守護異能力者の日常新生活記 ~第4章 第32話~

「………………うーーん…………」

3人で廃倉庫を後にして由衣は自分の家へ、修也と蒼芽は舞原家へ帰った。
その後夕食を終えて風呂に入った後、修也は自分の部屋のベッドの上で座り考え込んでいた。
とりあえず由衣の誘拐と自分の脅迫状の件は一区切りついたが、まだ気になることがたくさんある。

「修也さーん、失礼しますねー」

そこにノックと共にドアが少し開けられ、蒼芽が顔を覗かせる。

「あぁ蒼芽ちゃん……由衣ちゃんの様子はどうだった?」

誘拐なんて怖い目に遭って多少なりともメンタルに悪影響が出ていないか気になっていたので蒼芽に様子を見るように頼んでいた修也。
その結果を尋ねたのだが……

「全く持って問題なしです。むしろあの修也さんの立ち回りを見てかっこいいって目をキラキラさせながらずっと言ってますよ」
「あ……そ、そうなの? それはそれで何だかなぁ……」

懸念のひとつは消えたが、それはそれで何だか落ち着かない。

「それに……由衣ちゃんを助けた時と刺されたように見えた時のことも微塵も疑問に思っていないみたいでしたよ」
「!」

蒼芽の補足に修也はドキリとする。

「やっぱり……『力』ですよね?」
「あぁ……前と同じ要領で空気を固めてアイツをぶん殴った。そしてナイフも服を固めて防いだんだ」

蒼芽には隠す必要が無いので修也は正直に話す。

「銃弾すら弾くんですからナイフなんて効かないのは分かってましたけど……やっぱり心臓には良くない光景でしたよ」
「……悪い。でも立ち位置の関係上後ろに逸らす訳にはいかなかったんだよ。下手したら蒼芽ちゃんたちに危害が行きかねなかった」

俯く蒼芽に対しバツが悪そうに頭を掻いて答える修也。

「……そうですよね、修也さんはいつだって周りを守る為に動いてますから」
「うん、まぁそういうことだから……」
「……という訳で……はいっ!」

そう言って修也の前に立ち両腕を広げる蒼芽。

「………………エート……ナンデショウ?」

その蒼芽の行動に嫌な予感を覚えつつも一応修也はカタコトで尋ねる。

「さっき言ったじゃないですか。ぎゅって抱きしめてくれないと許してあげないって」
「あ、あー…………」

まっすぐに修也を見つめてくる蒼芽に対し、修也は視線を逸らし頬を掻く。

「……やっぱりダメ?」
「はい」
「どうしても?」
「はい」
「絶対?」
「はい」

修也の問いに対して簡潔に答える蒼芽。

(あぁ……これはまた絶対に引かないパターンか……)

基本的には修也の言うことを尊重してくれる蒼芽だが、時々絶対に引かないし譲らないことがある。
こういう時は下手に引き延ばしても良いことなどひとつも無い。

「はぁ……分かったよっと」

そう言って修也は立ち上がり、蒼芽の背中に腕を回して抱きしめる。
蒼芽もそれに応じて修也の背中に腕を回して抱き着いてきた。

「はぁ~~……やっぱり修也さんにくっついていると凄く落ち着きます……」

修也に体重を預けてそう呟く蒼芽。

「そんなもんなのか……自分じゃよく分からん」
「そんなもんなんです。修也さんは癒し系なんですから」
「いつまで引っ張る気だそれ」

そう言って呆れる修也だが、可愛い女の子に抱き着かれるなど役得以外の何物でもない。
今回の事件は色々とメンタルを削られることが多かったのでこれくらいの役得は許されるだろう。
修也はそう思い直すことにした。

 

守護異能力者の日常新生活記

~第4章 第32話~

 

