守護異能力者の日常新生活記 ~第3章 第15話~

「……ふふーん、なるほどね。情報提供感謝するよ優実」

一方の瀬里は自室で通話を終えたスマホの画面を見ながらにんまりと笑っていた。

「土神君から調べてほしいと言われた時は意味が分からなかったけど、中々面白そうじゃん」

部屋に置いてある椅子に腰かけ、椅子とセットで買った机にスマホを放り投げて天井を見上げながら瀬里は呟く。
今の優実との通話で瀬里は『猪瀬』の家の周りで何かがあるということを確信していた。
瀬里の問いに対して優実は守秘義務があると言って回答を避けた。
本当に何も知らないなら普通に『知らない』と優実は答えるはずだ。
と言うことはつまり守秘義務が発生するような事態が起きているということだ。
優実にも立場があるので気軽にあれこれ話す訳にはいかないというのは瀬里も理解している。
なので言葉の裏に隠された意味を察知して推測を立てる。
瀬里は昔からそういうことが非常に得意だったのだ。

「うーん……でもちょっと調べても何も怪しい所は無いんだよねぇ」

瀬里は机の上に置いてあるパソコンの画面を睨みながらぼやく。
修也に頼まれてから瀬里は軽く猪瀬の家を調べてみてはいた。
しかしやっている事業内容や資金の出所、繋がりのある企業などを調べても不審な所は全く無い。
あえて挙げるとすればホームページで紹介されている顔写真の映りがイマイチセンスを感じられないくらいだ。

「こりゃー土神君の言う通り、息子の方に焦点を当てるべきかなー……」

パソコンの電源を落とし、瀬里は今後の方針を考える。

「確か土神君と同じ学校って言ってたなぁ。だとしたら手始めに陽菜に聞いてみるか」

瀬里は再びスマホを手に取り陽菜に電話をかける。

『もしもしー? どしたの瀬里』

数コールした後、陽菜の声が受話器越しに聞こえてきた。

「もしもし陽菜? ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
『ほいよ、コンプラ違反にならないレベルなら答えてあげるよ』
「それじゃあ早速。今日陽菜は何色のブルマ履いてるの?」
『今日は赤だねー。瀬里は今日どんなスパッツ履いてた?』
「無地の紺色よ。シンプルな方が物持ち良いんだよねぇ」

コンプラとは何だったのかと修也や優実がこの場にいたら突っ込みそうな会話を平然とする瀬里と陽菜。

「そーいや7色のブルマを集めるとか言ってたけど最後の白は見つかったの?」
『んー……通販で普通に売ってるのを見かけたんだけど、なーんか違うんだよねー』
「そう言うのはコスプレ感がプンプンするからねぇ」
『そうそう、本物にしかない趣というものががああいうのには無い! 瀬里なら分かってくれると思ってたよ!』
「陽菜のブルマ愛を一番身近で見てきたからね。でも私はスパッツ派。それは譲らない」
『何をー!』

その後しばらくお互いの主張を熱くぶつけ合う2人。
本来の目的の話題に戻ってきたのはそこから3時間程経過した後だった。

 

守護異能力者の日常新生活記

~第3章 第15話~

 

「………………」

修也は自分の部屋でベッドに腰かけて自分の手をじっと見ていた。

 

こんこん

 

「修也さん、失礼しますねー」

ノックと共に蒼芽が部屋に入ってきた。

「…………」

しかし修也は返事をせず自分の手を見たままだ。

「……? 修也さん、どうしたんですか?」

何のリアクションも無いことを不思議に思った蒼芽が修也の隣に座って尋ねる。

「……え、あぁ……蒼芽ちゃんか」

蒼芽が座りベッドが沈み込むことで修也は初めて蒼芽が部屋に入ったことに気づいたようだ。
蒼芽の方を向いて少し驚いたような顔をする。

「珍しいですね? 修也さんがここまで接近してるのに気づかないなんて」
「いやまぁ……ちょっと色々と思うことがあって」

そう言って再び自分の手に目線を落とす修也。

「今日の帰りのことですか?」
「いや……それもあるけど、もっと昔のこと思い出してた」
「もっと昔?」
「なぁ蒼芽ちゃん。今日襲ってきたあいつらを返り討ちにしたとき、俺のことをどう思った?」

首を傾げる蒼芽に修也は質問する。

「どうって……やっぱり修也さんは凄いなぁ、と」
「……それだけ? 本当に?」
「ええ。嘘偽り全く無い100%本音です」
「距離が空いてたのに相手が吹っ飛んだ現象については?」
「それは『力』で空気を固めた……とかじゃないんですか?」
「えっ」

