守護異能力者の日常新生活記 ~第5章 第18話~

「ああ、よく来てくれたな土神」

格技室にやってきた修也たちに気付いた瑞音が入り口までやってきて声をかけてくる。

「あぁ相川。途中で色々あって人数が増えたんだが……大丈夫か?」
「問題ねぇよ。見に来てくれる人が多いのはこっちとしても願ったりかなったりだ」

蒼芽たちも見学にやってきたことについて確認を取る修也に対し、全く気にしない様子で首を横に振る瑞音。

「私みたいな3年生でも良いのかな? 仮に入部してもすぐに引退の時期が来るよ?」
「大丈夫です。そもそもこの部活を立ち上げた理由は体術に興味を持ってもらう事が主なので」

華穂の問いかけに対しても同じように瑞音は首を振る。

「……そう言われてみれば、別に空手とか特定の武術をやるわけじゃないんだなこの部活」
「まぁな。今言ったように体術そのものに興味を持ってもらう事が目的だからな」
「そうですね……基本的な体術を身に付けておくと万が一に備えて自分の身を守れそうですもんね」
「あぁ。そういう目的でやってくる生徒も少なくない。だから護身術を使える土神が来てくれりゃ大分ここも賑わいそうなんだがなぁ?」
「俺の場合は護身術云々じゃなくて話題性だけで来る奴が多そうだがな」

含みを持たせた目線を送ってくる瑞音に対して修也は手を横に振りながら軽くあしらう。

「きっかけは何だって良いんだよ。何度も言うがそれで体術に興味を持ってくれればそれで良い」
「まぁ……俺が護身術に興味を持ったのも些細なことがきっかけだったからなぁ」

修也が護身術に興味を持ったきっかけは、ただテレビで見てカッコ良かったからというだけだ。
きっかけというものは大体がそういうとても小さく些細なものなのかもしれない。

「そうすりゃウチの教室の門を叩くやつも増えるかもしれないだろ?」
「……ん? 相川の所ってそういう教室でもやってんのか?」

さらっと出てきた新情報が気になった修也は尋ねてみる。

「ああ、そういや言ってなかったな。そうだウチでは格闘術の教室を開いてるんだよ。私自身も小さい頃からやってるんだ」
「それでか。やたらと鍛えこまれてるなぁとは思ってたが……」

修也は初めて瑞音と会った時の握手を思い出す。
あの時の瑞音の手の感触は生半可な鍛え方ではない。
それだけ努力と鍛錬を欠かさずこなしてきたということである。

「それでこうやって色々やって教室の生徒が増えれば経営も潤って生活も安泰という訳だ」
「意外とちゃっかりしてんなオイ」

冗談交じりでおどけて言う瑞音に突っ込む修也なのであった。

 

守護異能力者の日常新生活記

~第5章 第18話~

 

「……まぁそれは冗談だ。さっき舞原が言っていた通り、万が一に備えて自分の身を守れるようになった方が良いのは違いないだろ」
「確かに。俺もこの町に引っ越してきてから何度危ない目に遭ったか……」

修也は引っ越してきた日から今までのことを思い返す。

「…………3日経たずに死んでただろうな、身を守る術を身に付けてなかったら」
「あ、あはは……」

ため息を吐きながら呟く修也を見て困ったような乾いた笑い声をあげる蒼芽。

「冗談……ってわけじゃ、なさそうだな……」

そんな2人の様子を見て瑞音がやや狼狽気味で呟く。

「まぁ色々あったからなぁ、ホントに色々な……」

それに対して遠い目で呟く修也。
拳銃で撃たれたり大型トラックに撥ね飛ばされた後ハンマーで襲い掛かられたり集団で暴行を加えかけられたりナイフで刺されかけたりしたらこうなってしまうのも無理は無い。

「ま、まぁともかくそういう訳だ。だからなのか割と今年の入部希望者も少なくなかったんだぜ」
「確かに……言っちゃあ何だが割とこういう部活ってマイナーっぽいイメージあるのにな」

