守護異能力者の日常新生活記 ~第2章 第25話~

「…………え……」

詩歌は状況が理解できなかった。
いや、もしかしたら無意識のうちに理解するのを拒んだのかもしれない。
昼食を買いに行くためにコンビニに行こうとした時、突然修也が自分を真横に突き飛ばした。
何で? と思う間もなく詩歌の視界から修也が消え、代わりに巨大な壁が目の前に現れた。
それが壁ではなく暴走していたトラックだと気づいたのは、トラックが目の前を通り過ぎてしばらくしてからだった。
そこで詩歌は、初めて修也が暴走トラックから詩歌を守るために突き飛ばしたのだと理解した。
修也が突き飛ばしてくれたおかげで、詩歌はギリギリではあるがトラックとの衝突を回避することができた。

「詩歌! 大丈夫か!?」

比較的近くにいた彰彦が慌てて詩歌に駆け寄る。
離れていた爽香も遅れて詩歌に駆け寄ってきた。

「大丈夫なの詩歌!? どこも怪我してない?」

地面にうずくまる詩歌に爽香が声をかける。
しかし、その声は詩歌に届いていない。

(え……せ、先輩……土神先輩、は……? 土神、先輩は……どこ……?)

詩歌は呆然としながら、頭の中で壊れたラジオのように繰り返し呟く。
電車に乗る前にスリを防いでくれた修也。
電車の中で人混みから守ってくれた修也。
ジェットコースター(ミニ)に乗る時に手を取って誘導してくれた修也。
巨大迷路で協力しながら脱出した時の修也。
様々な場面が詩歌の中でフラッシュバックする。
そして先程、自分を突き飛ばして暴走トラックから守ってくれた修也……

「あ…………あぁ…………」

何とか口から出てきたのは言葉にもならない声だけだった。
しかも力なく震えている。
いや、震えているのは声だけではない。
手も、足も、体全体も、カタカタと震えて止まらない。
顔色は真っ青を通り越して白くなっている。

「……とりあえず、外傷は無いっぽいな」

詩歌の状態を確認した彰彦がそう言う。

「……そう、それは良かったわ。でも……」

詩歌に目立った外傷が無かったのは不幸中の幸いだ。
しかしだからと言って手放しで喜べる状況ではない。
トラックは詩歌の目の前を通り過ぎた後制御を失ったのか、フラフラと蛇行運転をしていた。
そして街路樹に正面からぶつかり、なぎ倒してようやく止まった。

「あークソ、お楽しみはこれからだってのに、真正面からイっちまったな……」

トラックの中からそんな声が聞こえてきた。

「でもまァ、一番ムカついてた奴を仕留められたから良しとすっかァ」

そんな気の狂ったような言葉と共にトラックのドアが開き、中から人が出てきた。

「アンタ……さっきの……!」

爽香が出てきた人物を睨む。

「よーゥさっきぶりだなァ。まずは一発、お礼参りと行かせてもらったぜェ?」

トラックから出てきたのは、先程詩歌の財布をスろうとして修也に返り討ちにあった、サラリーマン風の男だった。
しかし口調と纏う雰囲気が先程までとかなり違う。
そのあまりの変わりように爽香は薄気味悪いものを感じていた。

 

守護異能力者の日常新生活記

~第2章 第25話~

 

話は少し遡り……

「じゃあ、ついてきてくれるかな? ああその前に自己紹介がまだだったね。僕のことは、そうだなぁ……スケルスとでも呼んでくれ」
「ああ、分かったよ。で、何をやろうってんだ?」

スケルスと名乗った謎の人物からの提案を快諾した男は、くるりと振り返って歩き出したスケルスについていく。
路地裏のさらに裏とも呼ぶべきような薄暗く狭い道を迷う様子も見せず歩くスケルス。
その背中に向けて男は問いかける。

「……ひとつ質問をしよう。君は他人の幸せそうな様子を見たらどういう感情を持つかな?」

男の問いかけには答えず、逆に質問をしてきたスケルス。

「……良い感情は持たねぇよ」

男はかなり歪んだ価値観を持っていた。
他人の幸せは自分の不幸。
他人の不幸は自分の幸せ。
他人が困り悲しむ姿を見るのことに極上の愉悦を感じていたのだ。
その逆も然り。
なので、スケルスの質問にそんな回答が出るのも頷ける話だ。

「ふむ。じゃあどうしたい? 奪ってやりたいかな? それとも壊してやりたい?」
「……グッチャグチャにぶっ潰してやりてぇ」

苦虫を噛み潰したかのような顔でそう吐き捨てる男。

「……なるほど。じゃあ君にピッタリなのはあれだな……」
「あれ?」
「これから君はあの車に乗ってある所まで来てもらう」

そう言って少し離れた所にあるワゴン車を指さすスケルス。
窓ガラスには加工が施されていて、中が全く見えないようになっている。

「その際申し訳ないけど、移動中はマスクで視界を塞がせてもらうよ。構わないかな?」
「は? 何でだよ」

スケルスの言い出したことに怪訝そうに首を傾げる男。

「僕のやってる事はお世辞にも綺麗事とは言えないからね。できる限り情報の流出は避けたいのさ」
「良いねぇ……そういうのは大歓迎だ。ゾクゾクしてきた」

スリルと刺激を求め続けて変に性格が捻じ曲がってしまった男はスケルスの言葉を聞いて陰湿な笑みを浮かべる。

「分かってくれて助かるよ。じゃあこれを……」

そう言ってスケルスが取り出したのは……

「……なんで馬の頭のマスクなんだよ。こういう時ってアイマスクが定番じゃねぇのかよ」

よくパーティー等の仮装で使われる馬の頭を模したマスクだった。

「すまないね。ちょうど切らしてるんだよ」
「だからってなんで馬マスク……」
「じゃあやめるかい? 今ならまだそれでも良いけど」
「いや、やる。つければ良いんだろ!?」

