翌日、土曜日。
今日は学校が休みなので、いつもの時間になっても蒼芽は起こしに来ない。
それに対して休日でも生活リズムが変わらない修也は平日と同じ時間にベッドから起き上がる。
そして制服ではなく私服に着替え、朝食を摂るために1階へ降りる。
「おはようございます修也さん」
「おはようございます紅音さん」
キッチンでは既に紅音が朝食の準備をしてくれていた。
「紅音さんホントに平日休日問わず毎日早いですよね」
「ふふふ、休日の朝は修也さんと2人でゆっくりお話しできる貴重な時間で、最近の私の楽しみのひとつなんですよ。普段はずっと蒼芽と一緒ですから」
そう言って修也の分の朝食を食卓に並べる紅音。
「この時間に朝食の支度ができるってことは5時起きくらいじゃないんですか?」
「そうですね。でももう慣れました。10年以上この生活ですから」
事も無げに言う紅音だが、実際はそんな簡単なものではないだろう。
仕事もやりつつ1年365日休みなく家事をこなしているのだ。
さらに最近は修也の分の家事も増えた。
修也が手伝えるところは手伝うし自分でできることは自分でやってはいるが、それでも大変なことに変わりは無い。
「……本当にいつもありがとうございます。何かお礼ができれば良いのですが……」
「蒼芽の側にいてくれるだけで十分ですよ。それだけで十分助けられていますから」
礼を言う修也に対して柔らかく微笑みながらそう返す紅音。
「最近物騒でしょう? だから修也さんが側にいるというだけで安心度が違うんですよ」
「……何かそれ最近よく言われるんですけどそんなに違いますか?」
引っ越してくる前まではそんなこと言われる以前の問題だったので、修也は今一つピンとこない。
「まぁ自分では分からないかもしれませんね」
「うーん……そういうものですか」
「だったら分かりやすいたとえ話をしましょう。野球で1点差でギリギリ勝っている試合に何としてでも勝ちたい場合、絶対的な守護神と言われる抑えのエースがいたら安心できるでしょう?」
「あぁなるほど、そう言われると分かる気がします」
「サッカーで1点差でギリギリ勝っている試合に何としてでも勝ちたい場合、絶対的な守護神と言われるゴールキーパーがいたら安心できるでしょう?」
「いやそれさっきの野球のたとえとほぼ同じなんですけど。何でわざわざサッカーに変えて言い直したんですか?」
「つまり何があっても守ってくれるというのが安心感に繋がるんですよ」
「はぁ……」
「蒼芽なんてもう修也さんにべったりじゃないですか。それだけ修也さんの側が落ち着くんですよ」
「……はっきりとそう言われると、何か照れますね……」
紅音にそう言われて顔が熱くなるのを感じた修也は少し落ち着かない気分になって、いつもより食べるスピードが早くなる。
「……という訳でどうです? いっそ蒼芽をお嫁に貰うのは」
「段階すっ飛びすぎじゃありませんかね?」
良い話をしていたはずなのに自分で落としにかかるのは相変わらずな紅音なのであった。
守護異能力者の日常新生活記
~第3章 第21話~
朝食後。
「この週末は特に何も無いし、家でゆっくりするのも良いかもな……」
自分の部屋に戻ってきた修也はベッドに寝転びながら呟く。
先々週は蒼芽に町案内をしてもらい、先週は詩歌たちとアミューズメントパークへ遊びに行った。
思えばこの町に来てから何も無い週末というのは初めてである。
引っ越す前はそっちが当たり前だったのだが、環境が変われば変わるものなのだろう。
「…………ん?」
その時、机の上に置いていた修也のスマホが着信を知らせる。
「何だろ?」
修也は体を起こし、スマホの画面を確認する。
「…………華穂先輩からの電話?」
画面には華穂からの音声通話を知らせる表示がされていた。
「もしもし?」
とりあえず修也は通話に出る。
『あ、もしもし土神くん? おっはよー!』
「おはよう華穂先輩。どうした土曜の朝から」
猪瀬関連で何かあったのかと思ったが、受話器越しの華穂の声は明るいからそうではないようだ。
『連絡先交換した時言ったでしょ? 特に用事が無くても電話するって』
「あぁー……そう言えばそんなことも言ってたなぁ……え、大丈夫? 俺消されない?」
『だから大丈夫だってば! ウチはそんな家柄じゃないよ!!』
「ははは、冗談冗談」
『もー、土神くんってば……』
むくれているような言葉ではあるが、華穂の声は相変わらず明るい。
華穂は仮にもお嬢様なので多少なりとも気を遣う生活をしているはずだ。
だから気軽にこういうノリの電話ができることが楽しいのだろう。
『ああでもさっき用事が無くてもって言ったけど、ちゃんと用事はあるんだよ?』