そう言って見渡す修也の視界には結構な数の部員がいる。
準備運動をしていたり筋トレをしていたり2人一組で組手をしていたりと、やっていることは様々だ。
その中にはもちろん戒の姿もあった。

「498! 499! 500!! 501!」

その戒だが明らかに動きがおかしい。
1人だけ倍速がかかってるんじゃないかという勢いで腕立て伏せをしている。
そしてその回数も常軌を逸している。

「……さてそれじゃあ今日は見学だし部屋の隅の方にでも」
「あーっ! おにーさんだー!!」
「げふぅっ!?」

意図的に戎の存在を意識の外に追い出して、部員たちの邪魔にならないように格技室の隅に行こうとした修也の背中に衝撃が走る。

「わっ……!?」

急に修也が前につんのめったことに驚く詩歌。

「あ、由衣ちゃん。もう来たの?」
「うんっ! おにーさんがいるって言うから全速力で来たんだよー」

蒼芽の問いかけに由衣は修也の背中に飛びついたまま笑顔でそう答える。

「…………私は土神たちと向かい合って立ってたはずなのに、平下がいつ来たのか全く分からなかった……やっぱスゲェ素質があるぞこの子」
「いや何の素質だよ」

由衣の登場方法に驚き半分感心半分で呟く瑞音に修也は突っ込む。

「にしても全速力ってことは、長谷川は置いてけぼりか……」
「ありちゃんは自分のペースで歩いて行くって言ってたよー?」
「初めから諦めてんのか。まぁ分からんでもないけど」
「あぁそうだ、そう言えば私の方からも平下に会わせたい奴がいるんだ」

由衣を見て何かを思い出した瑞音がそう言いだす。

「ほえ? 私にー?」
「あぁ、ウチでやってる格闘術教室の生徒なんだが、平下たちと同学年で今日のこの部活体験にも来ることになってるんだ」
「へぇー、お友達になれるかなー?」
「由衣ちゃんならなれるよ、きっと」
「うん、由衣ちゃんなら絶対なれる」

楽しみそうに呟く由衣に蒼芽と修也はそう声をかける。
確かに修也とも1分かからず仲良くなれた由衣なら十分可能だろう。

「おー! ここが瑞音ちゃんが部活やってるところかー!!」

その時、横からそんな大声が響いてきた。

「お、噂をすれば……おーい千沙、こっちだ!」

その声に負けず劣らずの大声で瑞音が呼びかける。

「おぉー瑞音ちゃん! 会いたかったぜー!!」

瑞音の呼びかけに気付いた1人の中等部の女子生徒が遠くから駆け寄ってくる。

「いや遠っ! え、あんな遠くにいるのにあれだけハッキリ聞こえてきたのか!?」

今声の主と修也たちは修也の目測では50メートル程離れている。
それなのに普通に『大声』と認識できたあたりで元々の声の大きさが伺える。
驚く修也をよそにその声の主は修也たちの所までやってきて瑞音の横で立ち止まる。

「コイツがさっき平下に会わせたいと話してた、ウチの教室の生徒だ。結構な古株で私とは歳も近いから付き合いも長いんだ」
「私と由衣ちゃんみたいな間柄なんですね」

瑞音の説明を聞いて蒼芽が頷きながらそう言う。

「で、千沙。今ここにいるのが私の高校の知り合いたちで、このヘアバンドの子がお前に会わせたかった子だ」
「おー、そーなのか。どーも皆様はじめまして! 今瑞音ちゃんから紹介された、新塚千沙(にいづか ちさ)です! どーぞよろしく!!」

そう言って勢いよく頭を下げる千沙は、当然ではあるが中等部の由衣と同じ形をした制服を着ている。
背丈はかなり高く、小柄な由衣はもちろんのこと蒼芽や詩歌をも上回っている。
流石に修也や瑞音程ではないが、比較的高めの華穂と同程度の背の高さだ。
長いピンク色の髪をサイドテールにして纏めていて、由衣や亜理紗とはまた違った活発さを感じさせる子だ。

