修也は表情を変えず淡々と返す。
それを見てつまらなさそうな顔をする男。
「だったら早々にねじ伏せてやる!!」
そう叫んで男は飛び込んでくる。
どうやら忍耐力は無さそうである。
「はっ!」
拳を突き出すためか大きく踏み込む男。
「!!」
その動きを見て修也は体半分横にずれる。
ほぼ間を置かずに男の拳は修也が元居た所を突き抜けた。
「っ!? 親父、今の攻撃……!」
それを見た瑞音が顔色を変える。
「うん、ちょっと待った。今の攻撃はちょっと危ないよ? 顔面を狙ったよね?」
瑞音の言葉に頷いて、瑞音の父が試合を中断させて注意を入れる。
「悪い悪い、そんなつもりはなかったんだがちょうど顔の高さだったみたいだなぁ? 次は気を付けるよ」
それに対してニヤニヤ笑いながら弁明する男。
本人はワザとではないと言っているが、明らかに修也の顔……目を狙っていた。
さらに言うなら拳ではなくチョキの形で突いていた。
修也が避けていなかったら目を直撃して、最悪目が潰れていた可能性がある。
(……性格だけでなく戦法までクズとか救いようが無いな……これは下手に長引かせると思わぬ怪我をさせられるかもしれん)
反省など微塵もしていない様子の男を見ながら修也は心の中で呟く。
「じゃあ試合再開といこうぜ? 先に断っとくが急所に当たってもワザとじゃねぇからな?」
「…………」
いやらしく笑う男を修也は鋭い目つきで睨む。
「おら、よっ!!」
再び修也に向かって踏み込む男。
その拳の高さは先程と同じだ。
どうやら徹底して修也の顔を狙うつもりらしい。
…………だが、修也に同じ攻撃は通用しない。
「!?」
修也を視界に捉えていたはずなのに、突如男の視界から修也が消えた。
そして次の瞬間、男の腹に鈍く重い衝撃が走った。
「ぐぶっ……!? か……は……」
「狙いが見え見えだ。だったら対策をとるのはそう難しいことじゃない」
予期せぬ衝撃に言葉を発することすらできなくなっている男にそうささやきながら、修也は男の腹に刺さっている肘を抜く。
支えを失ったことで男はそのまま床に崩れ落ちた。
「一本! それまで!!」
その様子を見た瑞音の父がそう宣言する。
それを聞いて場内に歓声が響き渡った。
「一撃!? 一撃で決めた!! スゲェー!!」
「全く無駄のない完璧なカウンターだ! これはもはや芸術だろ!」
「というか最初の見切りも凄いよ! 同じ動きをできない自信がある!!」
「てか何なのアイツ! 発言も格闘スタイルも汚すぎ!」
「でもそれを正々堂々真正面から打ち砕いてくれたからスカッとした!!」
周りからそんな声が響いてくる。
「……なるほど、瑞音が気に入るわけだ」
「だろう?」
そんな中、相川父娘は興奮が抑えきれない様子でそう呟いていた。
「いやぁ良い物を見せてもらった。ありがとう」
道場破りの男を追い返し教室の練習時間が終わった後、修也は瑞音の父に呼び止められ居住スペースであろう建物に招待された。
そして居間に通されて大きめの机を囲んで瑞音の母に出されたお茶をすすっている。
「あ、あの、すみません突然お邪魔する形になってしまって」
「良いのよ気にしなくて。こちらこそごめんなさいね、うちの人と娘が強引で」
急に生活スペースに入り込むことになってしまったことに蒼芽は謝るが、瑞音の母は全く気にしていないようでむしろ逆に謝られた。
「いやーそれにしてもやっぱりスゲェな兄さん! 瑞音ちゃんが言ってた通り見切りの早さがハンパ無ぇな」
「そーだよー、おにーさんはとっても凄いんだよー!」
しきりに感心する千沙に対し由衣が自慢気に胸を反らす。
「うん、その通り。土神君の強さの根幹は『見る』ことだ。相手の動き・癖・性格を見て次の行動を予見する。常に相手の先を見ているんだ」
