「えーっと……相川のメッセージに書かれてた住所は……ここか」
週末、修也は蒼芽と由衣を連れて瑞音に教えてもらった場所に足を運んでいた。
修也たちの目の前には立派な門が建てられていた。
そこそこ年季が入っているように見えるが古臭さは無い。
長年丁寧に使い込まれ整備されてきたのが見て取れる。
「おっきいおうちだねーおにーさん」
「そうだなぁ……華穂先輩の所ほどではないけどそれでも大きいな。多分格闘技教室の道場も併設されてるんだろうな」
由衣の言葉に頷きながら修也はインターホンを押す。
『はい…………おぉ土神か。今開けるからちょっと待っててくれ』
数秒間をおいて返事があり、さらにしばらくして門扉の鍵が開く音がした。
「よく来てくれたな土神。舞原と平下も休みの日に悪かったな」
そして門が開き中から瑞音が顔を出す。
「いえ、特に予定もありませんでしたので」
「ねーねー瑞音おねーさん、ちーちゃんいるのー?」
「ああ、今日もちゃんと来てるぞ。案内する、こっちだ」
そう言って修也たちを先導する瑞音。
歩いている間、少し遠く離れた所から気合の入った声が響いてくる。
それも1つや2つではない。
「…………結構流行ってんのか? お前の家の格闘技教室って」
「まぁな。最近物騒な事件が全国で起きてるだろ? だから自分の子供に自衛する手段を身に付けさせたいという親が結構いるんだよ」
「お前の部活もそういう理由で入部してるやついたなそう言えば。やっぱ物騒なんだな色々と」
この町に限っても何度かおかしな事件が発生している。
それらの元凶は恐らくスケルス1人によるものだろうが、流石に全国レベルともなるとスケルスとは関係なく世間がそういう風潮なのかもしれない。
「おかげで繁盛していると言えなくもないが、素直に喜べないのが複雑な所だな」
「確かにそういう理由で生徒が増えられてもなぁ……」
「私としては千沙みたいに純粋に興味本位で門を叩く生徒が増えてほしいところなんだがなぁ」
「あ、やっぱりアイツは自分がやりたいからやってんのか……」
千沙の性格を考えれば世情がどうだとか難しいことは一切考えていなさそうなのは容易に想像できる。
「でも確かにシンプルに興味を持って来てくれた方が嬉しいわな」
「というわけでどうだ? 土神たちも通ってみる気は無いか?」
「オイ、勧誘はお断りだと前にも言っただろうが」
「はっはっは! 冗談だ」
ちゃっかりと営業トークっぽいことを始める瑞音に突っ込みを入れる修也であった。
守護異能力者の日常新生活記
~第6章 第18話~
「さて、ここだ」
そう言って瑞音はひとつの建物の前で立ち止まる。
住居用の建物から離れた所にある、学校の格技室と同じくらいの大きさの建物だ。
先程はほんのりと聞こえる程度だった声が今ではかなりはっきりと聞こえる。
『よっしゃ腕立て終わり! 次は腹筋だー!!』
その中で一際大きい声が辺り一帯に響く。
「あっ! ちーちゃんの声だー!」
「やっぱ声でっけぇなアイツ……」
聞こえてきた声が千沙の物と分かり、パッと表情が明るくなる由衣と少し呆れ気味の修也。
「まぁ今は練習の時間だが別に気にしなくてもいい。入ってくれ」
そう言って瑞音が入り口の扉を開く。
そのことで中にいた教室の生徒たちの視線が一斉に入口の方に向く。
「ん? …………おぉーー!! ゆーちゃんじゃないかー!!」
「ちーちゃーん!!」
その中で由衣を見つけた千沙が嬉しそうに駆け寄ってくる。
由衣も笑顔で手を振り千沙を迎える。
「それに土神の兄さんと蒼芽さんもいるじゃん! 3人揃ってどした?」
「えっ土神? 土神って最近色々話題に出てくるあの?」
