守護異能力者の日常新生活記 ~第4章 第30話~

「……終わりましたか修也さん?」

修也が入ってきた倉庫の入り口から修也と一緒に来ていた蒼芽が顔だけひょっこりと出して尋ねる。

「ああ……大体はな。でも念の為まだ気を抜かないでくれ」

それに対して修也は男から目線を外さずに答える。

「で? 一応形だけでもお前の言い分も聞いてやる。内容次第では『徹底的にぶちのめす』が『ぶちのめす』に変わるかもしれんぞ?」
「そ、それでもぶちのめすのは確定なの……か……」
「当たり前だ。むしろ『ぶちのめす』で留めてることに感謝してほしいくらいだ」
「うぅ……」

修也の言葉に男はうなだれながらもボソボソと喋り始める。

「事の始まりは……あのプールに行った時なんだ。あそこは堂々と女の子の水着姿を眺めることができるボクのお気に入りの場所で……」
「……どうしよう、初手からもうどう突っ込んだらいいか分かんねぇ……」

男の語り始めた内容の酷さに早々に眩暈がしてきた修也。

「何でだよ? プールってのはそういうことを楽しむ場所だろぉ? オマエも男なら分かるだろ?」
「お前が男を語るな! 俺はただ純粋にプールのアクティビティを楽しみに行っただけだ! ほらさっさと続き話せ!!」

縋るような目を向けてくる男に修也は心底軽蔑した目で応える。

「……そこでボクは色んな女の子の揺れる胸の谷間とかはち切れそうなお尻とか太ももを鑑賞して楽しんでた。でも……どこか満たされない気持ちもあったんだ」
「…………で?」

修也の中ではもうこの男の処遇は『完膚なきまでに徹底的にぶちのめす』までランクアップしているのだが、話を聞かないわけにはいかないので先を促す。

「そんな時! ボクの目の前にこの子が現れた!! 膨らみかけで控えめの胸! 程よく張りのあるお尻と太もも! そして紺一色のスク水!! 全てがボクの好みにジャストフィット!!」

話していて興奮してきたのか、鼻息が荒くなってきた男。
修也はちょっとイラッとした。

「よし殺そう」
「ひぃっ!?」
「修也さん!? 流石にそれは不破さんや七瀬さんでも庇いきれませんよ!? こんなのの為に修也さんの人生を棒に振る必要無いですよ!」

真顔で妄言を吐く男に短く吐き捨て距離を詰めようとした修也に蒼芽が驚いて突っ込む。
だが蒼芽も大概言ってることは酷い。
それだけ蒼芽もこの男に対して憤りを感じているということだろうか。

「……それもそうか。ほら続きを話せよ。話してる間だけは命の保証はしてやる」
「うぅ……それでボクは目に全神経を集中させてスク水の形を脳内メモリーに焼き付けた。どこの学校の物なのか後で調べるために」
「その努力をもっと違う方向に向けろよ……」
「そして中学を特定し、さらには近々体育祭があることを知ったボクは当日潜入することを決めた。そして潜入に成功した先でスク水とは違う魅力のあるブルマ姿を再び脳内に焼き付けたんだ。あの時のふりふり揺れる小さなお尻は可愛かったなぁ……」

話していて今度は何やらうっとりしだした男。
修也はかなりイラッとした。

「やっぱり殺そう」
「ひぃぃっ!!?」
「私から七瀬さんに修也さんの無罪放免を進言しておきますね。七瀬さんもきっと分かってくれるはずです」
「止めて!? お願いだから止めてぇ!!?」

今度は修也に同調した蒼芽に対して男は必死に懇願して命乞いをする。

「……修也さんならともかく、あなたみたいな人に見られてもただただ不快なだけだから」
「……いや俺なら良いってのも意味分からんぞ……」

真顔で何かよく分からないことを言い出した蒼芽に修也はツッコミを入れるのであった。

 

守護異能力者の日常新生活記

~第4章 第30話~

 

(……ん? ということはあの時感じた視線はコイツのものだったのか……?)

