守護異能力者の日常新生活記 ~第2章 第28話~

(……で、何だこの状況)

電車を降り、しばらく歩いて米崎家に案内された修也は、出迎えに来た詩歌と爽香の母に客間へ通された。
そこで用意された席に座って待つように言われ、詩歌と横に並ぶ形で席についた。
しばらくすると浴衣を羽織り、ちょび髭を生やした壮年男性が部屋に入ってきた。
頭頂部の毛髪が寂しい事になっているその男性は、修也と詩歌の正面に用意された席に座る。
そしてそのまま目を閉じたまま何も喋らない。
修也も何を話せば良いのか分からないので無言を維持する。
部屋の中にはカチコチという時計の音だけが響いていた。
どれくらい時間が経っただろうか?
唐突に目の前の男性がクワっと目を開いた。
そして……

「君を『お義父さん』と呼ぶ筋合いは無いっ!」

と家中に響き渡る声で叫んだ。

「お、お父さん!? 何言って……」

詩歌は顔を真っ赤にして慌てて止めようとする。

「まぁそりゃそうでしょうね」

それに対して修也は冷静に切り返した。

「おお、この状況でそれだけ冷静に切り返せるとは……なかなかやるじゃないか」

修也の反応を見た男性……詩歌と爽香の父が満足そうに微笑んで頷く。

「え……先輩……?」

一方詩歌は呆然として修也を見つめる。
修也の返答の意味を把握できていないようだ。

「いや今のセリフをよく思い出してみ? おかしい事に気づくから」
「……え?」

修也に言われて詩歌は今の父のセリフを思い返そうとするが、緊張していて何を言っていたのか正確には思い出せない。

「今、詩歌の父さんは『君をお義父さんと呼ぶ筋合いは無い』と言ったんだ」

詩歌の事情を察した修也が解説に入る。

「は、はい……あれ?」

そこで詩歌はやっとおかしい事に気づいた。

「気づいたか?」
「は……はい。これだと立場が……」
「うん、何で俺の方がそう呼ばれる立場になってんのって話になるよな」
「しかも上から口調だから余計訳分からないことになってるのよ」

そこに部屋の入り口付近で様子を見ていた爽香が補足する。

「いやー、一度やってみたかったんだよねー、こういうの」

そう言って満足げにハゲのカツラを取り、ちょび髭(シール)を外す父。

「あ、やっぱカツラと付け髭でしたか。何か頭が浮いてるような感じがしてたし、髭にも違和感あったし」
「そうそう。これやりたくてわざわざ通販で取り寄せたんだよね。じゃ、僕がいたら落ち着かないだろうし席を外すよ。彰彦君、将棋やろう、将棋!」

いそいそと席を立ち、爽香と並んで入口近くにいた彰彦を将棋に誘う。

「良いけどおじさん弱すぎるからなぁ……」
「ふふふ、今日の僕は一味違うよ? なんたって駒の動かし方を完全マスターしたからね!」
「え、今までマスターしてなかったの!? それで一応勝負になってたのが逆に凄い」
「はっはっは! もっと褒めてくれて良いよ!」

そんなやり取りをしながら2人は客間を後にした。

「ごめんなさいね土神君。お父さん、形から入るの好きだから」

母親がそう修也に優しく話しかける。

「何と言うか……随分と個性的な方で」
「はっきり言って良いのよ? 変人って」
「いや流石にそれは」

バッサリと自分の夫への評価を下す母に、爽香に似たものを感じる修也だった。

 

守護異能力者の日常新生活記

~第2章 第28話~

 

「そ、それじゃあ私……お昼ご飯作ってくるね……」

そう言って詩歌は席を立つ。

「ふふ、楽しみにしててね土神君。しいちゃんの料理はほん…………」
「……ん?」

変なところで言葉を切った母親に怪訝な表情をする修也。

「………………っとに美味しいんだから!!」

と思ったら5秒ほど間をおいて再び話し始めた。

「あ、タメだったんですね今の間」
「ち、ちょっとお母さん……変にハードル上げないでよ……」

困った顔で母に抗議する詩歌。

「大丈夫よ。いつも通りにやればいいんだから」
「うぅ……あ、先輩、すみません……なので、少しお待たせしてしまいます……」
「ああ、気にしなくて良い。楽しみに待ってるから」
「……! は、はい、頑張ります……!」

