「失礼します。お嬢様がた、昼食の準備ができました」
蒼芽たちが昼からの予定ではしゃいでいるところにノックと共に使用人が入って来てそう告げた。
「あ、お昼の時間だって。じゃあ食堂に行こうか」
「連絡ありがとうございます。それでは行きましょう」
使用人の言葉に華穂と美穂が頷き先導する。
「わーいお昼ご飯だー!」
「え? あの、私たちも良いんですか?」
両手を挙げて喜ぶ由衣に対し、蒼芽は首を傾げて問い返す。
「もちろん、土神さんと蒼芽さんと由衣さんの分も用意してありますよ」
「というか一旦帰って再集合とかめんどくさすぎでしょ」
「……にしたって俺はともかく蒼芽ちゃんと由衣ちゃんが来ることは言ってなかったってのに……」
「先程言いました通り、蒼芽さんは最初から一緒にいらっしゃること前提で進めておりましたので。由衣さんに関しましても、席が1つ増えるくらいどうということはありません」
「土神くんと蒼芽ちゃんは知ってるだろうけど、うちの食堂は広いからね」
姫本家の食堂は、時折使用人たちも一緒に食べることがあるらしいので広めに作られている。
先日のクレープパーティーの時に見たが、確かにあの広さなら数人増えた程度ではどうということは無い。
「それでは案内します。ついてきてください」
「はーい!」
そう言って部屋を出る美穂にまず由衣がついていく。
その後ろに蒼芽と修也が続き、最後に華穂が部屋を出た。
「……着きましたよ、こちらです」
しばらく歩いた後、前にもクレープパーティで入った部屋の前で美穂は足を止めた。
そして扉に手をかけ静かに開く。
「うわー! すっごく広ーい!!」
部屋の中を見た由衣が感嘆の声をあげる。
「言ったでしょ? うちの食堂は広いって」
「うんっ!」
華穂の言葉に笑顔で大きく頷く由衣。
「ふふふ、気に入ってもらえたのなら良かったよ」
「さぁ、好きな所に座ってくださいね」
「…………あっ」
食堂では華穂と美穂の両親が既に席についていた。
「すみません、お待たせしてしまいましたか?」
「いやいや気にしなくて良いよ。採寸は終わったのかい?」
「はい。ただこの後直接店舗に行って色々試着してみようという話になりまして」
「あら良いじゃない。せっかくだし土神君だけでなくてそちらのお嬢さんがたも色々試着してみると良いわ。パーティードレスとか着る機会なんてそうは無いでしょうし」
「えー!? ドレスもあるのー!?」
母親の言葉を聞いて目を輝かせる由衣。
「えぇあるわよ。冠婚葬祭あらゆる催事に対応する必要があるのよね」
「資産家ともなるとそういうのもうるさいんですねぇ」
「そうなんだよねぇ、ホンットめんどくさいんだよそういう形式ばったのは。服ひとつとっても量産品だと難癖付けてくる輩もいるからねぇ。酷いのになると一度着た服をもう一度着てきただけでウダウダ言ってくるやつもいるんだからタチが悪い」
修也の呟きに対して大きくため息を吐きながらぼやく父親。
「はいはい土神君たちの前でそういうぼやきはしないの。さ、始めましょう」
そう言って母親が合図すると同時に控えていた使用人が料理を運び始めた。
守護異能力者の日常新生活記
~第7章 第5話~
「ごちそうさまー! どれもすっごいおいしかったねーおにーさん」
「そうだなぁ……やっぱ食にはこだわってるのかな」
食後、満足そうな笑顔で修也に話しかける由衣。
「えぇそうなのです。健全な心を宿すには健全な肉体が必要で、健全な肉体の為に必要なのは食である……というのがおじい様の考えなのです」
「あ、理事長の考えなんですね」
「そうそう。おかげで私たち一家全員病気知らずなんだよね!」
そう言って華穂は自慢げに胸を張る。
「へぇ、そうなのか…………にしても……」
華穂の言葉に相槌を打ちながら修也は先程の食事光景を思い返す。
「? いかがなされましたか土神さん」
「あぁいえ、何でもありません」
不思議そうに首を傾げる美穂に対し慌てて首を振る修也。
(……やっぱり美穂さんは母親似なんだな……)
声には出さず、修也はそんなことをぼんやりと考える。
先程の食事では、明らかに美穂と母親だけ食べる量が段違いだったのだ。
誰も何も言わないということは、姫本家ではこれが普通なのだろう。
だったらそれを部外者の修也が指摘するのは違う。
「それでは食べ終わったことですしそろそろ行きましょうか」
「そろそろそう仰る頃だろうと思っておりましたので、表に車を回しておきました」
「さっすが御堂さん! 手回し良いね!」
「お褒め頂きありがとうございます華穂お嬢様」
