守護異能力者の日常新生活記 ~第2章 第21話~

「……あれ? 詩歌? 詩歌も来ることになってたのか?」

予想していなかった人物の登場に修也は首を傾げる。
今日は休日なので、詩歌は当然ながら私服だ。
薄茶色のワンピースに白いカーディガンを羽織って左肩には肩掛け鞄を下げている。
大人しめのコーディネートが詩歌の性格を良く表していた。

「……ほら、やっぱり……私がいたら……迷惑、だよ……」

修也の反応を見て、詩歌が爽香に弱々しく抗議する。

「ああいや、別に迷惑ってわけじゃない。だから気にしなくて良いぞ」
「ほら、別に迷惑じゃないって言ってるわよ」
「あぅ……」
「ただ俺が参加する面子をちゃんと把握してなかっただけだ」

昨日爽香は『私たち』と言った。
会話の流れから修也は爽香と彰彦2人のことだと思い込んでいたが、実際はそこに詩歌も入ってたというだけの話なのだろう。

(……まぁそんな事だろうと思ってたけどさ……)

その様子を見ていた彰彦は心の中で呟く。
彰彦は、爽香が参加メンバーを具体的に言わなかったのは意図的だと踏んでいる。
爽香は嘘は言わないが、本当の事をあえて隠して話す癖がある。
そして事実を知って驚いた相手の反応を楽しんでいるのだ。
別に騙しているわけではないし、内容自体は微々たるもので損害が出るものでもないので彰彦も放置している。
というか言っても止めてくれない。
言って止まるような性格ならここまで苦労しない。

(……ま、今回は本当に誰も損しないからいっか)

自分と爽香はデート代わり。
修也は転入先の同級生との交流。
そして詩歌は修也との関係の構築ができる。
こういう場合大体自分が貧乏くじを引かされるのだが、今日は珍しくそれも無い。
……少なくとも今のところは。

(うぅ……先輩と遊びに行けるのは嬉しいけど……まだ、心の準備が……)

一方の詩歌は内心穏やかではなかった。
そもそも昨日の夜の時点で聞いていたのは、自分のスマホに3人の連絡先を登録できたご褒美に、アミューズメントパークに遊びに行こうということだけだったのだ。
詩歌はあまり騒がしい所は好きではないが、それでもやはりそういう場所へ遊びに行くというのは心が躍る。
そして今日になり、家を出て駅まで歩いている時、唐突に

『あ、そうそう、今日は土神君も来るからね』

と爽香に言われた時、一瞬何を言ってるのか理解できなかった。

『……え? き、聞いてないんだけど……』
『そりゃ言ってないからね』

しれっと悪びれもせず言ってのける爽香。

『で、でも……先輩に、迷惑じゃあ……』
『そんなことないわよ。遊びに行こうって誘ったら普通にOKしてくれたわよ』
『え、えぇ……』
『良いじゃない別に。土神君なら怖くないんでしょ?』
『そ、それとこれとは話が……』

確かに詩歌はもう修也に対しては怖いという感情は湧かない。
だからと言って完全に平気という訳でもないのだ。

『はいはいさっさと行くわよ。無駄な押し問答で時間を浪費する事の方が迷惑になるでしょ』
『う、うぅ……』

結局押し切られた詩歌は駅への道を歩くしかなかった。
その時の詩歌の心境は、緊張が大多数を占めるとはいえ、やはり修也に会えることへの期待も少なからずあった。

(せ、せっかく先輩に会えるなら少しくらいはお話できるようにならないと……!)