「おおぅ……何と言うか、元気な子だなぁ……」
「それでもしっかりとした挨拶ができてて良い子だと私は思うな」
「ウチの教室でまず教えるのは『礼』なんです。何事にも通じる大事なことなので」

華穂の言葉にそう説明する瑞音。

「そういやお前も言葉遣いそのものは結構ぞんざいなのに礼儀はしっかりしてるもんな」

初めて瑞音と会った時を思い出しながら修也はそう言う。

「私はそれこそ礼儀に関しては昔から叩き込まれてるからな。礼儀正しくて損することは無いだろ」
「うん、それは言えてるね」

確かに礼儀正しい応対をされて気分を害するなんてことはまず無い。
礼儀はどこの世界でも必要となるものなので、瑞音の言う通り身に付けておいて損は無いだろう。

「…………うんっ! 私は平下由衣だよー! よろしくね、ちーちゃん!」

そんな千沙を数秒見つめた後、大きく頷いてそう由衣は声をかける。

「ち、ちーちゃん? それはあたしのことか……?」
「うんっ! 『千沙』って言ってたからちーちゃん!」

いきなりそう呼ばれて少々戸惑っている様子の千沙に対し、由衣はにこにこと千沙のことを見上げている。

「お、おおぅ……そんな風に呼ばれたのは初めてだぜ…………あたしこんなナリしてるからそんな可愛い呼ばれ方生まれてこの方されたこと無いしな……」
「ほえ? 何かおかしかったー?」
「いいや、良いね気に入った! じゃああたしも……確か『由衣』って言ってたから……ゆーちゃんって呼ばせてもらう!」
「うんっ! えへへー、私ゆーちゃんだってー、おにーさんおねーさん」

千沙に『ゆーちゃん』と呼ばれた由衣はご機嫌だ。
嬉しそうに修也と蒼芽に報告する。

「やはりと言うか何と言うか……流石は由衣ちゃん」
「それが由衣ちゃんの良い所ですよ」

感心しながらそう呟く修也に蒼芽が応える。

「……あっ、いたいた。やっぱり土神先輩のいる所にいたわね由衣。事前に格技室に行くって聞いてたけどよく考えてみたら格技室がどこにあるか分からないから探し回るハメになっちゃったじゃないのよ。てか高等部の構内ややこしすぎ! 案内図とかも無いし初めて来た人に不親切すぎるわよこの建物!」

そこにブツブツと文句を呟きながら亜理紗もやってきた。

「あー、やっと来たー。遅いよありちゃーん」
「別に急がなくたって誰も逃げないわよ。アンタと違って私は特にこのイベントに興味があるわけじゃないしついでで顔出してるようなものなんだからね?」

むくれて抗議する由衣に対し、亜理紗も亜理紗で不満げに唇を尖らせる。

「……興味無いなら別に無理して参加しなくても良かったんじゃあ……?」
「それはアレですよ、由衣が参加するって言ってるのに私は参加せず1人で帰るってのも何か違うじゃないですか。それに、せっかく学校側がイベントを用意しているのなら全力で乗っからないと何だか損した気分になるんですよ私は。一度しかない人生なら楽しんでナンボってもんですよ!」

修也の疑問に対しそう返してくる亜理紗。
いわゆる野次馬根性というものなのだろうが、由衣が参加するのだから興味は無いものの自分も参加すると言うあたり友達がいがあるとも言える。

「ねーねーありちゃん、見て見てー! ちーちゃんだよー」
「…………とりあえず由衣、アンタは話したいことをもう少しうまく纏められるようになりなさい。いきなりそんなこと言われても大概の人は訳が分からないわよ」
「亜理紗ちゃんは分かるのかな?」

