「……という訳でボウリングのチケットが手に入ったんだが皆で行ってみないか?」
週明け、ホームルームが始まる前に修也はとりあえず席の近い彰彦と爽香に誘いをかけてみる。
「おっ、良いんじゃないか? 行こうぜ」
「そうね、私も賛成よ」
修也の問いかけに彰彦と爽香は快諾する。
「それ人数制限あるのかしら? 余裕があるなら詩歌にも声かけておきたいけど」
「ん-……『1ゲーム』って書いてるだけで人数の記載は無いなぁ」
チケットを隅々まで見渡しながら修也は爽香の質問に答える。
「だったら大丈夫そうね。帰ったら早速……」
「あ、詩歌には蒼芽ちゃんから話が行くと思うぞ」
「あらそうなの。で、今の時点で誰が行くか決まってるの?」
「えーっと……俺・蒼芽ちゃん・由衣ちゃん・長谷川・新塚に、仁敷と爽香だな」
「……? 新塚って誰だ?」
千沙との面識の無い彰彦が首を傾げて尋ねる。
「由衣ちゃんと長谷川の同級生で相川の家がやってる格闘技教室の生徒で、さらに言うなら霧生の弟子」
「……何かメチャクチャ情報量多いな……」
修也の説明に難しい顔をして唸る彰彦。
「ちょっと待て土神、確かに師匠と呼ばせることは納得したけど別に弟子にしたわけじゃあ……」
そこに戒が話に混ざってきた。
「何言ってんだ、『師匠と呼ばせる』イコール『弟子にする』だろ」
「えぇ……」
「まぁ別に形だけなんだからいいじゃねぇか。ところで霧生、お前もボウリング来るか?」
「おぉ行く行く!」
修也の誘いに迷わず頷く戒。
こういうスポーツ系のイベントなら参加してくるだろうという修也の読みはバッチリ当たった。
「あっ氷室、お前もどうだ?」
修也は今教室に入ってきた塔次にも声をかける。
「……ふむ、たまにはそういうのも悪くないな。予定を開けておくとしよう」
「よし、じゃあ霧生と氷室も追加な」
「いや待って待って。何で今来た氷室君が話の経緯を知ってる訳?」
何事もなく話を進めようとする修也に待ったをかける爽香。
「いや氷室なら分かるんじゃないかなーって。実際分かってるみたいだし」
「この面子が集まって話し合いをしているということは週末辺りにどこかへ遊びに行くという算段なのだろう? それくらいの予想はつく」
「……全国トップの頭脳は伊達じゃないわね……」
何でもないことの様に言ってのける塔次を見て爽香は疲れたような声で呟く。
「相川には新塚から話が行くだろうし、あとは華穂先輩か。昼休みにでも聞いてみるかな」
そこでホームルームのチャイムが鳴ったので解散となり、修也たちは授業の準備を始めるのであった。
守護異能力者の日常新生活記
~第5章 第25話~
「……という訳で……」
「うんっ! 行く行く!!」
昼休み、それぞれ昼食を食べ終えた後修也がおもむろに話題を切り出したのだが、全て言い切る前に華穂は何度も首を縦に振った。
「……いやまだ全部言ってないんだけど……」
「そこまで言われたら分かるよ。むしろそこまで話して一緒に遊びに行こうというお誘い以外何かある?」
「まぁ、確かに……」
チケット入手の経緯を話しておいてそれだけで終わり……ではいくら何でも意地が悪すぎる。
「でもさ、最後まで話を聞かずに二つ返事で頷くのもどうかと思うぞ。もし変な頼み事だったりしたらどうするんだ」
「変な頼み事って、例えば?」
「え、例えば? うーーーーん……」
逆に華穂に質問され修也は考え込む。
……が、どれだけ考えても全然思い浮かばない。
「……般若心経唱えながら円周率暗唱してエアロビ踊る、とか?」
「それ私と初めて会った時に私が言ったやつ! そこでそういう答えしか出ないのが土神くんの答えということなんだよ」
「そうですね。修也さんは私たちが不快に思うようなことを思いつくような人じゃないです」
「は、はい……先輩は、いつも……周りの人たちのことを、気遣ってくれる……そんな、人ですから……」
「それが土神が今まで作ってきた信頼と人間関係ってこったな」
華穂の言葉に蒼芽と詩歌と瑞音が続く。
「そんな大げさな……そういや詩歌は蒼芽ちゃんから話聞いたか?」
「は、はい……お姉ちゃんやアキ君に、舞原さんや土神先輩がいるなら……大丈夫です」
修也の問いかけにたどたどしくも頷く詩歌。
「相川は新塚から聞いたと思うが……」
「おうよ! この私がそんな機会見逃す訳ねぇだろ!」
それに対し瑞音は力強く頷く。
「そうだ千沙と言えばお前の連絡先を聞いたって言って私に教えてきたが良かったのか?」
「あぁ、知らない仲でもないし特に問題は無いだろ」
「そうか、じゃあアドレス帳に入れさせてもらうぜ。ついでにこれが私の連絡先だ」
そう言って自分のスマホに修也の連絡先を入れた後に連絡先が表示された画面を見せる瑞音。
きちんと本人に確認してから登録するところが瑞音らしい。
「あっ瑞音ちゃん、私も登録して良い?」
