守護異能力者の日常新生活記 ~第5章 第20話~

「え、ええぇぇ!? な、何これどういうこと!?」

突然の事態に戒は理解が追い付かずアタフタとしている。

「スライディング土下座ならぬローリング土下座とは……相変わらずやることが突飛だな千沙は」
「いやあれ見て出る感想がそれかよ」

一方でさして驚いた様子を見せず小さく呟く瑞音に突っ込む修也。

「……千沙の行動が破天荒なのは今に始まった事じゃねぇからな」
「……慣れって怖ぇなぁ……」

どこか遠い目をしている瑞音を見て修也は心境を悟る。
恐らく今までも千沙はこのような行動を起こしてきて周りを驚かせていたのだろう。

「さっきの一本背負い見せてもらったけどスゲェ豪快でカッコいいよなー! あたしもアレできるようになりたいんだよ!! だから師匠って呼ばせてほしいんだ!」
「ゴメン、文章の繋がりが全く理解できない」

目を輝かせて詰め寄る千沙に眉間を押さえながら待ったをかける戒。

「おいおい普段から『考えるな、感じろ。頭を使うな体を使え!』って言ってるやつが何言ってんだ」
「そんなこと言ったことねぇよ!?」
「…………え、覚えてないのか?」
「マジトーンで言うの止めて!? 自分の言ったことすら覚えてられない馬鹿みたいだから!!」

合いの手を入れる修也と瑞音に戒は詰め寄ろうとする。

「待ってくれー霧生の兄さん……いや師匠! 師匠って呼ばせてくれよー!!」
「いやもう呼んでるじゃないか!!」

しかし千沙が戒の足をがっちりと掴んで懇願してきたせいで動けなくなってしまった。
流石に無理やり振り払ったり引きずったりするつもりは無いらしい。

「勝手に呼ぶのとちゃんと公認取るのとでは全然違うんだよー! だから……なっ?」
「いや『なっ?』って言われても……おい相川、何とかしてくれよ!」
「別に良いんじゃねぇか? 何も困ることは無いんだしよ」

戒は瑞音に助け舟を求めたが、その瑞音の反応はそっけない。

「あー……お前も勝手に人をライバル認定したりするもんな……」
「……良いじゃねぇか別に実害があるわけじゃねぇんだから」

半眼で睨みながらの修也の呟きをさらっと受け流す瑞音。

「まぁまぁ、霧生君も新塚さんもちょっと落ち着きなよ」

そこに陽菜が割って入ってくる。

「霧生君、呼び方くらいは好きにさせてあげれば良いんじゃない? 別に呼び方云々でその人の本質が変わるわけでもないんだし」
「いや、そうは言っても……」
「じゃあこう考えるのはどう? 『師匠』っていうのはあだ名で特に深い意味は無いって」
「……あだ名、ですか……まぁ確かにそれなら……」

陽菜の言葉に考え込みながら頷く戒。

「これが悪意のあるあだ名だったら私も教師として止めるけど、そんなの全く無いみたいだしね」
「おう、もちろんだぜー!」

そう言いながら視線を向けてきた陽菜に千沙は力強く頷く。

「うん、そういうことでこの件は解決で良いね!」

お互い納得した様子を確認して陽菜はそう纏めた。

「……こういう所を見ると流石教師って思うんだけどなぁ……」

陽菜はこんな風にごく稀に教師らしいところを見せる。
普段からこうだったら良い教師なのに……と、修也は何とも言えない微妙な表情で陽菜を眺めるのであった。

 

守護異能力者の日常新生活記

~第5章 第20話~

 

「で、師匠! 早速なんだが……」
「う、うーん……慣れない呼び方されるとなんか落ち着かないなぁ……」

早々に師匠呼びされることに少々戸惑う戒。

「いいじゃねぇかお前は1人だけの上に妥当な呼び名なんだから。俺なんて不特定多数に英雄だとか神だとか言われてるんだぞ」

そんな戒に修也が睨みながら呟く。

「それこそあだ名みたいなもんじゃねぇか。言わせとけば良いと思うが」
「……実際宗教興されかけてもそんなこと言えるか?」
「……マジか?」
「あ、あはは……」
「え、えっと……」

