『我らが英雄土神修也、少女誘拐犯を撃退! 少女の未来を魔の手から守る!!』
「……いや、何よこれ」
「あ、あはは……」
校舎内の掲示板にでかでかと貼られた校内新聞の記事を見て修也はため息を吐きながら隣の蒼芽に尋ねる。
蒼芽も引きつった笑いしかできない。
「てか校内新聞なんてあったんだ?」
「これ……うちの新聞部の発行ですね。結構凝った作りになってますよ?」
蒼芽が新聞をまじまじと見つめながら呟く。
修也も記事を目で追っていく。
確かに今回の事件のあらましが詳しく書かれており、きちんと調べられていることが分かる。
「でも……なーんか俺の人物像が美化されているというか脚色入ってるというか……」
だが修也に関する記述だけはやたらと称賛されているのが気になる。
実際は塔次によるグレーゾーンな捜索方法だったのに、記事では修也の天才的な洞察力で誘拐犯の潜伏場所を割り出したと書かれていた。
「そんな能力俺にはねぇよ……」
「あ、あはは……それにしても、何かどんどん凄いことになってきましたね……」
蒼芽の言う通り、修也の人気はもう高校だけにとどまらなくなってきた。
由衣の話では中等部でも修也の人気はうなぎのぼりらしい。
誘拐事件が片付いてから数日は校門に中等部の生徒が押し寄せてきたことからその様子は伺える。
「……俺、もう学校の外をまともに歩くのも難しくなるんじゃあ……?」
「き、きっと大丈夫ですよ! こういう話題は一過性のものですからしばらくしたら落ち着きますよ」
「猪瀬の件の時もそんなこと言ってた気もするがな」
「あ、あはは……」
遠い目をする修也に苦笑することしかできない蒼芽。
「あっ土神くんに蒼芽ちゃん。おっはよー!」
そこにやってきた華穂が修也と蒼芽を見つけて手を振って駆け寄ってくる。
「あぁおはよう華穂先輩」
「おはようございます姫本先輩」
「先輩この前はありがとな。理事長にアポとってくれて」
「いーよいーよそれくらい。で、どうだった? 別に怒られなかったでしょ?」
「まぁな。正しい目的に使ったんだから……って」
「うん、おじいちゃんはそういう考えの人だからね」
「……そうだな。過程はどうあれ由衣ちゃんを無事に助けられたんだ。それで良しとしよう」
「そうそう。前向きに考えることが大事だよ」
そんな話をしながら掲示板を離れて教室に向かう修也たち。
「……………………」
その後しばらくしてから掲示板の前で足を止める人影があった。
その人物は掲示板に貼られている新聞を読み……
「…………へぇ、面白そうじゃねぇか」
にやりと笑いながらそう呟いた。
守護異能力者の日常新生活記
~第5章 第1話~
「白峰殿白峰殿」
「何ですか黒沢さん?」
放課後、いつものように黒沢さんが白峰さんに話しかける。
「白峰殿は『呉越同舟』という故事成語をご存じですかな?」
「ええ。私も学生として学問を修める身故、知識として持ち合わせておりますわ」
「では言葉の由来もご存じで?」
「えぇと……確か、普段はいがみ合っている敵同士が1つの目的の為に協力してことを成し遂げるという意味でしたわよね?」
黒沢さんの質問に対し、視線を宙に漂わせながら白峰さんは答える。
「ふむ、概ねその見解でよろしいですぞ」
「それは良かったですわ。で、それがどうかいたしましたの?」
「もっと細かく語ると、春秋時代の呉と越は互いに戦争を仕掛けるほどの仲の悪い国だったのです。その2つの国の兵士が同じ舟に乗って川を渡らねばならぬ時に大風が吹いて舟が覆りそうになった場合に普段の恨みも忘れて互いに助け合うというたとえのことですぞ」
「『呉』と『越』が『同』じ『舟』に……という訳ですわね」
「然り。ちなみに『船』でなく『舟』なのは大きさの違いですぞ。『舟』の方が小型なのです」