蒼芽の回答に修也は意外そうな顔をして再び蒼芽の方に振り返った。

「あれ? 違ってました?」
「いや、合ってる……よく分かったな蒼芽ちゃん」

修也は驚き半分、感心半分で蒼芽を見る。

「修也さんの説明だと、その『力』は修也さん自身もしくは修也さんが触れているものを固めるということでしたから、もしかしたら空気もその対象なのかな、と思いまして」
「ああ、その通り。俺の『力』は水や空気なんかにも使える」

そう言って修也は『力』で野球のボールくらいの大きさで空気を固めて蒼芽の手に置いた。

「わっ! 何か当たってる感触がします。何も見えないけど……」
「今ボール状に空気を固めて蒼芽ちゃんの手に置いたんだ」
「へぇー……凄いですね、こんな使い方もあるなんて。形は修也さんが好きに決められるんですか?」
「ああ。単純な形しかできないし手から離すことはできないけどな」
「つまりあれは『力』で拳の先の空気を固めてリーチを伸ばしてたんですね」
「正解」

蒼芽の言葉に修也は頷く。

「やったっ!」

自分の考えが当たっていたことに蒼芽は表情を綻ばせる。
そんな蒼芽を修也は見つめる。

「……? 修也さん、どうしました?」
「蒼芽ちゃんは……怖くないのか?」
「? 何がですか?」

修也の問いに蒼芽は頭にはてなマークを浮かべて聞き返す。

「いや……」
「『力』のことだったら前にも言いましたよ? 避けたり距離を置いたりする要素が微塵も無いじゃないですか。もちろん怖がる要素もありません」
「……」
「悪い人たちを1人でなぎ倒す修也さん、カッコ良かったですよ?」
「……それについてもちょっと後悔してる部分が……」
「え? どうしてですか?」

瞳を輝かせて先程の修也の立ち回りを楽しそうに語る蒼芽だが、反対に修也は表情が陰る。
そんな修也を不思議そうな顔で見る蒼芽。

「『力』を攻撃目的で使ってしまったからだ。使用そのものを自重しなけりゃならないのはもちろんだけど、使うにしても守ることだけに使うように自戒してるんだ」
「それまたどうしてですか?」
「危なすぎるんだよ。たとえば紙みたいな薄いものを固めたら、刃物顔負けの殺傷力抜群の武器になってしまう」
「それは……」
「今回みたいに空気を固めれば見えない武器の完成だ」
「確かに全然見えませんね……」

そう言って蒼芽はまだ手の上に乗っている固められた空気をぺたぺたと触る。

「つまり俺は常に凶器を持ち歩いているようなものだ。しかも目に見えない分余計にタチが悪い」
「修也さん……」
「実は昔似たような状況があったんだよ。タチの悪いナンパっぽい絡まれ方をしているクラスメイトがいてな」

そう言って修也は『力』を解除して、両手を組んで床を見ながら話しだす。

「そのクラスメイトは困っているように見えたから助けるためにその場に割って入ったんだよ」
「昔も今も困っている人がいたら助けるっていうのは変わっていないんですね、修也さんは」

そう言う蒼芽は優しい目をしている。

「当然邪魔された奴らは怒って俺に絡みだした。はじめは口だけだったけど終いには殴りかかってきた」
「確かに今日と状況は似てますね……それで修也さんはどうしたんですか?」
「そりゃ黙って殴られるいわれも無いから応戦したよ。てか返り討ちにしたよ」
「そこも同じなんですね。流石修也さんです」
「で、返り討ちにした奴らは逃げていった。ただ……助けたクラスメイトも逃げた」
「え?」

ここで初めて今日の出来事と違う点が出てきた。
しかし内容が内容だけに、蒼芽は信じられないとでも言いたげに修也の顔を見る。

「当時は『力』を使うことに何の抵抗も無かった。だから迷いなく『力』を使って応戦したんだがこれがいけなかったらしい」
「どうして……」
「殴られても刃物で切りつけられても無傷。しかも殴った方の拳が潰れ切りつけたナイフが刃こぼれする様が異様だったんだろう」
「そんな……」
「翌日にはその話がクラス中に広まっていた。俺がナンパ男からクラスメイトを助けたことよりも殴られても切られても全くの無傷という俺の異様さが。それはあっという間に拡散されていき、そこからは腫物にさわる様な扱いをされる生活の始まりだ」
「何なんですかその人……! 修也さんに助けてもらっておきながらそんな仕打ちをするなんて!」

