守護異能力者の日常新生活記 ~第5章 第6話~

『それではただいまより、球技大会の開会式を行います』

全校生徒が整列しているグラウンドにスピーカーで拡大された声が響き渡る。
修也も列に並びながらそれを聞いていた。

(……しかしまぁ、こういうのはどこも共通してるもんだなぁ……)

形式的な物として必要なのは分からなくもないが、どうにもつまらない。
そんなのどうでも良いからさっさと本題に行けと思ったことは少なくない。

(選手宣誓だとか校長の無駄に長い挨拶だとか……別にいらねぇだろうに)

先程華穂たちと再びアミューズメントパークに行くことが決まったので、そのスケジュールでも考えて時間を潰そうかと修也は考える。

『それでは開会の挨拶を……』

スピーカーから響く音声も右から左へと聞き流す修也。

『体育教師の藤寺先生に行ってもらいます』
「…………は?」

しかしその言葉だけは受け流すことができなかった。

『やほーい皆ー! 今日は待ちに待った球技大会だよ! テンション上がってるかーい!?』

呼ばれて壇上に上がった陽菜は無駄にテンション高くマイク越しに生徒に呼びかける。
しかし生徒の反応はイマイチだ。
無駄にテンションの高い陽菜に戸惑っているようだ。

(そりゃそうだろ……いきなりあのテンションについていける方が珍しいんだ)

むしろ今の反応の方が普通なのである。

『あれ、何か微妙そう? まーね、形式的なものとはいえこんな茶番に付き合わされるのもダルいよね。分かる分かる』

そう言って何度も頷く陽菜。

『ただね、形式と言うか段取りってのはやっぱ大事なんだよ。秩序って言うのかなぁ? 社会でやっていくにはそういうのも必要なわけ』
「おぉ、何かそれっぽいこと言ってる……」

やはり全校生徒相手だといつものノリは封印するのだろうか。
多少砕けた感じはするが、これくらいなら十分許容範囲である。

『だが私はそれを分かったうえでこの無駄な形式で塗り固められた不要な秩序をぶっ壊したい!!』
「え?」

しかしその陽菜の言葉で修也は何やら不穏なものを感じ始める。

『考えてもみなよ。ただ定型文を言わされているような言葉が心に響くか? 拙くても自分で考えた言葉でこそ相手に響くんじゃないのか!』
「……まぁそうなのかもしれないけどさぁ……」

言ってること自体は共感できるところもあるのだが、陽菜が言うと何か裏がありそうな気がしてならない修也。

『そもそもこれは生徒の皆が楽しむためのイベント! なのにその生徒が楽しめないんじゃ意味が無い! だから理事長に代わって私が開会宣言を行う!!』
「えぇ……大丈夫かそれ……」
『えぇ……大丈夫なの? と思った人もいると思うけど心配不要! ちゃんと理事長の許可は取ってある! むしろ好きにやっちゃえとのお言葉を賜った!!』
「……マジでか」

個人の自主性を重視するあの理事長なら十分考えられる話だ。
しかしあのフリーダムの権化と言っても差し支えの無い陽菜に全権を託しても良いものなのか。
そんな一抹の不安をどうしてもぬぐい切れない修也であった。

 

守護異能力者の日常新生活記

~第5章 第6話~

 

『……コホン。まぁそうは言ってもね、色々アレやらコレやらゴチャゴチャ言ったって仕方がない。私が言いたいのは、各々が各々で楽しめれば良いってことだよ』

ひとつ咳払いをして陽菜は多少テンションを落として話を続ける。

『実際に選手として出場するのが得意な子がいれば大局を見て指示を出すのが得意な子もいる。サポートに回った方が真価を発揮できる子もいるんじゃないかな?』
「…………」

ここで『運動が苦手な子』という表現をしない陽菜に修也は人知れず感心する。
何だかんだ言っても陽菜は生徒のことをよく考えている教師だ。
ネガティブな表現をせず前向きに考えられるような言い回しをするのは流石である。

『自分のできることを考えて役割をきっちり果たす。これは社会に出ても大事なことだよ! 君たちは必ずどこかで君たち固有の力を生かせる場面がある! それが君たちの個性だよ、強みなんだよ!!』

陽菜の言葉に何か感じ入る物があったのか、所々から拍手と歓声が徐々に沸き起こってくる。
そしてそれは大きな歓声となって辺りを包んだ。

『よーっし皆エンジンかかってきたね! それじゃあ今日の球技大会、それぞれができることを全力でやるんだ! たとえ試合で思うような結果が出せなくても、今日のことは青春の一コマとして君たちの心の中にいつまでも残り続けるはずさ! それは何事にも代えられない素敵な思い出となるんだよ!』
「うおおおぉぉぉーーーーーっ!!」

陽菜の呼びかけに生徒たちは歓声で応える。

『私も私のできることを全力でやるよ! 1人でも多くのブルマ女子を記憶に焼き付けるからねー!!』
「結局そこに行きつくんかい!!」

いつでもブレない陽菜への修也の突っ込みは周りの歓声に紛れて誰の耳にも届かず消えてしまうのであった。

 

