守護異能力者の日常新生活記 ~第5章 第14話~

4回の裏、2-Eの攻撃が始まる。
この回は2番からのスタートとなり、4番の瑞音に打順が回ってくる。

「2アウトまではいつも通りで良い。うちの守備力なら問題ない」
「うちの……って言うか土神君と霧生君2人だけどね」

爽香の言う通り内野は修也が、外野は戒が大部分をカバーしている。
もちろん一二塁間やライト線・レフト線とまではいかないが、そこまで行けば本来のポジションの生徒が守れる。
むしろ守備範囲が狭いおかげで集中しやすいのだ。

「……で、2アウト取った後はどうするのよ? さっきみたいにホームランを打たれたらどうにもならないわよ?」
「同じ手を二度は食わん。対策も取らず同じ失敗を繰り返すのは三流のやることだ」

爽香の問いに対し、答えになっているのか分からない返事をする塔次。
そうこうしているうちに試合は進んでいく。
2番打者は二遊間を抜けそうなライナー性の打球を放ったが、打った時点で既に2塁の後ろに走り出していた修也に正面でキャッチされた。
3番打者は左中間に落ちそうな大きな当たりだったが、これもまた戒があっという間に距離を詰めて捕球。
2アウトまでは今まで通り特に何の問題も無く抑えることができた。

「……霧生君は相変わらずの高すぎる身体能力で強引にいってる感が凄いんだけど、土神君の凄さはベクトルが違うわね……」
「恐らくボールを打つタイミングやバットの角度等でおおよその打球の方向を読んでいるのだろう。打ってから動いていたのでは到底間に合わん」
「いやそれ結構な博打じゃない? 右か左かだけだとしても2分の1よ?」
「それは勘で動いた場合だろう。土神はきちんと分析して見た上で動いている。ならば確率は限りなく100%に近い」

想定通りに事が進んでいることに満足げに頷く塔次。

「……で、次はそんなの関係無い相川さんがバッターだけど?」

爽香の指摘通り、次の打者である瑞音がバッターボックスに向かっている。
気合いも十分のようであり、二打席連続ホームランが飛び出てもおかしくない。

「さっき言ったであろう。同じ手を二度は食わんと」
「じゃあどうする訳?」
「まあ見ているが良い。審判、選手の交代と守備位置の変更を申請する。問題は無いか?」

爽香の問いに対して塔次は審判役の教師にそう申し出た。

「え? あぁ構わんぞ。同じクラスのメンバーであるならいつでも・何回でも・誰でも交代可能だ。一度交代した生徒を再び出すのもアリだ」

塔次の申し出に対しそう答える審判役の教師。

「ふむ、ならばこのように変更したいのだが……」

そう言って塔次はメモにさらさらと何かを書きこんでいく。

「何だ何だ、どうした?」

その様子が気になった修也たち内野陣が塔次と審判の元に集まっていく。
外野陣も気にはなったようだが移動が面倒なのかやってくる様子は無い。

「うむ、相川対策として少々選手交代と守備位置の変更を申請していたところだ」
「交代と変更……? どう変えるんだ?」
「このメモを見れば分かる」

そう言って塔次は今書いたメモを修也たちに見せる。

「え、これって……」

そのメモを見た修也たちは揃って少し驚いたような表情を見せるのであった。

 

守護異能力者の日常新生活記

~第5章 第14話~

 

「……どうやら終わったみたいだな」

塔次がタイムをかけたので一度待機場所に戻った瑞音が様子を伺いながらそう呟く。

「急にタイムをかけるなんてどうしたんだろうね?」
「アレだろ、次が相川だから対策会議でもやってるんだろ」
「まぁそんな所だろうな。霧生単体ならともかく2-C連中は馬鹿じゃねぇ。何の対策もしない訳が無い」

そう言って薄く笑う瑞音。

「……相変わらず楽しそうだねぇ、相川さん」
「あぁ楽しいぜ。こういうやり取りや駆け引きも勝負の醍醐味だ。じゃあ行ってくるか!」

その言葉と同時に瑞音は立ち上がり、バットを持って再びバッターボックスへ向かう。

「頑張ってー相川さん!」
「またでっかいホームラン期待してるぜー!」

そんな2-Eの声援を背に瑞音はバッターボックスに立った。

「……で、この采配はどんな意味があるんだ?」
「……それここで言っちゃダメだろ」

バットを構えながら瑞音が尋ねた相手は、キャッチャーに守備位置を変更した修也だ。
ショートだった修也をキャッチャーにしたことでキャッチャーをしていた生徒は控えに下がった。
そしてショートにはピッチャーをやっていた生徒が入り、ピッチャーマウンドには……