修也の言葉に神妙な面持ちになる瑞音を見て苦笑いする蒼芽と言葉に詰まる詩歌。

「まぁそれは置いといて……霧生、仁敷もアレだったがお前も大概だなぁ」
「え、何が?」

修也の言葉の意味が分からず戒は首を傾げる。

「仁敷も幼馴染兼彼女がいる時点でリア充サイドだったが、お前もお前で彼女ができてるしさぁ」
「あぁ、球技大会の時に来てた子? 凄い美人さんだったねぇ。姫本さんの妹さんだっけ?」

応援に来ていた美穂のことを思い出して陽菜がそう言う。

「なるほど土神君の言いたいことが分かったよ。それに加えてこんな可愛い弟子までできちゃあ確かに霧生君もリア充の仲間入りだね」
「…………爆ぜろ」
「酷くねぇか!?」

ボソッと呟く修也に突っ込む戒。

「いやリア充度で言ったら土神先輩も負けてないでしょ。あなた道行く人から男女問わず物凄い歓声を浴びてるじゃないですか。今や中等部でも先輩の話題で持ち切りなんですよ?」
「それはお前が言いふらしたのが原因だろーが!!」

何を言ってるのかと言わんばかりの亜理紗に修也は突っかかる。

「んーでも、悪いことしたんならともかく良いことをしたんだからもっと自信持って良いと私は思うんだけどなぁ」
「いやそうは言ってもだなぁ……」

確かに華穂の言う通り、修也は別に悪いことをしたわけではない。
しかし褒められたくてやったわけでもないのだ。
ただ自分の身に降りかかってきた面倒ごとを振り払っただけでこんなに賞賛を浴びるのは修也の本意ではない。

「えっと……せ、先輩は……とにかく、目立って……注目を浴びるのが嫌、なのではないでしょうか……?」
「お、そうそうそういうことだよ。分かってくれるか詩歌」
「は、はい……私も、目立つのは苦手、なので……」

と、その時詩歌が修也の考えを代弁してくれた。
的を射た詩歌の意見に修也は嬉しくなる。
それは詩歌が修也のことを分かってくれているというだけでなく、詩歌がちゃんと自分で考えた意見を口に出してくれたからというのもある。

(……って、だから俺は何目線で物を言ってるんだっつーの……)

また勝手に保護者目線になってたことに自己嫌悪に陥る修也。

「えー、私だったら人気が出ているうちにそれを利用して何かしらの事業を立ち上げてメディアにもバンバン露出して『可愛すぎる実業家』としてさらに名を上げて話題性をかっさらって何かしら名言を残して流行語大賞を取得した後アイドルデビューなんかしちゃったりしてバラエティ番組にも引っ張りだこになってその後『普通の女の子に戻ります!』と芸能界を惜しまれつつも引退して郊外に豪邸を建てて余生をのんびり過ごしますけどねぇ」
「何がしたいんだかサッパリ分かんねぇよそれ」

冗談としか思えない人生設計を真面目な顔して語る亜理紗に修也は突っ込みを入れる。

「でも夢を持つことは良いことだよ? たとえ荒唐無稽だとしても何の夢も目標も持たずにただ機械的に毎日を過ごすよりはよほど建設的だと思うな」
「…………」

陽菜の言葉に修也は押し黙る。
引っ越してくる前の修也はまさにそれだった。
夢どころか生きる意味すら見出せず周りから爪弾きにされただ家と学校を往復する日々。
クラスメイトと騒いだりイベントを楽しんだりなんてそれこそ夢のまた夢という状態だった。
引っ越してきてからは蒼芽を始めとした周りの人たちのおかげでそれは無くなり、むしろ常に集団の中心にいるようになった。
しかしそれでも修也にはまだ夢や目標となるものは見つかっていない。