「あっホントだ! 土神君がいる!!」
「うわすごーい! 本物の土神さんだー!!」
千沙が修也の名前を出したことで室内がざわざわと騒がしくなる。
「……え、ここでもこんなことになんの?」
「あーまぁ……うちの学校の生徒もいるからな……」
呆然と呟く修也に対してばつが悪そうな顔で返す瑞音。
「お前ら静まれ! これくらいのことで浮足立つんじゃねぇっ!!」
「は、はいっ!!」
だが瑞音が振り返りながら一喝したことで浮ついた空気が引き締まり練習が再開された。
何人かの生徒はちらちらとこちらを見ているが許容範囲ではある。
「おぉ……やるなぁ相川」
「これくらいのことで心が浮つくのは未熟な証拠だ」
感心する修也に対して瑞音は何でもないことのように言ってのける。
「でもお前、俺と何かしら勝負してる時メッチャ楽しそうな顔するじゃねぇか」
「…………それはそれ、これはこれだ」
だが修也の追及に明後日の方向を向いてしまう。
「ところで兄さんたちは何でここに来たんだ? 入会希望か?」
「いや、そういうわけじゃなくて……」
「だったら道場破りか! 看板を賭けてバトルすんのか!!」
「違ぇよ!? 発想が極端すぎるだろ!!」
何故か目を輝かせる千沙に驚き否定する修也。
「えー……じゃあ他に何があるってんだよー」
「お前の中にはその2つしかないのか……? というか今の時代道場破りなんているのか?」
「いないとは言い切れんだろー。兄さん、この世に『絶対』なんてことは無いんだぜ?」
「何か前に同じようなこと言ってたな……でも新塚、『絶対』が無いなんて言い切れるのか?」
「ああ、言い切れるぜ」
「絶対?」
「絶対」
「あるじゃねぇか!」
「だははははは!!」
修也の突っ込みを千沙は豪快に笑い飛ばす。
「おにーさんとちーちゃん、楽しそうだねーおねーさん」
「そうだね。……姫本先輩がいなくて良かったなぁ」
「……まったくだ。腹抱えて笑い転げる姿が容易に想像できる」
その様子を由衣は楽しそうに、蒼芽と瑞音は少し呆れながら見つめる。
「俺は相川に呼ばれたんだよ。蒼芽ちゃんと由衣ちゃんは付き添いで来てくれたんだ」
「うんっ! ちーちゃんがいるって聞いたから一緒に来たんだよー」
「おぉー、嬉しいこと言ってくれるじゃねぇかゆーちゃん! あたしもゆーちゃんに会えて嬉しいぜー!」
由衣の言葉を聞いて頬を緩ませる千沙。
「で、俺を呼び出した当の本人は……」
「やぁ、君が土神君か。来てくれてありがとう。話は娘の瑞音から聞いてるよ」
修也が話の本題に入ろうとした時、部屋の奥から1人の男性が現れた。
「…………えーっと、相川……この人は?」
「話の流れで分かるだろ。私の親父だ」
現れた男性を見て首を傾げて尋ねる修也を何言ってんだと言わんばかりの目で見ながら答える瑞音。
「あ……うん、だよな……悪い、勝手に俺が持ってたイメージと遠くかけ離れた人だったから……」
修也はてっきり柔道着が似合う戒のようなゴツイ大男が出てくると思っていたのだ。
瑞音が『親父』と呼んでいるのもそう思った理由のひとつだ。
だが出てきたのは中性的で線の細い、穏やかな雰囲気の男性だった。
背も修也と大差無い。
「ははは、よく言われるよ。とても格闘技を教えている人には見えないってね」
「あ、すみません……」
外見だけで人を判断するのは良くない。
そう思い修也は先程の自分の発言について謝る。
「いやいや瑞音を先に見ているならそれも仕方がないことさ。見ての通り男勝りだからね。大事なのはその後。君はきちんと自分の間違いを正すことができた。それは素晴らしいことだと僕は思うよ」
