守護異能力者の日常新生活記 ~第4章 第33話~

「……という訳で防犯カメラの映像データが保管されているサーバにアクセスしてしまいました。緊急事態でやむを得なかったとは言え申し訳ありませんでした」

由衣の誘拐騒動が解決した翌日、修也は早速華穂を通して理事長にアポを取って理事長室で頭を下げていた。
華穂は『そういう事情なら気にしなくても良いと思うよ?』とは言ってくれたが、けじめはつけないといけない。

「いやはや、律儀と言うか何と言うか……事情は分かったよ。そういうことなら仕方がないと思うよ」

頭を下げる修也に対し、理事長はやや呆れつつも感心しながら優しく声をかける。

「しかしいくら理由があったとはいえ……」
「それを言うなら僕には生徒の安全を守る義務がある。それを果たせていない時点で契約違反だね」
「いや、それは仕方がないでしょう」

いくら何でも理事長1人で中等部も含めた生徒全員の安全を守ることなんて不可能だ。
それに今回は学校外での出来事だ。
理事長に責任を問うというのはいくら何でも理不尽だろう。

「だろう? 物事には必ず事情というものがある。それを考慮に入れないでただ法を犯したから罰するというのは違うと僕は思うね」
「……そういうものですか」
「そうとも。それに今回はまさに防犯カメラとしての正しい使い方だった。こういう時に使わなくていつ使うんだい?」
「それは……」

理事長に問われ、修也は言葉が詰まる。

「土神君。能力や道具は確かに間違った使い方をすれば相手を傷つけてしまうこともある。しかし正しく使えば相手の力になることもできるんだよ」
「使い方……」
「噂に聞く君の護身術だって使い方を誤ればただの暴力だ。でも君は正しくその力を使っている。その結果、今の君の立ち位置はどうなったかな?」
「……意味が分からないくらいに英雄視されてますね」
「つまりはそういうことだよ」
「……」

優しく微笑む理事長を見て修也は考え込む。
今の理事長の話は護身術だけでなく『力』にも適応されるのではないか。
そんな考えが浮かんだからだ。
使い方を誤れば危なすぎるこの能力は、蒼芽を始めとした周りの人を守るために何度も活躍してきた。
要は使う者の意志次第だ。
同じ物であろうとも危険な凶器にも身を守る切り札にもなり得る。
ならば自分にできることはこの『力』を危険な凶器にしてしまわないように強い意志を持つことなのだろう。

「何はともあれ、このことで君たちに罰を与えるということは無いから安心してくれて良い。お友達にもそう伝えておいてくれるかな」
「……分かりました。ありがとうございます」

修也はそう礼を言って頭を下げ、理事長室を後にするのであった。

 

守護異能力者の日常新生活記

~第4章 第33話~

 

「ふぅ……」

理事長室を出て修也はため息を吐く。

「やっほい土神君。どうしたのさそんな浮かない顔をして」
「え? あ……藤寺先生」

そんな修也に陽菜が声をかけてきた。
たまたま通りがかったのか、それとも修也を待っていたのかは分からない。

「例の脅迫状の件がまだ片付かないのかな?」
「あぁいえ、その件はもうほぼ片付きました」
「おっ、早いねぇ。流石だよ」
「ただまだ懸念というか……考えさせられることが色々とありましてですね」
「ふむふむ、話せることだったら話してみると良いよ。こう見えても私は教師だからね。生徒の悩み相談くらいはお手の物さ」
「ホント不思議ですけどね……」

あれだけ言動がフリーダムな陽菜に教師という職業がきちんと務まっているのが修也は不思議でならない。
いつ保護者からクレームが飛んできてもおかしくないのにそんな気配は微塵も感じられないのだ。

「……で、何かあったのかい?」
「……先生は目的を果たすためにグレーゾーンな方法を使うことをどう思いますか?」
「ん? どういうことかな? もうちょっと艶めかしく説明しておくれよ」
「そこは『詳しく』でしょうが。艶めかしい説明って何ですか」

真顔で変なことを言い出した陽菜に突っ込む修也。

「そりゃあ……何か艶っぽい声を相槌代わりに出すとかしてセクシーさを前面に押し出すんだよ」
「それに一体何の意味が……どこに需要があるんですかそれ」
「ほら、今流行りのASMRってやつで」
「だからどこに需要があるんですか……馬鹿なこと言ってないで話進めますよ」

いつまでもそんなことを言い合っていても仕方が無いので修也はとっとと話を進めることにする。

「例の脅迫状を送ってきた犯人が誘拐してきたんですよ。先日の中等部での体育祭で俺と話してた、ヘアバンドをしてたあの子を」
「あぁ、あの……ってか誘拐事件なんて起きてたの? もう完全に警察案件じゃん!」
「だから七瀬さんにも通報したんですが、俺もただ待っているだけなんてできないので探すことにしたんです」
「……なるほど、その探す方法ってのがさっき言ってたグレーゾーンな方法ってわけだね?」