型破りな開会式を終えて生徒たちはそれぞれの持ち場に散っていく。
修也のクラスはすぐに試合があるわけではないので待機だ。
ただ待っているだけなのも暇なので、修也は適当に他のクラスの試合を見て回ることにした。

「……お、1-Cはすぐ試合があるのか」

事前に配布されたパンフレットを見ながら修也は呟く。
それならこっそり様子を見るくらいはできるかもしれない。
そう思い修也は1-Cが試合をしている場所へと足を進める。
どうやら1年はバレーボールをやるらしい。
グラウンドの一部にはいくつかのバレーボール用のネットが張られていた。
そしてコートの中では何人かの生徒が準備運動を始めていた。
その中には蒼芽と詩歌の姿は無かった。
どうやら選手として参加はしないらしい。

(……だったら遠巻きに見ているだけでも十分かな)

2人が選手として参加しているならもっと表立って応援するつもりだったが、そうでないならあえて出る必要も無い。
修也はそっと少し離れた場所で観戦することにした。

「…………と、あれは……」

何となくコートを眺めていた修也の視界に知り合いの後姿が映った。

「……君らも観戦か? 陣野君、佐々木さん」

修也はその知り合いである陣野君と佐々木さんに声をかける。

「……あっ、土神先輩! お疲れ様です」
「お、お疲れ様です土神先輩」

修也に気付いた2人が慌てて頭を下げる。

「うん、お疲れ様。で、君らは選手として参加はしないのか? まぁその辺は本人の自由だし咎めるつもりは無いけど」
「あ、はい。私はあまり運動が得意じゃないので……」

修也の問いに苦笑いしながら答える佐々木さん。

「僕も背が低くて活躍できそうになかったので観戦に回ることにしました」
「んー…………」

陣野君の答えに修也は首を捻る。

「? どうしたんですか土神先輩」
「陣野君、背が低いからという理由で初めから諦めるのは違うと思うぞ」
「え?」

修也の言葉に今度は陣野君が首を捻る。

「まぁ得手不得手があるから無理にやれとは言わないけど、背が低いからってだけで諦めてしまうのはもったいないと俺は思うな」
「でも、バレーボールって背が高くないと出来ないスポーツで……」
「そりゃ背が高けりゃ有利かもしれないけど、背が低くてもできない訳じゃない」
「そうだぜ、背が低くてもできることはある」
「……ん? あれ、相川?」

修也が陣野君を諭していると、後ろから声が聞こえてきた。
振り返るとそこには瑞音が立っていた。

「……? えっと、どちら様でしょうか……?」

当然だが陣野君は瑞音との面識は無い。
なので突然現れた瑞音に不思議そうな顔をして尋ねるのも無理はない。

「私は相川瑞音。土神の公式ライバルだ」
「いやこういうのに公式もへったくれも無い気がするが……どっちかと言うと公認の方が近いんじゃ」
「凄い……流石土神先輩です! 先輩程の人にもなると公式でライバルができるんですね!」
「いやいや真に受けるな陣野君」

瞳を輝かせている陣野君を諫める修也。

「でも……ライバルに違いは無いんですよね?」
「え? まぁ……そうなるのかなぁ?」

佐々木さんの言葉に修也は曖昧に頷く。

「やっぱり土神先輩は凄いや! ライバルがいるとか羨ましいです!」
「いや陣野君みたいに彼女がいる方が一般的には羨ましがられると思うけど」

修也には普通が何なのかはよく分からないが、少なくともライバルよりも彼女がいる方が学生生活としては華があるものだと思う。

「話を戻すが、背が低くてもバレーボールで活躍することはできる。リベロって知ってるか?」
「えっと……レシーブだけをする人……でしたっけ?」

瑞音の質問に佐々木さんが答える。

「まぁそんな認識で問題無い。背の低い選手でも活躍できるように採用された、守備専門のポジションだ」
「へぇー……」
「どんな強烈なアタックを仕掛けようとも拾って得点にさせない……これなら背の高さは関係無く活躍できるだろ?」
「なるほど……確かに」