「あ、そうなの?」
『うん。今週は色々と土神くんにお世話になったからね。そのお返しをしようと思ってね』
「いや、別にそんなの良いのに」
『お金はいらないってのは納得したけど、流石にお礼も無しってのは人としてどうかと思うんだよ』
確かにこれは華穂の言い分が正しい。
金銭のやり取りが発生すると雇用関係になるという修也の考えも間違っていない。
だが、お礼をするくらいなら友達関係であろうとも普通にあり得る。
これを辞退するのは逆に失礼にあたるだろう。
「でもまだ問題解決したわけじゃないんだが……」
『まぁまぁ、ボディガードとしての役割は十二分に果たしてくれてるから』
「……分かったよ。それで先輩の気が済むなら」
『良かった! じゃあ今から1時間後に……駐車場のある大きな公園って分かる?』
「えっと、何か舞台とか物見櫓とかがあるあの公園?」
修也は先日蒼芽に案内してもらった公園を思い出した。
この町で駐車場のあるレベルの大きな公園と言えば恐らくそこだろう。
そうアタリをつけて華穂に問い返してみる。
『そうそう! そこの入り口まで来てくれるかな?』
「入り口って……いくつかあったような気がするけど」
蒼芽と公園内を1周したときに見たが、入り口は1つではなかったはずだ。
『えーっと、駐車場に一番近い入り口で分かる?』
「んー……多分」
『まぁ分からなかったら連絡してよ』
「あぁ、分かった」
『あ、それと蒼芽ちゃんも連れてきてね』
「え? 蒼芽ちゃんも?」
蒼芽も連れてきてほしいという華穂に首を傾げる修也。
『うん、聞いた話では蒼芽ちゃんも巻き込んじゃったんでしょ? だからそのお詫びにね』
「いや……先輩が気に病む必要は無いと思うけど」
悪いのは猪瀬と襲ってきたあの男たちで、華穂は何も悪くない。
そう思った修也はフォローを入れる。
『それにずっと土神くんを借りてるお礼もしたいし』
「だからナチュラルに俺を所有物扱いするんじゃねぇ」
『あはははは! まあとりあえず蒼芽ちゃんにもよろしくね! それじゃ』
そこで通話は切れた。
「うーん……お礼って何だろう? とんでもない物じゃなければ良いけど」
モールの商品交換チケットやら学費9割引きやらアミューズメントパークの永年フリーパスなどをお礼として受け取っている修也としては『お礼』という言葉に軽く警戒心を抱く。
華穂も一応は資産家の身内だ。
軽いノリでとんでもない物をお礼として渡される可能性も否定できない。
「とりあえず蒼芽ちゃんに話を通しておくか」
そろそろ蒼芽も朝食を終える頃だろう。
修也はそう思い部屋を出る。
「あ、修也さん。おはようございます」
タイミングよく朝食を終えた蒼芽が自分の部屋に戻るために階段を上ってきた所に鉢合わせた。
「おはよう蒼芽ちゃん。ちょうど良かった」
「あ、私に何か用事ですか?」
「うん、今さっき華穂先輩から電話があってさ。何か1時間後に2人で公園の入り口まで来てほしいんだって」
「公園って……先日修也さんと行ったあの公園ですか?」
「そうそう。何でも今回の件でお礼をしたいらしい」
「え? あの……お礼と言われても、私何もしてないんですけど……?」
困り顔で修也に尋ねる蒼芽。
「蒼芽ちゃんに関しては巻き込んでしまったことのお詫びらしい」
「それ……姫本先輩が気に病む必要ないと思うんですけど……」
「うん、俺もそう思う」
蒼芽も修也と同じ感想を持ったらしい。
「という訳だからさ、1時間後に公園に行こうと思うんだけど蒼芽ちゃんの予定は大丈夫か?」
「あ、はい。今日は特には何も予定はありませんので」
修也の言葉に頷く蒼芽。
「そうだ、せっかくだったら早めに出てのんびり歩き回るっていうプチデートっぽいものでも」
「えっ!? 良いんですか!!?」
『デート』という単語に反応した蒼芽が目を輝かせてかぶせ気味に修也に問い返す。
修也は軽い気持ちで提案したのだが、予想外に蒼芽が食いついてきたことに少し驚く。
「え? あ、うん。いやでも蒼芽ちゃんは朝食べたばかりだしそんな急ぐ必要も」
「大丈夫ですよそれくらい! じゃあ私準備してきますね!」
そう言って蒼芽は軽やかな足取りで自分の部屋に戻っていった。
「……うん、あれだけ喜んでくれるんなら今後機会があれば積極的にデートとかに誘っても良い……のかな?」
元々の思考回路のせいで『断られたらどうしよう?』とか『嫌な思いしないかな?』という考えがどうしても浮かんでくる修也。
だが蒼芽に限ってはそんな心配はしないで良さそうだ。
「じゃあ俺も出かける準備するかな」
修也も踵を返して自分の部屋に戻り、出かける準備を始めることにする。
とは言ってもスマホと財布をショルダーバッグに入れるだけだ。