「ふぅ……さて、英気も養えたことですし話の続きと行きましょうか」
「話すだけなのに英気を養う必要あったのか……?」

しばらくして気が済んだのか、蒼芽は満足気な顔をして修也から離れた。

「あはは、まぁまぁ。何にしても被害を完全にゼロに抑えられてよかったじゃないですか」
「まぁ……確かに。少しでも遅れてたらと思うとゾッとするよ」

もし修也が廃倉庫に乗り込むのが少しでも遅れていたら由衣の心に取り返しのつかないレベルで傷がついていたかもしれない。
そうならなかったことに修也は今更ながらに安堵のため息を吐く。

「それもこれも氷室さんのおかげですね」
「……いやまさかあんな手に出るとは思わなかった……」

 

 

~回想~

 

 

『俺たちは俺たちでできることをやるぞ』

そう言って塔次が鞄から取り出したのは、1台のノートパソコンだった。

『……パソコン? 氷室お前、学校にパソコン持ってきてるのか?』
『技術の進歩というものは素晴らしいな。学生の鞄に収まる大きさの端末が容易に手に入る時代になるとは』

修也の疑問には答えず、塔次はノートパソコンを開いて1つのソフトを起動する。

『……これは?』
『最近は防犯目的として一般的な道路にも防犯カメラが備え付けられているところも少なくない。この町も出資者の意向でそれなりの数の防犯カメラが取り付けられている』
『そうなんですか? あまり気にしたことありませんけど』
『まぁ普通に生活を送る分には全く影響が無いから気にならなくても致し方あるまい。そしてそのデータはクラウド上に保管されている。このソフトはその保管されたデータを閲覧できるものだ』
『え? それってハッキン』
『情報の有効活用と言え長谷川』

亜理紗の呟きをかき消すように呟く塔次。

『それに事は一刻を争う。このような些末なことを気にかけている暇など無い』
『…………それもそうか。でも一応後で華穂先輩を通して謝っておこう』

華穂の家も出資者の1つだ。
事後報告になってしまうが何も言わないよりかはマシだろう。

『うむ、それは助かる。俺とて良心が咎めないわけではないからな』
『とりあえずそれは置いておくとして……データ量が膨大なものになると思うんですが目当ての物がそんなにすぐ見つかるんですか?』
『確かに全てのデータを確認しようとするならばいくら時間があっても足りん。しかしある程度条件を絞り込んで探せばさほど時間はかからん』

蒼芽の質問に答えながら塔次はキーボードを叩いてソフトを操作する。

『長谷川の話から時間と場所を絞って……うむ、ここだな。画面の端に僅かに映っている』

塔次の指摘する動画には、確かに由衣を抱えて走る男の姿が少しだけ捉えられていた。

『この時間とこいつが走っている方向から察するに……』

再びキーボードを叩き1つの動画ファイルを開く塔次。

『……やはりな。ここにも映っていた』

さっきと同じ特徴の男が走っている姿を見て塔次が呟く。
そこからも塔次はいくつかの動画ファイルを開いて男の姿を確認していく。

『……なるほど、大体分かったぞ』

そう言って一旦ソフトを閉じて別のソフトを立ち上げる塔次。

『今度は何ですか? また犯罪スレスレのソフトじゃないでしょうね?』
『案ずるな。今度はただの地図だ』

確かに塔次の言う通り、画面には地図が映し出されていた。

『今俺たちがいるのはここ。そして先程の防犯カメラの映像で姿が確認されたのはここだ』

そう言って地図上にマーカーを置いていく塔次。

『位置と時系列その他を考えると……この男の目的地はこの廃倉庫だ』
『ここからそう遠くは無いな』
『いくら平下さんが小柄で軽量とはいえ人一人を抱えて運ぶとなると楽な運動量ではない。ましてや人目につかないルートという条件も加わると整合性は取れる』
『よし、じゃあ行くぞ!』
『あっ修也さん、私も行きます!』