「はいどうぞ。舞原も米崎妹も入れとくか?」
「あ、良いんですか? それなら私も入れさせてもらいます」
「あ……わ、私も……」
それぞれがそれぞれの連絡先を自分のスマホに登録していく。
詩歌も大分慣れたようで修也の連絡先を登録していた頃より手の動きがスムーズだ。
「あ、そうだ土神くん。美穂ちゃんも誘っても良い?」
瑞音の連絡先を登録した後、華穂が修也にそう尋ねる。
「ああ良いぞ。てか霧生が来るのに誘わないのはどうかと思うし」
「だよねー。じゃあ早速……」
そう言って華穂はそのままスマホを操作する。
「…………ん? 着信?」
華穂がスマホの操作を終えて1分もしないうちに修也のスマホが着信を知らせる。
「……あれ、美穂さんからだ」
修也のスマホの画面には美穂からの着信を表示していた。
「あー、お礼の電話だね」
「マジか。すっげぇ律儀だなぁ」
修也としてはただ単に遊びに誘っただけだ。
なのにわざわざ電話をかけてくるあたりに美穂の几帳面な性格が見て取れる。
とりあえず美穂を待たせるのも悪いので修也は着信に出ることにする。
「もしもし」
『もしもし土神さんですか? お忙しい所申し訳ございません』
「あぁいえ別に、もう昼も食べ終わったところなので大丈夫ですよ」
『話は先程姉さんから聞かせていただきました。この度は私にもお誘いの言葉をかけていただきありがとうございます。電話越しで恐縮なのですが取り急ぎお礼の言葉をと思いまして』
「いやそんな大仰なことでは……」
電話の向こうで深々とお辞儀をしてそうな美穂の口調に少し慌てる修也。
「と、とりあえず具体的なことが決まったら華穂先輩に伝えますので」
『はい、承知いたしました。ところで土神さん、戒さんもいらっしゃるのでしょうか?』
「あ、はい。アイツも来る予定です。スポーツ系ならこの前の球技大会みたいに活躍するんじゃないですかね? 遊びで活躍ってのも変な話ですが」
『ふふ……そうですね、楽しみにしておきます。それでは失礼いたします』
そう言って少し間を置いた後、美穂からの通話は切れた。
「うーん、電話口からでも分かるこの気品の良さ。流石というか何というか」
「まぁ美穂ちゃんだからね」
「んじゃまぁ具体的なことが決まったらまた連絡するよ。詩歌と相川もそれで良いか?」
「あ……は、はい」
「おうよ」
話が纏まったところで予鈴が鳴り出したので修也たちは校舎に戻りそれぞれの教室へ向かった。
「『……ん? 何だこの通知』
いつの間にか自分のスマホに来ていた通知に首を傾げる。
メールのようだが差出人の名前は無い。
アドレスも全く見覚えの無いアルファベットが適当に羅列したものだ。
いわゆる捨てアドというものだろう。
題名も無しで本文も無い。
ただ添付ファイルが貼り付けられているだけだ。
『タチの悪いウィルスメールかな。こういうのはさっさと削除するに限る』
そう呟いて削除しようとした指がピタリと止まった。
添付ファイルは拡張子からしてどうやら動画のようである。
動画ファイル単体ということはウィルスとは考えにくい。
それに……何やらこのファイルから言い知れない圧のようなものを感じる。
中身を見ないと一生後悔しかねない……そんなプレッシャーのようなものが発せられている気がしたのだ。
『……………』
しばらく迷ったが動画を見る為にファイルを開いてみることにした。
動画の中はどこかの部屋のようだ。
生活感の無い瓦礫だらけの部屋の真ん中に椅子がひとつ置かれている。
そしてその椅子に腰かけている人がいた。
その人物は手足を縄で椅子に縛り付けられ、目隠しをされた上に猿轡まではめられている。
呼吸は荒々しく頬も紅潮していた。
『なっ……!?』
その映っている人物が誰なのか分かり息をのむ。
その人は……自分の大切な人。
自分のような人間に優しい笑顔を向けてくれた人。
その人を守る為なら自分の命を差し出しても惜しくない人。
そんなかけがえのない人が……動画の中にいる。
『いぇーーい、見てるーー?』
その時、動画の中からその場に似つかわしくない明るい声が響いてきた。
それと同時に1人画面内に移りこんでいた。
しかし、マスクに帽子にサングラスで顔の大部分を覆っているので誰なのかは全く分からない。
『早速で悪いんだけど、今からこの子を君から寝取っちゃおうと思いまーっす! ……つってもこれを見てる頃にはもう全部終わった後だけどね』
『な、何だと!?』
動画から流れてきた信じがたい発言に耳を疑う。
『それじゃ、オレにこの子が調教される姿をしっかり目に焼き付けておきなよ。これで夜のお供には困らなくなるなギャハハハハハ!!』
『くっ……やめろ……やめろおおおおぉぉぉぉーーーー!!』
膝がガクガクと震え目からは怒りと悔しさで涙が溢れる。
喉が裂けそうな勢いで画面に向かって叫ぶ。
しかし震える手の中のスマホの動画は止まらない。
