守護異能力者の日常新生活記 ~第2章 第1話~

「ふぅ…………」

修也がショッピングモールの近くでガラの悪い男たちに絡まれている女の子を助けた日の夜。
その助けられた女の子、米崎詩歌(よねざき しいか)は自分の部屋でベッドに腰かけて溜息を吐いていた。

(今日は怖い目に遭ったなぁ……)

思い出しただけでも体が震えてくる。
ただ買い物に出かけていただけなのに、いきなり何人もの大きな男に怒鳴られた。
姿が視界に入った時に、怖そうだからと距離を開けて通ろうとしたのだが、それが相手は気にいらなかったらしい。
何見てんだ、とかなんで避けようとしてんだ、とか囲まれて大声で叫ばれた。
元々自分は男が怖くて苦手だ。
それなのに囲まれて逃げられない状況であれだけの罵声を浴びせられ、どうしていいか分からなくなってしまった。
とにかく謝れば良いのか。でも、何に対して? そもそも許してくれそうにない。

『往来でギャーギャー喧しい。ちったぁ周りの迷惑を考えろ』

その時、自分の耳に周りの男たちとは違う声が入ってきた。
割り込んできたのはまた別の男の人だった。
でも、自分を助けてくれる人だ。
そう直感し、助けを求めようとした。

『助けてください』

そう言おうとした。
しかし恐怖で喉が硬直し、思うように声が出ない。
そうこうしているうちに絡んで来た男たちの方が激昂して割り込んできた男の人に殴りかかった。
危ないっ! と、思わず目を閉じてしまったが、いつまで経っても殴られたような音はしない。

恐る恐る目を開けてみると、助けに来てくれた男の人が、襲いかかる男たちをひらりひらりと踊るようにすり抜けていた。
そしてついには同士討ちさせてしまった。

「……凄かったな……」

自分からは手を出さず男たちを追い払ったあの人……
助けてくれたのにまともにお礼も言えなかった。
男の人は怖い。でも、あの人にはちゃんとお礼を言いたい。
でも、どこの誰なのかも分からないのにどうやって探せば……

「あ、舞原さん…………」

詩歌は、自分を助けてくれた男の人と一緒にいたクラスメイトを思い出した。

「舞原さんだったら何か知ってるかな……?」

明日学校で何か知っていないか聞いてみよう。
気がつけば夜も結構遅い時間になっていたので、詩歌は明日に備えて寝る事にした。

 

守護異能力者の日常新生活記

~第2章 第1話~

 

「…………よし、そろそろ起きれそうだ」

月曜日の朝、修也は目を覚ましてしばらく経ってから体を起こした。
軽く体を伸ばして解し、今日から着ることになる制服に手を伸ばす。
ここの制服はベージュのブレザーに白いワイシャツと赤いネクタイ、そして紺のズボンだ。
蒼芽の制服がベージュのセーラー服に赤のスカーフ、そして紺のスカートだったのでそれに対応しているのだろう。

 

こんこん

 

ワイシャツに袖を通していると、部屋のドアがノックされた。

「修也さん、起きてますか?」

ドア越しに聞こえてきたのは蒼芽の声だった。金曜日に起こしに来た時から推測して、修也が起きて動き出す時間を考えてくれたのだろう。

「ああ、起きてるぞ。今着替えてるとこ」
「あ、そうなんですね。じゃあこのままちょっと待ってます」

あまり蒼芽を待たせ続けるのも悪いので、さっさと着替えを済ませることにする。

「ネクタイが簡易式のもので助かったな……」

前の学校の制服にはネクタイなんて無かった。
なので修也はネクタイの締め方を覚えていないのだ。
だがこの制服のネクタイは金具がついていて、ただワイシャツに引っ掛けるだけでいい。
着替えを終えた修也はドアを開けて部屋を出る。

「おはようございます、修也さん」

部屋の外では蒼芽が待ってくれていた。

「おはよう、蒼芽ちゃん…………んん?」

蒼芽と朝の挨拶を交わす修也。だがその直後、怪訝な表情になって蒼芽をじっと見つめる。

「あ、あの、修也さん? そんなじっと見つめられるとちょっと照れるんですけど……」

見つめられた蒼芽はそわそわと落ち着かない様子で体をモジモジとさせる。

「……蒼芽ちゃん、学校に行くのにそのネックレスは外していきなさい」
「えっ?」
「服の隙間からちらっとネックレスのチェーンが見えた」
「え、えーっと……ダメ、ですか?」
「ダメだろ。校則には無いかもしれないけど、教師に見つかったらあまり良い顔はされないと思うぞ」
「はーい……」