詩歌は人知れず決意を固めるのであった。

 

守護異能力者の日常新生活記

~第2章 第21話~

 

(……でも、アキ君もいてくれたのは助かったかも……)

詩歌はこの場に彰彦もいることに安堵の息を吐く。
修也と面と向かって話すのは詩歌にとってはまだ敷居が高すぎる。
姉の爽香はこういう時はあてにはできない。
しかし彰彦なら長年の付き合いのおかげで普通に話すことができるし、困った時はフォローもしてくれる。

(お姉ちゃん、なんだかんだ言ってちゃんと考えてくれて…………ないよね……)

もしかして爽香がちゃんと詩歌の心情を把握したうえで彰彦も誘ったのかと考えたが、すぐにその考えを打ち消す。
その考えが全く無いわけではないだろうが、単に彰彦と遊びに行きたいというのが主な目的だろう。
伊達に何年も爽香の妹をやってはいない。それくらいは分かる。

「さて、じゃあそろそろ行くか?」
「そうね。今から行けば開園時間にも十分間に合うわ」

彰彦の言葉に爽香が同意し、駅に向かって歩き出した。
修也と詩歌もそれに続く。

 

 

ドンッ!!

 

 

「きゃっ……!?」

しかし詩歌が歩き出そうとした時、何かにぶつかり軽くよろける。
幸い転倒するほどの衝撃ではなかったようで、よろけただけで済んだ。

「詩歌!? 大丈夫?」

転びかけた詩歌を見て、慌てて爽香が駆け寄ってくる。
普段振り回して困らせてはいるが、こういう時は妹思いの姉の一面を見せる爽香。

「う、うん……」
「すみません。大丈夫ですか?」

詩歌が爽香に頷いた時、別方向からも声がかかってきた。
声の主はは若いサラリーマン風の男だった。
詩歌とぶつかってしまったのはこの男なのだろう。
今日は土曜日なのだが小ぎれいなスーツを着ている。
これから出勤なのだろうか?
それにしては時間が遅い気もするが、そういう勤務体系なのかもしれない。
何にせよ、この男の仕事事情は修也たちにとってはどうでも良い事だ。
それよりも……

「ひっ……!?」

ぶつかったのが男ということの方が問題だ。
詩歌はほとんどの男に対して恐怖心を抱いている。
例外なのは父親と彰彦と修也だけだ。
クラスメイトの男子でも未だ怖いと思うほどなのだ。
当然全くの初対面であるこの男は例外に入る訳はなく、詩歌の心はすくみあがってしまう。

「……うん、特に転んだりもしてないし大丈夫だろ、な?」

声が出ない詩歌の代わりに隣にいた修也が答える。
修也の問いかけに対し、こくこくと頷く詩歌。

「そうですか、良かった。華奢なお嬢さんだったので怪我させてないか気になってしまって」

詩歌のリアクションを見て、安心したような表情を見せる男。

「急いでいたもので、周りが見えてなかったんです。本当にすみませんでした。それじゃあ……」

男は詩歌に丁寧に頭を下げ、その場を去ろうとする。

「あ、行くのは良いけどその前にその内ポケットに入れたものを返してくれ」

そんな男に対し修也はそう声をかけた。

「……え?」
「せ、先輩……?」

詩歌は不思議そうな顔で、男は狼狽えたような顔で修也を見る。

「アンタ、詩歌にぶつかった瞬間に、詩歌の鞄から何か取って内ポケットに入れただろ。上手くやったつもりだろうが、俺の目はごまかせんぞ」
「な、何を……」
「詩歌、何か無くなってないか確認してみな」
「は、はい……」

修也に言われ、詩歌は鞄の中を確認してみる。

「あ、あれ……? お財布が、無い……」

何度確認しても財布が出てこない。
小さな肩掛け鞄なので、奥底に隠れているだけということはないだろう。
焦りが混じった声でそう詩歌が言う。

「わ、忘れてきただけじゃ、ないんですか……?」
「いえ、それは無いわ」

男の意見を即切り捨てる爽香。

「昨日の晩と今朝出かける前にちゃんと2人で確認してるわ。だから忘れたというのはあり得ない。それにそこから財布を使う用事なんて無かったから、どこかに置き忘れたというのもあり得ない」

