守護異能力者の日常新生活記 ~第3章 第16話~

「~♪」

翌朝、華穂は上機嫌で鼻歌を歌いながら静かに走るリムジンの後部座席に座っていた。

「華穂お嬢様、昨日からずっとご機嫌ですね。何か良いことでもありましたか?」

その様子をリムジンのルームミラー越しに見ていた運転手が尋ねてくる。

「あ、分かる? 昨日の帰りに寄ったクレープ屋さんのことでね」
「そんなに美味しいクレープだったのですか?」
「うん、それもあるけど友達と一緒に寄り道して食べたってのがすっごい楽しかったんだよ」

華穂の声が弾んでいることから本当に楽しかったということが伺える。
そんな華穂の様子を見ていると運転手も嬉しくなる。

「お嬢様が楽しく学校生活を送られているようで私も嬉しい限りでございます」
「ゴメンね? 私のわがままに毎日付き合わせちゃって」
「何を仰りますか。わがままだなんてとんでもない」
「でもさ、こうやって毎日送り迎えしてもらってるし、昨日は急に場所を変更しちゃったし」
「それが私の仕事ですので。それにしても猪瀬のご子息様には困ったものですな」
「そうだね……」

猪瀬の名前が出たことで華穂の表情に陰が差す。

「もっと友達と一緒に登校だとか、昨日みたいに下校途中で寄り道して買い食いとかしたいんだけどな……」

何かにつけて猪瀬が付きまとってくる今の状況ではそれは難しい。
最悪の場合強硬手段に出てどこかに連れ込まれる可能性もある。
もしそうなった場合はもはや個人間だけの問題には収まらなくなってしまう。
警察沙汰にまで発展すると親にも迷惑をかけるかもしれないというのにそれを理解していないのだろうか?
窓の外の流れる景色をぼんやりと見つめて華穂はそう思いながらそっと呟いた。

「…………ところで華穂お嬢様。昨日電話で仰っていた『最強のボディガード』とは誰のことですか?」

このまま猪瀬のことを話題にし続けるのはリムジン内の空気が非常に悪くなる。
なので運転手は話題を変えることにした。

「あっそうそう! 凄い男の子と友達になれたんだよ!」

話題が修也に移ったことで華穂の表情が一気に明るくなる。

「……もしかして今週になってからお嬢様と一緒にいるのを見かけるあの少年ですか?」

運転手は今週に入ってから何度も華穂と一緒に学校を出てくる男子高校生を思い浮かべて尋ねる。

「うん! 土神くんって言うんだけどね、独学で護身術を極めてる猛者だよ!」

別に修也は護身術を極めてまではいないが、華穂的にはそう見えたので運転手にそのように説明する。

「この前不審者が学校に侵入してきた時も1人で全部解決したんだって!」
「ほう……あの若さでそこまで……それは頼もしいですね」
「ホントにね。それに土神くんのクラスメイトも面白い人ばっかりなんだよ! 今思い出しても笑いが込み上げてくるよ……!」

そう言って本当に笑いだす華穂。
先程猪瀬が話題だった時とは表情に天と地ほどの差がある。

「何よりも私がお嬢様だと知っても態度が全く変わらなかったんだよ! 友達になってくれた人は今までに何人かいたけど、こんな人は初めてだよ」

そう言う華穂の顔はとても楽しそうである。

「ボディガードをお願いした時もお金を払うなら断る、無償なら引き受けるって言ってくれてね!」
「……? 普通逆ではないですか?」

華穂の言葉に疑問を持った運転手が問う。
ボディガードのような危険が伴いかねない仕事に対価を求めるのは当然だと思ったからだ。

「それがね、『困ってる友達を助けるのに金銭のやり取りが発生するのはおかしい』って言ったんだよ」
「ほほぅ……それはそれは」

嬉しそうに言う華穂の回答に運転手は感心して頷く。

(華穂お嬢様がここまで嬉しそうで楽しそうな顔をなさるとは……よほどその少年との学校生活が楽しいのでしょうな……)

華穂の様子をルームミラー越しに伺う運転手。

(土神様、どうか華穂お嬢様にこれからも素敵な学校生活を送れるよう協力してくださいませ)

運転手はそう願いながら学校へリムジンを走らせるのであった。

 

守護異能力者の日常新生活記

~第3章 第16話~

 

「お嬢様、学校に到着いたしました」

そう言って運転手は運転席を降り、後部座席の扉を開く。

「うん、ありがとう。帰りもよろしくね」
「はい。では行ってらっしゃいませ」

運転手は華穂に頭を下げてから運転席に乗り込み、音を立てずに走り去っていった。

「さて……今週も残り2日、頑張っていこうっと」

修也と愉快な修也のクラスメイトの話をしていたおかげで上機嫌の華穂は校門をくぐり校庭に足を踏み入れる。

「おはようございます華穂さん」
「……」

だが校庭に入った第1歩でその機嫌は急降下した。
どう見ても待ち構えてたとしか思えないタイミングで猪瀬が現れたからだ。
運転手がこの場を去ってから出てくるあたりがタチの悪さを物語っている。

