「ふぅ…………まさかこの歳で結婚式の衣装を着ることになるとはなぁ……」
適当かつ無難な衣装を取った修也は控室に入り着替える。
物自体はシンプルなものなので着るのに苦労はしない。
『失礼します。お着替えは終わりましたでしょうか?』
着替え終わった直後に扉がノックされ、控室の外から女性スタッフの確認の声が聞こえてくる。
「あ、はい。終わりました」
『ではサイズの微調整を行わさせていただきます。開けても大丈夫ですか?』
「大丈夫ですけど……微調整なんているんですか?」
扉を開けながら修也は外に控えていたスタッフに尋ねる。
「はい。やはり個人差というものがどうしても出てしまいますからね。例えば同じ身長でも首回りや手足の長さは人によって違いがありますので」
「あぁ、なるほど」
他にも身長が同じでも体重が違えば体型も変わる。
むしろ全く同じである方が稀だ。
そしてオーダーメイドでもない限りは標準体型を基準に作られていると思われる。
修也は標準から大きく逸脱しているわけではないが、それでも調整はしておいた方が良いに違いはない。
「それに結婚式というものは人生で一番華やかで輝かしいものであると弊社では考えております。その為に衣装ひとつとっても一切妥協をしないというのが理念なのです」
「実際に結婚式をやるわけじゃないんですけどね……」
「それでもです。たとえ予行演習だろうとただ何となく着てみたかっただけという理由だろうと、最高のひと時になっていただきたいじゃないですか」
「はぁ……」
迷いもなく言い切るスタッフにプロ根性を感じる修也。
「それにあんな可愛らしい子がウェディングドレスを着るんですから、新郎側もそれに見合う気合を入れてもバチは当たらないでしょう」
「いや新郎じゃないですって」
「新郎『役』なのは間違いないじゃないですか」
「でも、彼氏彼女の関係ですらないってのにそこを飛び越えて新郎新婦ってのはどうにも……」
「え? 付き合ってもいないんですか!?」
修也の言葉にスタッフは驚いて素で聞き返す。
「えぇまぁ。とても良くはしてもらってますがね」
「新郎役として直接指名されるほどなのに……」
「それは他に適役がいないからでしょ。流石に先輩や美穂さん、由衣ちゃんでは無理がある」
「……でもそれなら1人で着るという選択肢もあったでしょう? それでもあなたを新郎役に指名したということはそれなりの意味があると私は思いますよ」
「………………」
店員の言葉に修也は押し黙る。
以前モールの水着売り場の店員にも、何とも思っていない相手を水着売り場に連れてくることは無いと言われた。
ましてやただの試着とは言えウェディングドレスを着る時の相方として指名する相手を何とも思っていない訳が無い。
「というかこれを機に付き合っちゃえば良いんですよ! 私の見立てでは告白すればかぶせ気味にOKもらえますよ!!」
「いやいや、まさかそんな……」
きっちり仕事はこなしつつ妙に瞳を輝かせながらそう主張する店員に対し修也は苦笑いしながら言葉を濁すのであった。
守護異能力者の日常新生活記
~第7章 第7話~
「……まさかこの歳でウェディングドレスを着ることになるとは思わなかったなぁ……」
一方、蒼芽の控室では蒼芽が修也と同じようなことを呟きながらウェディングドレスを着る準備をしていた。
流石にウェディングドレスを1人で着ることはできないので、スタッフに手伝ってもらいながらではあるが。
「こうなるって分かってたらもうちょっとダイエットしてたんだけどなぁ」
「大丈夫ですよ、十分スリムですから」
コルセットを着けながらぼやく蒼芽にスタッフが声をかける。
「それにしても……良かった、修也さんが一緒に着てくれて」
「お願いをちゃんと聞いてくれる、優しい彼氏じゃないですか」
「あはは……彼氏じゃないんですけどね……」
スタッフの言葉に蒼芽は困ったような顔で笑う。
「……? あぁ、もう彼氏じゃなくて婚約者とかそういう」
「いえ、そういう訳でもなくて……うーん、どういう言葉が一番ピッタリなのかな?」
前にも考えたことはあるが、今の修也と蒼芽の間柄を示す適切な言葉が見つからない。
「『友達』以上なのは間違いないんだけどなぁ」
「何だって良いんじゃないですか? あなたの大事な人であることは間違いないようですし」
「あっ、『大事な人』かぁ……! 確かにそれはしっくりくるかも」
修也にはプールでのナンパから命の危機まで何度も危ない所を助けてもらってきた。
修也も蒼芽のことを『大切な人』と言っていたこともあったし、その表現なら違和感なく受け入れられる。
「それにこのブライダルフェアの衣装の試着に付き合ってくれるということは、向こうもあなたに対してそれなりの感情があるはずですよ」