プールと体育祭から帰る時にそれぞれ視線を感じたような気がしていたことを修也は思い出す。
今になると『感じた気がした』程度のぼんやりとした感覚だったのも頷ける。
この男は『太っている』以外は特徴がほとんど無い。
なので人混みに紛れられると認識しにくくなる可能性が高い。
せいぜい『あ、何かあの人太ってるなー』と言う程度の認識を持つくらいであろう。
しかも視線は修也ではなく由衣に向けられていた。
自分に向けられていればまた違ったであろうが、そうではなかったのではっきりとは分からなかったのだろう。

「無自覚なんだろうがタチの悪い……やっぱここで手を打っておいた方が今後の為か」

由衣に怖い思いをさせたのだ。
それ相応の報いは受けてもらわないといけない。

「ま、待ってくれぇ! そもそもずっとボクのものにしておくつもりは無かったんだ! 来年の春には返すつもりだったんだよぉ!!」
「んなもんが免罪符になる訳ないだろうが。大体何で来年の春なんだよ」
「だって来年の春には高校生になっちゃうじゃないか。だったらもう価値は無いだろぉ?」
「……………………は?」

男の言っている意味が全く理解出来ず、修也は数秒思考が停止した。

「…………えーと……何言ってんだコイツ……?」
「女性はクリスマスケーキと一緒って言うだろぉ? 24までは価値があるけど25を越えると価値が無くなるっていうやつ」
「はぁ? 何だそれ、メチャクチャ失礼だな……」
「そうそう、ボクもそれは間違いだと思うんだよねぇ」

修也の同意を得られたと思って得意気に頷く男。

「24なんてもうシワシワのババアだよ。女性は14までで15を越える……つまり中学生が女性としてのピークで中学を卒業したら価値なんて全く無い。この子を見てそう気づいたんだ」
「………………」

真顔でそう語る男に修也は絶句する。

「それに今からなら春までにはギリギリ間に合う。だから……」
「間に合うって……何に?」
「ボクの子供を産ませることだよぉ。女性としての価値があるうちに役目を果たしてもらわないとね」
「っ!?」

当然のことだと言わんばかりの男の顔に修也だけではなく蒼芽も顔が引きつった。

「だけどこの子はずっとオマエばかり見てる! ずっとオマエと一緒にいる!! もう一刻の猶予も無かった!! だからこれは必要なことだったんだ! ボクの愛を実現させる為にはこういうきちんとした理由があったんだよぉ!」
「………………そうか、よぉーく分かったよ……」

修也のその言葉を聞き、ニタァ……と気持ち悪い笑みを男は浮かべる。

「分かってくれたぁ? やっぱり男同士通じるものが」
「お前の言い分は何ひとつ理解できない。お前みたいな奴を野放しにしてはいけないってことがな」
「は? なんでだよおおおぉぉぉ!? 何で分かってくれないんだよぉぉぉ!!」

同志を得たとばかりに喜んでいた男だが、続けて出てきた修也の言葉にショックを受けて激昂する。

「ボクは正しい! 間違ってない!! この愛が認められないというのなら間違ってるのは世界だ!! だからボクはアイツと一緒にこの世界をボクの思う通りに変えるんだぁぁ!!」
「…………アイツ?」

男から出た『アイツ』という言葉に修也は眉をひそめる。
1ミリも理解できないこの男の考えに賛同するやつがいるのだろうか。
何にせよこの男はこのまま放置してはいけない。
殺すのは冗談だとしても無力化しておかないといつか取り返しのつかない事態になってしまう。
そう判断した修也は決着をつけるために1歩前に進む。