修也に促され、蒼芽は名残惜しそうにネックレスを外した。

「……それだけ気に入ってくれたのは素直に嬉しいけどさ」
「当然ですよ。修也さんに買ってもらったものなんですから。金庫を買おうか考えたくらいです」
「それは大げさすぎる。精々学習机の鍵ついた引き出しにしておきなさい」
「はーい」

そう言って蒼芽はネックレスを持って自分の部屋に戻っていった。
そして1分もしないうちに戻ってきた。

「じゃあ朝ごはんにしましょうか」
「そうだな」

二人揃って階段を降り、食卓へ向かう。

「おはよう、二人とも。朝ごはんできてるわよ」
「おはようお母さん」
「おはようございます紅音さん」

食卓では紅音が朝食を並べていた。
二人はそれぞれ自分の席について食べ始める。

「修也さんは今日から授業ですね。どうですか意気込みは」
「あー……前の学校との進行具合の差が気になりますね……」
「あ、そうか。前の学校よりも遅いか同じなら特に問題ないけど、早かったらその分自分で勉強しないといけないんですね」

転校生ならではの問題に蒼芽が気づく。

「多分申請すれば補習とかで埋め合わせてくれそうだけど、それはそれでめんどい」
「あはは……前の学校とほぼ同程度か遅いことを願うしかないですね」
「もし早かった場合は蒼芽ちゃん、手伝ってくれ」
「え? それはもちろん、修也さんのお願いとあれば喜んで手伝いますけど……私にできることってありますか?」

学年が一つ下の自分が勉強で手伝えることなんてあるのか? ……と疑問顔の蒼芽。

「夜食作ってくれるとか」
「あ、なるほど、そっち方面ですか。分かりました。その時は全力でお手伝いします!」
「蒼芽も一緒に勉強するというのもありよ? そうすると結構集中力が続くし」
「う……」
「修也さん、もし良かったら蒼芽の勉強を見てやってくれませんか? この子、成績は中の中なもので」
「悪くは無いんだから良いじゃない」
「良くも無いでしょう?」
「うぅ……」
「良いですよ。正直俺がどこまで役に立てるか分かりませんが、できる限りのことはやります」
「えっ? 良いんですか!?」

修也の言葉に、蒼芽が期待の眼差しを向ける。

「まあ俺も言うほど頭良くないけど」
「修也さんと一緒に何かできる、というのが大事なんですよっ」

そう言う蒼芽の声は弾んでいる。
本当に『修也と一緒』というのが嬉しいのだろう。

「なるほど、蒼芽は修也さんと夜遅く眠気の限界が来るまで一緒に勉強してうたた寝しちゃった所を修也さんにお姫様抱っこで自分の部屋まで運んでもらってあわよくばそのまま添い寝してもらって既成事実まで作ろうって魂胆なのね?」
「え?」
「お母さん!? 妙に具体的過ぎ!!」

こうして賑やかな朝食の時間は過ぎていくのであった。

 

「……もう、お母さんったらいつもいつも……本当にすみません、修也さん」
「良いよ別に。気にしてないから」

学校までの道を蒼芽は修也に謝りながら歩く。
修也としては紅音がそういう冗談を言う人だと認識してからは、ある程度受け流せるようになったのであまり気にしていない。

「あの、修也さん、違いますからね!? 既成事実を作ろうとまでは考えてませんからね!!?」

必死になって訴えてくる蒼芽。

(あれ? 否定するの既成事実だけ?)

その言い方では既成事実以外は本当に考えていたとも取れる。
修也は疑問に思ったが、単に蒼芽が慌てていて他の部分について言及するのを忘れているだけだろう。
下手に突っ込んで話をややこしくするのもマズいと思い、修也はその部分についての言及は避けた。

「本当ですからねっ!?」
「うんうん、分かってるって。蒼芽ちゃんだって俺にそんなことされても困るだけだろ?」
「あ、いえ……困るかって言われたらそれは別に……」

修也の言葉に対して急にトーンダウンする蒼芽。

(? ……ああ、蒼芽ちゃんなりに気を遣ってくれてんのかな)