「……さて、俺の策にどこまでついてこれるか見せてもらうとするか」

塔次が悠然と立っていた。

「氷室か……お前の噂も聞いてるぜ。ずば抜けた頭脳を持ち、全国テストでも不動の1位を取り続けているらしいじゃねぇか」

その塔次を見据えながら瑞音が話しかける。

「試験の順位など他者との相対的な価値観を決めるだけのものにすぎん。そんなものに何の意味がある。学んだことを自分の知識として積み上げて蓄えることに意味があるのだ」
「全国トップが言うと言葉の重みが違うな。だがいくら頭が良くてもこの場でそれが通用するか?」
「確かに単純な身体能力で言うなら俺はお前や霧生はおろか土神にも遠く及ばん」
「いや身体能力自体で言うなら俺もそんな大したもんじゃないんだが……」

塔次の言葉に待ったをかける修也。

「そんなことはないだろう。お前は凶器を持った大の男を相手取って傷ひとつ負わずに倒してきたではないか。特に平下さんの誘拐騒ぎの時の男は推定100キロを超えていたにも関わらず圧倒した。格闘技において体重差というものは非常に大きな意味を持つ。しかしお前はその体重差によるディスアドバンテージを覆した。十分大したものだ」
「そうだぜ、お前はこの私が見込んだ男だ。もっと自信を持て」
「いや、まぁ……」

瑞音にもそう言われて修也は二の句が継げなくなる。

「それに対して俺は一般生徒と比べても大きな差はないだろう。しかし、必ずしも身体能力の差が勝負の結果に直結するわけではないとお前自身が身をもって知っているはずだ」
「……あぁ、確かにな」

塔次の言葉に瑞音は不敵に笑う。
確かに単純な身体能力だけで言うならば戒が圧勝だ。
腕力・脚力何をとっても敵う気が全くしない。
しかし部活での立ち合いなら瑞音が勝つし、修也はその瑞音に勝てる。
それにテストの点数勝負なら、恐らく半分寝ながら受けても戒になら楽勝だろう。
逆に全科目満点を普通に取ってくる塔次にはたとえ天変地異が起きたとしても勝てない。
勝負というのは基本的な身体能力だけが高ければ勝てるというものではないのである。

「つまりお前はその頭脳で練り上げた策で挑むという訳か……面白い。だったら見せてみろ、お前のその策を!」
「……ふっ、良いだろう」

瑞音の構えに応じ、塔次が第1球を投げる。
その球は瑞音のような剛球ではなく、球速も特筆するようなものではない。
見た所特に何の変哲もない普通の投球だ。
塔次の事なので本当に何でもない球ということは無いとみて良いだろう。
しかしどんな球であろうともホームランにしてしまえば関係無い。

「……貰ったぜ! お前の策ごとかっ飛ばしてやる!!」

そう叫び瑞音は強く踏み込みバットを振るう。
……だが、バットから快音は響かなかった。

「なっ!?」
「うおおぉぉ!?」

何が起こったか分からず驚く瑞音。
しかし驚いたのは瑞音だけでなく修也もだった。

「おまっ、急に球が沈むとか聞いてねぇよ! なんつー球投げやがる!!」
「そう言う割にはきちんと捕球できているではないか。見事だ、やはり土神をキャッチャーに指名したのは間違いではなかった」

塔次はバッターの手元で急に落ちる球を投げたのだ。
それゆえに直球を想定していた瑞音のバットは空を切った。
しかし修也も直球を想定していたので急にボールが軌道が変わるとは思っていなかった。
それでも即座に対応してきっちり捕球できているあたりは流石である。

「なるほど落ちる球か……中々面白いもん持ってるじゃねぇか。だが同じ手は通用しねぇぜ!!」

気を取り直した瑞音が再び構える。
それに合わせて塔次は第2球を投げる。

「今度こそっとおおおぉぉぉ!?」
「うわっちっ!!?」

次こそかっ飛ばすつもりで意気込んでいた瑞音だが、またしても予想しない軌道を描く投球に驚きの声をあげる。
そしてそれは修也も同じだった。

「浮くのかよ!? 今度は浮き上がるのかよ!!」
「変化球が1種類だけだといつ言った。それにしても流石土神だ、今度もきっちり捕球しているな」

第2球は第1球とは真逆で浮き上がってくる球だった。
完全に裏を突かれた瑞音はスイングはしたもののボールに当てることすらできずに空振る。

「いやボールの回転がさっきと違ってたから沈むことは無いとは思ってたが、浮き上がってくるとか想像できるか!」
「何を言うか。ライズボールはソフトボールでは割とポピュラーだぞ?」
「それをお前が投げてくるとか想像できるかって言ってんだよ!」

2度目の修也の物言いに対しても塔次は涼しい表情を崩さない。

「さて3球目は何にするか……カーブかスライダーか……シュートやシンカーも良いかもな。いやここはナックルやチェンジアップと奇をてらっても」
「どんだけ球種あるんだよ!?」

ブツブツと呟く塔次に突っ込む修也。

「…………面白れぇ。氷室は球威じゃなくて手札の数で錯乱させてくるタイプか。その勝負、受けて立ってやる!」

瑞音はキッと塔次を睨んでバットの先端を向ける。

「良いだろう。では3球目だ」

そう言って塔次は第3球を投げた。

(……! この軌道は浮き上がってくる球じゃねぇな)

2球目は低い位置から上に向かって競り上がってくるような軌道だった。
しかし今の投球はそうではない。
1球目のような特に何の変哲もない球だ。

(ということはこれは沈む球か!!)

