「へぇー、先週末は詩歌ちゃんたち水着買いに行ったんだね」
週明けの昼休み、いつもの面子で昼食を食べている時に週末の話題になった。
その時に詩歌と爽香と由衣が水着を買ったという話になって、そこに華穂が興味を持ったようで食いついてきたのだ。
「蒼芽ちゃんは買わなかったの?」
「私はもう先日買いましたから」
「もう一着買うってのもアリなんじゃない?」
「いえ、流石に1シーズンで二着はどうかと……」
華穂の提案に苦笑する蒼芽。
「そう? プライベート用の水着とフォーマル用の水着とかで使い分けたりしない?」
「いやフォーマルな水着って何よ」
「水着の時点でフォーマルも何も無いでしょうに」
「……だねぇ。私も言ってて何だそれって思った」
修也と瑞音の突っ込みに華穂は普通に頷く。
「あえて言うなら学校指定の水着ですかね?」
「あーまぁ……そう言えなくはないけど……大分無理やりな解釈だな」
「それにそれならやっぱり改めて買う必要は無いな」
蒼芽の意見に修也と瑞音は難しい顔で唸る。
「でもそっかー、もう夏も近いもんね。私も買っとこうかな」
「使う予定が無いのに買うのもどうかと思うんですが」
「無いなら作ればいいんだよ瑞音ちゃん! というわけで土神くん、夏休みにでも皆で海に行こうよ!」
「う、海!? というか華穂先輩の方から誘われるとは思わなかったな」
修也は自分からまたアミューズメントパークのプールに誘おうかと考えていたが、逆に華穂の方から誘いを受けることになった。
しかも話がプールから海にスケールアップしている。
「というか海って結構遠いだろ。気軽に行けないと思うんだけど」
「だからこそ夏休みなんだよ。皆まとまった休みが取れるからね」
「でも移動とか大変じゃないですか? 荷物も多くなりそうですし……」
「まぁそこは例によってウチから車を出すよ。私が言いだしたことだしね」
「それでも……移動に時間がかかって、遊ぶ時間は少なそうですけど……」
「その心配もいらないよ。ウチで所有してる海が近くにあるコテージがあってね、そこを使って泊りがけにすれば遊ぶ時間も十分とれるよ!」
「しかし夏の海水浴場ともなると混み具合もハンパなさそうですが」
「一般的な海水浴場と違っていわゆるリゾートビーチだからね。混雑の心配は無いよ」
「おおぅ……流石資産家」
蒼芽たちが出す懸念を次々と払拭していく華穂を感心の眼差しで見つめる修也。
「それにウチが所有しているところだから、おじさんがやってくることも無いよ!」
「……うん、俺的にはそれが一番大事だ」
自分を驚かすためだけにわざわざ足を運んでくるアミューズメントパークのオーナーがやってくることが無い。
一番大きな懸念事項が払拭されることに修也は安堵のため息を吐くのであった。
守護異能力者の日常新生活記
~第6章 第12話~
「というわけだから放課後にでも早速買いに行こっと! せっかくだから瑞音ちゃんも買っといたらどうかな?」
「そうですね……ここいらで新調しとくのもありかもしれませんね。今度千沙を誘って行ってみるかな」
華穂の提案に瑞音は少し考えてから頷く。
「爽香たちにも一応こんな話が出たってことくらいは話しておくか……ところで先輩、『皆』ってどこまでを考えてる?」
「んー……この前ボウリングに行った面子で良いんじゃないかな?」
「まぁそんなところか……だったら陣野君と佐々木さんは見送った方が良いか?」
「声を掛けてみるくらいはしても良いかもしれないよ? それくらいのキャパは十分あるし」
「……でもさ、年上からの誘いって心理的に断り辛くね? 無理やり連れていく形になるのは本意じゃないんだが」
「あれ、じゃあ私のこのお誘いも断り辛かったかな?」
修也の言葉に華穂はきょとんと首を傾げて尋ねる。
「いや……言い方は悪いかもしれないが、先輩はあまり年上って感じがしない」
「うぅん、私的にはそれはむしろ願ったり叶ったりだよ」
修也の言葉ににっこりと微笑む華穂。
年齢が違うだけで上下関係を作ることに対して否定的な華穂としてはその方が良いのだろう。
「ただ陣野君たちが俺と同じような考え方をするとは限らんからな……」
「だったら私たちが佐々木さんに話してみましょうか?」
「そうだな、蒼芽ちゃんと詩歌が間に入れば幾分か和らぐか。でもくれぐれも強要はしないようにな」
「はい」
とりあえず修也は方針を決め話を纏める。
「まぁそれはそれとして……蒼芽ちゃんたちはどんな水着を買ったの?」
「私は青のセパレートの水着です」
「わ、私は……ピンクのモノキニを……」
「おぉー、二人とも攻めてるねぇ。私も思い切って踏み込んだものにしようかな?」
「先輩はスタイル良いから三角ビキニとかも似合いそうですね」