「…………だったら良いなぁ……」
スタッフの言葉に対して、蒼芽は首元のネックレスと左手の小指の指輪を見ながらそう呟く。
「あら、素敵な指輪ですね。それも彼に買ってもらったんですか?」
「はい。買った……というのとはちょっと違いますけど」
指輪に気づいたスタッフが尋ねるのに対し、蒼芽はそう答える。
「? えっと……どういうことかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「以前修也さんがモールでひったくりを阻止したことがありまして、それでモールのオーナーの方から商品の交換券を頂いたんです。それを使ったので」
「あぁなるほど……え? ということは、あの彼……もしかして土神さんですか!?」
蒼芽の話を聞いて相槌を打っていたスタッフだが、修也のことに気づき興奮気味に蒼芽に問いかける。
「え? あ、はいそうですけど……」
「うわ凄い! 土神さんってアレですよね、最近この町で起きた様々な事件を全部解決に導いた英雄と言われているあの……!」
「……こんなところにまで話が広まってるんだ……あの、修也さん本人はあまり目立つのが好きではないのであまり騒がないでくださいね……?」
やたらテンションの上がっているスタッフに蒼芽は釘をさす……が効果があるかは不明だ。
「こうしちゃいられないわ! 相手があの土神さんだというなら、気合をふんだんに盛り込んでコーディネートしないと!」
「え? あ、あの、別にそんな気負わなくても……」
「そういう訳にはいきません! スタッフー! スタッフゥー!!」
「いや、あなたもスタッフでは……?」
控室の外に大声で呼びかけるスタッフに突っ込む蒼芽。
「失礼します……どうしたの急にそんな大声出して」
「で、呼ばれた方も来るんですね……」
一応きちんとノックしてから他のスタッフが続々と入ってきたことに蒼芽は半眼で呟く。
「今日のお客様のパートナー、何とあの土神さんなんですって!!」
「えっ!? ホント!?」
「どうしよ、私直接土神さんを見るの初めてだわ!」
修也が来ていると聞いて色めき立つスタッフたち。
「だからここの全員の総力を持ってこのお客様をドレスアップするわよ!」
「おー!!」
「いやだから普通で良いんですって!」
「そうはいきません。たとえただの試着であろうともお客様に最高のひと時を味わっていただく……その為には一切の妥協をしない。それが弊社の理念なのですから」
「えぇ……でも修也さん、あまり派手なのは好きじゃないんだけどなぁ……」
妙に気合の入っているスタッフたちの中で蒼芽ができるのはそう呟くことだけだった。
「蒼芽ちゃん、遅いな……?」
一足先に着替えを終えた修也は華穂たちの所に戻ってきた。
そこからしばらく待っていたのだが、蒼芽がやってくる気配はまだ無い。
「まぁウェディングドレスだからね。着付けには時間がかかるよ」
「それにしてもかかりすぎの気も……私たちの時だってここまでかからなかったと思うけど」
「きっと凄いドレスなんだよー! 年末の歌番組で出てくるようなやつなんじゃないかなー?」
「どこのラスボスだよ……そんな衣装流石に」
「ありますよ?」
「マジ!?」
由衣の突拍子の無い考えに呆れる修也だが、店員の言葉に驚いて聞き返す。
「先程申し上げた通り、弊社は多様なニーズに応えるためにあらゆる衣装を取り揃えているのです」
「だからってそんな需要があるのかどうか分からないものまで用意するのは……」
「まぁ出番が少ないのは事実です。私も長い事ここに勤めておりますが、まだ片手で数えられる程度しか出番がありませんね」
「いやそもそも出番があることにビックリだわ」
そんな衣装があることとそれの需要があることに修也が呆れていると……
「あの……お待たせしました」
その声と共に蒼芽が姿を現した。
「!」
声の方を向いた修也は言葉が詰まる。
蒼芽は先程とは違い純白のウェディングドレスを着ていた。
レースもふんだんにあしらわれており、それだけでも華やかさが半端ではない。
薄くメイクもしているのか、顔もいつもより大人っぽく見える。
「うわーすごーい!! おねーさんとっても綺麗だよー!!」
由衣も蒼芽の姿を見たのか感嘆の声を上げる。
「確かに凄いねこれは……スタッフさんたち物凄く気合入れたんだねぇ」
「なるほどこれならここまで時間がかかったのも頷ける話です」
華穂と美穂は時間がかかった理由に納得がいったようで何度も頷いている。
「あ、あはは……私は普通で良いって言ったんですけど、相手が修也さんだってことを知ったスタッフの皆さんが物凄く張り切っちゃって……」
「えぇ……ここでもそうなんの……?」
蒼芽の説明を聞いて項垂れる修也。
「あぁ、でも……うん、その甲斐あってか……さっきよりもすっげぇ綺麗だよ蒼芽ちゃん」
