守護異能力者の日常新生活記 ~第4章 第19話~

「あっ、えーっと……氷室くん、だったっけ?」

華穂がこの場にやってきた塔次の顔を見ながら確認する。

「ええそうです。先日の猪瀬の件では陰ながら協力させていただいた氷室塔次です」
「いやむしろお前が最大の功労者っつーか主犯っつーか……」

塔次の自己紹介に眉根を寄せながら呻くように呟く修也。

「何を言うか。最大の功労者は間違いなく土神、お前だろう。俺は最後に少しだけテコ入れをしたに過ぎん」
「そのテコの効果がハンパなさすぎるんだよ……」

何せ人ひとりの人格を正反対にしてしまったのだ。
修也の呟きももっともである。

「それで、これは何の集まりだ? 見た所中等部の生徒もいるようだが」

由衣と亜理紗を見ながら修也に尋ねる塔次。

「え? あぁ……こっちの由衣ちゃんはただ遊びに来ただけ」
「うんっ! 私、平下由衣だよー! えっとー、氷室おにーさんはおにーさんのお友達ー?」

修也に紹介された由衣は元気に笑顔で自己紹介する。

「ああ、土神のクラスメイトだ。よろしくな、平下さん」

塔次が軽く表情を緩めながら由衣に挨拶する。

「それでこっちの長谷川は由衣ちゃんに付いてきたってのと……」
「ちょーーーーっとストップ!」
「ん?」
「待ってください土神先輩!! ちょっとこっちへ来てください!」
「おぉ……?」

修也が塔次に亜理紗が高校にやってきた理由を説明しようとしたところで亜理紗に腕を引っ張られる。
そして少し離れた所に連れていかれた。

「土神先輩……あの氷室先輩、でしたっけ? に何て説明しようとしました?」
「え? 由衣ちゃんにさっき聞いた通りのまま嘘偽りなく……」

亜理紗の問いに正直に答える修也。

「何てことしてくれようとしちゃってるんですか!? そんなことしてるって聞いたら普通ドン引きませんか? ドン引きますよね!? こんなことが知れ渡ったら私の悲願成就の日が遠のくじゃないですか!」
「あ、ドン引くことだって分かってやってんのか」
「普通に考えたら分かりますよね!? これで下手して男漁りする女子中学生なんて噂が流れたら私立ち直れませんよ!? どこに行っても侮蔑と嘲笑の目線で蔑まれること間違いなし! いやそれで済めばまだ良い方!『お嬢ちゃん、そんなに男が欲しいならおじちゃんが相手してあげるよウヘヘヘヘへ』なんて気味悪い笑みを浮かべた無精髭を生やして変に脂ぎったメタボ中年サラリーマンの毒牙にかかって夜のネオン街に連れてかれるなんてことも……! もしそうなったら私の行き着く先は破滅オンリー! ゴー・トゥ・ヘル!!」
「地獄行きって大袈裟な……それに妄想逞しすぎだろ」

修也は亜理紗の言い分に呆れつつも不本意な噂に振り回される辛さは知っているので、とりあえずそのまま包み隠さず話すのはやめておくことにするのであった。

 

守護異能力者の日常新生活記

~第4章 第19話~

 

「てか俺には知られたけど良いのか?」
「それは由衣がペラペラと喋ったからでしょう? こうなることが分かってたら事前にきちんと口裏合わせておきますって!」
「……まぁ、確かに」
「それに土神先輩は既に彼女持ちなんですから、極端な話先輩に知られてドン引かれるだけくらいならまだどうとでもなります。でもこれ以上広まったら可能性が狭まるじゃないですか。それは避けたいんですよ!」
「……ん?」

今の亜理紗の言葉に引っかかりを覚えた修也は首を傾げる。

(……彼女? 俺っていつの間にか彼女持ちになってたのか? って、いやいや……そんなわけ無いだろ)

当然だが修也にそんな記憶は無い。
引っ越してきてから女の子の知り合いは物凄く増えたが、それでも彼女と呼べるような関係には誰とも至ってない。

(多分蒼芽ちゃんとのことをそう誤解してるんだろうな)

今までも蒼芽との関係をそのように思われたことは何度かあった。
今回もそうなのだろうと修也はアタリをつける。

「あー……誤解の無いように言っておくけど、蒼芽ちゃんとは……」
「さっ、これ以上離れてると怪しまれるから戻りますよ。土神先輩、くれぐれも私の名誉と将来を傷つけるようなことはしないでくださいね!」

修也の言葉を待たずして話を打ち切り皆の所へ駆け出す亜理紗。

「え? いやちょっと……」

修也の制止も聞かず亜理紗は皆の所へ戻ってしまった。

「……流石にこれは訂正しておかないとダメだろ。でもなぁ……」

いくら普段から好意的に接してくれていてデートの誘いも喜んで受けてくれるとは言え、勝手に彼女認定されるのは蒼芽も本意ではないだろう。
かと言って他の人がいる前で『蒼芽ちゃんとは別に付き合ってるわけじゃない』と言うのもそれはそれで違う気がする。

(うーん…………)

どうしたものかと歩きながら悩む修也。

(………………じゃあ訂正する必要を無くせばいいんじゃね?)