美穂の言葉にいつの間にか食堂にいた御堂がそう声をかける。
「あれ? でもそれだと御堂さんが昼食食べる時間が……」
「お気遣いありがとうございます舞原様。でも御心配には及びません。こうなることを想定して私は先に頂いておりますので」
「気が利きすぎだろ御堂さん……」
「姫本家の運転手を務めるのなら当然のことでございます」
「……ハイレベルすぎやしないか姫本家の使用人の皆様」
そう言い切る御堂に対し、感心しつつも少しだけ呆れる修也。
「僕たちもそこまでしなくても良いとは思うんだけど、皆自主的に頑張ってくれてるんだよね」
「それを無理にやめさせるというのも違うでしょう?」
「それはご主人様と奥様が私たちに良くしてくださっているからです。ならばそのご恩に報いるのが使用人としての務めでございます」
恭しく頭を下げながらそう言う御堂に続いて他の使用人たちも頷いている。
「使用人界隈の間でも、姫本家は超優良案件なのでございます。姫本家に仕えることは一種のステータスとまで言われております。その門をくぐるためにしのぎを削り合う為、自然と優秀な者が集まるのです」
そう言う御堂の表情は少し誇らしげにも見える。
「あーそういや姫本家の理念って、得た利益で周りの人たちの生活を豊かにする……だっけか」
「うん、そしてその結果、周りがさらにうちに利益を与えてくれるという循環が生まれるんだよね」
「待遇が良いから使用人の皆さんもそれに報いるために頑張る。そして雇われるために自分の使用人としてのレベルを上げるから優秀になって質も上がる……という訳ですか」
「僕たち雇う側も御堂君たち雇われる側も幸せになれる、素晴らしい理論だとは思わないかい?」
「そうですね。口で言うだけなら誰でもできるでしょうけど、実際それを体現するには様々な問題があると思います」
「でもそれを実現させている……凄いですし素晴らしいと思います」
修也の言葉に蒼芽も続く。
「うん、そうだよなぁ。俺にはとても無理だわ」
「おやこれはおかしなことを言うね? 土神君は似たようなことを既にやっているじゃないか」
「え?」
華穂の父親にそう言われ修也は面食らう。
「君は今までに数多くの人を守り助けてきただろう。そこに金銭的な利益は一切出ないというのに」
「娘の華穂のボディガードの時はむしろ報酬があるならやらないと断ったらしいじゃない」
「それは……困っている友達を助けるのに金銭のやり取りが発生するのはおかしいと思ったからで」
「そういう所だよ。利益を求めないで周りの人を守り助ける為に動ける。得た利益で周りの生活を豊かにするのと似ているだろう?」
「そしてその結果、今の土神くんの人気は凄いことになってるでしょ? 3年でも噂で持ち切りだよ。猪瀬さんを改心させて配下に置いてるって」
「何か噂に尾ひれ付いてねぇか?」
華穂の言葉に眉をひそめる修也。
「でもさぁ、これは私の前には本当に全く姿を現さなくなったから人づてに聞いた話だけど、以前の横柄な態度は全く見せず常に腰が低いんだってさ。土神くんと話すときは土下座がデフォとも言ってたね」
「やめてくれって言ってんだけど、そこは頑なに譲らねぇんだよな……」
基本修也の言うことは何でも無条件に聞き入れるようになった猪瀬だが、土下座をやめてくれという頼みだけは絶対に聞き入れない。
結果修也は普通に立っているのに対して猪瀬が異様にへりくだっている構図が出来上がり、それが猪瀬が修也に絶対服従を誓ったように見えてしまったのだろう。
修也としては面倒なことこの上ない。
「私の学校にも少しですが土神さんの話は伝わってきてますよ。流石にそこまで大騒ぎにはなってはいませんが」
「え? 美穂さんの所にまで!?」
美穂の言葉に修也は驚く。
美穂の学校とは接点がほとんど無いはずだ。
行ったことは当然無いし、知り合いも美穂しかいない。
話の行きようが無いはずなのだが……
「それは中等部の時と同じじゃないですかね? それか先日の件で修也さんの名声が町中にまで広まった影響とか」
「えぇ……」
由衣の誘拐騒ぎの時は亜理紗が大袈裟に吹聴して回ったせいというのもあったが、家族が高等部にいるという繋がりから話が広がったという所もあった。
今回も同じ理由で話が伝わった可能性は十分考えられる。
「……とりあえず美穂さんの所の生徒が大挙してうちの学校へ押し寄せてこないことを願うしかないか」
「あ、あはは……」
やさぐれ気味に呟く修也を見て蒼芽は苦笑を浮かべる。
「あ、でも今度の学園祭で一目見てみようという方が私のクラスでも何人かいますね」