「ちっ、近づくなぁ!! この子がどうなっても良いのかぁ!?」
「あっ!?」

修也の行動を察知した男が近くにいた由衣を捕まえて、由衣を捕まえた手とは反対の手でナイフを取り出す。

「……!」

それを見て足を止める修也。

「お、おにーさん……」

修也を見つめる由衣の瞳が不安に揺れる。

「……姑息なマネを……」
「ぐ、ぐふ、ぐふふふふ……何とでも言え! 愛の力は偉大なんだよぉ!」
「お前は自分が愛を向けた相手を盾にするのか……そもそもお前のソレは愛なんかじゃない。ただの一方的な感情の押し付けだ」
「何ぃ……?」

状況の逆転にいやらしく笑っていた男だが、修也の言葉に不愉快そうに顔を歪ませる。

「愛ってのは双方向が向かい合って初めて成り立つものだ。お前自分で言ってたじゃないか、自分の方を向いてくれないって」
「だ……だったら無理やりにでも振り向かせれば良いんだぁ! このまま駆け落ちしてやるぅ! そしてボクの部屋から一歩も出さずに飼ってやるんだぁ!!」
「そんなのやだよー! 私はこれからもおにーさんやおねーさん、ありちゃんや学校の皆と一緒に遊びたいもん!」

男の言葉に由衣は嫌そうに顔を歪めて叫ぶ。

「ぐふふふ……キミにはそんなの必要無い。ボクだけを見ていれば良いんだ。そうすればボクしか見なくなるだろぉ? ほらこれで愛の成立だぁ」
「やだー!! おにーさん助けてー!!」
「おぉっと近づくなよぉ? 近づいたら……」

由衣の助けを求める声に前に出ようとした修也だが、それを見て男はナイフをちらつかせて修也を牽制する。

「はぁ……分かったよ」

修也は仕方が無いと言わんばかりにため息を吐く。
そして降参の合図なのか、両手を挙げる。

「ぐ、ぐふふふふ! やぁっと分かったかい? それじゃあ」
「仕方ない……近づかずにお前をぶちのめす」
「は?」
「ふんっ!!」

意味が分からず疑問顔の男をよそに、修也は挙げていた右手を思い切り振り下ろした。
男と修也の間の距離は大体5メートル程。
どう考えても修也の手が男に当たる訳が無い。
なのに……強烈な衝撃が男の脳天を襲った。

「ぐがぁっ!!?」

予期せぬ衝撃で男の視界に星が舞う。
突如自分の身に起きた理解不能な現象に男は混乱する。

「そぉらもう一丁!!」

そう言って今度は左から右に右手を振り抜く修也。
それと同時に今度は男の側頭部に衝撃が走る。

「ぐぺぇっ!!?」
「今だっ! 走れ!!」

2度の衝撃で由衣を掴む男の手が緩んだのを修也は見逃さない。
由衣に逃げるように叫ぶ修也。
修也の叫び声で由衣は反射的に駆け出した。

「ま、待っ……!」

逃げた由衣を再び捕まえようと手を伸ばす男。
だが修也が関わると現役の陸上部すら圧倒する脚力を持つ由衣は、あっという間に男に掴まれる範囲から離脱した。

「おにーーーーさーーーん!!」
「ぐぶぅっ!?」

そしてその速度のまま修也にしがみつく。
全速力でのタックルを受けるという形になった修也は少しよろめくが何とか耐える。

「ふえーーん、怖かったよーおにーさーん!」
「よ……よしよし、もう大丈夫だ。じゃあちょっと下がっててくれ。蒼芽ちゃんのいるあの辺りまで」

泣きつく由衣を宥めながらそう言って後ろを指さす修也。

「こっち! こっちだよ!!」

そこでは蒼芽が顔だけ出して手招きしていた。

「おにーさんはどーするのー?」
「俺は……まだやらなきゃいけないことがある。アイツをあのまま放置する訳にはいかない」

そう言ってまだ痛みでのたうち回っている男を睨む修也。

「お願いおにーさん、あんな人ボッコボコにやっつけちゃってー!」
「よし、任せろ」

これまでの恨みと言わんばかりに修也に制裁を頼む由衣。
修也はそれに対して強く頷いてみせる。
由衣が蒼芽の所まで辿り着いたのを目で追って確認した後、修也は再び目線を男に戻した。