「いやぁ朝から婚約者の顔を見ることができるとは今日は中々幸先が良い」
「何度も言いますがあなたの婚約者になった覚えなど1度もありませんが?」
「僕が婚約者にしてやろうと言うのです。拒否する理由なんてどこにも無いでしょう? ならば婚約成立と言っても過言ではない」
「過言すぎますね」

相変わらずの身勝手な言い分に無表情で言い返す華穂。
しかし猪瀬は華穂の言葉を聞き入れる様子は無い。

「それにしても昨日の言動はいくら華穂さんでも看過できない。僕の誘いを断り勝手にいなくなってしまうとは」
「あなたに私の行動を制限される謂れはありません」
「でもまぁ、今日の僕は気分が良い。今回限りは目を瞑ってあげましょう」
「……?」

猪瀬の態度に不審な点を感じた華穂は怪訝な表情をする。

「こう見えて僕は綺麗好きでしてね。ゴミや邪魔者が視界の中にいるのが鬱陶しくてたまらない」
「はぁ……?」
「そしてそれが排除できたと知った時はすこぶる気持ちが良い」
「……!? まさか、土神くんに何かしたんですか……!?」

華穂の焦りの入った声に猪瀬は気持ち悪いくらい口角を上げてにやつく。

「いいえぇ? 僕は何もしてませんよ? ただ僕を慕う駒が何をしたかまでは把握してませんからねぇ」
「白々しい……!」

華穂は猪瀬を睨むが、当の猪瀬は涼しい顔だ。
猪瀬は上級国民を自称しているからか、汚れ事は直接自分では手を下さない。
自分の下についている者に指示を出してそいつらにやらせる。
もし仮に失敗しても勝手にそいつらがやったこととして自分は知らぬ存ぜぬを貫き通すのだ。

「しかしこれで分かったでしょう? 僕に逆らうとどうなるかという……」
「あ、華穂先輩。おはよーっす」
「あっ! 土神くん! おっはよーう!!」
「な……何っ!?」

悦に入って講釈を垂れていた猪瀬だが、聞こえてくるはずの無い人物の声が聞こえてきたことで驚愕の表情になる。
それとは対照的に華穂はぱっと笑顔になり、今この場にやってきた修也に駆け寄る。

「ねぇねぇ土神くん大丈夫? どこか怪我したりしてない?」
「え、急に何? 俺は見ての通り健康体だけど」
「本当に? 服の下が痣だらけとかそんなことない? 確かめたいからちょっと服脱いでもらっても良い?」
「ダメに決まってんだろ!? 公衆の面前で何やらせようとしてんの!?」

突拍子もないことを言い出す華穂に驚く修也。

「ほら、よく聞く有名な言葉で『顔はやばいよ、ボディやんな、ボディを』って言うし?」
「先輩なんでそんなの知ってんの!?」
「ウチ結構こういうの好きなんだよねぇ。昔は家族そろってよく見てたもんだよ」
「……資産家ってよく分かんねぇ……」
「資産家がどうこうというより、これは姫本先輩の家に限った話だと思いますけど……」

頭を抱える修也の後ろにいた蒼芽がそう呟く。

「あっ蒼芽ちゃんもおはよーう」
「おはようございます姫本先輩」

蒼芽に気付いた華穂が蒼芽にも挨拶する。
片手を挙げてフランクに挨拶する華穂に対して軽くお辞儀をする蒼芽。

「でもホント土神くんが無事で良かったよ。猪瀬さんが不穏なこと言うからさぁ」
「大丈夫大丈夫。あの程度俺の敵じゃない」
「さっすが土神くん! 『最強のボディガード』の二つ名は伊達じゃないね!」
「そんなの名乗った覚えは無ぇよ」
「ん? でも待って? 襲われたのは事実なわけ?」

修也が無事だったことに安心した華穂だが、襲われたことには違いはないことに気付いた。

「あー……まぁ…………うん」

ばつが悪そうな顔をして曖昧に頷く修也。

「…………猪瀬さん……」

華穂が猪瀬の方を振り向く。
その目は心底軽蔑したものであり、とても冷たいものだった。

「……さて何のことやら? 僕には心当たりがありませんね」

でもこの期に及んでも自分は無関係というスタンスを貫く猪瀬。
その表情は余裕に満ち満ちていた。

「……お前がそのつもりならそれでも良いけどさ、既に警察に話はいっているということは知っておいた方が良いぞ」
「……は?」

だが修也の言葉に猪瀬の余裕の表情は僅かに崩れる。

「昨日襲われて返り討ちにした時点で警察には通報済みだ。いずれお前と繋がりがあることは突き止めるんじゃね?」
「な……」
「さらに俺は週刊誌の記者の知り合いがいるからな。このことをリークさせてもらう」
「え? 修也さんそんな知り合いがいつの間に?」

