守護異能力者の日常新生活記 ~第3章 第19話~

「クソッ……! 何なんだアイツは! 上級国民である僕に歯向かうなんて……!」

修也たちがカフェで話し合いをしている頃、猪瀬は自分の部屋で顔を真っ赤にさせて苛立っていた。

「駒どもも駒どもだっ……! 主人である僕の簡単な命令すら聞けないのか……!」

猪瀬は地団駄を踏みながら無駄に広い部屋の中をうろつく。

「このっ……!」

怒りのあまりにすぐそばにあった自分のベッドの足を思い切り蹴飛ばす。

「-----!!」

もちろんそんなことをしても自分の足が痛いだけだ。
これまた無駄に豪華なベッドは重量もあるので1ミリもずれていない。

「何で僕がこんな目に……! これも全部、アイツのせいだ……!」

自分の足が痛いのはどう考えても自業自得なのだが、それすらも修也のせいにしてさらに怒りのボルテージを上げる猪瀬。

「一刻も早くアイツを排除しないと……!」

全く懲りずに修也を排除するための次の手を考える猪瀬。
しかし良い手は思い浮かばない。
昨日修也の排除に差し向けたのは猪瀬の手下の中でも選りすぐりの奴らばかりだった。
腕に覚えもあり、自分の代わりに後ろ暗いことも平気でやってのける言わば右腕的存在だったのだ。
なのに今朝現れた修也は怪我ひとつ負っていなかった。
つまりあの人数差をものともしない実力を修也は持っているということになる。

「クソッ! 忌々しい……下級庶民の分際で……!」

ギリギリと歯ぎしりする猪瀬。

「おやおや随分荒れてるねぇ。何かあったのかい?」

そんな猪瀬に声がかけられた。

「…………部屋に入る時はノックするものだと教わらなかったのか?」

声をかけられたことに驚きを見せず猪瀬はそう返事する。

「したよ? でも君が返事をしなかったんじゃないか。でも中からは物音がしたから様子を見ようと思ってね」

猪瀬の部屋に入ってきた、フードを目深にかぶった人物は悪びれもせず軽い口調で言う。
どうやら猪瀬が怒りに我を忘れてノックを聞き逃したらしい。

「……どうやってここまで来た?」
「普通にこの家の使用人に『お邪魔します』って言ったら通してくれたよ?」
「…………」

うちの使用人は少し防犯意識に欠けるのではないか?
……と、猪瀬にしては珍しくまともなことを考える。

「……まぁ良い。で、何の用だ」
「おいおいご挨拶だなぁ。たまたま近くを通りがかったんだから友人が元気にやってるか様子を伺いに来たんじゃないか」
「誰が友人だ」
「出資者と協力者じゃあ味気ないじゃないか」
「名前も知らない友人などいるものか」
「あぁそうだ、そのことについても言っておきたいことがあったんだ」

猪瀬の言葉に何かを思い出したかのようにぽんと手を打つ自称猪瀬の友人。

「つい先日自分の呼び名を決めた所だったんだよ。それを教えておきたくてね」
「は? 今まで何度名前を聞いても答えなかったくせにか?」
「名も無き復讐者というのもカッコいいじゃないか。でもまぁちょっと心変わりしたんだよ」

本音かふざけているのか分からない理由を聞かされるが、猪瀬としてはそんなのどうでも良い。
自分に協力してくれるなら相手の名前など不要だと考えていたからだ。
ただ自分から名乗るというのであればあえてそれを聞かない理由も無い。

「で? これからお前をなんて呼べばいいんだ?」

猪瀬の問いに対して……

「……スケルス、と呼んでくれ」

フードを目深にかぶった男……スケルスはそう名乗った。

 

守護異能力者の日常新生活記

~第3章 第19話~

 

「それで? どうして君はあんなに荒れてたんだい?」

さっきの猪瀬の様子を思い出してスケルスが尋ねる。

「……僕の理想を邪魔する奴がいるんだ」

それに対して猪瀬が吐き捨てる様に呟く。

「なんだい、それならいつものように排除すれば良いじゃないか」
「やろうとした! すぐに手下の駒を向かわせた! けど失敗したんだ!!」
「あらら、それはそれは……」

スケルスは少し驚いたような様子を見せる。

「ということはそいつらはもう用済みかな? だったらまた僕の実験台に提供してくれるのかな?」
「……そうしたいところだが、既に警察に引き渡されているらしい」
「あちゃー……それじゃあ無理っぽいねぇ。残念だよ」

あまり残念そうに感じられない声でスケルスはそう言う。

「だから僕は次の手を考えないといけない。お前の相手をしている暇は無いんだ」

そう言ってスケルスを追い払おうとする猪瀬。

「まっ、もう用事は終わったしすぐ帰るよ。……でもおせっかいかもしれないけどひとつだけ。今は何もしない方が良いんじゃない?」
「……何?」

スケルスの言葉に眉をピクリと動かして反応する猪瀬。

「君の仲間が……」
「仲間ではない。手下の駒だ」
「ああそうだったね、ゴメンゴメン。手下の駒が警察に捕まったということは君が警察に睨まれる可能性が出てきた」
「何を馬鹿な。アイツらが口を割る訳が無い」
「絶対あり得ないと言い切れるかい?」
「………………」