「オフショルダーとかバンドゥとかも……姫本先輩なら、着こなせそう……」
水着のデザインについてきゃいきゃいとはしゃぐ蒼芽と詩歌と華穂。
「……また新しい単語が出てきた……もうついていけん」
「安心しろ土神。私も細かくは分からん」
話の輪から外れて頭を抱える修也の横に座り直しながらそう言う瑞音。
「もちろん名前だけならワンピースだとかビキニだとかは分かるぞ? あとはスクール水着と競泳水着くらいか」
「おぉ……お前も俺と似たようなものなのか」
てっきり自分だけが知識が浅いのではないかと危惧していた修也だが、瑞音も大体同じくらいだと聞いて安心する。
「えっ!? それはダメだよ瑞音ちゃん!」
しかしそれを聞いていた華穂が詰め寄ってくる。
「は、はい?」
「土神くんは男の子だから仕方が無いとしても、瑞音ちゃんは女の子なんだからもっとおしゃれにも気を配らないと!」
「……水着でおしゃれ?」
「水着って機能性を重視するもんじゃあ……?」
華穂の主張にお互い向き合って疑問顔をする修也と瑞音。
修也は元々服装は動きやすさを重視する傾向にあるし、瑞音は思考が体育会系なので装飾性を求めない。
なので2人とも着飾るという考えが存在しないのだ。
「それはもったいないよ! 瑞音ちゃんはスポーツやってるからすっごいスマートだし!」
「背も高いですからモデルとしても通用しそうですよね」
そんな瑞音に詰め寄る華穂と蒼芽。
詩歌も後ろでこくこくと頷いている。
「そう言われても……なぁ土神、どうすりゃ良いんだこれ?」
「いや俺に聞かれても……」
「こうなったら……蒼芽ちゃん、詩歌ちゃん! 私たちで瑞音ちゃんをプロデュースしよう!」
「は、はい!?」
何やらおかしなことを言いだした華穂に瑞音は戸惑いの声を上げる。
「あ、良いですね! 相川さんはスタイルも良いですしどんな水着でも映えそうです」
「で、でも……流石に無理やりは……」
華穂の提案に対して乗り気な蒼芽に対し詩歌は及び腰だ。
「詩歌ちゃん、これは瑞音ちゃんの為でもあるんだよ。瑞音ちゃんの新たな魅力の開発の為に必要なことなんだよ!」
「そ、そういうもの……なんですか……?」
しかしやはり押しの弱い詩歌では説得は難しい。
簡単に押し切られてしまった。
「まぁ最終的には瑞音ちゃんの意思に任せるけどね。で、どう瑞音ちゃん? 無理にとは言わないけどやってみない?」
「ま、まぁ……先輩がそこまで言ってくれるのなら……」
瑞音は戸惑いつつも華穂の提案に乗ることにしたようだ。
瑞音も瑞音で年上である華穂の誘いは断りにくいらしい。
「決まりだね。じゃあ早速今日の放課後に行こう!」
「えっ、今日ですか?」
「こういうのは早い方が良いんだよ。そうだ、せっかくだったら千沙ちゃんと亜理紗ちゃんも誘おうよ! 私も美穂ちゃん誘おうっと」
「あぁ……それはアリかもしれませんね。千沙のやつは私以上に着飾ることに無頓着だし」
「由衣ちゃんにも付いてきてもらえば長谷川さんも来やすいでしょうしね。早速連絡しておきましょう」
そう言って華穂と瑞音と蒼芽はそれぞれの相手にメッセージを送る。
「じゃあ放課後に校門に集合だよ! 土神くんも忘れないようにね!」
「いや俺は行かねぇよ」
話を纏めて修也にも呼び掛ける華穂であったが、それに対して修也は首を横に振る。
「えっ?」
「えっ?」
「いや先輩も蒼芽ちゃんも意外そうな顔しないでくれよ。普通に考えてここで俺も行くという選択肢は無いだろ」
「そんなこと無いよ。ね、蒼芽ちゃん?」
「そうですよ。私と由衣ちゃんと詩歌と爽香さんの時は一緒に来てくれたじゃないですか」
「全部成り行きだったじゃねぇか。詩歌と爽香は特に」
「でも土神くんがいてくれた方が安心なんだけどなぁ」
「身辺警護に関しては相川がいるから大丈夫だろ」
何とか巻き込もうとする蒼芽と華穂の言葉を修也は躱す。
「まぁ……土神からすれば針の筵以外の何物でもないもんな」
「そ、そうですよ……舞原さんも、姫本先輩も……無理強いはよくないですよ……」
それに対し瑞音と詩歌は修也に理解を示す。
「でもどうせ他にやることが無いんだったら付いてきてくれても良いと思うんだけどなぁ」
「それがあるんだよ他にやることが」
「あれ、そうなんですか?」
修也の言葉に首を傾げる蒼芽。
「えー、女の子のお誘いなんていう魅力的な提案を蹴ってまでやることなんて何があるのかなー?」
そんな修也に華穂が冗談口調で尋ねかける。
確かに可愛い女の子から放課後遊びに行こうというお誘いは魅力的に見えるかもしれない。
だが……
「いや……一般的には女性の買い物に付き合うことを純粋に魅力的だと感じる男は多くはないんじゃないかな……?」
割と真面目に修也はそう返す。