そう言って詩歌は客間を出て台所へ向かった。

「……うふふ、あのしいちゃんが男の子と普通に会話できるなんてねぇ……」

詩歌が出ていった所を見つめながら母親が感慨深そうに呟く。

「そうなんですか?」
「ええ。会話どころか目が合っただけで怖がるレベルだったのよ」
「でも初めて会った時はそんな印象は……ああ、あの時は状況が状況か」

修也は詩歌と初めて会った時を思い出す。
あの時は直前に変な男共に絡まれていたので、その恐怖が残っていたと修也は思っていた。

(なるほど、俺も怖がられていたか……蒼芽ちゃんがいてホント良かったな)

事実は元々修也が思っていた方が正解なのだが、元来の自己評価の低さのせいで変な方向で納得する修也。

「そんなしいちゃんが自分から会ってお話したいって言うからビックリしちゃったわ~」
「ああ、助けてくれたお礼がしたかったとか。律儀ですねぇ」
「土神君はそんなしいちゃんのことをどう思う?」
「律儀なのは良い事だと思いますよ」
「そうなのよ~! しいちゃん、内気で奥手だけど、真面目で良い子なのよ!」
「そうみたいですねぇ」
「……うんっ! さやちゃんやしいちゃんに聞いてた通り好青年だわ、土神君!」
「それは、どうも……おい爽香、一体何を言ったんだ」
「私が見て感じたままを言ったまでよ」
「その内容を聞いてるんだが……」

褒められることに慣れてないので何と返せば良いか分からず、言葉を濁す修也。
爽香に話の矛先を向けてみたが、上手くはぐらかされた。

「あ、そうだわ! これだけは聞いておきたかったのよ!」

思い出したかのように顔の前でパチンと手を叩きながら母親が言う。

「何でしょう?」
「土神君、あなた利き腕はどっち?」
「え? 右ですけど……?」
「そっか~! それは良かったわぁ~」
「……え? 何が?」
「お母さん、そのネタ引っ張るわねぇ……」

何のことか分からず疑問顔の修也と、呆れたように溜息を吐く爽香であった。

 

「……まさか先輩にご飯を作る日が来るなんて……」

台所に着き、詩歌はぽつりと呟いた。

「……こうなったら、気は抜けないよ……」

詩歌は愛用のエプロンを着て、三角巾で髪が落ちないように纏める。
そしてまな板や包丁など、料理に必要な道具の状態をチェック。
冷蔵庫の中身を確認して作れそうなものをピックアップする。

「これなら……うん、オムライスにしよう」

そして作るものを決め、必要な食材を取り出して並べる。

「すぅ------…………」

そして目を閉じ大きく息を吸い……

「ふぅ------…………」

すぐに息を吐き、呼吸と気持ちを整える。

「………………よしっ……!」

そして再び目を開く。
その目つきはいつものような気弱なものではなく、強い意志を持ったものだった。
慣れた手つきで素早く、そして丁寧に食材を切り刻んでいく。
その動きに無駄は一切なく、あっという間に食材たちは食べやすいように加工されていく。
とても高校生が趣味でやっているという程度のものではなく、熟練のプロと言われても納得できるレベルだ。
フライパンを火にかけ、火が通りにくい物から順にフライパンの中に投入していく。
じゅわっと大きな音を立て油が跳ねるが詩歌は一切ひるまない。
こんなの今まで何度も経験したことだ。
今更驚くようなことではない。
しばらく炒めた後、白米を入れて混ぜる。
塩コショウで味付けした後、トマトケチャップを入れて色が均一になるまで再び混ぜる。
これでオムライスの中身の完成だ。