スケルスの言葉に押し黙る猪瀬。

「それに排除しようとして返り討ちにあった人から情報が伝わる可能性もあるよね」
「ぐっ…………」

それについても猪瀬は何も言えない。
現に修也は一連の事件の主犯が猪瀬だと確信を得ているようだった。
それに警察だけではなくマスコミにも繋がりがあるらしい。
警察は確固たる証拠が無いと動かないが、マスコミは疑惑だけでも十分動くものだと猪瀬は思っている。
そのマスコミに『猪瀬家の息子が先導して暴力事件を起こした!』などと書かれたら面倒なことこの上ない。

「……ならばやはり情報が伝わる前に潰すしか……!」

ブツブツとうわごとのように呟く猪瀬。

「…………まぁそこは君が好きに決めたらいい。僕に止める権利は無いからね」

スケルスは呆れた目で猪瀬を見ながらため息を吐く。

「じゃあ僕は失礼するよ。邪魔したね」

そう言ってスケルスは音も無く猪瀬の部屋から立ち去った。

「…………」

猪瀬はスケルスが出ていった扉をじっと見つめる。

「…………相変わらず得体のしれない奴だ……」

そしてそうぽつりと呟いた。
猪瀬はふと、スケルスと初めて会った時のことを思い出した。

 

 

~回想~

 

 

いつだったか、町中で突如目の前に現れたように見えた男はフードを目深にかぶって顔のほとんどを隠していた。
それだけなら猪瀬も特に気にせず素通りしていただろう。
ただ道を歩いているだけの下級庶民。
猪瀬としてはそんなもの路傍の石程度の認識でしかない。
視線を向けもせず通り過ぎようとした。

「……世界を自分の思い通りに変えたくはないかい?」
「?」

しかしすれ違いざまに聞こえたその言葉につい足を止めて振り返った。

「やあ。僕の声に応じてくれてありがとう」

振り返った先にいた男はフードを目深にかぶっているので表情は分からないが、口元は微笑んでいた。

「何なんだお前は。上級国民の僕を呼び止めるなんて無礼な……」
「ああそうだね。確かにいきなり面識もない人物に呼び止められたら不審に思うよね。それは申し訳ない、謝るよ」
「……え? あ、あぁ……」

猪瀬は目の前の人物のリアクションが他の人とは違うものだったので逆に戸惑った。
今までは不愉快な視線を向けられたり怒って反発する奴らばかりだった。
だがこの男は素直に猪瀬の言うことを聞き入れ謝罪した。
だからこそ猪瀬はこの男に興味を持ち、言うことに耳を傾けるようになったのだ。

「それで、僕が何者か……だったよね? そうだなぁ……今は名も無き復讐者で良いや」
「……復讐者?」

猪瀬は軽い口調で出てきた物騒な単語に眉を顰める。

「……復讐を誓ってる割には涼しい顔をしているようだが?」
「そりゃあ恨んでいるのが君じゃないからだよ。全く関係無い相手に憎しみをぶつけるのは違うだろ?」
「……確かに一理ある。じゃあお前が恨んでいるのは誰なんだ?」
「んー……今は秘密にさせてくれないかな。気を悪くしないでほしいんだけど、まだ君を信用できるか分からないんでね」
「それもそうか。僕も現時点でお前を信用できるかどうか分からないしな」
「ははは、これは手厳しいね」

抑揚のない笑い声がフードの奥から聞こえてきた。

「で? さっきの言葉はどういう意味だ」

猪瀬は足を止める原因となった言葉の真意を尋ねる。

「言葉の通りだよ? 世界を自分の思うように動かせるようになりたくはないかい?」
「……なりたいかと問われたら答えは否だ」

投げかけられた質問に首を振る猪瀬。
その回答は予想外だったのか、目の前の男の口元が驚きの色を見せる。

「おや意外だね。君は野心のある男のように見えたけど」
「『なりたい』ではない。『なる』んだよ、僕は」
「……なるほどそういうことか。良いね、気に入ったよ」

願望ではなく確定事項だと信じて疑わない猪瀬の様子に納得したのか、男の口元が緩む。

「じゃあさっき秘密にしてたことを教えてあげよう」
「は? 何で急に」
「言っただろう? 君を気に入ったんだよ。それでね……僕が恨んでいるのは……世界なんだ」

猪瀬の目の前に立っている男は、両手を横に広げてそんなことを言い出した。

「世界……だと?」
「そうとも。僕は昔、自分ではどうしようもないことで周りから理不尽な仕打ちを受けた。そんな仕打ちをした奴ら・環境・社会を恨んでいる。だから僕はそれらを根底からひっくり返したいんだよ」
「言ってることは大層なものだが……とても実現できるとは思えんな」
「もちろん僕ひとりでは無理だ。だからこうやって同志や協力者を探しているんだよ」
「…………」
「君は将来世界を自分の思うように動かせるようになるんだろう? そんな君が協力してくれるならこんなに心強いことは無い」
「……僕に何をさせようっていうんだ?」