「…………ありがとうございます、修也さん」
修也の言葉に蒼芽ははにかみながらそう返す。
「とてもお綺麗ですよ。せっかくでしたら写真を撮っていかれますか? 簡易的ではございますが撮影用のスタジオもありますので」
「……だそうだけど、どうする蒼芽ちゃん?」
「……じゃあ、せっかくだし……」
「分かりました。それではこちらへどうぞ」
提案に頷いた蒼芽を見て店員は先導の為に歩き出す。
「むー…………」
それを見ていた由衣が何かを考え込んでいるような表情で唸る。
「? ……どうしたんですか由衣さん?」
「何か気になることでもあったの由衣ちゃん?」
その由衣の様子に気づいた美穂と華穂が尋ねかける。
「ねーねー華穂おねーさん美穂おねーさん、私も一緒におにーさんたちと一緒に写真撮りたい!」
「え?」
「えぇと……由衣さんも新婦役として写真を撮ってほしいということでしょうか?」
「うんっ!」
美穂の問いかけに大きく頷く由衣。
「できるかどうかと言うのならできますが……土神さんと蒼芽さんはそれでもよろしいですか?」
「まぁ、俺は別に……」
「私もどうこう言える立場ではありませんから……」
「それではすみませんが、こちらの子の衣装もお願いします」
「畏まりました。それではあのスタッフについていってください」
「はーい!」
店員が手を向けた先のスタッフに促され、由衣だけ控室の方に歩いていく。
「それでは私たちは先にスタジオの方へ行きましょう」
店員に案内され、修也たちはスタジオに向けて再び歩き出した。
「…………なぁ蒼芽ちゃん」
「何となく修也さんが言いたいことは分かりますが敢えて聞きます。何でしょう?」
「これのどこが『簡易的』なんだ?」
「ですよねー……私もそう思いましたもん」
呆然とする2人の目の前にはかなり本格的な結婚式場風のスタジオが広がっていた。
白で統一された式場セットからは撮影用とは思えないほど荘厳な雰囲気を醸し出している。
ここで普通に挙式しても何の問題も無さそうである。
「俺が知らないだけで、実際の式場ってもっとスゲェのかな……?」
「どうなんでしょうね……私も知らないです」
目の前のセットに修也と蒼芽が圧倒されていると……
「おにーさんおねーさん、お待たせー!」
着替えに行っていた由衣の声が背後から聞こえてきた。
「あれ、早いな由衣ちゃん。蒼芽ちゃんの時とは段違い……ん?」
そう言いながら振り返った修也の視界に収まった由衣の服装は今蒼芽が着ているような純白のウェディングドレス……ではなく、長めの黒いローブだった。
胸元には十字架がぶら下げられており、手には分厚い辞書のような本を持っている。
そして何故か口元には白い髭が付けられていた。
「え……由衣ちゃん、何だその格好は」
「ほえ? 何か変かなー?」
「…………あっ! もしかして『神父』ですか? 『新婦』じゃなくて。発音が同じだから勘違いしてました」
「なるほど、由衣ちゃんは花嫁さんじゃなくて牧師さんがやりたかったんだね?」
「うんっ! これだったらおにーさんおねーさんと一緒に写真撮っても変じゃないもん!」
美穂と華穂の言葉に頷く由衣。
確かに新郎1人に対して新婦が2人いるのはおかしな構図だが、新郎新婦と神父ならおかしくも何ともない。
「……で、その髭は?」
「偉い人ってこんなおひげしてるよねー。どーかなー、似合うー?」
「ん、んー……まぁ、可愛らしい牧師に仕上がってるかなー?」
「で、ですねー。こんな可愛い牧師さんが1人はいても良いんじゃないですかねー?」
そう言って嬉しそうに尋ねてくる由衣に対し、修也と蒼芽は頬を引きつらせながら答える。
由衣的には威厳を出したかったのかもしれないが、どうしても可愛らしさが表に出てしまうせいでそう言う意味では失敗してしまっている。
「そっかー、えへへー」
それでも由衣は嬉しそうに笑う。
恐らく修也と蒼芽に可愛いと言ってもらえたのが嬉しいのだろう。
「……しかし、何で牧師の衣装なんてあるんだ」
「重ね重ね申し上げますが、弊社は多様なニーズにも対応できるようにしています。なので牧師の衣装も取り揃えているのです」
「フレキシブルにも程があるだろ……」
「他にもセーラー服・ナース服・修道服・警察の制服・バニースーツ・チアリーダー服・メイド服その他色々基本的なものからマニアックなものまで完備しておりますのでご入用の際はいつでもお申し出ください」
「もうコスプレショップじゃねぇかこれ!!」
「あ、あはは……」
何故か堂々とそう言ってのける店員に全力で突っ込みを入れる修也と引きつった笑みを浮かべる蒼芽であった。
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