それに対し瑞音の父は優しく笑いながら窘める。
「何か……すっげぇ常識人だ。俺の周りにいる大人はどうにも変な人が多いから余計にそう感じる」
「あ、あはは……」
心底感心したように呟く修也を見て苦笑する蒼芽。
「……で、俺に何の用だったんでしょう? 話を聞いて会ってみたいとまでは聞いてるんですが」
「いやぁ大したことじゃないんだけどね、あまりにも瑞音が楽しそうに君のことを話すものだから……」
「……えーと例えばどのような?」
「自分とまともにやりあえる相手を見つけたとか、絶好のライバルができたとか」
「やっぱそんな感じか……」
大方予想通りの回答に修也はやや呆れる。
「…………それと、瑞音と同じ超能力者ってことも聞いたね」
「!」
だが続けて出てきた言葉に修也の心臓が跳ね上がる。
「あぁ心配しなくて良いよ。別にそれで君に偏見を持つ気はさらさら無いから」
「そうだぜ土神。似たような力持ってる私がいるんだから、親父がそのことを知ったって変な見方をしたりなんかしねぇよ」
「あ、そう言えばそうか……」
いつもの癖で身構えてしまったが、よくよく考えれば身内に同じような『力』を持つ瑞音がいるのだ。
そうでなくても修也の『力』について今は結構広く知られている。
にもかかわらず周りの修也に対する扱いは大して変わっていないのだ。
もう『力』のことを知られても警戒する必要は無い。
「でね、瑞音の話を聞いているうちに血が騒いできてね……」
「……ん?」
安心していたところに不穏な空気が流れだしたのを感じて修也は怪訝な表情になる。
「土神君さえよければ是非ともひと試合……」
「ここんちこんなんばっかりか!?」
そして不敵に笑いながらゆらりと構え始めた瑞音の父を見て突っ込みを入れる修也。
「あははは、冗談だよ冗談! 流石にぶしつけに勝負を挑む程非常識じゃないよ」
「あなたの娘さんぶしつけに勝負を挑んできましたが」
「何言ってんだ、ちゃんと挑戦状を送りつけてから勝負を挑んだじゃねぇか」
「事前に申し入れれば良いってもんでもないと思うが」
相川父娘の言い分に修也はやや呆れてため息を吐く。
「まぁ本音を言えば、土神君の立ち回りとか体術に興味はあるね。親の贔屓目抜きで瑞音は強い。そんな瑞音が手も足も出ないって相当だよ?」
「そうだぜ兄さん。瑞音ちゃんはここの教室で一番強いんだぜ? その瑞音ちゃんに勝てるんだからなー兄さんは」
「やっぱりおにーさんは凄いよねー!」
「うん、修也さんはとっても凄くて、頼りになる人だよ」
「いやでも、手も足も出ないは言い過ぎじゃあ……」
「んなことねぇよ。いまだに土神を相手にした時の勝ち筋が全く見えねぇ。こんなの初めてだ」
次々と自分を褒めてくる千沙たちに対して謙遜する修也だが、当の瑞音がそれを否定する。
「だからどうやれば勝てるのか、私の動きにどう対応してくるのかを考えるのが楽しくてたまらねぇ……!」
「うわぁ根っからの勝負脳」
心底楽しそうに笑う瑞音を半眼で見つめる修也。
「よし勝負だ土神! 考えてたらいてもたってもいられなくなってきた!」
「言ったそばからぶしつけに勝負挑んでくるんじゃねぇよ」
無駄に目を輝かせている瑞音を修也は適当にあしらう。
「頼もう!!」
その時、修也の背後から大きな声が響いた。
「ん? …………何だアレ」
振り返るとそこそこ体格の良い男が腕を組んで仁王立ちしていた。
「自分は全国各地を回り武者修行をしているものだ! ここに格闘技の道場があると聞いて参上仕った。是非手合わせ願いたい! そして自分が勝った暁にはここの看板をいただく!!」
「ほら見ろ兄さん、道場破りいたじゃねぇか」
