「ふふふ……こうやって表に出て戦うのは久しぶりだなぁ。最近はずっと人に任せっぱなしだったから」
「おだて上げて良いようにこき使う、の間違いじゃないのか」
「まぁそれも間違ってないね。でもさ、人をうまく使う能力っていうのも大事だよ」
修也の棘のある言葉もスケルスは涼しい顔で受け流す。
「世の中には大きく分けると使う人間と使われる人間の2つになる。ただこれはどちらが上という話ではなく、しいて言うなら向き不向きの問題だね」
「……で、お前は使う側の人間だ、と」
「そっちの方が向いているのは確かだね。でもだからと言って前線に出ないわけじゃない。こう見えても昔は体術を嗜んでいて、しかもそれなりの成績だったんだよ?」
「なのに何故……」
「何故こんなお世辞にも正しいとは言えない後ろ暗いことをやってるかって? まぁそこが僕のこの復讐にも関わってくるんだけど……そこはまだ話す気にはなれないな」
そう言って構えるスケルス。
「! その構えは……」
修也はその構え方に見覚えがあった。
地面に足をしっかりとつけて手を開き気味に構える。
色々細かい所に違いがあるが、戒の構えと特徴が似ているのだ。
「お前がやってた体術って……柔道か?」
「へぇ……よく分かったね。やはり君の見る力は目を見張るものがあるね」
修也の問いかけにスケルスは嬉しそうに目を細める。
「さっきの戦いもその力でアイツの動きを読んで先回りしてたんだろう? 回避も攻撃も」
「…………見てたのか」
意趣返しと言わんばかりのスケルスの質問に肯定も否定もしない修也。
だがスケルスの言っていることは正解だ。
相手の動きを先読みして攻撃の前に回避するのはいつものことだ。
修也は今回はそれを攻撃にも使ったのだ。
相手の目と顔の動きを見て死角に入り込み、攻撃をする。
そうすることで相手からは修也の姿が全く見えず、常に不意打ちを受ける状態となる。
相手からすれば脅威以外の何物でもない。
「つまり、だ。君に勝とうと思うならまずはその目を何とかしないといけない。そういう意味ではアイツのやったことは理にかなってはいたんだよね」
そう言ってスケルスは未だにのたうち回っている男を横目で見る。
「……まぁな。でも反則はダメだろ」
「うーん……僕は真剣勝負に反則も何も無いと思うんだけどねぇ? 本当の意味での戦いにルールなんて無いようなものさ」
ここで初めて修也とスケルスの意見が分かれた。
修也の物言いに対し、スケルスは困ったような顔で頬をかく。
「実際の戦争だってきちんと協定が守られているか怪しいものだよ。こっそりと非人道的な行為をしている輩だって少なからずいるだろうし」
「…………」
「ああでも僕はアイツやそういう輩と違ってそちらのお嬢さん方に危害を加える気は無いよ。指一本触れない。だから安心してくれ」
「……今真剣勝負に反則も何も無いと言ったばかりじゃないか」
「これは僕のポリシーというかこだわりというやつだよ。僕は悪人ではあるけど下衆ではないんだ。悪人には悪人なりの矜持というものがあるのさ」
スケルスはそう言うがとても信用などできない。
「ああでも念のためもっと下がっていた方が良いよお嬢さん方。僕も気を付けるけど万が一ということがあるからね。もし君たちに何かあったら僕も寝ざめが悪い」
「…………」
だが丁寧にも蒼芽たちにもっと下がるように注意するスケルスを見て、少なくとも先程の道場破りの男よりは信用しても良いんじゃないかと修也は思い直すのであった。
守護異能力者の日常新生活記
~第6章 第22話~
「……さて、それじゃあ始めようか」
「!」
そう言うと同時に表現しがたい圧がスケルスを中心にして広がっていく。
「さっきも言ったけど、僕は使う側の人間だからと言って決して弱いわけじゃない。舐めてかかると火傷するよ? ……まぁ君にその心配は必要無いだろうけど」
「……確かに今までのやつらとは全然違う……」
今まで倒してきた相手たちは共通点があった。
誰もが感情を爆発させ、激高して暴れ回っていたのだ。
しかしスケルスにはそういった特徴は見られない。
「学校への立てこもりに始まり暴走トラックに猪瀬の騒動、由衣ちゃんの誘拐事件や駅前での鉈男にそこの道場破り……色々なやつらと戦ってきたが……」
「……ん? ちょっと待って。鉈男って……何のことだい?」
「え?」
今まで関わってきた事件を指折り数えていた修也だが、まさかのスケルスからの合いの手に気勢を削がれる。
「他は確かに心当たりがあるけど……その鉈男については何も知らないよ?」
「え……てことはアイツに関してだけは本当にただの偶然……?」
ここまで来てスケルスがわざわざ隠したり嘘をつく理由は無い。
どうやら鉈男だけはスケルスは関係無く、本人の意志による凶行のようだ。
「……だからと言ってお前のやらかしてきたことが許される訳じゃない」