修也は蒼芽のリアクションを自分なりに解釈してその結論に至った。
蒼芽は優しいから面と向かって『困る』とは言えないだろう……と。

「うん、眠気が限界を越えると歩くのも面倒になって誰かに運んで貰いたくなるよな。分かる分かる」
「! そ、そうなんですよねぇ。だから修也さんが寝落ちしたら私が修也さんをベッドまで運びますよっ」
「お、出来るのか? 蒼芽ちゃんには重いと思うぞ?」
「引きずれば何とか……」
「あの、もうちょい優しく……」
「大丈夫ですよ、修也さん頑丈ですから」
「ヒデェ!!」
「あはははは!!」

なのでちょっと冗談っぽくして雰囲気を軽くする修也。
蒼芽もそれに乗っかり、場を乗り切る。

「でも……そうか、一緒に授業は無理だけど一緒に勉強はできるな、そう言えば」
「あ、そうですね。じゃあテスト前とかは一緒に頑張りましょう!」

良い感じで話が纏まったところでちょうど学校に着いた。

「修也さんはこれから直接教室ですか?」
「いや、一旦職員室だ」
「そうですか。場所は分かりますか?」
「流石に一回案内してもらったから分かるよ」
「分かりました。ではこの学校での初授業、頑張ってくださいね!」

そう言って蒼芽は階段を上る。
修也は職員室へ行くため、ここで別れる事になる。
一人になった蒼芽は自分の教室のある2階の廊下を軽い足取りで歩く。

「よーし、今日からまた一週間が始まる事だし、気合い入れていこっと!」

自分の教室に着いた蒼芽は、扉を開けて中に入る。

「っ!?」

だが次の瞬間、先に来ていたクラスメイトが全員一気に自分の方に視線を向けてきたことにたじろぐ。

「あっ、来た来た! 待ってたよー、舞原さん!」
「えっ? 何!? どうしたの皆?」
「舞原、俺らの救世主と知り合いだったのかよ! 言えよそういう事はよぅ!!」
「仲良さそうに一緒に登校してきてたの、そこの窓から見えたんだよ!」
「どうやって知り合ったの羨ましい! 私もお近付きになりたい!!」
「先週は着てなかったけど今日はうちの制服着てたよね? という事はやっぱりうちの生徒なの!?」
「何年生?」
「名前は?」
「舞原さんとはどういう関係?」
「彼女とかっているのかな!?」

次々とまくし立ててくる蒼芽のクラスメイト。

「ちょ、ちょっと皆落ち着いて! そんな一気にまくし立てられても答えられないよ!?」

蒼芽が週明けにまずやる事は、興奮したクラスメイトを宥める事だった。

 

「……こういうのって普通本人が質問攻めにあうものじゃないかな……?」

クラスメイトの質問攻めをかいくぐり、蒼芽は何とか自分の席についた。
名前と学年だけは明かしても問題なさそうと判断して説明したが、それだけでもうクラスメイトは大盛り上がりだ。

「うちのクラスってこんなお祭り体質だったっけ……?」

蒼芽が椅子に座って一息ついていると……

「あ、あの…………舞原さん……」

小さな声で蒼芽を呼ぶ人がいた。

「ん……? あ、米崎さん。おはよう。昨日は大変だったね」

詩歌だった。

「う、うん……昨日は、ありがとう」
「あはは、私は何もしてないけどね……でも、何があったの?」
「……お買い物のために普通に歩いていただけなんだけど、怖そうな男の人たちがいたから……」
「うん、それで?」
「絡まれないように距離を取ったら、向こうから……」
「えぇ……それって完全に相手の言いがかり……」
「そうなんだけど……でも、私、怖くて……」
「それは災難だったね」
「でも、あの人が助けてくれたから……」
「あの人って、修也さん?」
「えっと……名前は知らないけど、昨日、舞原さんと一緒にいた人……」
「うん、修也さんだよ。土神修也さん。さっきクラスの皆にも言ったけど、ここの学校の2年生だよ」
「土神……先輩……」

噛みしめる様に呟く詩歌。

「あの……舞原さん」
「ん? 何かな?」
「私……土神先輩にも、きちんとお礼が言いたいの。……会わせてもらう事って……できる……?」
「え? うん。放課後にも会うつもりだし、その時一緒に来る?」
「う、うん……」

蒼芽の問いかけに頷く詩歌。

「じゃあまた放課後にね」
「うん、放課後に……」

そう言って自分の席に戻る詩歌。ようやくいつも通りの週明けが始まった。
蒼芽は気を取り直して一時限目の授業の準備を始めるのであった。

 

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