守護異能力者の日常新生活記 ~第3章 第20話~

「……あっ、土神くーん! こっちこっちー!」

翌日の昼休み。
華穂は屋上でベンチに座っていた。
そこに修也がやってきたのを見つけ、手を大きく振って修也を呼ぶ。

「早いな先輩。まだ昼休み始まって間もないぞ」
「へへーん、私の教室は4階だからね。物理的に距離が一番近いのが勝因だよ」
「まぁそれに加えて俺は一旦購買に行ってるからな」
「それでこの時間に来るなら土神くんも十分早いと思うけどね」

確かに3階にある修也の教室から一度購買へ行き、再び戻ってきて屋上まで来るとなると結構な距離だ。
まっすぐ屋上へ来たのならそうでもないが、その行程を辿るならなかなか早い方である。

「授業終了とほぼ同時に購買へ行ったからな。おかげで購買もそう混んでなくてスムーズに買えたんだ」
「あぁー……良いよねぇ、購買の争奪競争も学生生活の醍醐味のひとつだよね。私も一度やってみたいなぁ」
「でもそうなると今度は教室が4階にあるってのが仇になるぞ」
「あっそうか。購買までの距離が長くなっちゃうんだねぇ」

修也と華穂の2人で取り留めのない話をしていると……

「えーっと……あ、いたいた! 修也さーん!」

屋上にやってきた蒼芽が修也の姿を見つけて呼びかける。

「おっ、蒼芽ちゃんも来たな」
「やほー、蒼芽ちゃん」
「こんにちは姫本先輩」

華穂と蒼芽はお互いに軽く挨拶を交わす。

「え……えっと……わ、私……一緒に、来ちゃって……良かった、の……?」

その蒼芽の背中に隠れながら、詩歌が顔を半分だけ覗かせる。
そして細い声で蒼芽に尋ねた。

「もちろんだよ。というか詩歌を姫本先輩に紹介するのがメインなんだから、いないと困るよ」
「あっ、君が詩歌ちゃん? 会えて嬉しいよ。話は土神くんと蒼芽ちゃんから聞いてるよ!」

詩歌に気付いた華穂が笑顔で声をかける。

「えっ……舞原さんと、土神先輩……から……?」
「うん。すっごく料理が上手な子だって。プロ顔負けらしいね?」
「そ、そんな……私は、好きでやってるだけで……プロの方に比べたら、私なんて……」

華穂の言葉に詩歌は慌てて手と首を振って否定する。

「そんなこと無いよ。詩歌の手作り弁当なら2980円出せるもん、私」
「え、えぇ……!? 何か、凄く値上がりしてない……?」
「それだけの価値が詩歌の料理にはあるってこった。ちなみに俺も蒼芽ちゃんに同意」
「ですよね!」
「え、えっと……その……あ、ありがとう……ございます……」

修也にそう言われ、顔を真っ赤にさせて俯いて礼を言う詩歌。

「へぇー、それは興味あるなぁ。ねね、機会があったら私にも食べさせてよ、詩歌ちゃんの料理」
「あっ、えっと、その…………はい」

人懐っこい笑顔を浮かべる華穂に対し、しどろもどろになりながら詩歌は頷く。

「あ、そう言えば自己紹介がまだだったね。私、姫本華穂。よろしくね!」
「あ……えっと……わ、私は……米崎、詩歌……です。その……よろしく、お願いします……」
「いや華穂先輩、自己紹介のタイミングがおかしい」

変なタイミングで自己紹介を始めた華穂に詩歌はつられて自己紹介をし、修也はやんわりとツッコミを入れるのであった。

 

守護異能力者の日常新生活記

~第3章 第20話~

 

「それじゃあお昼食べよっか。席はちゃんと取ってあるから」

そう言って華穂は向かい合わせになっているベンチの1つに腰掛ける。
修也はその向かい側に座り、蒼芽がその隣に座る。
詩歌は残りの空いている蒼芽の向かい側で華穂の隣のスペースに座った。