「あら、それは知りませんでしたわ」
紙に書いて説明する黒沢さんに感心したような声を出す白峰さん。
「それにしても、普段はいがみ合っているのに共通の目的の為に力を合わせる……昔も今も良いものは変わらないものなのですね」
「それもそうなのですが、今回自分が着目したのはそこではありませんぞ」
しみじみと呟く白峰さんに対し、黒沢さんは首を横に振る。
「え? ではどこに着目されたのですか?」
「小型の舟という狭い空間でしかも大風が吹いて覆りかねないというこの状況! そんな中に置かれた兵士たちがくんずほぐれつ絡み合うのは自明の理でしょう!!」
「はぅあっ!? い、言われてみれば確かに……!」
黒沢さんの主張に仰け反る白峰さん。
「普段は戦争を仕掛けるほどいがみ合う両国の兵士が実はソッチの方は相性抜群で、快楽という沼に嵌りつつも敵対国ということで表立って逢瀬を重ねられないこのジレンマ……! 堪りませんなぁ!!」
「黒沢さん! そ……その場合、攻めはどちらですの!? どのような技巧で受けの心を満たすと言うんですの!? あぁ、妄想が暴走して止められませんわあぁぁぁ!!」
「しからば白峰殿! 今から春秋時代の情報収集に向かいましょうぞ! 何事も重要なのは情報ですぞ! ではいざ、図書室へ!!」
「心得ましたわ黒沢さん! 今の私は誰にも止められませんわよぉぉぉ!!」
何やら勝手に盛り上がって教室を飛び出した白峰さんと黒沢さん。
「……うん、今日もこのクラスはいつも通りだ」
その後ろ姿をにこやかに見送る修也。
「……アレをスタンダードにするのはちょっとどうかと思うんだが……」
そんな修也に彰彦が苦言を呈する。
「いやぁいつもと変わらないってのはありがたいもんだよ」
「まぁ土神君からすればそういうものなのかもね」
そこに爽香も話に混ざってくる。
「そうなんだよ。もうどこに行っても1人だと歓声と共に囲まれてさぁ……家とここだけだよそんなことにならないのは」
「人気者ってのも大変だな……俺には縁の無い世界だ」
「彰彦は地味すぎるのよ。もう少し存在感を主張しなさい」
「んなこと言われても……どうすりゃ良いんだよ」
「とりあえずモールに行ってみましょ。そこで何か良いものが無いか探すのよ」
そう言って立ち上がり彰彦の腕を取る爽香。
「いや別に俺はこのままでも……」
「彰彦が良くても私が良くないのよ。私が少しでも着飾ったら隣にいる彰彦が物理的にかすむって前にも言ったでしょうに」
「そ、そこまで地味なのか仁敷……」
そこまで行くとそういう個性なのではないかと修也は改めて思う。
初めて会った時は特徴の無い男だと思っていたが、これはもう『個性が無い』のが個性と言い切って良いだろう。
「それじゃあまた明日ね土神君」
「じゃあな土神」
そう言って教室を後にする爽香と彰彦。
「あぁ、また明日…………じゃあ俺も帰るかな」
2人を見送った後修也も席を立ち上がる。
まだ残っているクラスメイトに挨拶しつつ修也は教室を後にした。
「あっ、修也さーん!」
「せ、先輩……こんにちは」
ちょうど蒼芽と詩歌も帰るところだったらしい。
2階に下りた修也を見つけた2人が声をかけてきた。
「お、蒼芽ちゃんに詩歌。今帰りか?」
「はい。せっかくなのでちょっと2人で寄り道でもしながら帰ろうかと思いまして」
「だったらちょうど良い。校門まででも良いから一緒に帰ってくれないか?」
「あっはい、それはもちろん構いませんよ。何なら一緒に寄り道しますか?」
「そ、そうです……せ、先輩なら……途中で何かあっても、安心ですし……」
「え? でも2人の邪魔にならないか?」
一緒に寄り道しようと誘ってきた蒼芽と詩歌に首を傾げて聞き返す修也。