修也の言葉に頷きながら陽菜が聞き返してくる。

「えぇまぁ。この町の監視カメラの映像データが保管されてるサーバにアクセスしたんです。まぁメインでやったのは氷室なんですが、俺も黙認したので……」
「で、理事長に謝りに行ってたってわけか。そういうことかー」

修也の話を聞いて陽菜は経緯を把握したようだ。

「いやー、生真面目だねぇ土神君は。目的が目的なんだから咎められることも無いだろうに」
「まぁ確かに理事長からのお咎めは何もありませんでしたが……」
「そうそう、目的が正当な物なら多少の無理は通るってものさ。私もこの学校の体操服をブルマにするために色々やったからねぇ」
「何やってんだアンタ」

しみじみと語る陽菜をジト目で睨む修也。

「それにもしそれをやらずに目的を果たせなかった場合、君は今の後悔程度じゃ済まないレベルの後悔をしてたんじゃないかな?」
「……それは……」

陽菜の指摘に修也は言葉を詰まらせる。
確かに修也が1人で探し回ったり、猪瀬の元部下や警察に任せきりにしていたら間に合わなかっただろう。
そうなった場合の結末は後悔なんて言葉で済ませられるものではなくなってしまう。

「何はともあれ無事解決できたんだからそれで良いじゃない。土神君は間違ってなかったってことさ」

そう言って陽菜は笑って修也の背中を叩く。

「土神君は将来有望な少女を救ったんだ。胸を張りなよ」
「……ですかね」
「あ、将来有望ってのはもちろんブルマ的な意味でだよっ!」
「色々台無しだよ!!」

全くもってブレない陽菜に今日一番のツッコミを入れる修也であった。

 

「……さて、それじゃあ詳しい話を聞かせてくれるかしら」
「まぁ形式上やらなきゃならないってだけでそこまで畏まらなくてもいいからね」

放課後、モールの喫茶店で修也は制服姿の優実と不破警部の2人と向かい合って座っていた。
今回の事件の詳細を聞くために2人は修也に会いに来たのだ。
修也側の席には蒼芽と由衣が修也の両隣に座っている。
蒼芽は帰り際に鉢合わせたから、由衣はいつも通り遊びに来たついでで同席した形だ。
亜理紗も来ていたのだが、亜理紗の目的は塔次なのでこちらには来ていない。

「……こっちの子が今回誘拐された子ね? 災難だったわね」
「でもおにーさんがすぐ助けに来てくれたんだよー!」
「そう、それは良かったわね」

嬉しそうに言う由衣を見て微笑む優実。

「それにしてもホントに早かったねぇ。こういう所が組織の難点だね、初動が遅い遅い」

眉根を寄せながら不破警部がぼやく。

「……いや、俺も運が良かっただけです。目撃者がいたもので」

流石に警察相手にグレーなことをやったとは言い辛いので修也は言葉を濁す。
カメラが目撃していたので嘘ではない。

「それで……犯人の行方は?」
「それなんだけど、昨日の深夜に見つかって確保されたわ」
「ホントですか!?」

優実の報告を聞いて腰を浮かせて聞き返す蒼芽。
やはり同じ女の子としてそのようなやつが野放しにされているという状態は落ち着かなかったのだろう。

「……正確には意識不明の状態の容疑者を収容した、だがね」
「……え?」

しかし続けて出てきた不破警部の言葉に蒼芽は怪訝な表情になる。

「あ、あの……それはどういう……」
「言葉の通りよ。路地裏で倒れているところを発見されたの」
「ちなみに発見したのは先日君に襲い掛かって返り討ちにされた後逮捕されたがっていた青年だよ」
「あ……そういや捜索を手伝ってくれてたっけ」

猪瀬の元部下たちはあの後ずっと探し続けてくれていたらしい。
今度会う機会があれば礼を言っておこうと修也は心に留めておく。

「それは置いといて……不破さん、七瀬さん。俺……自首します」
「修也さん?」
「おにーさん?」

そう言って両手を前に突き出した修也を横にいた蒼芽と由衣が不思議そうな顔で見る。

「……それはどういうことだい?」
「アイツが意識不明で倒れてたのは……俺が何度もぶん殴ったせいだと思うんです。いくら誘拐犯相手だからと言って暴行が許されるわけじゃない。それに今回は正当防衛も難しいのではないかと」

以前は修也が襲われたから返り討ちにした形なので正当防衛の範囲内で収まった。
しかし今回はほぼ一方的な暴行なのでそれも厳しいだろう。
修也はそう考えていた。

「………………」
「………………」

突き出された修也の腕をじっと見ていた不破警部と優実だが……

「……なぁ七瀬君。この場に成人男性を意識不明の重体にした暴行犯なんているかな? 私には全く見えないんだが」
「えぇ、私にも見えません。いるのはか弱い少女を守る為に全力で戦った勇敢な少年だけです」

2人は目を見合わせてそんなことを言い出した。

「……え?」
「土神君が行動に出なかったらそちらのお嬢さんが暴行を受けていた可能性が非常に高い。君はそれを未然に防いだんだ」
「そんなあなたをどうして逮捕できると言うの? むしろ感謝状を贈るべきじゃないかしら」