瑞音の言葉に頷く陣野君。
そんな彼の足元にバレーボールが1つ転がってきた。
準備していたものが零れ落ちてきたのだろう。

「ちょうどいい、実例を見せてやろう。土神、ちょっとそこに立て」

そう言ってボールを拾いながら少し離れた所を指さす瑞音。

「? この辺で良いのか?」

修也は瑞音の指さした位置辺りに立つ。

「ああ、そこで良い。じゃあ……行くぜっ!!」

そう言って瑞音は合図も無しにいきなり修也に向かってボールを撃った。

「うおぉっ!!?」

突然のことに驚きつつも修也は持ち前の反射神経と動体視力で撃ち返す。

「ほらまだまだ行くぜ!!」

そう言って返ってきたボールをすぐに修也に向けて撃つ瑞音。

「ちょっ! おまっ! あぶねっ!!」

次々と撃ち出されるボールを修也は何とか撃ち返す。

「やるな土神! 流石は私が見込んだ男だ!!」

段々興が乗ってきたのか、撃ち出されるボールのスピードがどんどん上がっていく。
それでも修也は1つも漏らさず撃ち返す。
そんな応酬が10分程続き……

「…………とまぁこういうことだ」
「いやどういうことだよ!?」

ようやくボールを撃つのを止めた瑞音に修也は食って掛かる。

「今の土神を見れば分かっただろ? 私がどれだけボールを撃ち込んでも全部返してきた。バレーボールでこんな奴が味方にいたらすっげぇ心強いと思わないか?」
「……そうですね、物凄く頼もしいです」

瑞音の言葉に深く頷く陣野君。

「だろ? 背が低くてもやりようはいくらでもある。大事なのは諦めないことだ」
「はいっ! 勉強になりました。ありがとうございます相川先輩!!」

そう言って陣野君は瑞音に頭を下げて礼を言う。

「それにしても……やっぱり土神先輩は凄いですね! あんなスピードでボールを撃たれても全部綺麗に撃ち返してましたし」

そう言って目を輝かせる佐々木さん。

「いやまぁ……条件反射と言うか何というか」
「見てください、クラスの皆も感動してますよ」
「えぇ……感動とかそんな大げさな……え?」

佐々木さんの称賛を曖昧に言葉を濁して受け流そうとした修也だが、佐々木さんの口から出た言葉に耳を疑う。

「……クラスの皆?」
「はい。ほら、あっちに……」

そう言って佐々木さんが視線を送った先では……

「土神先輩だ! 土神先輩が応援に来てくれたぞ!!」
「土神先輩が応援に来てくれたなら千人力ね!」
「それにしても凄いなさっきの! あんな速く撃ち出されたボールを1つも逸らさず返してたな」
「そりゃ拳銃の弾を見切って避けられる土神先輩よ? 先輩にかかればあれくらい余裕なのよ、きっと」
「そうだな、土神先輩にかかればショットガンやマシンガンですら意味をなさないんだよ」
「マジかよ! 土神先輩ハンパないって!!」

1-Cの生徒全員が修也たちの方を見ていた。
その中には蒼芽と詩歌の姿もある。
他の生徒が尊敬と羨望の眼差しで見つめる中、2人は困ったような引きつった笑いを浮かべていた。

「……いや、ショットガンやマシンガンはちょっと……」

いくら何でも連射されるマシンガンや面で制圧するショットガンを避けることは難しい。
せいぜい先読みして安全地帯にあらかじめ避難するくらいしかできないだろう。

(……うん、普通はそれすら難しいって分かってるけどさ)

誰に言うでもなくそっと心の中でそう弁明する修也。
それはともかくとして今の瑞音とのやり取りで相当注目を浴びてしまった。
これではこっそりと観戦することは不可能である。

「そ、それじゃあそろそろ帰るかな。みんな頑張れよー」

いたたまれなくなった修也は1-Cの生徒にそう声をかけてその場を後にする。
それだけで1-Cの生徒たちのボルテージが異様に上がって凄まじいことになったのをその時の修也は知る由も無かったのである。

 

「ワリィワリィ。まさかあそこまで目立つとはな」
「いやあれは目立っても仕方ないだろ……」

軽く笑いながら歩く瑞音に修也は半眼で睨みながら呟く。

「それにしても流石だぜ土神。私もつい力が入っちまった」
「何というか……熱くなりやすい性格だなお前。何の前触れもなく急にボールを撃ち込まれた時は焦ったぞ」
「何言ってんだ、全部綺麗に撃ち返してきたじゃねぇか」
「佐々木さんにも言ったけど、つい条件反射で……」
「条件反射であれができるんだから大したもんだ。私のライバルなだけはあるな!」
「それもお前が自分で言ってるだけじゃねぇか……」
「でも土神も認めただろ? なら良いだろ、別に誰かに迷惑をかけるわけでもなし。ほらアレだ、『強敵』と書いて『とも』と読むみたいな?」
「何だそのバトル系少年漫画のノリは……」

めんどくさそうに呟く修也ではあるが、実のところそんなに悪い気はしていない。
瑞音とのやり取りには蒼芽たちの時には無い新鮮味がある。
今瑞音が言ったように、『強敵』と書いて『とも』と読む……そんな間柄がピッタリと当てはまるのかもしれない。

「あ、だからと言って試合で遠慮はいらねぇからな? 全力で来いよ」
「それはもちろん。ってか下手な手加減とかできねぇよ」

ここ数日で瑞音の身体能力の高さは痛感している。
少しでも気を抜いたら容赦なく叩き潰されかねない。

「……それでこそ私のライバルだ。じゃあ試合で戦えることを楽しみにしてるぜ」

そう言って不敵な笑みを浮かべ、瑞音は自分のクラスの持ち場へ駆け出して行った。

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