「……短い夢だった」
美穂の言葉に天を仰ぐ修也。
「と、とりあえずそろそろ行きませんか? 御堂さんも待たせてることですし」
そんな修也を気遣ってか蒼芽がそう提案する。
「あ、そうだね。ゴメンね御堂さん、結構前に準備してくれてたのに」
「いえ、私のことはお気になさらず。お嬢様がたの都合が最優先でございます」
「それでは行ってまいります、お父様お母様」
そう言って最初に美穂が立ち上がる。
それに続き修也たちも次々と席を立っていく。
「うん。道中気をつけてな」
「まぁ土神君がいるならその心配も不要でしょうけど」
「だよね。なんたって最強のボディガードだもん」
「いやだからそんな肩書を持った覚えは無いっつの」
「じゃあこの前亜理紗ちゃんや千沙ちゃんが言ってた……何だっけ?」
「俺も覚えてねぇ。つか余計タチ悪いわ」
細かくは覚えていないが非常に痛々しい名前だったことだけは記憶に残っている。
「えー、おにーさんは癒し系なんだよー?」
「それも違う。そして今それは関係ない」
「あーでも癒し系は納得できるね」
「私も土神さんが癒し系であるという由衣さんの意見に賛成です」
「ですよね? 今の所修也さんは癒し系かという質問に『はい』と答えた人の割合は10割です! もうこれは確定としていいですよね?」
「いやいやいやいや……」
華穂と美穂まで由衣の言い出した『修也は癒し系』説に賛同しだしたことに修也は疲れ混じりに突っ込みを入れる。
「それじゃあ僕も土神君が癒し系であることに1票」
「なら私も1票」
「いやお二方とも乗らなくても良いですって」
手を挙げて話に混ざってきた姫本夫妻にも突っ込みを入れる修也。
「旦那様と奥様がそう仰るのであれば私も1票投じさせていただきます」
「では私も」
「私も」
「私も」
「こんなところで団結力発揮しなくて良いですって使用人の皆様!!」
御堂を先頭として次々と手を上げていく使用人たち。
無駄に統率が取れている。
「いやぁ僕は割と真面目なんだけどねぇ。君が来てからというものの華穂が笑っている日が増えたし」
「私もそう思います。華穂お嬢様を送迎していた頃も土神様のことを楽しそうに話してくださいました」
「…………それは……」
父親と御堂から実例を出され修也は言葉に詰まる。
「仮に……本当にもし仮に俺が癒し系だとして誰が得するんだそんなもん」
「私です!」
「私もー!」
修也の問いかけに全く間を開けず、それでいて力強く返答する蒼芽と由衣。
「えぇ……何故」
「だってその方が私は好きだもん!」
「だね。一緒にいて落ち着く方が良いに決まってるじゃないですか」
「好みの問題かよ!」
しれっと言ってのける由衣と蒼芽に修也は突っ込みを入れる。
「好みは大事ですよ土神さん。誰だって自分が好きなタイプの人と一緒にいたいと思うじゃないですか」
「あ……まぁ確かに誰が好き好んで合わないやつと一緒にいるんだって話ですしね」
「それに土神さんが癒し系だと認定されたとして、土神さんに深刻なレベルでの不都合がありますか?」
「………………言われてみれば、そこまでの物は無いですね」
美穂に言われてじっくりと考えてみた修也だが、実のところそんなものは無いということに気づく。
今まで神だの英雄だの言われてきたことを考えると、むしろ癒し系は随分とマイルドであるように感じる。
「それにこういうものは自分がどう思うかよりも周りがどう思うかの方が大事だと思いますよ?」
「……確かに自分で言い出したら、内容によってはただの痛いやつですもんね」
自称神だとか自称英雄だとか言っているやつがいたとしたら、それは気の毒な人にしか見えない。
「なので土神さんの一番そばにいる蒼芽さんや由衣さんがそう仰るなら胸を張って良いと私は思います」
「いや別に俺は癒し系を自称したいわけじゃないんですけど……」
柔らかい笑顔でそう言う美穂に対し修也は半眼で返す。
「良いじゃないですか。美穂さんがさっき言ってた通り、別に修也さんに不都合があるわけじゃないんですし」
「そーだよー、私たちがおにーさんは癒し系だって思ってるだけなんだからー」
「う、うーん……」
確かに美穂の言う通りこういうものは自分よりも周りの評価が大事だし、別に修也に不都合があるわけではない。
まだ引っ掛かるところはあるが、これ以上の押し問答は不毛だと修也は判断して強引にこの話を片付けることにしたのであった。
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