駆けだした修也に慌てて蒼芽がついていく。

『もしいなければ俺に連絡してこい。その間俺はさらに精査しておく』
『分かった!』
『お願いします!』

塔次の言葉に頷いて修也と蒼芽は校門を飛び出したのであった。

 

 

~回想終わり~

 

 

「……今思えば蒼芽ちゃんがついてくる必要は無かったんじゃあ……? 危険な場所かもしれなかったわけだし」
「由衣ちゃんが危ない目に遭ってるかもしれないのにじっと待ってるなんてできませんよ。それに修也さんがいればどんな危険な場所でも平気です」
「いやだからって敢えて危険な場所に飛び込まんでも」

修也としてはそれだけ信頼してくれているのは嬉しいのだが、万が一を考えると素直に喜べない。
いくら修也でも人間だ。絶対の安全は保証できない。

「それに修也さんだってその危険な場所に飛び込んだじゃないですか」
「由衣ちゃんが危ない目に遭ってるかもしれないのにじっと待ってるなんてできるか」

蒼芽の物言いに対し、さっきの蒼芽と全く同じ理由を持ち出す修也。

「……まぁ過ぎたことだ。今更あれこれ言うのはやめよう」
「そうですね」
「それはさておきちょっと気になることがある」
「気になること……ですか?」

修也の言葉に首を傾げる蒼芽。

「あいつの1ミリも理解できない主張を切って捨てた時、激昂して『アイツと一緒にこの世界を思う通りに変える』って言ってたんだ」
「世界を思う通りに変える……何か無駄にスケールの大きい話ですね。やったことは最低なのに」

修也の言葉に顔をしかめる蒼芽。

「あ、俺が気にしてるのはそっちじゃない。『アイツと一緒に』の方だ」
「あれ、そうなんですか?」
「そういう言い方をするってことはあいつには理解者もしくは協力者がいるってことだ。あんな理解したくもない考えのな」
「あ……確かにそう言われてみると……」
「あいつをぶちのめした後行方をくらましたのも恐らくその協力者の仕業だろう……この事件、まだ完全には解決してないと思う」

近いうちに優実や瀬里に相談した方が良いかもしれない。
それもできる限り早急に。
そう思う修也であった。

 

「う……あれ、ここは……?」

全身を襲う鈍い痛みで男の意識は覚醒した。
辺りが暗くてよく分からないが、少なくともさっきまでいた廃倉庫ではないのは確かだ。
修也にボコボコに殴られた箇所がズキズキと痛む。
それに加えて固い地面に横たわっていたせいか、筋肉が変に凝り固まったような感覚もある。

「やぁ、やっとお目覚めかい? 君さぁ、もうちょっと痩せなよ。ここまで運ぶのに結構苦労したんだよ?」

まだ少しボーっとしている男の耳に呼びかける声が入ってきた。

「あ、アンタは……!」

男は目の前に立っている人物に心当たりがあった。
プールで由衣を見つけてからこっそり遠くから観察するというストーキング行為をする日々を送っていた男にある日急に声をかけてきた人物だ。
フードを目深に被っていたので顔は分からないが、声色から男だということは分かる。

『そんな遠くからこっそり眺めるだけで満足かい? 僕に協力してくれるならもっと良いことをできるようにしてあげるよ』

そんな言葉に乗せられて男はこの人物が拠点としている廃倉庫についていった。

『えーと、どこにやったかな……あ、あったあった』

フードの男はしばらくゴソゴソと何かを探していたが、目的の物を見つけたようでそれを手に取り男に手渡した。

『それは服用した者の身体能力を一時的に上昇させるものさ。まぁいわゆるドーピングだね』
『え、でもそれって悪いことじゃ……』
『オリンピックじゃないんだから特に問題は無いさ。目的の物を手に入れる為に手段を選ぶ必要は無い……そうは思わないかい?』