疑問に思った蒼芽が尋ねる。

「この前巻き込まれた女子会の参加者の1人がそうなんだよ。あのブログの運営者」
「あ、そうなんですね」
「そっち方面でも拡散されるだろうから知らぬ存ぜぬは通用しないと思った方が良いぞ」
「くっ……!」

修也の言葉に苦虫を嚙み潰したような顔になる猪瀬。

「ちなみに俺を襲ったやつらを消そうとしても無駄だ。アイツらは警察に連行という名の保護を受けてるからな」

さらに追い打ちをかける修也。

「このっ……! 下級庶民の分際で……!」
「またそれか。仮にそんなランク分けを適用させた場合、お前のご両親は確かに上級だろうさ。でもお前自身はその恩恵にあやかってるだけだろ」

ギリギリと歯を食いしばり睨んでくる猪瀬を涼しい顔で受け流す修也。

「うるさいっ! 生まれが上級の家である僕はお前なんかよりもはるかに勝ち組の人生が約束されているんだっ!」
「ふーん……お前がそう思うんならそうなんだろう。お前の中ではな」
「ぐっ……グギギギ……!」

段々感情的になっていく猪瀬に対し、あくまでも冷静に切り返す修也。
人としての格の違いがどんどん浮き彫りになっていく。

「もうさ、悪いこと言わないから華穂先輩のことは諦めとけよ。な? 今回の騒動で元々低かったお前の評価はさらに下がって地の底よりも低いことになってるぞ」

修也は小さい子供に諭すような口調で猪瀬に語りかける。

「うん、もう下がりすぎてマントル突入しちゃうレベルだよ」

さらに華穂も修也に同調する。
散々下級だのなんだのと言って見下してきた修也にここまで言われ、猪瀬のプライドはもうズタズタのボロボロだ。

「くっ……! 覚えてろよ……これで勝ったと思うなよ……!」

そんな捨て台詞を残し、猪瀬は逃げるようにこの場を去っていった。

「……あんな言葉言うの漫画の中だけだと思ってた」
「だねぇ。私も漫画の中でしか知らないよ」

修也の呟きに同意して頷く華穂。

「……前からちょっと気になってたけど、華穂先輩って結構庶民嗜好?」

修也は以前から気になっていたことを聞いてみる。
言葉の端々や立ち振る舞いから育ちが良いことは伺えるが、会話で格差を感じることは全くと言って良いほど無い。
流石にリムジンでの送迎は格差を感じたが、逆に言えばその程度なのである。

「まぁそうだねぇ。ウチは資産家に名前を並べてるけど、結果的にそうなったってだけだからね」
「え? どういうことですか?」

蒼芽が疑問顔で尋ねる。

「よその場合、動機は様々だろうけど多少なりともお金を稼いで自分の生活を豊かにしたいという考えで事業をやってると思うんだよね」
「まぁ大抵はそんなもんだろうな」
「でもウチの場合は稼いだお金で周りの人たちの生活を豊かにしたいって考えなんだよね。だから稼いで増えたお金はまず周りに使うんだ。もちろん自分たちの生活資金を確保したうえでね」
「へぇー……」

感心したように蒼芽が頷く。

「そしたらその周りが、使ったお金以上に利益を生み出して還元してくれてね。その利益をまた周りに使ってそれがさらに……という雪だるま方式にお金が膨れていったんだ」
「スゲェ話だなぁ……」
「スケールが大きすぎて想像もつきませんね……」
「ある意味で投資だね。先を見据えてお金を使い、後で還元してもらう。それがうまくいったってだけ」

事も無げに言う華穂。

(……ん? 何かどっかで似たような話を聞いたような気が……)

修也は今の華穂の話に聞き覚えがあるような気がして首を傾げる。
でもどこで聞いた話だったかまでは思い出せない。

(……まぁ、話としてはそう珍しいものでもないから昔何かの創作話ででも聞いたんだろ)

別に出元を突き詰めなくても良いだろうと思い、修也は思考を打ち切った。

「ところで、これで片付いたと思う……?」

話を戻して華穂は修也にそう尋ねる。

「……多分まだだろうな。これくらいで諦めるようなら先輩がここまで苦労はしないだろ」
「だよねぇ……」

修也の回答にため息を吐く華穂。

「ゴメンね蒼芽ちゃん。まだ土神くんを借りる日が続きそうだよ」
「いえ、気になさらないでください。先輩の安全が第一ですよ」
「だから何で俺が所有物みたいになってんのさ」
「あははははは!」

良い感じに話にオチが付いたので、修也たちは雑談を終わらせて校舎内に足を進め始めるのであった。

 

次の話へ

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメント一覧 (1件)

コメントする

目次