そう言いながら修也はスケルスを視界の中心に収めながら構える。
「ふふふ……良かった、これで君のやる気が無くなったりしたらどうしようかと思ったよ」
スケルスの方はそう言いながらもまだ動いていない。
……なのにスケルスが揺らいで見える。
「じゃあ……行くよ」
その言葉を合図にスケルスは動き出した。
「!」
直後、修也の背筋に悪寒が走る。
そのまま立っていたらまずいと直感した修也は身を翻す。
ほぼ間を置かずしてスケルスの右手が先程まで修也がいた場所を突き抜けていった。
「へぇ……僕の初手を躱すとかなかなかやるじゃないか。期待以上だよ」
「…………」
楽しそうに笑うスケルスを修也は無言で睨む。
「え、今のは……」
「どーしたのー、おねーさん?」
今のやり取りを見て蒼芽が小さく呟いた。
それを不思議そうな顔で見つめる由衣。
「修也さんって、いつも相手の動きを先読みして攻撃が来る前に当たらない場所に移動してるんだけど……今の修也さん、攻撃が来てから避けたの」
「ほえ?」
由衣は分かっていないようだが、蒼芽の言う通り修也は相手の動きを見て読んだ上で先回りする。
しかし今は明らかにスケルスが攻撃の動作に入った後に避けた。
一般的ならそれが普通なのだが、修也の戦いを何度も見てきた蒼芽からすれば逆にそれが不自然に見えたのだ。
「ふふふ……君の目の良さを封じる手は直接目を潰す以外にもあるってことだよ」
「……何なんだ……? アイツの周りが、歪んで見える……」
さっきからしっかりとスケルスを見ているはずなのに、視線が定まらない。
スケルスだけでなく、スケルスの周りもゆらゆらと揺らいでいるように見える。
「そうだねぇ、じゃあヒントをあげようか。僕には普通じゃない力が昔からあるんだ……君と同じでね」
「!!」
スケルスの言葉に修也の目が鋭くなる。
「さっきの鉄パイプでの一件を見る限りだと……君の能力は君が触れた物を弾くとか反射するとか……そんなところかな?」
「……さぁ、どうだろうな」
スケルスの言葉に修也は表情を変えずに曖昧な返事ではぐらかす。
実際のところは触れたものを『硬くする』なのだが、わざわざ手の内を明かすような真似をする必要は無い。
「僕の能力は触れたものを『曲げる』。しかも空間とかそう言った概念にも使えるんだ」
「……は?」
スケルスの言葉を聞いて修也は耳を疑う。
修也や瑞音の『力』は『硬くする』や『重くする』など、物質の状態を変化させるものだ。
しかしスケルスの言う『曲げる』は物質の形状を変化させている。
明らかに修也や瑞音の物とは質が異なる。
しかも概念にまで適用させるなど修也にはできない。
だが先程の修也にも読めない攻撃を見せられれば、空間を曲げて距離を詰めてきたと言われても納得できてしまう。
それに先程からスケルスの周りが揺らいでいるように見えるのも、スケルスの能力の影響なのかもしれない。
「昔はこんな力を持って生まれたことを恨んでいた時もあったよ。この力のせいで気味の悪い化け物扱いされたことも少なくない」
「…………」
「でも考え方によっては便利だよね。何もしなくても周りが勝手に怖がってくれるんだから。悪人にとってこれほど都合の良い環境も無い」
「……お前の言う復讐とやらはその辺に関係してるってことか」
「ご明察。この力がきっかけで当時の僕は立場を追われ柔道も辞めざるをえなかった。だから僕はこの力を使って、僕を迫害してきた社会と柔道に復讐してやるのさ」
「社会はともかく……柔道は完全にとばっちりじゃないか」
「少しくらいは憂さ晴らししても良いじゃないか。何せ僕は『悪人』だ」
「もしかしてうちの高校に柔道部が無いのは……」
「ああ、僕が破壊工作をしたからかな? そのうち新設するのをやめたみたいだけど」
「じゃあ何で中等部にはあるんだ」
「中等部の柔道部には特に恨みが無いからね。僕が柔道を辞めさせられたのは高校の時だったからさ」
スケルスの話を聞いて、今まで抱いていた疑問が解消されていく。
しかしその代わりスケルスの行動理念というか価値観が理解不能になってしまう。
「さて、そろそろ良いかな? 僕の能力を知った上で君がどう動くか……楽しませてもらうよ」
そう言って再びスケルスがゆらりと動き出す。
「くっ……!」
今まで修也は相手の動きを先読みできていたからこそどんな凶器を持ってこられても余裕をもって対処してこれた。
しかしスケルスにはそれが通用しない。
先が読めない分対処が遅れ、反撃の機会がつかめない。
何とかスケルスの攻撃を避けることはできているが、それで精いっぱいだ。
「ふふ、どうしたのかな? 僕の攻撃をこれだけ避けられるのは凄いと思うけど、避けるだけでは勝てないよ?」
「…………」
スケルスの挑発ともとれる言葉に修也は返す余裕も無い。
(…………ん?)