それだけなのでほぼ間を置かず修也は再び部屋を出る。
「お待たせしました修也さん!」
修也が部屋を出るのとほぼ同時に蒼芽も自分の部屋から出てきた。
「早っ! ほとんど待ってないぞ!?」
「まぁ上着を羽織ってお財布とスマホを持つだけですから」
「俺とほぼ同じか……だったらそんなもんか。にしても女の子の準備って時間がかかるものってのが相場だと思ってたが……」
「同じ家で暮らしてるのに着飾っても仕方ないじゃないですか」
「それもそうか」
普段同じ家で暮らしているからこそこういう時に気合を入れるという考え方もあるが、今回のメインは華穂のお礼であってこのプチデートはいわばおまけだ。
修也としても軽い気持ちで提案したものにそこまで気合を入れられても気後れするだけなので、これくらいのライトさがちょうどいい。
「じゃあそろそろ行こうか」
「はいっ!」
修也の言葉に蒼芽は頷き、2人揃って階段を下りる。
「すみません紅音さん、少し出かけてきます」
修也はリビングか台所にいるであろう紅音に声をかける。
「はい、行ってらっしゃい……あら、蒼芽も一緒なの?」
修也を見送るために台所から出てきた紅音が、蒼芽もいることに首を傾げる。
「ええ。実は先日話したボディガード云々のお礼がしたいと言われまして、それに蒼芽ちゃんも連れてきてほしい……と」
「あら、蒼芽も一役買ったの?」
「ううん、私は何もしてないんだけど……」
「巻き込んでしまったお詫びと俺を借りてるお礼だそうです」
修也は冗談交じりに説明する。
「なるほど、そういうことなら納得ですね」
「えっ? 納得しちゃうの?」
修也の説明で状況を理解した紅音。
そしてそんな紅音に疑問を呈する蒼芽。
「ええ。だって、蒼芽は修也さんのものでしょう?」
「お母さん、逆!」
「いや逆でもねぇよ!?」
紅音の発言に突っ込む蒼芽。
そしてその蒼芽にさらに修也が突っ込む。
「あっ……!? すみません、先日からそんな話がちらほら上がってたのでつい……」
「でもとっさにそんな言葉が出るってことは少なからずそんな願望が」
「無いから! 修也さん、早く行きましょ!!」
そう言って修也の手を取って慌てて玄関のドアノブを掴む蒼芽。
「あ、あぁ。じゃあ行ってきます」
「行ってらっしゃい。泊りがけになった場合は連絡してくださいね」
「ならないから!!」
にこやかに言う紅音に対して怒鳴る蒼芽。
修也の手を引いて勢いよく玄関を飛び出すのであった。
「もう、お母さんは何度も何度も……」
「いや……今回は蒼芽ちゃんの自爆じゃね?」
「うっ……」
公園までの道を憤りながら歩いていた蒼芽だが、修也の一言で軽くへこむ。
「ま、まぁそれは忘れましょう! ところで修也さん、引っ越してきて2週間ほど経ちましたがここでの生活には慣れましたか?」
気持ちを切り替え、蒼芽が修也に尋ねる。
「ああ、だいぶ慣れたよ。蒼芽ちゃんが身の回りの世話をしてくれてるおかげだな」
「だったら良かったです」
質問に対する修也の答えを聞いて表情を綻ばせる蒼芽。
「しかしずっと俺の世話ばかりやってて大変じゃないか?」
「いいえ? 私が好きでやってることだからちっとも大変じゃないです。詩歌の料理と同じですよ」
「やっぱり昨日のアレは俺の世話で考えてたな?」
「当然です!」
修也の問いに力強く頷く蒼芽。
「蒼芽ちゃんの世話も良いんだけど、『力』を蒼芽ちゃんと紅音さんには隠さなくても良いってのが随分と精神的に楽だな」
「本当に……前の町の修也さんの周りの人は何を考えてるんでしょうね?」
前の町での修也の理不尽な扱いに対して蒼芽は頬を膨らませる。
「いや、それはもう良いよ。蒼芽ちゃんが敬遠せず側にいてくれるってだけで十分つり合いは取れてる」
自分のことで怒ってくれる蒼芽のことを修也は嬉しく思う。
いつか言っていた、前の町での嫌な思い出を全て帳消しにすることも蒼芽とならできるかもしれない。
「だから蒼芽ちゃん、これからも側にいてくれるか?」
「もちろんです! 何度でも言いますけど私は何があっても絶対に修也さんの味方ですし側にいますよ!」
再びされた修也からの質問に、蒼芽もまた再び強く頷くのであった。
(……ん? 何か今のプロポーズっぽくなかったか……? いや考えすぎ考えすぎ。付き合ってすらいないのに)
(何か今のってプロポーズみたい……うぅん、修也さんにそこまでの意図は無いよきっと。それにこういうのはきちんと段階を踏んで……)
お互い微妙に自分の発言を深読みして内心動揺しながら。
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