「邪魔だなんてとんでもないですよ。でも急にどうしたんで……あぁー……」
「も、もしかして……まだ続いているんですか……?」
修也の発言の意図を聞こうとした蒼芽と詩歌だが、途中で思い当たることがあって察する。
「まだというか……またというか……1人じゃなければ特に問題は無いんだが」
誰かと一緒にいる場合はせいぜい遠巻きに見てくる程度なのだが、修也1人だけの場合はチャンスとばかりに人が集まってくるのだ。
今も人目に付きやすい時間帯をあえて外して教室を出たので何とか事なきを得ているだけだ。
「皆何とかして修也さんにお近づきになりたいんでしょうねぇ……でもプライベートな付き合いを邪魔して印象を悪くしたくないから割り込みまではしない……と」
「そ、そう考えると……私って、凄く運が良かったのかなぁ……?」
詩歌は修也の人気がまださほど高くない時に知り合った。
なので、妙な表現かもしれないが詩歌は修也の知り合いの中では割と古株の位置になる。
「あーまぁ……俺の知り合いという立場にどれほどの価値があるのかは分からんが……これからも普通の人付き合いをしてくれると嬉しいかな」
「あ……は、はい……! そ、それは……もちろん、です……!」
修也の言葉に詩歌は言葉を詰まらせながらも力強く頷く。
「よし、じゃあせっかくだし俺も寄り道に参加させてもらうかな」
「はい、どうぞどうぞ」
そんな話をしているうちに玄関に着いたのでそれぞれの下駄箱で靴を入れ替える為に一旦分かれる。
「………………ん?」
修也が自分の下駄箱を開けた時、修也の靴以外の物が入っていることに気がついた。
「……え、また?」
そう言って眉根を寄せながら、修也は自分の下駄箱に入っていたもの……封筒を取り出す。
つい先日同じことがあり、これが発端で多数の人を巻き込んだ非常に面倒なことが起きたばっかりだ。
修也がそんなリアクションをするのも無理はない。
「修也さーん、どうしました?」
「先輩……?」
そこに靴を履き替えた蒼芽と詩歌がやってくる。
「……って、それは……修也さん、またですか?」
修也が手に持っているものを見て、蒼芽もまた修也と同じようなリアクションをする。
「いやまぁ、流石に前と同じパターンは無いと思うけど……」
修也はひらひらと封筒を横に振る。
先日の脅迫状とは違い、封筒はごくシンプルな無地のデザインだ。
中に剃刀が仕込まれているということもなさそうである。
「と言うことは……今度こそラブレター……?」
「えっ……?」
蒼芽の呟きを聞いて詩歌の表情が陰る。
「……まぁ開けてみるか。中身を見ないことには何とも言えないし」
そう言って修也は封を開けて中の手紙を読む。
「………………えぇー……」
手紙を読んだ修也のリアクションはかなり微妙なものだ。
「修也さん、何ですか? 何が書かれてたんです?」
「とりあえず……ラブレターでも脅迫状でもない」
「!」
修也のその言葉を聞いて蒼芽と詩歌の表情が明るくなる。
「……あれ? じゃあ何だったんですか?」
だったら手紙の中身は何なのか。
蒼芽は当然の疑問に行きつく。
「…………挑戦状、かな」
「…………え?」
「…………はい?」
修也の呟きに同時に聞き返す蒼芽と詩歌。
「何かこっちに来てからの俺の功績……って言って良いのかどうか分からんけど、とにかくそれを見て是非手合わせしたいとのことだ」
「その手のリアクションは珍しいですね」
「確かに」
大体が有名人を見かけた時のテンプレ的な反応をする人ばかりだった。
こんな反応をしたのは他には戒くらいだ。
「今日の放課後格技室で待ってるらしいが……」
今日は既に蒼芽と詩歌の2人と寄り道して帰るという予定が立っている。
どうしたものかと修也が考えていると……