「次は……」

詩歌はフライパンの火を弱めて、ボウルに卵を割り入れる。
片手で割っているのに殻が全く入っていない。
そして黄身も潰れていない。
どうせかき混ぜるのだから別に潰れていても良いのだが、そこは詩歌のプライドの問題だ。
菜箸で卵を溶き別のフライパンに流し入れる。
表面が少し固まった位で折り畳み、半熟のオムレツ状の物を作る。
先程の中身を皿に盛り、その上にオムレツ状の物を乗せ、包丁で切れ目を入れる。
するとパカッと口が開き、半熟面が表になり中身に覆い被さる。

「できた……!」

無事完成したことに詩歌はホッと溜息を吐く。
後は人数分同じことをするだけだ。
詩歌は今できたものが冷めてしまわない内に次に取り掛かるのであった。

 

「あ、あの……できました……」

人数分作った詩歌が客間にいる修也たちを呼ぶ。

「アキ君とお父さんは……」
「縁側じゃない? 将棋やろうって言ってたし」
「じゃあ呼んでくるね……先輩は、食卓へどうぞ……」
「ああ、先に行ってるから」

そう言って修也は席を立つ。
爽香と母親に案内されてきた食卓には、人数分のオムライスが綺麗に並べられていた。

「いやー参った参った。やっぱり強いなぁ彰彦君は」
「おじさんが弱すぎるんだよ。次は禁じ手もちゃんと覚えといてよ。普通に二歩やらかした時は何事かと思ったよ」

そこに父親と彰彦もやってきた。

「えっと、席は……」
「お父さんと私は、ここで良いわよ」

そう言って両親は食卓の幅の狭い方の席に向かい合って座る。

「じゃあ私と彰彦はこっちね」

続いて爽香と彰彦は広い方の席に並んで座る。
残った修也と詩歌はその向かいの席となる。

(え……えぇっ……!? せ、先輩の……隣……!?)

席の配置に詩歌は慌てそうになる。が……

(……うぅん、ジェットコースターでも電車でも隣だったもん。今更慌てるようなことじゃないよね……)

と自分に言い聞かせ、気を落ち着かせる。

「あら? しいちゃん、アレは?」

その時、母親が何かに気づいたようで詩歌に声をかける。

「アレ?」
「そうそう。オムライスと言ったらアレよ。ケチャップで絵を描くやつ」
「えーっと……私、絵は得意じゃないから……」

流石にこれは料理とは関係ない部分なので、詩歌も極めてはいない。
なのでやんわり否定する。

「じゃあアレは? 指でハートマーク作って『美味しくなぁれ』って……」
「どこのメイド喫茶ですか……あ」

母親の言動に条件反射でツッコミを入れてしまう修也。

(やべ、ついツッコミどころ満載で……やってしまったか?)

初対面なのに失礼なことをしてしまったと修也は後悔する。

「あらあら~!」
「すみません、つい……え?」

すぐに謝ろうとした修也だが、何故か母親は目を輝かせている。

「イケメンで中身も好青年でツッコミのキレも抜群! 最高じゃない!!」
「えぇ……」
「お父さんもそう思うわよね?」
「そうだなぁ、うちはツッコミ要員は詩歌しかいないからなぁ。ボケだけじゃ笑いは成り立たないんだよね」

そう言って笑い合う米崎夫妻。

「……なあ詩歌? 米崎家は一体何目指してんの?」
「……すみません、私にも分かりません……」
「安心しろ土神。俺も分からん」
「言っておくけど私も分からないわよ。それよりも早く食べましょ」

爽香に促され、修也たちはスプーンを持つ。

「いただきます」

そして食べ始める……が、詩歌だけは修也の手元にちらちらと視線を送っていた。

(ん? ……ああ、俺の口に合うかどうか気にしてんのかな)