「あ、そう言えば蒼芽ちゃんも購買なんだね?」

蒼芽が手にしているパンとお茶を見ながら華穂が尋ねる。

「はい。お弁当は毎日の献立を考えるのが大変でして……なので毎日きちんと作ってる詩歌を見てるとホントに凄いなって思うんですよね」
「へぇー! 詩歌ちゃんは毎日自分でお弁当作ってるんだね!」
「い、いえ……私は……自分が好きで、やってることなので……」
「好きなことでも毎日続けられるのが凄いんだよ」
「そ、そんな……舞原さんだって、好きでやってることなら……毎日続けられると、思うよ……?」
「うーん、好きでやってること、ねぇ……?」

そう言って蒼芽は宙を見つめてじっと考える。

「………………」

そして一瞬だけちらっと修也を見て……

「……うん、何か分かる気がした」

そう答えた。

(……蒼芽ちゃん、多分『俺のお世話』で考えたな……?)

以前蒼芽は修也の身の回りの世話を自分がやりたいからやると言っていた。
だからそんな風に想像はつくものの、今ここで追及したら自分の首をも絞めかねない。
なので修也は何も聞かずスルーする。

「でもさ、好きでやるにしたってやっぱり凄いよ!」
「で、でも……その、姫本先輩も……お弁当、ですよね……?」

詩歌の言う通り、確かに華穂が持っているのも弁当箱だ。
修也や蒼芽のように購買で買ったものではない。

「ん? ああこれは家の人に作ってもらったものだよ。自分で作ったんじゃないんだ」

そう言って華穂は自分の弁当箱を開ける。

「…………意外と普通だな?」

中身を覗き込んだ修也が持った感想がそれだった。
普段から庶民嗜好であるとは思っていたが、弁当もかなり庶民的なおかずが詰め込まれていた。
華穂は曲がりなりにもお嬢様なのでもっと高級っぽいものを修也は想像していたが、中身も箱もごく普通の物だ。

「まーね。お弁当にそんな高級食材使っても仕方ないでしょ」
「それもそうか」

弁当に使う食材は保存性を重要視した方が良いのは料理に疎い修也でも分かる。
高級食材を使ったけど腐ってしまって食べられません、では意味が無い。

「……でも、栄養が偏らず……食べる人のことを、しっかり考えられた……良いお弁当だと……思います……」

横から華穂の弁当の中身を見た詩歌がそう言う。

「うん、詩歌ちゃんがそう言うなら間違いないね。作ってくれた人に感謝だよ」

そう言って華穂は手を合わせ、自分の弁当に箸を入れる。

「……あ、そうだ詩歌ちゃん。良かったらおかず1つ交換してくれない?」

……と思ったら、横に座っている詩歌にそんな提案をする華穂。

「……え?」
「ほら、土神くんや蒼芽ちゃんがあれだけ美味しいって言うから気になって。さっき言ってた機会が良く考えたらすぐそこにあったよ」
「あ……は、はい、お好きなのを、どうぞ……」

そう言って詩歌は華穂に自分の弁当を差し出す。

「んー……じゃあこれ!」

そう言って華穂がつまんだのはドレッシングのかかったブロッコリーだ。

「あ、先輩もブロッコリー選びましたか」
「ん? そう言うってことは蒼芽ちゃんもブロッコリー貰ったの?」
「はい、一番つまみやすそうだったので。ブロッコリー好きなの詩歌?」
「好きと言うか……使いやすいの。冷凍の物を解凍させずに入れるだけで良いし、見栄えも良いし……それでいて栄養価も良いし」