「……あの立ち合いだけでそこまで分かるんですか……」
「これでも一応格闘技を指導する立場の身だからね」
的を射た瑞音の父の分析に感心する修也。
「なるほどなー、だから兄さんはアイツの攻撃を簡単に避けられたんだな!」
「ああ、目線や腕の動きで狙いは分かるから、後はそこにいなければ良いだけの話だ」
「簡単なことのように言ってるが、並外れた動体視力と反射神経が無いと無理だからなそれ」
しれっと言ってのける修也に瑞音が突っ込みを入れる。
「それでいてあの能力だもんなー! 攻撃が当たらない、当たっても効かないとか無敵すぎるぜ!」
「そうだな千沙。でもな、それをどうにかして攻略するのを考えるのが楽しいんじゃねぇか……!」
「おい悪い顔してるぞ相川」
「おっとすまねぇ」
修也に指摘され、瑞音は自分の顔を揉み解す。
「しっかしまぁきれーーいに決まったよなぁ兄さんのあのカウンター」
「まぁ俺の得意分野なところもあるしな。新塚好みの派手さは無いけど」
「確かに一見地味だけどテクニックとしては相当上級だよ。技の特性を熟知してないとできない芸当だよ」
「? ただ相手の攻撃に合わせて肘ブチ込むだけじゃダメなのか先生?」
瑞音の父の言葉に首を傾げながら千沙が尋ねる。
「ざっくり言えばそうなんだけど、土神君は遅すぎず早すぎず絶妙なタイミングで反撃してるんだ。少しでもタイミングがずれるとあそこまで綺麗には決まらない」
「突進系の技は加速がつくから威力は上がるけど、突進するせいでどうしても視界が狭くなる。だからその瞬間を狙って低く沈み込めば相手からは急に俺が消えたように見えるんだ」
「そして意表を突かれたことで一瞬だが隙ができる。その瞬間は体の緊張が緩むから普通に攻撃するよりも威力が上がるんだ」
その千沙の質問に瑞音の父・修也・瑞音が順番に答える。
「しかも相手が突進してくるおかげでこっちはほぼ何もしなくても十分威力が出る。相手の攻撃力がそのままこっちの攻撃力になるんだ」
「土神の高い見切り能力があってこそ使える戦法ってわけだな。私も理屈だけなら理解できるがとても真似はできん」
「あたしも無理だなー! あれこれ考えるのは性に合わねぇ!」
「いや千沙はもうちょっと考えろ」
「…………」
あれやこれやと色々議論している修也たちを、出されたお茶をすすりながら見つめる蒼芽。
「ごめんなさいね? 興味無い話を延々続けられて退屈でしょう?」
そこに瑞音の母がやって来て声をかけてきた。
「あ、いえそんなことは……」
「女の子は普通そんな格闘技とか興味を全く持たないだろうに、瑞音も千沙ちゃんもうちの人の影響をこれでもかというほど受けて……」
「何言ってんのさ、格闘技はともかく瑞音の勝負好きは君の影響だろう?」
瑞音の母の呟きを聞いて瑞音の父が口をはさむ。
「あらそんなことはありませんよ。信じられないならこの場にいる人たちで多数決で勝負しますか?」
「いやいやいやいや、言ってるそばから……」
瑞音の父の言葉にムッとした表情で言い返す瑞音の母。
しかしそれに全く説得力が無いことに突っ込みを入れる修也であった。
「……くそっ不覚……! まさか自分があんなにあっさりと膝をつくとは……」
一方その頃、格闘技教室を追い出された道場破りの男は面白くなさそうな表情で道を歩いていた。
男は性格に難があるものの、全国の道場を渡り歩いていけるだけの実力はあるし自信もあった。
しかし修也相手にあっさりと敗北し、無様な姿をさらすハメになってしまった。
そのことに憤っているのだ。
「……いや、自分が負けるなどあり得ん。何か卑怯な手を使ったに決まっている……!」