修也の話を聞いて憤る蒼芽。

「そんな恩を仇で返すような人に修也さんの人生を狂わされるいわれはありません! 何度も言いますけど私は何があろうとも絶対に修也さんの味方ですから!」

そう力強く言って修也の手を取る蒼芽。

「それにお母さんだってそうですし、私のクラスの皆だってきっとそうです!」
「あ、うん……」

そう言う蒼芽に対し、修也は何故か微妙な表情をする。

「? どうしたんですか修也さん?」
「いや……紅音さんはともかく蒼芽ちゃんのクラスの面々に関してはあれはあれでどうなの? と言いたくて」
「あ……あぁー……」

修也に指摘されて蒼芽も微妙な表情になる。

「いや、もちろん敬遠されないのは嬉しいよ? でもあそこまで持ち上げられるのもなんだか落ち着かないというか……」
「た、確かにそうですね……」
「普通が良いってのは贅沢な悩みなのかな?」
「いえ、そんなことは……」
「……とまぁ色々言ったけど蒼芽ちゃんがそばで支えてくれるってのは物凄く心強いよ。ありがとう」

そう蒼芽の目を見て礼を言う修也。

「っ! はいっ! 私がずっと修也さんを支えますから!」

蒼芽はそれに応えるように強く頷く。

「ああ、よろしく頼む」

修也もそれに頷き返す。

(ん? ずっと……?)

しかしここで蒼芽の言葉に対し引っかかりを感じた修也は内心首を傾げる。

(……いやいや言葉の綾だろうな。深い意味なんて無い無い……ことも無い、のか?)

いくら自己評価の低い修也でも、これだけ好意的に接してくれていれば考えも少しずつ変わってくる。
前まではあり得ないと切って捨てていた可能性が今ではずっと頭の片隅に残っている。
考えてみればいくら同じ家に住んでいるとはいえ、こうして毎晩自分の部屋にやってこなくてもいいはずだ。
なのに蒼芽は毎日欠かさずやってくる。もはやルーティン化していると言っても良い。
ただ蒼芽のコミュ力の高さを考えるとそこまで不自然でもない。
普通に夜寝る前にちょっとお喋りしたいだけという可能性もある。

(うーん…………分からん!)

色々考えすぎて頭がこんがらがってきた修也は一度思考を切り替える。

「ところで蒼芽ちゃん、あいつら返り討ちにした後俺の写真撮ってたけど、あれって敢えて?」

修也は少し気になっていたことを蒼芽に尋ねる。
今までの言動からしてただ単に写真が欲しかった可能性もあるが、蒼芽が修也を気遣ってわざとそんな行動に出たのかもしれない。
華穂と話していて『力』の話題に繋がりかけた時に修也の微妙な表情の変化を読み取って話題を逸らした蒼芽ならあり得る。

「あ、はい……修也さん、詩歌に絡んでいた人たちを追い払った時とは表情が違いましたから。ああやって修也さんの気が紛れたらなぁって思いまして」
「やっぱりか……」

蒼芽の気遣いに感心する修也。

「でもあの時の修也さんの表情をコレクションに収めたかったのも事実ですよ!」
「はいぃ!?」

しかし続けて出てきた蒼芽の言葉に内心ずっこける。

「そっちも本音かい! てかコレクションなんて作っちゃってんの!?」
「もちろんですよ。きちんと整理されてた方が後から見やすいでしょ?」
「いや使用用途不明だから! そんなの纏めて何に使うの!?」
「アルバムと同じですよ。撮られた写真を見て『ああ、あの時はこんなことがあったなぁ』って思い出に浸るんです」
「いやいやいやいや…………」

しれっと言ってのける蒼芽に修也は首を振る。

「風景とかそう言うのなら分かるけど、ほとんど俺と蒼芽ちゃんの自撮りツーショットじゃないか」
「それでも十分ですよ。それにこれからはもっと違う写真も撮れるかもしれないじゃないですか」
「……」

蒼芽から自然に出てきた『これから』という言葉に修也は考えさせられる。

(蒼芽ちゃんは……これからも俺と一緒にいたいと思ってくれてるってことで良いのかな……?)

もしそうだとしたらこれ程嬉しいことは無い。
今まで遠巻きにされ敬遠され続けてきた修也にとって、側にいたいと言ってくれる人はとても貴重でありがたい存在だ。

(なら俺にできることは、それを全力で守ることだな)

そう心に誓う修也。

「で、蒼芽ちゃん。もっと違う写真って、例えばどんな?」

修也は思考を打ち切り、蒼芽に聞いてみる。

「そうですね……まずは夏服ですね」
「あ、違うって服の話!? シチュエーションとかじゃないんだ!」
「もちろんです! 衣替えは一大イベントなんですよ! そうだ、せっかくですし今年の夏に向けて新しい服を買いに行きましょう!」
「え? 去年のじゃダメなの?」
「高校生になって初めての夏ですし、気分を新しくしたいんですよぅ」
「あー……まぁ、気持ちは分かる」

中学生と高校生では気の持ちようが大分変わる。
修也も修也なりに去年そんな気分になったことがあったのを思い出す。

「じゃあ今のこの騒動が片付いたら服買いに行こうか」
「はいっ!」

修也の言葉に蒼芽は嬉しそうに頷くのであった。

 

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