「なんで……なんでなんでなんでなんで!! ボクは正しい! 間違ってない!! なのになんで……!」
「いいや間違ってたんだよ。最初の一歩目からな」
「う、嘘だ嘘だ嘘だっ! ボクのこの愛は嘘偽りのない100パーセントピュアな……」
「名前も知らない相手によくそんなこと言えるな?」
「っ!?」

修也の指摘に頬が引きつる男。

「図星か。お前今の今まで全く名前を言わないからもしやと思ったが……」
「あ、やっぱり修也さんが名前を呼ばなかったのは意図的だったんですね? なんかそんな感じがしたので私も敢えて言わないようにしてましたけど」
「……相変わらずスゲェな、蒼芽ちゃんの状況を察する力は……」

蒼芽の空気を読む能力の高さに感心する修也。
こういう所がコミュ力の高さに繋がっているのだろうか。

「そ、それがどうしたぁ!? 名前を知らないくらいで……」
「いや人間関係を築くのに最初に知ることだろうが。それを知らない時点で愛がどうのこうの以前に知り合いの段階ですらない」
「う、うぐぐぐぐ……」
「さぁお喋りはここまでだ。お前には報いを受けてもらう」

そう言って構える修也。

「な、舐めるなぁ! 今ボクはナイフを持ってるんだぞぉ? 素手のオマエなんかに負ける訳無いだろぉ!?」
「いや今更ナイフ相手に臆する理由も無いんだよなぁ……」

修也は前にナイフを持った男を無傷で制圧している。
しかも今回は明らかに扱い慣れていない。
ナイフを持つ男の手はかなりおぼつかない。
今更そんなやつを相手にして修也がビビるわけが無い。

「てやああああぁぁぁぁ!!」

何か気の抜けそうな掛け声と共に男は修也に切りかかるが、当然修也にそんなものが当たる訳が無い。
というか修也でなくても体術の心得があれば誰でも簡単に対処出来そうなレベルだ。
修也を油断させるためにあえてそんな素振りをしている可能性も考えたが、これはガチでナイフの扱いに慣れていない。

「……まだハンマー男の方が強かったというか何というか……こういうのって話が進むにつれて相手は強くなるもんじゃねぇの?」

男がメチャクチャに振り回すナイフを全て危なげ無く回避する修也。

「……ふっ!」
「ぐぶっ!?」

そして隙を見て肘を男の脇腹に叩き込む。

「……お、おのれぇ……」

しかし男は脇腹を押さえながら修也を睨むに留まった。
あまり有効打にはなっていないようだ。
ハンマー男の時はこの一撃だけでほぼ決定的だったのだが……

「……これはアレか。太っているやつの定番で『脂肪が天然の鎧になってて打撃が効きにくい』ってやつか」

面倒くさそうに眉根を寄せる修也。

「ぐ、ぐふふふふ……オマエの攻撃はボクにはイマイチ効かないみたいだなぁ。それに対してボクのこのナイフが当たればオマエは致命傷。またボクに有利になったみたいだなぁ?」

再び状況の逆転を確信していやらしく笑う男。

「まぁ……当たれば致命傷だわな、当たれば。でもお前、さっきの攻撃で俺にかすりでもしたか?」
「は?」

修也に指摘されてよくよく見てみれば、修也はかすり傷ひとつすら負っていない。
それに対して修也の肘鉄は有効打ではないもののきっちり効いてはいるのだ。
その事実に男は焦り始める。

「さぁ……断罪の時間だ」
「ひ、ひぃっ!?」

修也の言葉に短く悲鳴をあげる男。

(……やっぱりどっちが悪役か分からんな、こりゃ……)

当然許すつもりは無いのではあるが、どこか後ろめたさみたいなものを感じる修也なのであった。

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