しかしスケルスの攻撃を避けているうちに、修也の中に違和感が浮き出てきた。
(コイツの能力……本当に『曲げる』ことなのか?)
それはスケルスの言う、触れた物を『曲げる』力についてだ。
確かにスケルスの周りの空間は歪んで見えるが、空間なんていう概念に本当に作用するのだろうか?
少なくとも修也の『力』は触らないと発動しない。
空気に関しては『触っている』と認識さえすれば使える。
しかし実体を持たないものを触れる訳が無い。
修也の『力』とは性質が異なるかもしれないが、空間を曲げているという先入観は取っ払った方が良いかもしれない。
(よく見ろ……絶対に何か手がかりがあるはずだ)
必死にスケルスの攻撃を避けながらも修也は観察を怠らない。
スケルスの周りの空気は相変わらず揺らいでいる。
……ただ、『曲げる』というには少々不自然な気がする。
(……ん? これはもしかして……)
「……それじゃあそろそろトドメと行かせてもらおうかな」
考える修也をよそにスケルスは次の行動に移る。
今度こそ修也を捕らえるべく一気に距離を詰めて右手を伸ばし……
ガッ!!
「っ!?」
……たところで手首を掴まれ動きが止まる。
スケルスの手首を掴んだのは……言うまでもなく修也だ。
「……いやぁすっかり騙されたよ。お前の能力……『曲げる』ことじゃねぇだろ」
「…………へぇ、じゃあ君は何だと思うのかな?」
修也の問いかけにスケルスは不敵な笑みを浮かべる。
「お前の周りで揺らいでいた空気……あれは『曲げる』という表現じゃ不適切だ。どちらかというと『揺らぐ』が近い。陽炎のようにな。……というか実際陽炎なんだろう? お前の能力で『熱く』なった空気でできた」
「…………よく分かったね。そう、僕の能力は本当は触れたものを『熱くする』というものだ。それで空気を揺らめかせて距離感を狂わせていたというわけさ」
能力を見破られたというのに、それでもスケルスは楽しそうに笑っている。
「タネさえ分かれば対応は難しくない。だからこうやって対処もできたというわけだ」
「……いやぁやはり君の目は素晴らしいね。この短時間でそこまで見抜かれるとは……でも、良いのかな?」
「……何がだ」
まだ余裕の表情を崩さないスケルスを不審に思って修也は尋ね返す。
「さっきも言ったけど僕の能力は触れたものを『熱くする』。それは人体も例外じゃないんだよ?」
「っ!?」
その言葉に壮絶に嫌な予感がした修也はスケルスを掴んでいた手を離そうとする。
しかし、いつの間にか逆にスケルスに掴まれていて離すことができない。
「柔道をやっていたお陰で握力には自信があるんだ。いくら君でもそう簡単には振りほどけないと思うよ?」
涼しい顔とは裏腹にスケルスの握力は強い。
「ところで温度計と体温計の違いって何だと思う?」
「は? 何を急に……」
「それはね、体温計は42℃までしか測れないんだよ。いや42℃まで測れれば良いという方が近いのかな? それ以上を測る機会なんて無いからね」
突然意味の分からない話をしだしたスケルスに修也は眉をひそめる。
「それに人体が42℃まで上がるとタンパク質が変性して細胞や臓器が機能不全になって生命の危機になる。脳や心臓にも深刻なダメージを与えることになるんだ。熱中症とかが良い例だね」
「! まさか、あの誘拐犯の謎の高熱は……」
「いやぁ人間って脆いよね。2~3℃体温が上がっただけで体調不良になって、5℃以上上がったら生命の危機なんだから。そして僕にかかれば5℃程度温度をあげるくらい造作も無い」
明言はしていないが、ほぼ間違いなくあの誘拐犯はスケルスの『力』で強制的に体温を上げられたのだろう。
その結果体に何らかの重大な障害を起こしたのか、今も意識を取り戻すことなく病院のベッドに伏せている。
『消された』という猪瀬の元部下の仲間たちもこの犠牲になった可能性が高い。
スケルスの『力』で体を『熱く』され内蔵が機能不全を起こし、死なないまでも廃人のようになったというのであれば筋は通る。
「そしてそれは君も例外じゃない。君のような人間を失うのは正直惜しいけど……僕の目的を果たすためには仕方ないね」
「くっ……!」
修也の『力』は物理的な干渉を受けなくなるものだが、熱や光などのエネルギー系の攻撃には無力だ。
いくら体を固めても熱いものは熱い。
「でもまぁさっきも言ったけどあちらのお嬢さん方に危害を加えるつもりは無い。だから安心してくれ……それじゃあ、さよならだ」
「修也さんっ!!」
「おにーさん!!」
蒼芽と由衣の悲痛な叫びを無視して、スケルスはそう言いながら修也を掴んでいる手に『力』を込めた。
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