修也としては、女性の買い物はやたらと時間がかかり精神的に疲弊するイメージがある。
もちろん全てがそれに当てはまるわけではないだろうが、今回は女性陣がかなり多い。
修也が危惧する事態になる可能性は低くないだろう。
それにたとえそうではないとしても水着を買うのに付き合うというのは非常にハードルが高い。
できることなら修也はそんな場には居合わせたくないのだ。
「あーうんそうだな……それに男女比パネェもんな。土神が気乗りしないのも頷ける」
「まぁそういうこった。蒼芽ちゃんもたまには俺のことなんて気にせず楽しんでくると良いさ」
「修也さんのことを負担に思ったことなんて一度も無いですが……修也さんがそう仰るなら分かりました」
修也の言うことに渋々といった感じで頷く蒼芽。
そこにちょうど昼休み終了の予鈴が鳴り響く。
「それじゃあまた放課後にね!」
それを合図に修也たちは校舎に戻り、それぞれの教室へ向かって分かれていった。
「……まぁそういうわけで夏休みに海に行こうって話が出てるんだけど……」
「さ、佐々木さんも……一緒に、どうかな……?」
放課後となりそれぞれが思い思いの行動をしている中、蒼芽と詩歌は教室の隅で佐々木さんに声を掛けていた。
修也が関わる話なので、あまり堂々と話すと他のクラスメイトが聞きつけて大きな騒ぎになりかねないからだ。
「えっ……? 私も参加して良いの? そんな凄そうな旅行に」
「あはは、大げさだよ。ただ皆で夏休みに遊びに行こうってだけだから」
「も、もちろん無理強いはしないから……気乗りしないなら、断ってくれても……」
「うぅん、行くよ。行きたい!」
そう言って参加の意思を強く表明する佐々木さん。
「分かった、じゃあ陣野君にも話しといてくれる? 佐々木さんから誘うのが一番だからね」
「あ、後……これから参加する人たちが水着を買いに行くんだけど……」
「舞原さんと米崎さんも買うの?」
「うぅん、私たちはもう買ったからただの付き添い。でもせっかくだったら佐々木さんも買っとかない?」
「そうだね……そんな凄い場所に行けるのに学校の水着じゃもったいないもんね」
蒼芽の誘いに佐々木さんは頷く。
「でもごめん、今日は別の用事があるから一緒に行くのは無理そう」
「うぅん、気にしなくて良いよ。行く時までに用意しておけば何の問題も無いから」
申し訳無さそうに断る佐々木さんに対して笑って手を振ってフォローする蒼芽。
「それにしても水着かぁ……陣野君の好きなタイプのものがあれば良いなぁ……」
「あはは、そうだねぇ。でも陣野君がどんな水着が好きなのか分からないことにはね」
「え、知ってるよ?」
「……え?」
軽く笑いながら言う蒼芽にさらっと返す佐々木さん。
そしてそれに対して詩歌は呆気にとられる。
「え、えっと……そんな話を陣野君とした、とか……?」
「うぅん、日頃のリサーチの賜物……じゃなくてずっと一緒にいると好みとかも分かってくるものなの。土神先輩の言う通り、何回もデートをしてたおかげだね」
「……そういうもの、なのかな……舞原さん?」
「う、うーん……無くはない……のかな?」
ほとんど隠せていない本音はスルーする詩歌と蒼芽。
そこは触れない方が良いという暗黙の了解が2人の間で通じ合ったからだ。
「あっ陣野君、ちょっと良い?」
そこにちょうど陣野君が通りかかったので佐々木さんが呼び止める。
「ん? どうしたの?」
「えっとね、夏休みに海に行かない?」
「海? 良いけど随分唐突だね」
「うん、実は……」
急な提案に不思議そうな顔をする陣野君に佐々木さんが説明しようとすると……
「何っ!? 陣野、夏休みに海でデートだとぉ!?」
「いつの間にそんなリア充になっちまったんだよ、このこの!」
「うっわー佐々木ちゃんやるぅー! 海ってことは水着でしょ? 大胆だねぇー!」
「夏か! 夏が佐々木ちゃんをそんな開放的にしちゃったのか!!」
話を聞いていたクラスメイトがわらわらと集まってきた。
「それにしてもやっぱり土神先輩は凄いな!」
「だね、春に知り合ったばかりなのにもう海デートに行くくらいにまで関係が進展してるんだもん!」
「土神先輩が作り上げたカップルは一味も二味も違うってことか!」
「良いなぁー、私もあやかりたい!!」
そう言ってはしゃぎだすクラスメイト。
「えぇー、それも修也さんのおかげになっちゃうかー……」
「も、もはやこじつけのような気が……」
それを見て呆れる蒼芽と詩歌。
ただ修也に普通とは違う『力』があると知れ渡っても、クラスメイトたちの修也に対する態度は何も変わってはいない。
そのことについては嬉しく思う蒼芽なのであった。
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