それは気になって当然だろう。
修也は詩歌の視線を受けながらオムライスを口に運ぶ。

「あ、美味い」

それが修也の素直な感想だった。
というか無意識に口を突いて出た。

「ほ、本当ですか……!?」

修也の感想を聞いて詩歌が聞き返す。

「ああ、文句なしに美味い。卵の半熟具合も絶妙だし中のチキンライスの火加減も味付けも食感も今まで食べてきた中で一番だ。こりゃ皆が美味いって言うのも納得だ」
「よ、良かったぁ……」

修也の評価を聞いて、詩歌は大きく息を吐く。

「ね? しいちゃんのお料理はとっても美味しいでしょ?」
「ふふん、当然よっ!」
「だから何で爽香が偉そうなんだよ……」

こうして詩歌の料理に舌鼓を打ちつつ米崎家での食事は進んでいくのであった。

 

「それじゃあそろそろ失礼させてもらうとするか」
「そうだな」

全員がオムライスを食べ終えてしばらくして、修也と彰彦が席を立つ。

「ご馳走様詩歌。ホントに美味かったよ」
「あ……は、はい……お口に合って良かったです……」
「えっと、使った食器は……」
「あ、良いわよ土神君、彰彦君。片付けはやっておくから」
「いや、流しに運ぶくらいは……」
「気にしなくて良いのよ。2人はお客さんなんだから」

そう言って修也と彰彦が使った食器を回収して運んでいく母親。

「じゃ、また週明けにな」
「は、はいっ……! 今日は本当にありがとうございました……!」

そう言って詩歌は修也に向けて深々と頭を下げる。

「今日は……何から何まで、先輩には助けてもらいっぱなしで……」
「良いって。その礼はさっきのオムライスで釣りがくるほどしてもらったから」
「そのお料理も……舞原さんや先輩に美味しいって言ってもらえて……少し自信がつきました」
「え、今までは?」
「その……身内贔屓があると思ってたので……」

詩歌は今まで家族や彰彦にしか料理を作ってこなかった。
なんだかんだ言って身内には優しい人たちばかりなので、美味しいと言われても身内の補正があると詩歌は思っていたのだ。
だが蒼芽や修也にも美味しいと言われたことでそうではないことを知り、自信がついてきたらしい。

「……そうか。詩歌の料理はホントに美味い。俺が保証するよ」
「あ、ありがとうございます……」

修也の言葉に詩歌は照れながら頷く。

「それじゃお邪魔しました」

そう言って修也と彰彦は米崎家を後にした。

「……良かったわねぇ詩歌。土神君に料理を褒めてもらえて。これで一歩前進よ」

2人がいなくなった後、爽香が詩歌にそう声をかける。

「……えっ!? わ、私、そんなつもりじゃ……今日のお礼がしたかっただけで……」
「その結果が一歩前進って言ってるのよ」
「何にせよ印象が良くなったのは良いことじゃないの、しいちゃん」
「そ、それはそうだけど……」

早速母と姉に弄られて顔を赤くさせながら縮こまる詩歌であった。

 

「じゃあな土神。また来週なー」
「ああ」

途中で彰彦とも別れ、修也は舞原家へ足を進める。
程なくして舞原家へ着き、玄関の扉を開ける。

「ただいま戻りました」
「あ、修也さん。お帰りなさい」

修也が帰ってきたことに気づいた蒼芽が出迎えてくれる。

「お帰りなさい修也さん。楽しかったですか?」

紅音も遅れてやってきて出迎えてくれた。

「ええ、楽しかったですよ」
「良いなー、あのアミューズメントパークに行ったんですよね? 今度私とも行きましょうよ」
「そうだな。今日だけじゃ全部は回れなかったし……あ、そうだ紅音さん」

修也はひとつ思い出したことがあり、紅音に声をかける。

「はい、何でしょう?」
「…………フラグ回収しました」
「あらあら。それで無事ということは、流石ですね修也さん」
「?」

出かける直前の不吉なフラグを回収したことを報告する修也。
それに対して紅音は静かに微笑み、何のことか分からない蒼芽は不思議そうな顔をするのであった。

 

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