フードの男があまりにも堂々とかつ淡々と話すので、男は段々とそれが正しいことの様に思えてきた。

『それを使って欲しいものを力づくで手に入れて自分のものにする……結局世の中力こそが正義なんだよ』
『力こそ、正義……』
『そうさ。まぁ使うかどうかは君の意思に任せるよ。ただどちらを選択するにしてもこれだけは約束してほしい。ここで起きたことは誰にも口外してはいけないよ? そして再びここに来るのも控えてほしい』

男はしばらく迷ったが、結局この薬を使うことを決めた。
欲しい物を手に入れる為に手段を選ぶ必要は無い……
フードの男のこの言葉に強い共感を得られたからだ。
そして男は薬の力で今まで感じたことの無い高揚感と身体能力の向上を感じ取り、欲望の赴くままに行動を起こして由衣を攫うことまでは成功させたのだが……

「うーん、いくら身体能力を向上させても元が低すぎたらあまり意味が無いのか……それは盲点だったなぁ」

フードの男が困ったような声で呟く。

「君さぁ、もうちょっと体を鍛えなよ。身体能力を向上させたのに普通の高校生に負けるとか、流石の僕も想定外だよ」
「う、うるさい! あれはちょっと油断しただけだ! 次会った時は必ず……!」

フードの男に呆れられ、男はムキになって反論する。

「おや、これはおかしなことを言うね。君に次なんて無いよ?」
「……え?」

だがフードの男から発せられた意外そうな声に唖然とさせられる。

「人生にチャンスが巡ってくるときなんてそうあるもんじゃない。その数少ないチャンスを生かせなかった時点で君の資質なんてたかが知れてるんだよ」
「は……?」
「それに、僕は言ったよね? あの廃倉庫に戻ってきたらいけないって。こんな簡単な約束も守れないような人はいらないよ」

フードの男の言葉には表現しがたい異様な雰囲気が込められていた。
それを感じ取った男は冷や汗をダラダラと流す。
まるで心臓を直接握られているような感覚だ。

「という訳で君とはここでさよならだ。だから万が一の可能性を考えて口封じをさせてもらう」
「ま、待ってぇ! 言わない、言わないから! アンタのこともあの廃倉庫のことも、絶対! 口が裂けても言わないからぁ!!」
「信用できないよ。あんな簡単な約束すら君は守れなかったんだよ?」
「あ、あれは……気分が昂っていたから……」
「あぁ、そっちの効果は十分成功だったみたいだね。この前のマスクをかぶせて吸引させる方法は色々問題があったからねぇ」
「な、何の話……?」
「こっちの話さ、気にしなくて良い。どうせ君には関係ない話だからね」

そう言いながらにじり寄ってくるフードの男に恐怖を覚え、男は腰を抜かしてしまう。

「そうだ。どうせだから最後にひとつ良いことを教えてあげよう」
「ひっ、ひぃぃーーーーっ!!?」
「僕の名前は……スケルスと言うんだ。冥土の土産に……別にしなくてもいいか。どうせ覚えてられないだろうし」

それが男の聞いた最後の言葉であった。

「ひああぁぁぁぁぁーーーー!!」

虚しい男の悲鳴が辺りに響き渡るが、それを聞いた者は誰もいなかった……

 

「うーん……誰でも彼でも引き込むってのは考え物なのかもしれないなぁ。今回みたいな役立たずを掴む可能性もあるわけだし」

スケルスはひと仕事終えた後、夜の路地裏を歩きながら呟く。

「……それに比べてあいつと戦ってたあの少年……彼は良いね」

スケルスは修也のことを思い出し、楽しそうに笑う。

「やはり大きな目標を果たすにはそれなりの障害が無いと張り合いが無いからね。面白くなってきたなぁ」

心なしかスケルスの声は弾んでいるようにも聞こえる。
自分の行動を妨害された形になったというのに気分を害していないらしい。
むしろどこか楽しんでいる節すらある。

「また会えるかな? 会えるよね、きっと……」

そんな言葉を残し、スケルスは夜の闇へと消えていった。

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