「いや、え? どういうことだよ!?」
「私だって分かりませんよ! 今日も2人でここに来る途中でいきなり由衣が知らない男の人に捕まって連れ去られていったんです!!」
慌てて詰め寄る修也に対し、亜理紗もパニック気味で答える。
「ど、どうしましょう修也さん!?」
「いやどうするったって……!」
突然の事態に修也も頭の整理が追い付かない。
自分に降りかかる危険の察知・回避は余裕でできるが、他人だとそうはいかない。
こういう事態の時はどうすれば良いのか考えが浮かんでくれない。
「落ち着け土神。まずは警察に相談だ」
「あっ! そうか!!」
塔次の言葉にハッと気づいた修也。
こういう時落ち着いて助言をくれる人がいるのは助かる。
修也はそう思いながら自分のスマホの連絡帳から優実を呼び出す。
数コールした後、通話が繋がった。
『……もしもし土神君? どうしたのかしら。あれから何か進展があったの?』
「た、大変です七瀬さん! 俺の知り合いの女の子が誘拐されてしまったらしいんです!!」
『……何ですって?』
優実の雰囲気が一気に真剣なものになったのが電話越しにも分かる。
『分かったわ。すぐに不破警部に報告して警察でも捜索を行うわ。その子の特徴は?』
「えっと、水色の髪を肩の後ろまで伸ばしていて、白いヘアバンドをつけてうちの中等部の制服を着ています」
『ありがとう。状況が進展したらまた連絡するわ。気持ちは分かるけど落ち着くのよ土神君』
そう言って優実との通話は切れた。
「……くそっ! ただでさえ脅迫状の件で色々面倒なことになっていると言うのに……!」
厄介ごとが次々と舞い込んでくることに憤る修也。
「そのことだが……土神、脅迫状の件と今回の誘拐事件は繋がりがあるかもしれんぞ」
「え? どういうことだ?」
だが塔次の言葉に修也は一瞬虚を突かれた。
「あまりにもタイミングが一致しすぎている。何らかの関係があると考えるのは不自然ではない。可能性の1つとして考慮しておいた方が良い」
「……そうかもしれないな。とりあえずそれは置いといて長谷川、由衣ちゃんを攫ったやつの特徴は覚えてるか?」
「それなんですが……すみません、太っている人という印象しか残っていなくてですね……」
修也の質問に対して申し訳なさそうに答える亜理紗。
「いや、それだけでも十分な情報だ。今の話で俺の仮説の信憑性が上がった」
「え?」
塔次の言葉の真意が掴みとれず修也は首を傾げた。
守護異能力者の日常新生活記
~第4章 第29話~
「長谷川は太っている男という印象しか残っていないと言った。逆に言うと太っている以外は特徴の無い男という風にも取れる」
塔次は根拠を示すため自分の考えを説明する。
「……もしくは他が目に入らなくなるくらい太っているのが特徴とも考えられますね」
「その通りだ舞原さん。そしてそれは俺が先日下駄箱で見かけた男と類似している」
「つまり、同一人物だと……?」
「可能性は低くない。ただ太っているだけならそこまで目立たないだろうが、『他の特徴が目に入らなくなるくらい太っている男』となるとそうはいまい」
「そうと分かればすぐ探しに……!」
「待て土神。誘拐犯の特徴だけを頼りに町中を探すのは効率的とは言えんぞ」
「だからと言って何もせず待っていられるか!」
塔次の制止を振り切り校門を飛び出そうとする修也。
「待ちな」
「っ!?」
そんな修也の前に何人もの男たちが立ちはだかった。
男たちは凄い形相で修也を睨んでいるように見える。
手には鎌や大型のハサミを持っている者も数名いた。
修也はこの男たちに見覚えがあった。
以前猪瀬の指示で修也を襲撃しようとした男たちだ。
返り討ちにしたことと猪瀬が更生したことで心を入れ替えたと思っていたが再び心変わりしたのだろうか。
「何だよ、今お前たちの相手をしてるヒマは……」
「話は聞かせてもらったぜ土神さん。その捜索、俺たちにも手伝わせてくれ!!」
「……え?」
男たちを無視して校門を出ようとした修也だが、リーダーの男の言葉に足を止める。
「土神さんのお知り合いに危害を加えようなんざ良い度胸だ。土神さんのお手を煩わせるまでもない、俺たちがソイツをシメてやる!!」
「……え、いや……俺の襲撃に来たんじゃないの?」
「そんなとんでもない! そんな気なんて微塵もありゃしねぇ。俺たちは未来永劫土神さんに忠誠を誓ったんだ! 土神さんの為なら命張る覚悟だってある。敵対なんて天地がひっくり返ってもありえねぇ!!」
修也の問いかけに首がちぎれるんじゃないかと思うほど横に振る男たち。
「じゃあ何でそんな形相で睨んでくるやつがいるんだ……?」
「あ、すんません。これが素なんです」
そう言って男たちの中の1人が頭を下げる。
「その鎌とかハサミは一体……?」