そう言って爽香は男を睨む。

「ぼ、僕がスったって言うんですか!? 言いがかりですよ!」
「じゃあ内ポケットの中を見せてくれ。それで詩歌の財布が出てこなければ素直に謝るよ。名誉棄損として訴えてもらっても良い」
「ぐっ……!」

確信めいた修也の言葉に二の句を告げられない男。
やがて観念したのか、男は自分のスーツの内ポケットから淡いピンク色の二つ折りの財布を取り出した。

「で、でもこれは僕の財布だ! スったとか言われるのは不愉快だ!」

……と思ったらそんなことを言い出した。

「往生際が悪いぞ。こんな女子高生が使うような可愛い財布を男のアンタが使うのか?」
「趣味なんだよ! 悪いか!?」

逆ギレ気味に叫ぶ男。
口調も段々荒々しくなっている。最初の丁寧さは欠片も無い。
恐らくは油断を誘うための演技だったのだろう。

「じゃあ中を見て確認してみましょ」

そんな男に対して、爽香はそう提案した。

「え?」
「この財布が本当にあなたの物だというなら……詩歌の学生証が出てくるなんてこと、あるわけないわよね?」
「!?」

爽香の言葉に男の表情が引きつる。

「学生証? 財布に入れてるのか?」
「ええ。彰彦が昨日言っていたでしょう? 持っていれば学割で安くなるって。チケットを買う時に学生であることの証明と支払いをスムーズにする為に財布に入れさせていたのよ」
「……だそうだが? まだ何か言い訳するか?」
「……っ!! クソッ!!」

男は諦めたのか、小さく舌打ちして最後の抵抗と言わんばかりに財布を詩歌に投げつける。

「!」

しかし、投げつけられた財布は詩歌にぶつかることは無く、割って入った修也の手によって行く手を阻まれた。

「なっ!?」
「……ホントに往生際の悪い奴だな」

男を睨みながら修也は低い声で呟く。
その修也に対し男はまだ何か言いたげであったが、結局何も言わずに逃げていった。

「はぁ、やれやれ……ほれ詩歌、返すよ」

男がいなくなった後、修也は大きくため息を吐いて、財布を詩歌に手渡した。

「あ……ありがとう、ございます……」

詩歌はやや呆然としながら財布を受け取った。

「いやスゲェな土神! よくスリの瞬間なんか見えたな?」

彰彦から感嘆の声が上がる。

「それにあの至近距離から詩歌に投げつけられた財布をキャッチするとか、反射神経凄すぎない?」

爽香も驚きが隠せないようだ。

「昔から動体視力には自信があってな。あれくらいならどうってことはない」

『力』については隠し通すように強く自制している修也だが、動体視力と体術については特に隠すつもりは無い。
動体視力は個人差ということで説明できると考えているからだ。
体術についても、ただ見様見真似でやってるだけなので大したことではないと修也は思っている。
実際に、この2つだけなら前の町でも変に敬遠されることは無かった。

「爽香もナイス追及だったぞ」
「これはホント偶然よ。そもそも土神君が指摘してなければ気づかなかったわけだし」
「まぁ結果オーライということで。詩歌、そろそろ大丈夫か?」
「……あっ、う、うん……」

先程からちょっと心ここに在らずの状態の詩歌に彰彦が声をかける。
彰彦の問いかけに少し遅れて詩歌は頷いた。

(……まぁいきなりこんなことがあればこうなっても無理ないか)

詩歌の様子を見てそう結論づける修也。

「しかしまぁ、すっげぇ出鼻を挫かれた気分。幸先悪いなぁ」
「まぁそう言うなよ。土神がいたからこれくらいで済んだと思えばいいだろ?」
「そう言うもんかねぇ」

降って湧いた変な出来事にげんなりする修也だが、彰彦の言葉でどうにか持ち直す。

「それじゃあ気を取り直して電車に乗るか」
「ああ、そうだな」

ちょっとしたハプニングのせいで予定より少しだけ遅れたが、修也たちは電車に乗るために駅の中へ入っていった。

(……にしても……気のせいかな? あの男、どっかで見た事あるような……)