猪瀬はこの男の言うことが夢物語にすぎない、所詮荒唐無稽な戯言だと考えていた。
ただ口だけではない信念と説得力をどことなく感じ取り、完全には切り捨てられなかった。
人となりにも多少興味を抱いた猪瀬は具体的な話を聞いてみることにする。

「いや、君に特に表立ってやってもらう事は無いよ。ただ僕のやることを応援してくれればそれでいい」
「何だと……? さんざんもったいぶっておいて……」
「ああゴメンね、言い方が悪かったね。気を悪くしないでくれ。主な行動は僕を含めた下々の人間に任せて、君は上から指示してくれれば良いってことだよ。要は司令塔だね」
「む……」

普段から自分を上級国民だと名乗り他人を見下す傾向のある猪瀬にとって、そのポジションはかなり魅力的に映った。

「あとは……できればで良いんだけど、資金的な援助も欲しいんだよね。君の所持品はどれも質の良いものばかりだ。君は裕福な家の生まれなのだろう?」
「当然だ。僕は上級国民だからな……良いだろう。その提案、乗ってやる」

目の前の男の言葉に所々見え隠れする自分を持ち上げる発言にすっかり気を良くした猪瀬は、協力することを約束したのであった。

 

 

~回想終わり~

 

 

「……初めは話半分で聞いていたが、あいつは実際に行動を起こしている。先日の学校への不法侵入者もアミューズメントパーク近辺での暴走トラックもあいつが手引きしたと言うし……」

猪瀬は資産家の息子というだけあって、小遣いも一般家庭よりは多めに貰っている。
試しにその中から一部スケルスに援助するとどこからか物資を調達してきた。
それこそちょっとした小道具から大型トラックまで様々なものだ。
さらにそれに加えて援助額を1割増しにして返してきたのだ。
その後何度か援助金を渡したが、いつかは決まっていないものの必ず援助額の1割増しの金額を返してくる。
そのことを疑問に思い一度問いただしてみたこともあるが、

『ただの資産運用だよ。平凡な答えですまないね』

と笑いながらはぐらかされるだけだった。
それが本当なのか嘘なのかは分からないが、スケルスは猪瀬の援助金を増やしているのは間違いない。
ここまでくるとスケルスの言う『世界を自分の思い通りに変える』というのも夢物語ではないような気がしてくる。
ならば自分も行動に移そう。
そう思い猪瀬は手下の駒となる人材を集めることにした。
これはスケルスが増やした金をちらつかせることですぐに集まった。
しかし所詮金目当てで寄ってきた奴なんて忠誠心は無い。
いかにして恩恵にあやかろうか考えるばかりで酷い奴になると猪瀬の持っている金を盗んでやろうとまで考えていた。
統率を取るにはどうすれば良いか考えていると……

『それなら僕に任せてくれよ。とりあえず翻意のあると思われる人を僕に預けてくれないかな』

とスケルスが提案してきた。
物は試しと数人預けてみると、それ以降そいつらは忽然と姿を消した。
遠く離れた町で廃人のようになって徘徊するよく似た人物を見かけたという噂を聞いたが、真相は定かではない。
それ以降『猪瀬の意向に従えない奴は社会的に消される』という噂が手下の間で駆け巡った。
それからは誰も逆らわず自分の言いなりになる駒となったのだ。
なるほど言うことを聞かせるには恐怖で縛り付けるのが一番か、と猪瀬はスケルスの手腕に感心した。
猪瀬はこうして高校生にしては潤沢な資金と忠実な駒を手に入れたのだ。

「でもまだだ……まだ足りない……!」

人間、ひとつの欲を満たすと更なる欲が現れるものだ。
この欲を満たすために、スケルスは必要な人間だ。

「……今は手を組んでおいてやる。だがいずれ世界の上に立つのは……僕1人だ。クククク……」

協力すると言っておきながら裏切る気満々の猪瀬。
誰もいなくなった自分の部屋で暗い笑い声をあげるのであった。

 

「……うん、まぁそろそろ潮時かな?」

猪瀬家の廊下を歩きながらスケルスはぽつりと呟く。
猪瀬に近づいたのは自分の目的を果たすための弊害となっている資金面の問題を解決するためであった。
流石に元手が無くては何もできない。
スケルスは言葉巧みに猪瀬から資金を引き出し、それを元にして資金を増やし、自分の目的を果たすための準備を整えた。
資金は大方集まった。これ以上猪瀬とつるむ意味は無い。

「それに彼はもう詰んでるっぽいしね。ふふふ……」

含みを持たせてスケルスは笑う。

「協力してくれたお礼に援助金は1割増しにして返してあげたし後腐れは無いよね。これから大変だろうけど頑張ってね」

そう言ってスケルスは猪瀬家の玄関を後にした。
ちょうど近くを通った使用人に『お邪魔しましたー』と律儀に声をかけて。
使用人は『坊ちゃんのお友達かしら? 礼儀正しい子ねー』と、スケルスのことを微塵も不審に思うこと無くその背中を見送るのであった。

 

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