「あぁ、コレ? これはボランティアの一環で町の雑草を刈り取ろうと思って用意したんだ」
「あ、そうなの……」
よく見てみると軍手だとかゴミ袋だとか持っている男もいる。
どうやら本当にただ町の草刈りをするつもりだっただけらしい。
「ただそれよりも刈り取らなきゃいけないゴミが出たみてぇだな……」
そう言う男の表情は、以前修也を襲撃してきた時のような獰猛なものになっていた。
「聞いたなお前ら! 今こそ俺らの命を救ってくれた土神さんの御恩に報いる時だ!! 土神さんのお知り合いに危害を加えた不届き者を見つけ出し、生きてることを後悔するような地獄を見せてやれ!!」
「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」
リーダーの男の呼びかけに応じる他の男たち。
見ていて暑苦しくなるほどの熱気である。
「いくぞぉっ! 草の根かき分けてでも探し出すぞ!!」
その言葉を合図に散り散りになっていく男たち。
「あの……」
「安心してくれ土神さん、俺ら人数と体力だけは自信あるからよ! 大船に乗ったつもりでいてくれや!!」
そう言ってリーダーの男も駆け出して行った。
「えぇー…………」
完全に気勢を削がれた修也は呆然と立ち尽くす。
「……ふむ、町の捜索はあいつらに任せても良いだろう。土神1人が探すよりよっぽど効率的だ」
「いや、だからと言って……」
「無論このまま手をこまねいてただ待っているだけのつもりは毛頭無い。俺たちは俺たちでできることをやるぞ」
そう言って塔次は自分の鞄を開け、中の物を取り出した。
「ぐ、ぐふ、ぐふふふふ…………ついに、ついに……! ついに手に入れたぞ、ボクの天使を……!」
色々な物が無造作に置かれている倉庫のような建物の片隅で、由衣は怯えた目で目の前で気持ち悪い笑い声をあげている男を見つめていた。
どうしてこんなことになったのだろう。
由衣は自分の中で考えるが答えは出てこない。
今日もいつも通り修也や蒼芽と遊ぶために亜理紗と一緒に高等部へと向かっていた。
その途中で急に横から強い力で引っ張られた。
亜理紗の呆気にとられた表情が今も頭の中に残っている。
足は速いが力は無い上に軽量の由衣に抵抗する術は無かった。
人気の無い路地裏を複雑に曲がり、この倉庫のような建物に連れ込まれた由衣。
ここでようやく目の前の太った男が自分を連れ去ったのだと理解した。
「だ、誰ー……? 何でこんなこと……」
流石の由衣も自分を無理やり攫った人物に対して友好的な態度はとれない。
いつもの人懐っこさは身を潜め、震えた声で目の前の男に尋ねる。
「誰だって? ボクはキミのご主人様に決まってるだろぉ? そんなことも分からないのかい?」
そう言って気持ち悪い笑みを浮かべる男。
その顔に由衣の背筋に悪寒が走る。
「プールでデートもしたし、学校の運動会の応援にも行ってやったじゃないか。ついこの前の話なのに忘れたのかな?」
「そ、そんなのしてないよー!」
「いいやしたさ。プールでのスク水姿も運動会でのブルマ姿もとってもとーっても可愛らしかったのを覚えてるんだからねぇ……」
「うぅん、絶対にしてない! プールはおにーさんとおねーさんとしか行ってないし、運動会の応援に来てくれたのもおにーさんとおねーさんだけだもん!」
「……あぁ、あのボクらの愛を邪魔した悪魔どもか」
由衣が修也と蒼芽のことを口にした途端、不機嫌そうに顔を歪める男。
その表情の凶悪さに由衣は息をのむ。
「可哀想に……アイツらに洗脳されちゃってるんだね。でも大丈夫、ボクが正気に戻してあげるよ……」
そう言って由衣ににじり寄る男。
「まずはボク以外の名前を口にするのは禁止。それと……あの悪魔どもに穢されたその身体をボクが綺麗にしてあげないとね。まずはその服を全部脱いで、穢れを舐め取るところからだね……」
鼻息荒く、舌なめずりしながら距離を詰めてくる男に由衣は気持ち悪さしか湧かない。
「う、うわあああぁぁぁん! 怖いよー! 助けておにーさーん!!」
ついにはこらえ切れず泣き出してしまった由衣。
涙声で修也に助けを求める。
しかしそれも男の嗜虐心をそそらせるだけだ。
「ぐふふふ、無駄無駄。ここは人通りなんて全く無い町外れの廃倉庫。どれだけ泣き叫んだって人なんて来ないさ」
「ひっく、ぐすっ……そんな……」
「それよりも……禁止したのに早速ボク以外の名前を口にしたな? これはお仕置きが必要だなぁ……」
そう言って自分のズボンのベルトに手をかける男。
「…………? ここはおトイレじゃないよー……?」
男の行動の意味が分からず首を傾げる由衣。
「トイレ……ね。ぐふふふ……ある意味トイレとも言えるねぇ…………」
由衣の言葉に男は形容しがたい気持ち悪さを備えた笑みを浮かべる。