その時、どこからか不意にそんな考えが浮かんだ……気がした。
浮かんだというよりは誰かが囁いた……そんな感覚だった。

(……い、いやいやいやいや…………流石にそれは無理だろ……)

その考えを振り払うかのように修也は首を振る。
訂正の必要を無くす……それはつまり本当に蒼芽と付き合うということを意味する。
しかし、あれだけコミュ力抜群で容姿端麗かつ性格も申し分無い蒼芽だ。
そんな蒼芽と自分とがつり合いが取れているとは修也にはどうしても思えない。
引っ越してきてから色々あって自己評価も少しずつ上がってきてはいるが、流石にそこまでは自惚れていない。

(どうにか長谷川とだけ話す機会を作って訂正しておくか……)

修也はそう結論付けて皆の所へ戻るのであった。

 

「……まぁそういう訳で長谷川も来年からここに入学するみたいだし、どんな所か知っておきたかったんだとさ」

蒼芽たちの所に戻った修也は、亜理紗がやってきた理由をそのように説明する。
蒼芽たちも敢えて本当の理由を言う必要性も無いので口出しはしない。

「ほぅ……確かに交友範囲を広げることは悪いことではない。自分の可能性を広げられるからな」

修也の説明に塔次が感心したかのように頷く。

「えぇそうなんですよ。色んな人と知り合って知識を増やすのって楽しいじゃないですか! という訳なので今から皆でちょっとなぞなぞでもしませんか?」
「え、いや何で?」

亜理紗の急な提案に首を傾げて突っ込む修也。

「今中等部で流行ってるんですよ! 結構楽しいんですよ? 問題を出す方も受ける方もそれなりの知識を求められますからね」
「そうなの由衣ちゃん?」
「んー……流行ってるというかー、ありちゃんがハマってるんだよー」

蒼芽の問いにそう答える由衣。

「まぁその辺はどうでも良いじゃないですか! マイブームってやつです。中学生は高校生みたいにお金のかかる遊びはできないんですよ。お金のかからない遊びと言えばそれくらいなもんです」
「いや、流石にそれはどうかと……もっと他にあるんじゃないか……?」

『力』のせいで友達が引っ越してくるまでほとんどいなかった修也でもそれは違うと分かる。

「まぁまぁ良いじゃない土神くん、せっかくだしやってみようよ。意外と楽しいかもしれないよ?」

眉根を寄せて唸る修也を華穂が宥める。

「いやしかし……この手合いの物にコイツは反則なんじゃあ……?」

そう言って横目で塔次を見る修也。
何と言ったって塔次は不動の全国1位の学力を持ちあわせているのだ。
レベルが違いすぎではなかろうかという懸念が修也の中にはある。

「必ずしも学力と知識量が比例するという訳でもない。発想を柔軟にするという意味では悪くはないだろう」
「……まぁ、そうかもな」
「それでは話も纏まったところで問題です! 水を一瞬で氷にするにはどうすれば良いでしょうか!?」

早速亜理紗が問題を出してきた。

「水を氷に……? 冷凍庫に入れるとかじゃ……ダメなの……?」
「ブブー! それじゃあ『一瞬』じゃないです!」

詩歌の答えに対して亜理紗は首を横に振る。

「うーん……? ドライアイスをぶっこんでも氷にはならないしなぁ……?」

修也も亜理紗の出した問題を考えてみる。
『力』を水に使えば一瞬で固めることはできるが、それは『固まった水』であり『氷』ではない。
というかそもそもそれは一般的な答えではない。
亜理紗の求める正解な訳がないし、言える訳もない。

「簡単なことだ。過冷却水を使えば良い」

悩む修也をよそに塔次は早々に答えを出した。

「かれ……? な、何ですかそれ?」

塔次の予想外の答えに亜理紗は眉をひそめて問い返す。

「過冷却水とは、 水の融点以下の温度に冷却されたときに熱力学的に安定な結晶が現われずに不安定な液体状態が保持されている状態のことを言う」
「え、えーと……つまり?」
「簡単に言うと0℃以下になっても氷になっていない水のことだ」
「えー? 水は0℃になったら凍るものじゃないのー? 水は0℃で氷になって100℃で沸騰するって習ったよー?」

塔次の説明に首を傾げる由衣。

「確かに一般的には0℃になれば水は凍る。しかし特定の条件下では凍らずに水の状態を保ち続けることが可能なのだ」
「ほえー……」
「ちなみに水が100℃で沸騰するのは1気圧下での話で、気圧が低い所だと100℃以下で沸騰する。高所で炊いた米が固くなるのはそれが原因の1つと言われている」
「あ……はい、高い所でお米を炊くと芯が残るんです。普通より早く沸騰してしまってお米の中までしっかり火が通らないので固くなるんです」