優しく笑いながらそう言う不破警部と優実。

「不破さん……七瀬さん……」
「まぁそう言った事情が無くても君の逮捕はあり得ないんだがね」
「え? それはどういう……」
「意識不明の原因が外的要因じゃないからよ。つまり殴られたことによるものじゃないの」
「…………え?」

不破警部と優実からもたらされた情報に修也は首を傾げる。

「発見者の情報によると、容疑者は原因不明の高熱で倒れていたとのことだ」
「高熱?」
「ええ。確かに容疑者の体には殴られた跡がいくつもあったけど、それはどれも致命的なものではなかったわ」
「まぁ容疑者はかなり太っていたからねぇ……何かしらの持病があったんじゃないかな?」
「一応通院歴なども調べてみたけど何も無かったのよね……まぁこれは当人が自分の体に無関心で検査を受けなかったからだと踏んでいるわ」
「……と言うか昨日の今日でよくここまで調べられましたね?」

誘拐犯が捕まったのが昨日の深夜。
となると半日程度しか時間が無いことになるがそれにしては情報が多い気がする。

「はっはっは! 私は『優秀な』刑事だからね!!」
「本当に優秀な刑事は自分で優秀とは言いません」

自慢気に胸を張って笑う不破警部に優実の容赦ないツッコミが刺さる。

「…………コホン、まぁそういう訳だから君は何も悪くない。安心したまえ」

仕切り直すように咳ばらいをした後、不破警部は修也をまっすぐ見ながらそう言う。

「しかし容疑者が意識不明で意識を取り戻す気配もない……このままだとこれ以上の捜査は難航しそうですね」
「あ、そう言えば……」

眉をひそめて呟く優実を見て修也は1つ思い出したことがあった。

「おっ! また何か良い情報でも持ってるのかい?」
「いえ、役に立つかどうかは分かりませんが……多分アイツには協力者がいます。アイツと一緒に世界を変える……生前そんな感じのことを言ってました」
「いや容疑者は一応生きてるわよ? 死んでないから」

修也の言葉に突っ込む優実。

「うむぅ……何だか怪しい宗教っぽい話になってきたな」
「すみません、役に立つ情報じゃなくて……」
「いやいや、単独犯かそうでないかが分かったのは大きいよ。良い情報をありがとう」

そう言って不破警部は伝票を取って立ち上がる。

「それじゃあね。今度は警察官としての立場じゃなくて会えたら良いわね」

優実もそれに続いた。

「はっはっは! 七瀬君、じゃあプライベートで私とここに来るかい?」
「寝言は寝てから言ってください」
「……辛辣だねぇ。一応私は君の上司なんだけど」
「こういう物言いを看過してくれるのが不破警部の良い所じゃないですか」

そんな言い合いをしながら喫茶店を後にする2人。

「……うーん……何かスッキリしないなぁ……」

不破警部と優実がいなくなった後も修也は座ったまま考え込む。

「あの人に同情はしませんけど……一体何があったんでしょうね?」
「原因不明の高熱かぁ……あの時俺、変なツボでも突いたか?」
「いやいやいやいや、流石にそれは無いでしょう」

突拍子もないことを言い出した修也に蒼芽が突っ込む。

「まぁ不破さんや七瀬さんの言う通り、不摂生が祟って何か病気を発症したってところだろ。これ以上は考えても仕方がない」

あの誘拐犯の謎の高熱は修也とは何の関係も無いだろう。
そう結論付けた修也は思考を打ち切った。

「それよりも何か楽しい話でもして気持ちを切り替えようぜ」
「あっ、そーだおにーさん、今日学校に行ったらおにーさんのこと色々聞かれたよー?」
「え?」

由衣の言っていることの意味が分からず修也は首を傾げる。

「えーと……何で?」
「私が誘拐されたけどすぐにおにーさんが助けに来てくれたことをありちゃんがクラスの皆にお話ししたんだってー」
「はぁっ!?」

そう言えば亜理紗も今回の事件の顛末を知っている。
そしてあれだけお喋りな亜理紗の性格を考えれば早々に言いふらしていても不思議ではない。
修也の脳裏にてへぺろの表情をした亜理紗が浮かぶ。

「何やってくれてんだアイツは……!」
「そこからおにーさんが今までやってきた凄いことがどんどん出てきてー……」
「あぁ……高等部に兄弟がいる子も少なくないから、そこから芋づる式に伝わった感じですかね……?」

蒼芽が由衣の言葉に追加の解説を入れる。

「それでねー、今日はもう教室はおにーさんのことでお祭り騒ぎだったんだよー」
「マジかよ……由衣ちゃんのクラスでもそうなっちゃったのか……」
「あ、あはは……」

由衣の言葉にがっくりとうなだれる修也と苦笑する蒼芽。
またしても紅音の言ったことが現実のものとなったことと普通の学校生活が遠のいたことに気が重くなる修也であった。

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