「じゃあ格技室へ行きましょうか」
「え?」
「あ……じゃあ靴を履き替えないと……」
「え?」
いそいそと戻っていく蒼芽と詩歌の背中を修也は呆然と見つめる。
「お待たせしました。じゃあ行きましょうか」
「いやちょっと待って……え? 蒼芽ちゃんたちも来るの?」
靴を履き替えた2人に修也は尋ねる。
「は、はい……特に何をするかは、決めてなかったので……」
「それにこれも立派な寄り道ですよ」
「……まぁ、2人がそう言うなら……」
特に拒否する理由も無いので修也は2人を連れて格技室へ向かうことにした。
「あれ? 土神じゃないか。どうした、何か用か?」
格技室では何人かの生徒が準備運動などそれぞれの行動をしている。
その中で格技室に入ってきた修也に気付いた戒が声をかけてきた。
戒がいるということはここは格闘技クラブの活動場所なのだろう。
「あ、お前の部活ここでやってんのか」
「おうよ。で、どうした? もしかして入部しに」
「いや違う。手紙で呼び出されたんだ」
表情を輝かせる戒を遮って修也は手紙を見せる。
「え? ……あー、あいつのやりそうなことだ……」
手紙を見た戒が事情を察する。
「おーい相川ー! お前が呼び出した土神が来たぞー!」
戒が修也の名前を出したことで一斉に視線が格技室の入り口に集まる。
「ひっ!?」
それを受けた詩歌が驚いて蒼芽の後ろに隠れる。
幾分かマシになったとはいえ、やはりこういう状況は苦手らしい。
「わっホントだ! 土神君が来た!」
「何しに来たのかな? うちの部活に入るのかな?」
「だったら手取り足取り指導とかもしてくれるのかな……!?」
ざわざわとそんな声が聞こえてくる。
「おっ、来たか。待ってたぜ」
その中から1人の女子生徒が歩み出てきた。
背は華穂よりも高く、黒髪をポニーテールにした目つきの鋭い女子生徒だ。
部活用のスタイルなのか、Tシャツにハーフパンツとかなり動きやすい服装になっている。
「急な呼び出しにも関わらず来てくれてありがとな。まずは礼を言っておくぜ」
「えぇと……お前があの手紙の差出人の……」
「そうだ。2年の相川瑞音(あいかわ みずね)だ。よろしくな」
そう言って手を差し出す瑞音。
ぞんざいな言葉遣いとは裏腹に礼儀正しい人物のようだ。
そんな印象を持ちながら修也は差し出された瑞音の手を握る。
「……!」
握った瑞音の手は、蒼芽や詩歌とは違いかなり硬さがあった。
それだけで瑞音がどれだけ体を鍛えてきたかが分かる。
「……で、相川……だったな。手紙には手合わせ願うって書いてたけど……」
「あぁ、やっぱりか……」
修也の言葉を聞いた戒が呟く。
「最近お前の噂をひっきりなしに聞くもんでな。そして今日貼られてた校内新聞が決定打だな」
「相川はこういう奴なんだよ。勝負好きというか何というか……」
「……で、俺との試合に勝って自分の力を示したい、と?」
「ああいや、別に勝ち負けにはこだわってねぇ」
修也の問いに瑞音は首を横に振る。
「え?」
「そりゃ勝つに越したことは無いけどな。負けたって経験値にはなるだろ」
「おおぅなるほど……確かに勝負好きって言葉がピッタリ来る」
つまり瑞音は純粋に勝負するということが好きなのだろう。
ここまでくるとむしろ清々しい。
「まぁそういう訳だ。ひと試合……付き合ってくれよ」
「……まぁ、それは別に構わないけどよ……」
特に断る理由も無いし、あれだけ鍛えこんでいるなら怪我させてしまう危険も低いだろう。
むしろ自分が怪我しないように気を付けないといけない。
修也はそう自分に言い聞かせ、神妙な面持ちで瑞音との試合に臨むのであった。
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