「皆にはあるかな? 自分の目標や夢は。もしあるならそれを大切にしなよ。もし無くても焦らなくて大丈夫、これから見つければ良いんだよ。君らの人生まだまだ先は長い。いつかきっと見つかるさ。それがたとえどんな些細なものや個人的なものだろうと私は全力で応援するよ!」

格技室にいる生徒全員に向けてそう言い切る陽菜。

(…………ホントたまにこういう所見せてくるよなこの人は……)

普段はふざけ倒しているくせにたまに心に深く刺さることを言ってくる。
こういう所が陽菜が教師として慕われる所以みたいなものなのだろうか。

「ちなみに私の夢は七色のブルマを集めて」
「それ転入してきた時に聞きました。で、白がまだ見つからないんでしょ?」
「おぉー覚えててくれたかい土神君! 私は嬉しいよ!!」
「そりゃあんなインパクト強いことやられたら忘れようが無いでしょうが」
「でもさ、私気づいちゃったんだよね。見つからないなら自分で作っちゃえばいいって」
「あぁ……そういやこの前金のブルマ自作したって言ってましたもんね……」

無駄にこだわったクォリティの高いものだったことも修也は覚えている。

「ちょっと待ったー! 兄さん、金のブルマって何だ?」

そんな修也の呟きに千沙が割って入ってくる。

「お? 何だい何だい新塚さん、ブルマが好きなのかい?」
「いや『金』の方があたしは気になったんだ。やっぱ金色って派手だしさー!」
「いーよいーよ、きっかけは何だってさ。それでブルマ派が1人でも増えてくれるなら万々歳さ! あ、そうだ何なら実物を見ていくかい?」
「持ち歩いてるんかい」

懐を探りながら千沙に歩み寄っていく陽菜の背に向けてツッコミの言葉を投げかける修也。

「あったり前でしょうが! 布教のチャンスってのはいつ来るか分からないんだよ!? 観賞用・布教用・保存用に3つを持ち歩くのは基本中の基本! だけどまだ2つ目ができてないから断腸の思いで1つだけで我慢してるんだよ私は!」
「知るかそんなもん。そんな話聞いたこと…………いや、あったな……」

修也は以前瀬里から同じような話を聞いたことがあったのを思い出す。

「え、何? この界隈ってそういうの普通にあるの? 実は七瀬さんも短パン3つ持ち歩いてたりするのか……?」
「落ち着いてください修也さん。流石に七瀬さんに限ってそれは無いと思いますよ……?」

頭を抱えて唸りだした修也を窘める蒼芽。

「それでは刮目せよ! これが私が素材から厳選して制作した珠玉の一品、金のブルマだー!!」
「おおおおぉぉぉぉ!!」

そんな修也をよそに陽菜は自分の懐から取り出した金のブルマを高々と掲げた。

「うわーすごーい! ホントに金ピカだー!!」

それを見て千沙だけでなく由衣も驚きの声をあげる。

「なーなーこれって本物の金なのか?」
「いやぁ流石に染料を使って金色に見えるようにしてるだけだよ。本物の金だと穿き心地最悪だからね」
「理由そこなのかよ。金銭的な理由とかじゃないのかよ」
「お金ごときで私のブルマ愛を止められると思うなよ!」
「いやもう一周回って清々しいわ」

目を大きく見開き力説する陽菜にため息しか出ない修也。

「それはそれとして、せっかくだし穿いてみるかい新塚さん?」
「え、良いのかー!? でもこれ先生のだろ?」
「いーよいーよ、元々球技大会のMVPの賞品として作ったやつだからね。でもMVPに認定された土神君がいらないって言うからさぁ」
「えぇ、マジか兄さん……」
「いや俺がおかしいみたいに言うの止めろ」