ただ、修也だけは何やら小さな引っ掛かりが頭の中に残っていた。

 

「クソッ! クソッ!! クソォッ!!! 何なんだよ、アイツは!!」

一方で修也たちから逃げる形となった男は、苛立ちを隠そうともせず路地裏の道を進んでいた。
自分はただいつも通り日頃の鬱憤を晴らそうとしただけだ。
この男、通行人とすれ違いざまに肩をぶつけて因縁を吹っ掛けたり、隙があれば財布や金目の物をスッたりしていたのだ。
そうすることでスリルを味わうことができ、うまくいった時は達成感で満たされ、嫌なことを忘れられる。
しかしそんなものは一時的な快楽でしかない。
すぐに新しい刺激を求めたくなる。

「……でも最近は全然うまくいかねぇ。肩をぶつけようとしても避けられるし、さっきだって……!」

そこで男は1つ気づいたことがあった。

「あっ! そういやさっきのガキ、前にぶつかってやろうとした時に避けたやつじゃねぇか……!」

修也が見たことがあるというのは気のせいではなかった。
この男は以前蒼芽と通学路を歩いていた時にぶつかりそうになり避けた男だったのだ。

「そうだと分かったら余計イラついてきた……!」

男は怒りのあまり、たまたま近くに転がっていた空の一斗缶を力いっぱい蹴り飛ばす。
蹴られた一斗缶は大きくひしゃげ、ガランガランと大きな音を立てながら転がっていった。

「ふーっ、ふーっ……」

まだ怒りが治まらないらしく、般若のような形相で肩で息をする男。

「なんだいなんだい穏やかじゃないなぁ。どうしたんだい?」

そんな男の耳に、誰かの声が後ろから入ってきた。

「あァ!? ……何だよお前は」

声のした方を見ると、さっきまで誰もいなかったはずの所に人が立っていた。
フードを目深にかぶっているせいで顔は口元しか分からない。

「そんなことはどうでも良いじゃないか。で、何をそんなに苛立っていたんだい?」
「……うっせぇ、お前には関係ないだろ」
「まぁそうだね。確かに関係ない。これはおせっかいみたいなものさ」
「……」
「君をそこまで苛立たせる何かがあったんだろう? もしかしたらそれの解消のお手伝いができるかもしれないと思ってね」
「……何だと?」

謎の人物の言葉に少し興味が湧いたのか、耳を傾ける男。

「ねぇ、そんな一斗缶を蹴り飛ばすよりももっと刺激的でスリリングなことをやってみる気はないかい?」
「……え?」

刺激的。
スリリング。
男にとってこれ以上に魅惑的な単語は無い。
怒りが興奮にとって代わり、気が付けば男は目の前の人物の言葉を食い入るように聞いていた。

「これから君に1つの提案をする。乗るかどうかはそこから決めてくれればいい」

そう言って謎の人物は腕を前に出し、指を1本立てる。

「……いや、聞くまでもない。その提案、乗った!」

しかし男は提案を聞く前に受け入れる意思を表明した。
その回答に謎の人物は少々意外そうなリアクションをする。

「……良いのかい? とんでもない提案かもしれないんだよ?」
「構わねぇ。刺激的でスリリングなんだろ?」
「うん、それは保証するよ」
「だったらやらない手は無いだろ!」
「……決まりだね」

謎の人物は指を立てていた手を開き、男に向けて差し出す。

「ああ! よろしく頼むぜ!!」

男は上機嫌でその手を握った。
刺激的でスリリングなことへの期待で男の頭の中はいっぱいだった。

(…………)

だから男は気づかなかった。
謎の人物の口元が、歪んだ笑みを浮かべていたことに……

 

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