蒼芽の質問に対しよどみなく答える詩歌。
料理に関することならどもらず話せるらしい。

「しかしそれだと詩歌の料理の腕は分からないんじゃないか?」

修也が疑問を呈する。
確かに冷凍ブロッコリーを弁当箱に入れるだけでは詩歌の手を入れる隙が無い。
それで詩歌の料理スキルを見るのは無理があるのではなかろうかと修也は思ったのだ。

「ふふふ……甘いですよ修也さん。ブロッコリーはそうだとしても、かかってるドレッシングは詩歌お手製なんですよ!」
「あ、なるほど……」

そんな修也に対して説明を入れる蒼芽。

「それじゃあ……いただきます」

そう言ってブロッコリーを口に入れる華穂。

「……………………」

そして何回か咀嚼した後飲み込む。

「あ、あの……どうでしょうか?」
「…………詩歌ちゃん」

不安そうに華穂に尋ねる詩歌に、華穂は真顔で正面から詩歌を見つめる。

「手に余裕がある時だけで良いから私にもお弁当作ってくれない? 5000円出すから」
「え……えぇっ!?」

華穂の口から出てきた提案に詩歌は驚きの声をあげる。

「だってすっごく美味しいよこれ! ビックリしたよドレッシングひとつでここまで美味しくなるんだ!?」
「だからって5000円なんて……ひ、ひと月分ですよね?」
「うぅん、1回分」

詩歌の問いかけに首を振って即答する華穂。

「お、多すぎです……! いえ、ひと月分でも……多いですけど……」
「えっと……ひと月4週間で考えて毎日作ってもらったとしたら20日。1日あたりだと250円になるよ詩歌。はじめは298円でどうこう言ってたし妥当な所じゃない?」
「いや蒼芽ちゃん、そう言う問題じゃないんじゃね?」
「そ、そうだよ……そもそもお金を貰うっていうのが……」
「あ、そうだね。友達同士でお金のやり取りはおかしいよね」

先日修也に言われたことを思い出した華穂がそう言う。

「え……? あ、あの……私と、姫本先輩って……友達、なんですか……?」

ただ詩歌はそれよりも華穂の友達発言の方が気になったのでそう尋ねる。

「うん、こうやって一緒にお昼ご飯食べてるんだし、友達で良いと思うよ。ただの先輩後輩ってだけじゃ寂しいじゃない」

そう言って詩歌に微笑みかける華穂。

「あ、そうだ! 詩歌ちゃん携帯持ってる? せっかくだし連絡先交換しておこうよ!」
「いやその前に昼食べちゃおうぜ。昼休み終わるぞ」

そのままスカートのポケットから携帯を取り出そうとした華穂を修也が窘める。

「あ、それもそうだね。じゃあ詩歌ちゃん、私のお弁当から好きなおかず取って良いよ。さっきのブロッコリーと交換で」

そう言って詩歌に自分の弁当箱を差し出す華穂。

「じ、じゃあ……この卵焼きを……」

詩歌が恐る恐る華穂の弁当箱に箸を伸ばそうとした時……

「オラァっ!! ここかーーーーーー!!」

そんな叫び声と共に屋上の扉が勢いよく開いた。

「ひぅっ!?」

それに驚いた詩歌の手から箸が滑り落ちてしまった。

「おっと」

しかし床に落ちる前に修也が手を伸ばし空中でキャッチする。
おかげで詩歌の箸は地面に落ちずに済んだ。

「流石です修也さん。いつ見ても動体視力と反射神経が凄いですね」
「まぁな。それより今の声……」

聞き覚えのある声に修也は扉の方を見る。

「やっぱりここにいたね土神君! というか可愛い女の子が1人増えてるじゃないの! このリア充め末永く幸せに爆発しろーーー!!」

そこにいたのは変な言いがかりをつけながらこちらに駆け寄ってくる陽菜だった。

「今日も飛ばしてますね藤寺先生」
「当たり前だよ! いつでも元気、いつでも全力、そしていつでもブルマ愛を忘れない。それが私だからね!」
「少しは自重してください。特にブルマ愛」
「全力で断る!」
「そこも全力ですか」