脈絡の無い由衣の言葉に額を押さえて呟く亜理紗に対して華穂がそう尋ねる。

「えぇまぁこれくらいなら分かります。伊達に何年も由衣の親友やってませんよ。今回は新しく知り合って友達になった人を私に紹介しようとしてるってとこでしょうか」
「おぉー、合ってる」

華穂の問いかけに対して全く迷い無くそう答える亜理紗。
流石由衣の親友を名乗るだけはある。

「という訳でただいまゆーちゃんの紹介にあずかったちーちゃんだぜー!」
「いやアンタは本名を名乗りなさいよ。でないと何て呼んだら良いか分かんないじゃないのよ」
「? ちーちゃんで良いんだぜ?」
「その呼ばれ方気に入ったんだな、千沙」
「おうよ!」

瑞音の問いかけに対して胸をを張ってそう言い切る千沙。

「あらそうなの? でも私のガラじゃないわ。だから私は普通に『千沙』で行かせてもらうわ」
「まぁあたしは別にそれでも構わんぜ。じゃあよろしくなありちゃん!」
「いやアンタもその呼び方でいくんかいっ!!」

豪快に笑いながら挨拶する千沙に突っ込む亜理紗。

「だって本名知らねぇもん。だったらそう呼ぶしかねぇよなー!」
「亜理紗よ! 長谷川亜理紗!」
「そっかー! あたしは新塚千沙! 改めてよろしくなありちゃん!!」
「改める気全く無いわねアンタはー!!」
「だははははは!!」

豪快に笑い飛ばす千沙に亜理紗は遠慮なく突っかかっていく。
何だかんだ言ってもこの2人も仲良くやれそうな雰囲気である。

「でだな、千沙を平下に会わせたかったってのも間違いじゃないんだが、実を言うと土神にも会わせたかったんだ」
「え? 俺にも? 何で?」

突然そんなことを言い出した瑞音に、修也は自分を指さして尋ねる。

「さっきも言ったが千沙は昔からウチの教室に通ってくれていてな。そこそこ腕も立つんだがどうにも癖が強くてな……ちょっと土神から見てどう思うのか知りたいんだ」
「あーまぁ、よその目ってのは大事だよな」

瑞音の言いたいことは分かる。
何事においても伸び悩む時というものはある。
そういった時に第三者のアドバイスが現状打破の一手となることは別に珍しいことではない。

「でも俺で良いのか? 俺の護身術は流派も何も無い、俺独自の物だぞ」
「んなもん関係ねぇよ。その我流の体術で私に勝てるんだからな」
「えっマジかよ! 兄さん瑞音ちゃんに勝てるのか!?」

瑞音の言葉を聞いた千沙が修也に詰め寄ってくる。

「あぁそうだ、この土神は私よりも強いぞ」
「へぇー! スゲーな土神の兄さん!」
「そーだよー! おにーさんは凄いんだよー!」

そう言ってキラキラと目を輝かせる千沙。
由衣もそこに加わってきた。

「と言うことは、さぞやド派手な技で戦うんだろうなー!」
「あ、いや……さっきも言ったけど俺が使うのは護身術だから、派手さは全くと言って良いほど無いぞ」
「でもそれがスマートで格好良いんだよね」
「ですね」

千沙の認識に訂正を入れる修也に対してそう付け加える華穂と蒼芽。
詩歌もこくこくと頷いている。

「えー……そうなのかー、それは残念だなぁー……」

修也の言葉を聞いて明らかにテンションが落ちる千沙。

「あー……千沙のやつ、昔から派手な物とかが大好きでな……」
「何か……悪いな、期待に応えてやれなくて」
「んーにゃ、兄さんは何も悪くないから気にしないで良いって」
「でも良い経験になるのは間違いない。それは私が保証する」
「瑞音ちゃんがそう言うってことは相当だなー! 兄さんさえ良ければちょっと相手してくれねぇか!?」
「まぁ……別に良いけど……」

千沙の圧に押され修也は曖昧に頷く。
こうしてなし崩し的に修也は千沙と組手を行うことが決まったのであった。

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