「えぇ……マジか」
突如現れた道場破りを見てドヤ顔で胸を張る千沙と唖然とする修也。
「というかここは教室であって道場じゃないんだけどねぇ……」
「とりあえず不法侵入で通報しときますか? 俺個人的に警察の人と繋がりあるんで」
困った顔で呟く瑞音の父に修也は通報を提案する。
「えっ、いやちょっと待て! なんだそのドライな反応は!! ここは看板を賭けて勝負するところじゃないのか!?」
冷めた修也のリアクションを見て慌てて止めに入る道場破りの男。
「だからここは道場じゃなくて教室だからね? 看板なんて無いよ」
「ぬぐぐぐぐ……無念」
瑞音の父の言葉に道場破りの男はがっくりと膝をつく。
「し、しかしここは格闘技を教えている場所であることに間違いはないのであろう?」
「うん、まぁそれはそうだね」
「ならば看板云々はもうどうでも良いからここの一番強い者と手合わせさせてくれ!」
そしてその姿勢のまま懇願しだした。
「えぇ……単に戦いたいだけかよ……何というバトルジャンキー」
「違う! 自分をそんな寝ても覚めても戦うことしか考えていない頭の悪い戦闘民族みたいに見ないでもらいたい! 自分はただ強い者と戦ってねじ伏せて自分の方が強いんだという優越感に浸りたいだけだ!」
「うん、清々しくクズっぽいこと言ってんな。余計タチ悪いわ」
堂々とクズ発言をする道場破りの男に呆れる修也。
「だから戦わせてくれ! お前たちが戦う意思を見せないのなら戦う気になるまで暴れるだけだ!!」
「はた迷惑すぎる……どこに出しても恥ずかしくないバトルジャンキーだコイツ……やはり通報一択だな」
懇願と脅迫を同時にやるという無駄に器用なことをこの道場破りの男はやっている。
こういうやつは早々に警察に任せるに限る。
そう判断した修也はスマホを取り出す。
「あ、通報はちょっと待ってくれるかな土神君」
しかし瑞音の父がそれを止めた。
「え?」
「要はひと試合すれば満足なんだろう? 勝とうが負けようがそれで帰ってくれるなら警察の手を煩わせるのもどうかと思うんだ。現時点で実害は何も出てないし」
「そういうものですかね……? 既に不法侵入という実害が出てる気がしますが」
修也としてはさっさと警察に引き取ってもらった方が良いと思うのだが、ここの家主である瑞音の父がそう言うのであれば仕方がない。
「ただし、こちらの決めるルールにはきちんと従ってもらうよ? それが約束できないなら容赦なく通報だ」
「……良いだろう。それならそっちが負けた時の言い訳もできないだろうしな」
瑞音の父の提案に不遜な態度で頷く道場破りの男。
「じゃあ早速やろうぜ! ここで一番強いやつを出せ!」
「よし、それじゃあ土神君……頼んだよ」
「…………ぅん!? 俺!?」
物凄くナチュラルに瑞音の父が指名したことで数瞬リアクションが遅れた修也。
驚いて修也は瑞音の父の方に顔を向ける。
「だってご指名は『ここで一番強いやつ』だよ? だったらそれはうちの教室で一番強い瑞音に勝てる君じゃないか」
「いやあなたは!?」
「僕は指導はできるけど実技は瑞音とどっこいどっこいだからねぇ」
「でも俺ここの生徒じゃないですよ!?」
「別にここの生徒かどうかの指定は無かったから良いんじゃない?」
「自分は何でも良いぞ。戦えるならな!」
「……だってさ。埋め合わせというかお礼はするから頼むよ」
「えぇ……」
よく分からないうちにひと試合することになってしまったことに修也は深く重いため息を吐くのであった。
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