信じられないものを見るような目でこちらを見てくる陽菜と千沙に修也は反論する。

「だからね、このまま置いとくよりも使ってくれる方が私としてもありがたいんだよね」
「そっかー、そういうことなら遠慮なく!」

そう言って千沙は陽菜から金のブルマを受け取りその場で穿き始める。
更衣室を使わないあたりにはもう修也は突っ込む気にもなれない。

「へへっ、どーよ! これならありちゃんも文句ねーだろ!」

ドヤ顔と仁王立ちで有頂天になる千沙。

「あぁ、もう……うん、それで良いんじゃないかしら」

亜理紗も突っ込む気力を失ったようだ。
かなり投げやりかつ適当に相槌を打っている。

「よーしそれじゃあ続きやろうぜ続き!」
「あ、そう言えばこれ部活体験だったな……すっかり忘れてたや」

途中から何が何だか分からなくなっていたが、今は高校部活体験のイベント中だ。

「うん、じゃあもう俺は引っ込むから好きにやってくれ……」

そう言って格技室の隅に腰を下ろす修也であった。

 

「…………うん、疲れた……とんでもなく疲れた……」
「あ、あはは……お疲れさまでした修也さん」

部活体験終了後、瑞音との立ち合いに結局付き合わされた修也はおぼつかない足取りで舞原家への道を歩いていた。
修也の横には蒼芽と由衣が並んで歩いている。

「ねーねーおねーさん、おにーさんと瑞音おねーさんの試合凄かったねー」
「そうだね……相川さん、物凄く目が生き生きとしてましたね」
「ホントにな……先生が言ってた『目標を持つ』ってこういうことなのかねぇ」

今の瑞音の目標は恐らく『修也に勝つ』ということだろう。
それに加えて瑞音は修也と勝負するということそのものを楽しんでいる節がある。
実際、修也と立ち合いをしている時の瑞音の表情は非常に輝いていた。

「ところで修也さん、あの……新塚さんとの立ち合いの時なんですけど……」

歩きながら蒼芽が先程のことを少し言いにくそうにしながら話題に出す。

「ああ、基礎は十分鍛えこまれてるみたいだな。あれだけの回し蹴りを撃てるってことは体幹もしっかりしてるし柔軟性も申し分無しだ」
「えっ? あ、そ、そうなんですね」

その回答は予想外だったのか、蒼芽は意外そうな表情を一瞬見せてから相槌を打つ。

「ねーねー、おにーさんはちーちゃんのパンツは気にならなかったのー?」

そこに由衣が本来蒼芽が聞きたかった質問をぶっこんで来た。
そう言う所に遠慮が一切無いのが由衣らしい。

「いや仮にも試合中にそんなもんに気を回してたら命取りでしかないだろ。新塚自身も注意を逸らす作戦として使ってたみたいだしな」
「…………」

それに対して修也は真顔で答える。
照れ隠しや誤魔化しといった要素は微塵もみえない。
そんな修也のリアクションを見て蒼芽は逆に不安になってきた。
男なら女の子の下着が見えるというハプニングに多少なりとも『役得』的な反応を見せるのが普通だと思う。
現にあの場にいた男子部員たちはそんな反応を見せていた。
蒼芽としては修也のそんな姿は見たくはないが、こうもドライな反応だとそれはそれで複雑だ。
以前のパジャマパーティーでは修也は女の子は普通に好きだと言ったが、本当に『普通に』なのかもしれない。
敢えて言うなら『好き』に分類される程度のもので、特別な意味は無い可能性がある。

(…………もしそうだったら…………私は……)

蒼芽の中で複雑な感情が渦巻く。

「じゃあ試合中じゃなかったら良いのー?」
「いや良いとか悪いとかそういう問題じゃねぇだろ」
「じゃあ私やおねーさんだったらー?」
「いや、それは……」

由衣の問いに言い淀む修也。

(!)

その姿を見て蒼芽の心に光が差す。
今の反応を見る限りだと自分が同じ状況になった場合、修也は多少なりともリアクションをしてくれる可能性はありそうだ。
それが分かっただけでも十分だ。

(ふふ……ありがとう、由衣ちゃん)

意図したわけでは無いだろうが由衣のおかげで気持ちは楽になった。
そのことに蒼芽は心の中で礼を言うのであった。

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