こんな姿は見たくない……見たくないはずなのに目が離せない。
『……ふーぅスッキリしたぁ。以上、たけのこ君の大事なきのこ君を寝取ってみたのコーナーでしたー! これソッチ系の動画サイトで売れるかな?』
『きのこ…………きのこーーーーー!!!』
きのこの変わり果てた姿を見て崩れ落ちるたけのこ。
しかし怒りと悔しさの中に紛れてほんの少しだけ興奮の感情があることに今のたけのこは気づかなかった……とまぁこんなお話を考えたのですが」
そう言って白峰さんは原稿用紙を纏める。
「うむぅ……構想としては悪くは無いのですが、何か物足りない感じがしますな」
「やはり黒沢さんもそう思われますか。私も何か足りない様に感じるのです」
肘を机につき手を組みながら難しい表情で唸る黒沢さんと白峰さん。
「……やはりアレですな、肝心の絡みシーンを省略しているせいでリアリティに欠けるのが原因かと思われますぞ」
「ですわよねぇ……脳内でアレコレイメージはしてみるものの、想像の域は出られませんものね」
「とはいえ我々女子に殿方同士の絡みを体験しろというのは無理な話」
「できたとしても書籍などから知識として得るあたりが限界ですわ」
「……ところでそういった書籍は男性向けはゾーニングされているのに女性向けは特にそういう処置がなされていないことを白峰殿はどう思われますか?」
「……私個人としましては正直あまり良い気分ではありませんわ」
黒沢さんの問いに白峰さんはさらに表情を険しくしてそう答える。
「おやそうなのですか?」
「えぇ。殿方たちは耐え難きを耐え忍び難きを忍び千載一遇の好機を虎視眈々と狙いその手の書籍を手に入れているというのに、我々女性はそのような苦労などすることなく堂々と入手できる……不公平ではありませんか?」
「いやそこまでは苦労してないけど」
「だよなぁ……結構簡単にそういう動画とか拾えるし」
白峰さんの主張にどこからかそんな声が聞こえてくる。
「確かに一説によると、下手な成年漫画よりも少女漫画の方がそういう表現が露骨という話も聞きますな」
「らしいですわね。話が逸れましたが、やはり経験したこと以上のことは書けないというのは創作者としての悩みどころですわね」
「ならば経験者に話を聞けばある程度の問題は解決できそうですぞ!」
「ええ、流石に実体験には劣りますが変に規制された書籍などよりもリアルなお話を伺えますわね!」
「……という訳で霧生殿!」
「どうか私たちに霧生さんの体験談をお聞かせいただけませんか!?」
「ねぇよそんな経験!!」
話が纏まった白峰さんと黒沢さんが揃って戒に頼み込むが、速攻で切って捨てられる。
「おぉ……これだけの長い話をよく把握できていたでありますな」
「霧生さんなら煙に巻いて押し切ればなんとかなると思っていたのですが……」
「なるわけねぇよな!?」
真面目に考察を始めた2人に抗議する戒。
「あっ、土神殿! 土神殿にもお伺いしたいことがあるのですが少々お時間よろしいですかな?」
そこに修也が戻ってきたことに気付いた黒沢さんが声をかけてくる。
「何だ? 言っとくけど俺にもそんな経験は無いぞ」
「分かっておりまする。土神殿の周りには誰かしら女子がいることが多いですからな」
「流石にその状態では私たちの妄想も広がりませんわ」
「自分で妄想って言っちゃってるよ……」
堂々と言ってのける白峰さんに修也はある意味清々しさすら覚える。
「朝の話が少々耳に入ったのですが、今度の週末にボウリングに行かれるとか」
「あぁうん、ちょっとした縁でチケットが手に入ったから。あ、2人も一緒に行きたいとか?」
黒沢さんの聞きたいことに予測を付けて修也は聞き返す。
「いえ、お誘いは非常にありがたいのですがそうではありませぬ」
「ええ、私たちは今週はどうしても外せない用事がありますので」
「あ、そうなの。まぁ別に無理にとは言わないけど」
2人も一緒に遊びに行きたいのかと修也は思ったのだがそうではないようだ。
「ボウリングとはアレですな、ボールを転がして遠くに並べられた10本のピンを倒すスポーツでありますな」
「うん、まぁ」
「1つのボールと10本のピンが激しく絡み合う遊戯ですわよね?」
「う……うん?」
妙な言い回しをする白峰さんに首を傾げる修也。
「つまりそれはボールさんによるピンさん10人の超極大ハーレム! くんずほぐれつの酒池肉林!! 想像しただけでもう……テンション上がってきましたわあああぁぁぁ!!!」
「なるほどそれは正しくこの世の楽園! うっひょおおお! 漲ってきましたぞおおおぉぉぉ!!」
「あー、うん……もう好きにやってて……」
またしてもおかしな所でテンションを上げる2人に突っ込む気力すら失せる修也であった。
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