何がそこまで陽菜を突き動かしているのか全く持って不明である。

「それとそんな勢いよく入ってきたせいで詩歌が驚いて箸を落としかけたんですよ?」
「あ、そうだったの? それはゴメン!」

そう言って勢いよく詩歌に頭を下げる陽菜。

「え、えっと……その……先輩のおかげで落とさずに済みましたので……」

陽菜のテンションについてこれずアタフタする詩歌。

「謝るのまで全力ですか……てか、何なんですか。どうも俺を探していたみたいですけど」
「あっ、そうだった。土神君! 私は怒ってるんだよ!!」

そう言ってビシッと修也を指さす陽菜。

「何にですか。俺別に先生に怒られるようなことしてませんよ」
「何言ってるの! 昨日優実と瀬里の2人と一緒にカフェ行ったんでしょ! 私も行きたかったのに!!」
「えぇ……いや確かに行きましたけど……」

怒る理由が非常にくだらないことに修也は呆れてため息も出ない。

「あとで瀬里からのドヤ顔の自撮りと共に送られてきたメッセージでこのことを知った私の気持ちが分かるか土神君っ!?」
「知りませんよそんなもん。高代さんも何やってんだ……」
「土神君、君は短パンやスパッツに鞍替えするつもりなのかい!? ブルマについて熱く語り合ったあの夜を忘れたのっ!!?」
「どこの派閥にも所属してませんし思い出を捏造するのやめてくれませんか」

相変わらず面倒くさい絡み方をする陽菜を適当にいなす修也。

「ふぅーっ、スッキリした。やっぱり土神君のツッコミのキレは最高だねっ!」

ひと通り絡んで気が済んだのか、陽菜は実に晴れやかな表情をしている。

「俺を意味の分からないフラストレーションの解消に使わないでほしいんですが……」
「だってー。土神君ほど的確なツッコミを即レスで返してくれる子なんて中々いないんだもん。良いツッコミがいないと笑いってのは成り立たないんだよ」
「いやそこで笑いを求めるのはどうなの……」
「中々……ってことは過去にはいたんですか?」
「うん。優実」

蒼芽の問いに即答する陽菜。

「あぁ……七瀬さんの気苦労が伺える……」

学生時代の優実も今の自分と同じような気持ちだったのだろうか……と修也は優実の苦労を慮る。

「相変わらずコントみたいだねぇ……」
「う、うん……あれ? そう言えば、姫本先輩は……?」

修也と陽菜のやり取りを見ながら呟く蒼芽と詩歌だが、ふと華穂の反応が何もないことに詩歌が気づいた。
詩歌が横にいるはずの華穂の方を見ると、華穂は蹲って震えていた。

「えっ……!? ど、どうしたんですか姫本先輩……! 気分でも悪くなったんですか……!?」

その様子を見た詩歌が慌てて華穂に問いかける。

「あー……これは多分……」
「……ですね……」

一方の修也と蒼芽は特に慌てた様子も無く落ち着いている。

「大丈夫だ詩歌。これは……」
「あははははは……! わ、笑いすぎてお腹痛い……! ホント土神くんのクラスは笑いの宝庫だよ……!」
「……笑ってるだけなんだよ」
「え、えぇ……?」

修也と蒼芽の説明に何と言って良いか分からず困った表情をする詩歌。

「ホント笑いの沸点が低いな華穂先輩は」
「いや土神くんたちが耐性高すぎるんだよ! こんなの笑わずにはいられないって!」
「よく分かんないけど笑ってもらえたならオールオッケーだね! これこそ仕事の醍醐味ってやつさ!」
「いやこれ教師の仕事じゃねぇよ!」
「あははははははは!!」

修也と陽菜のやり取りを見て笑いが止まらない華穂。
その笑い声は昼休み中ずっと止むことはなかったのであった。

 

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