「これからキミにはその可愛いお口でボクにご奉仕してもらう。初めてだろうからちゃんと教えてあげるし多少の粗相には目を瞑るけど……歯を立てたりしたら承知しないよぉ?」
「っ!?」
男の言ってることは分からないが、何かとてつもなくおぞましいものを感じ取って表情が引きつる由衣。
「ぐ、ぐふふふふ……大丈夫、最初は苦しいかもしれないけどそのうち気持ち良くなってこれなしじゃ生きていられなくなるさ。それじゃあ早速……」
「オラァッ! 邪魔するぜーーーっ!!」
男がが鼻息荒くベルトを外しズボンのチャックに手をかけたところで倉庫の扉と辺り一帯に響き渡る大声が倉庫の中に飛び込んできた。
「なっ……!? なんだぁ?」
予期せぬ事態に慌てふためく男。
「…………あっ!!」
それとは対照的に由衣は声の正体が分かったことで今までの不安と恐怖の表情から一転、喜びの表情に染まる。
「おにーさん!!」
その声の正体がさっき助けを求めていた修也だったのでそれも当然である。
「なっ……早すぎる! 何でここが……」
修也の乱入に男は驚きを隠せない。
誘拐現場からここまではそこそこの距離がある。
それに人気の無い道を辿ってきたので人目に付くことも無かったはずだ。
さらにここは人が寄り付かない場所だ。
探すにしたってこんな所候補地にはなりえない。
最悪見つかるとしても散々探しつくした後にようやく辿り着くくらいが妥当だと男は踏んでいた。
なのにまるで最初からここにいることが分かっていたかのような早さなのだ。
男が驚愕するのも無理はない。
「そんなもんわざわざお前に教えてやる義理も義務も無い!」
狼狽する男の質問をバッサリと切って捨てる修也。
「誘拐は現行犯だから間違いないとして……あれもお前だな? 俺に剃刀付きの脅迫状なんて愉快な物を送り付けた犯人は」
修也は塔次が『太っている以外に特徴が無い』と言っていたことを思い出す。
目の前の男は確かに太っていることが第一印象にあげられるが、それ以外にこれと言って特徴が無い。
……ただ、今は極度の興奮のせいか目が血走り口の端から涎が出ているが。
「あ……あぁ、そうだとも! オマエがあまりにも調子に乗ってやがるから身の程を思い知らせてやろうとしたんだ! そんなボクの優しさを無視するから……」
「いやそもそも『調子に乗る』って何だよ。そんなつもりは微塵も無いが? 仮に乗ってたとしてお前に何の関係がある」
おかしな主張をする男を修也は睨みつける。
「ぐ、ぐふふふ……知りたいか? 知りたいかぁ? だったら何でこんなに早くここを探り当てたか言え! せっかくのボクのお楽しみを邪魔しやがって……」
「あ、別に良い。だったらさっさとお前をぶちのめして終わらせる」
男の要求をあっさりと突っぱねて修也は構える。
「えっ……え?」
「どうせそんなもん知ったところで俺の今後の人生には何の役にも立たん。それよりも1秒でも早くお前を粛清して帰る方が有意義だろ」
「ちょ……ちょっと……」
「じゃあ覚悟しろ。俺の気の済むまでお前を殴り飛ばした後警察に突き出してやるよ。お前はそうされても文句を言えない程のことをやらかしたんだ。拒否権は無い」
「待て……待ってぇ!!」
ゆっくりと距離を詰める修也を両手を突き出して制止しようとする男。
しかし修也はそんなことでは止まらない。
距離を詰めていくにつれて男の表情は焦りと恐怖に染まっていく。
さっきまでは由衣を追い詰める立場にいた男が、今は修也に追い詰められる立場になっていた。
この男、どうやら自分より弱い者には強く出るくせに強い者にはとんでもなく腰が引ける、典型的な内弁慶タイプのようだ。
現に修也の放つ威圧感で完全に足がすくんでいる。
額から脂汗がダラダラと流れて止まらない。
しかし修也は止まる気は無い。
それだけ怒っているのだ。
由衣に危害を加えようとしたことは到底許せるようなことではない。
「分かった! 分かったからボクの話を聞いてぇ! 聞いたら納得すると思うからぁ!!」
「何を聞いても納得なんざする訳無いだろ……ただまぁ俺も鬼じゃない。懺悔の時間くらいは与えてやる。ぶちのめすのは決定事項だがな」
「え? あ、あの……話すからには情状酌量の余地を与えてくれないと……」
「そうか今すぐぶちのめされたいかぁ!」
「ひいぃ!? 話す、話しますぅぅぅ!!」
修也の威圧感に男は腰が抜けてしまったようでへたり込んでしまった。
(……ううむ、これじゃどっちが悪役か分からんじゃないか……)
今の状況を冷静かつ客観的に見て修也はため息を吐く。
「すごーい! やっぱりおにーさんかっこいいー!!」
……せめてもの救いは由衣が完全にいつもの調子に戻って瞳をキラキラと輝かせて修也を見ていることだろうか。
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