塔次の補足の説明にさらに詩歌が補足する。
やはり詩歌は料理のこととなると詳しいし言葉が詰まらない。

「余談だが水は100℃で沸騰するのではなく、1気圧下で水が沸騰する温度を100℃とするように定義したのだ。実は順序が逆だ」
「へー、そうだったんだねー」
「話を戻すが、さっき言った通り過冷却水は不安定な状態のものだ。何か刺激を与えられたら一瞬で氷になる」
「あ、つまりその過冷却水に刺激を与えて氷にするっていうことなんですね?」
「そういうことだ」

蒼芽の言葉に塔次は頷く。

「あ、あのー……これはなぞなぞなんですからそんなガチ目の答えを出されてもリアクションに困ると言いますか……と言うか私がその過冷却水を知らなかった時点でそれが答えでないと察してほしかったんですが……」
「何だ? まさか『水』という字に点をつけて『氷』にするというのが正解だったと言いたいのか?」
「はぅっ!?」

あっさりと本当の正解を当てられて言葉に詰まる亜理紗。

「あ、ホントだー。『水』が『氷』になったよー」

自分の手のひらに指でなぞっていた由衣が呟く。

「くっ……! 仕方ありません、今回は私の負けということで良いです」
「あれ? 勝負だったのこれ」
「じゃあ次は私が答える番です! さぁ、誰でも良いので問題をどうぞ!」
「いや……急に言われてもそんなもん思い浮かばないって」

亜理紗の急なフリに首を振る修也。
蒼芽たちもすぐには考えつかないようで困った顔になる。

「……ふむ、ならば俺が出題してやろう」

そう言って塔次が名乗り出る。

「おっ! 良いですね、さっきのリベンジと行かせてもらいますよ! こう見えて私は色んななぞなぞを解いてきたんです。ちょっとやそっとの難しさでは音を上げませんよ!!」
「良かろう。ならば……1分で地球を1周する方法を考えてみろ」
「は……はいぃ!?」

塔次の出した問題に素っ頓狂な声をあげる亜理紗。

「尚ここで言う1周とは赤道に対して平行に進み元の位置に戻ってくることを言うものとする」
「いや一体どれだけ距離があると思ってるんですか!?」
「赤道の長さは約4万77キロだな」
「数字を聞いたら余計無理だと思い知らされたんですけど! それを1分で!? 無理に決まってるじゃないですか!! どんな速度で移動すれば……」

そこまで言って不意に亜理紗の言葉が止まる。

「……ふ、ふふふ、そういうことですか……分かりましたよ氷室先輩! 1分で地球を1周する方法が!!」

そして不敵に笑いだした。

「ほぅ……? ならば聞かせてもらおうか。お前の回答を」
「ズバリ、光です! 光は秒速約30万キロ。1分で地球を1周どころか1秒で7周できる速度ですよ!! 氷室先輩は『誰が』とは指定しませんでしたよね? だったら光に地球を回ってもらえば良いんです!!」

自信満々に胸を張ってそう答える亜理紗。

「……なるほど、良い着眼点だ。確かに光速ならば1分で赤道の距離を走破するのは簡単だろう」
「ふふんっ、そうでしょうそうでしょう! だったらこの勝負は私の勝ちで1勝1敗ですね!」
「しかし大事なことを見落としているぞ」
「……え?」

塔次の言葉に有頂天だった亜理紗だが、続けて出てきた言葉に首を傾げる。

「地球のような球体状の上を移動しようとする場合、どうしても遠心力がかかる。それは光とて例外ではない。しかも光速ともなるととても無視できないものとなる。余裕で地球の引力を振り切り宇宙の彼方へ飛んでいくことになるだろう。そうすると俺の提示した『元の位置に戻ってくる』という条件を達成できない」
「……あっ!」

塔次の指摘にしまったと言わんばかりの顔をする亜理紗。

「赤道の距離を1分で走破しろという問いだったらそれが正解だったのだがな」
「だ、だったら……正解は何なんですか!? そうまで言うからにはきちんと正解があるんですよね!?」
「あー……気になったんだけど、良いかな?」

塔次と亜理紗が言い合う横で華穂が手を挙げる。

「氷室くんは『赤道に対して平行に進む』って言ったよね? だったら……北極点や南極点だとどうなるのかな?」
「…………あぁっ!!」

華穂の問いかけに雷に打たれたようなリアクションをする亜理紗。

「……よく気づきましたね。そうですそこがこの問題のポイントなのです」

亜理紗のリアクションを見て満足気に頷きながら塔次は解説を始める。

「そ、そうか……今回は赤道に対して水平に進んで元の位置に戻れば地球1周となる。だったら北極点や南極点の周りをくるっと回るだけで地球1周と見なされる……そういうことですか!」
「さりげなく赤道の情報をプラフとして撒いて思考誘導させたのに見事に嵌ったというわけだ。という訳で俺の2勝0敗だな」
「く……悔し〜〜〜〜っ!!!」

塔次の術中に見事に嵌ってしまい頭を抱えて叫ぶ亜理紗。
しかし悔しいと言う割には亜理紗の表情が楽しそうに修也には見えたのであった。

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