自分のことを棚に上げてそう決めつける男。
「おのれ汚い奴め! 正々堂々と自分の実力で勝とうという気は無いのか!」
修也がこの場にいれば『それはひょっとしてギャグで言ってるのか!?』と突っ込むこと間違いなしの恨み言を大真面目に男は呟く。
相手の視界を奪うというのは戦術としては有効ではあるが、その方法が物理的な目潰しだった。
その為大怪我しかねない攻撃は禁止という今回のルールから大きく逸脱している。
この時点で男に『正々堂々と』などと言う資格は無い。
しかも1回注意されているのに改めようとすらしなかった。
誰が見たって非があるのは修也ではなくこの男の方である。
だが男は修也に問題があったと本気で思い込んでいた。
「……そうなると伝説の英雄ってのも怪しいもんだ。何か裏があるに違いない……」
ブツブツと文句を言いながら足を進める男。
「どうしたんだいそんな憎まれ口を叩きながら歩いて。何か嫌なことでもあったのかい?」
「……ん?」
そんな男に不意に声がかけられ、男は足を止めた。
声のした方を見てみるとフードを目深にかぶった怪しげな人物が立っていた。
「……何だアンタ?」
「僕はただのしがないおせっかい焼きさ。何の気は無しに歩いていたらすれ違った君の様子が気になって声をかけたってわけ」
男の問いかけにフードの人物は含み笑いをしながら答える。
「…………怪しい」
「はは、自覚してるさ。このご時世怪しまれるのは百も承知だよ。でも愚痴るくらいはしても良いんじゃない? もしかしたら何かアドバイスできるかもしれないよ?」
フードの人物の怪しさは晴れないが言っていることは間違っていない。
何よりも男は修也に負けたことのストレスをどこかで発散させたかった。
この目の前の人物がそれを請け負ってくれるというのであれば利用しない手は無い。
男はそう結論付けて話すことにした。
「……さっき格闘の試合を挑んだんだが、相手に卑怯な手を使われて苦汁を嘗めるハメになっちまったんだよ」
苦虫を噛み潰したような顔でそう呟く男。
卑怯な手を使ったのは男の方なのだが、男の中では既にそちらが真実だと固定されていた。
「あぁなるほど、確かに何においても負けるのは悔しいよね。僕も嗜む程度には体術をやってたから分かるよ。でもそれは君に非があるんじゃないかな」
「はぁ!? 何でだよ!」
否定されたことでフードの人物に憤る男。
「だってそうだろう? たとえどんな卑怯な手を使われようともそれをはねのける実力があれば問題なかったってことじゃないか」
「うぐ、それを言われると……」
しかし痛いところを突かれて言葉に力が無くなっていく。
「でもそういうことなら力になれそうだね」
「……え?」
項垂れているところにそんな言葉をかけられ、男は顔を上げる。
「要は君にもっと力があれば良いわけだ。そして僕はその望みを叶えてあげることができる。もちろん無理強いはしない。それ相応のリスクがあるからね。君が地道に鍛えて経験を積んで力を身に付けるというならそれもアリだ」
フードの人物の言葉を黙って聞いていた男だが……
「分かった、アンタの話を聞こうじゃないか」
そう言って頷いた。
「ありがとう。そう言えばまだ名前を言ってなかったね。僕は……スケルス。そう名乗ってるよ」
「……偽名か?」
「気を悪くしないでくれよ? こういうのはお互い名前も知らないくらいが都合が良いんだよ」
「それもそうか」
フードの人物……スケルスの言葉に納得したのか、男はスケルスに連れられて暗い路地裏に消えていった。
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