そう予測を立て、瑞音は今の球筋よりも低めを狙ってバットを振る。
塔次の投げた球は第1球同様瑞音の手元で沈…………まなかった。

「うっ!?」

球が沈むことを想定したスイングだったので、当然沈まない球には当たらない。
ボールはそのまま修也のグローブの中に収まった。

「いや普通かよ!? 何の変化もない普通の球なのかよ!」
「普通で何が悪い。今回は捕球に難儀しなかったであろう」
「何も無さすぎて逆に不安だったわ!」

文句を言う修也を塔次は軽く受け流す。

「……単純に身体能力がものを言う力のぶつかり合いならば俺など手も足も出なかっただろう。しかしこういった読み合いや心理戦は俺の得意とするところだ。俺は俺の領分で負けるつもりなど無い」
「……っかぁーー……流石だぜ……私もまだまだだな。全国トップの頭脳は伊達じゃねぇってことか」

完全に裏を突かれ手玉に取られた瑞音は悔しそうな声で呟く。
しかし表情は明るい。

「ちなみにカーブ以降挙げた変化球はただのプラフだ。流石にそんな多数の球種は持ち合わせていない」
「いやあの2種類を投げられる時点で相当だけどな」

さっくりネタ晴らしする塔次に突っ込む修也。
何はともあれ瑞音を三振に切って取ることができた。
そのことに観客席から歓声が沸く。

「すげぇー……こんな見ごたえのある試合が見れるなんて思わなかった」
「え、これただの球技大会よね? 世界大会とかじゃなくて」
「てか最後のアレ何? ここから見ても分かるくらい球が曲がってたけど」
「いやあの球も凄いけどそれを難なく捕球してる土神はもっと凄い!」
「それな!!」
「いや何でだよ!?」

巡り巡ってまた自分への称賛になっていくことに突っ込む修也。

「いやぁ今日はいつにも増して土神さんのツッコミがキレッキレで冴え渡ってますわね!」
「全く持ってそうですな! これ程の土神殿のツッコミを間近で聞けて、自分……これ以上無いほど満ち足りておりますぞ……!」

その修也を見て何やら幸せそうな表情になっている白峰さんと黒沢さん。

「あのー……色々非常に盛り上がってるところ悪いんだけどさ、まだ4回裏ってこと忘れるんじゃないぞ」
「あ」

申し訳なさそうに割り込んできた彰彦の言葉に、その場にいた全員の動きが一瞬止まる。
何か全てが終わったみたいな空気を出していたが、実はまだ1イニング丸々残っている。

「そうだそう言えばまだ4回だった……」
「でも土神君も霧生君も相川さんも打順回ってこないしもう終わりでも良いんじゃない? どうせこれ以上お互い点なんて入らないわよ」
「いやいやいやいや……」

しれっと突拍子もないことを言い出した爽香に修也が突っ込む。

「たとえそうだとしても最後までやるのがスポーツマンシップってものだよ。知らんけど」
「おい投げんな体育教師」

意味ありげに頷きながらそういう陽菜だが、とどのつまりはただの丸投げだ。

「ところでさ、『スポーツマンシップ』って言うと正々堂々とか爽やかなイメージがするけど『スポーツマンヒップ』だと一気に卑猥になるよね。1文字違うだけなのにさ」
「いきなり何言ってんのこの人!?」

また真顔でおかしなことを言い出した陽菜。
陽菜のトンデモ発言に修也は突っ込まずにはいられない。

「だって考えてみなよ。スポーツマンヒップってことはそれすなわちブルマってことでしょ? これ聞いて興奮しないなんてどうかしてるよ!」
「どうかしてるのはアンタの頭の中だ!!」

堂々と主張する陽菜に修也は真っ向から対抗する。

「何をぅ!? そこまで言うなら見せてやろうじゃないか、スポーツマンヒップの魅力を! 黒沢さん、カモン!」
「む、自分ですか? 陽菜教諭のご指名とあらば拝命するのもやぶさかではございませぬが、自分はスポーツマンとは遠くかけ離れておりますぞ?」
「大丈夫だ問題無い! 下半身の魅力を語るなら黒沢さんが適任だよ! あ、もし上半身の話になった時は白峰さん、お願いね」
「ええ、承りましたわ!」
「いや承るなよ止めろよ断れよ! 普通に乗っかってくるんじゃねぇ!!」
「……うむぅ、やはり土神殿のツッコミが最も映えるのは陽菜教諭を相手にしている時でありますなぁ」
「ですわねぇ、良いツッコミを引き出すには良いボケが必要。私たちはまだまだその領域には及びませんわね」
「及ばなくて良いわそんなもん!」

真面目に考察しだした白峰さんと黒沢さんにも修也は突っ込みを入れる。

「あはははは! あっははははははっはははっははは!! も、もうダメ、笑いすぎてお腹が苦しい…………!」

辺りには修也の突っ込みとこのやり取りを見た華穂の笑い声が響き渡るのであった。

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