そう言って勢いよく馬マスクを被る男。

「……別に今じゃなくても車に乗ってからでも良かったんだけどな……」

そんな男に対し、スケルスは困ったような、それでいて笑いをこらえているような声で呟く。

「そういう事は早く言えよ!」
「ごめんごめん、じゃあ行こうか。それだと前が見えないだろうから連れてってあげるよ」

そう言ってスケルスは男を車の中に誘導する。

「じゃあしばらく待っててね。十数分で着くから」

スケルスの言葉と同時に車の扉が閉まる音がして、少ししてからエンジンがかかる音がした。
そしてゆっくりと車が動き出した。

(最高に刺激的でスリリング……どんな事ができるのか……ヒヒ、今から楽しみだぜェ……)

車に揺られながら、男は何をやらせてくれるのか期待と興奮で頭がいっぱいだった。
馬マスクで視界が封じられているからか、想像が加速して脈も強く早くなっているのが分かる。

「ふ、ふひひひひ…………うへへへへへ…………」

段々と男の意識は朦朧としていき、思考が混濁化しているが、当の本人はそれには気づいていない。
その様子を運転席からバックミラー越しに伺うスケルス。

(…………うん、順調に効果が出始めてるね)

男の様子を見てほくそ笑むスケルス。
実はあの馬マスクには細工が施されていた。
マスクの内側に、興奮を促す薬剤と思考を鈍化させる薬剤が塗り込まれていたのだ。
馬マスクは顔全体をすっぽりと覆うため通気性は悪い。
なので気化した2つの薬剤を、男はこれでもかというほど自身の肺に取り込むことになるのだ。

(……しかし、絵面が物凄く不気味だね……外から見えないようにしておいて正解だったよ)

不気味な笑い声をあげる馬マスクの男。
非常にシュールで不気味だ。
もし外から車の中が見えた場合、変な注目を浴びかねない。
スケルスは遊び心を出した当時の自分を恥じた。
そして車の外からは中が完全に見えない仕様にした当時の自分に賞賛を送った。

「さぁ、着いた。もうマスクを外しても構わないよ」

車に揺られること十数分。
目的地に着いたスケルスは車を止め、男に呼びかける。
しかし男からの反応はない。

「あれ、どうしたんだい? よっと……」

スケルスは男の座っていた後部座席へ回り、馬マスクを外す。

「フヒヒヒヒヒ……ウェヘヘヘヘヘ……」

中から出てきた男の顔はだらしなく歪みきっていた。
目は焦点が合っておらず、鼻からは鼻水が、口からは涎が垂れている。

「あぁー……車に乗る前にマスク被ったから、ちょっと薬剤吸いすぎたかな……?」

困ったかのような声で呟くスケルス。

「流石にこれじゃ何もできないし分からないよね……仕方ない」

そう言ってスケルスは男を車から引きずり出し、どこからかバケツを取り出して近くにある水道で水を汲む。
ある程度溜まったところで水を止め、思い切り男の顔に向けてバケツの水をぶっかけた!

「ぶっはァ!? な、なんだァ!!?」

水をぶっかけられたことで男の意識は覚醒する。
ただ、言葉の端々がおかしいあたり、まだ薬剤の効果は抜けきってないと思われる。

「しっかりしなよ。ちょっと意識が飛んでたよ? そんなにこれからのことが楽しみだったのかい?」
「え……あ、そ、そうだ! それで……」
「うん、目的地には着いたよ」

スケルスにそう言われ、男は辺りを見回す。
どうやらどこかの倉庫のようで、所狭しと色んな物が無造作に置かれている。

「ここは僕のアジトみたいな所だね。君にはここの道具を好きに使って、町で好き放題破壊行動を行ってほしい」
「……何だって?」

スケルスの言葉に、男は耳を疑った。
ただ声色は当惑ではなく、期待に満ちたものであったが。

「町で思う存分暴れまわり、そこの住人の幸せをぶち壊し、恐怖に染め上げる……とてもスリリングで刺激的だと思わないかい?」

スケルスの言葉に、男の心臓は高鳴る。

「こ、ここにあるやつなら何を使っても良いのか?」
「良いよ」
「このでっかいハンマーで窓ガラスを叩き回ったり……」

男はすぐそばに転がっていたハンマーを拾い上げ、問う。
柄が1メートルほどあり、槌は直径10センチほどの円柱の鉄でできているものだ。

「もちろん」

スケルスは迷わず頷いた。

「あの鉄パイプで通行人に襲い掛かったり……」

壁に立てかけてある鉄パイプを見ながら男は再び問う。

「面白そうじゃないか」

スケルスは興味深そうに頷く。

「じ、じゃあこのトラックを暴走させるっても良いのか!?」

そう言って男は大型のトラックを指さす。

「おおっ良い所に目を付けたじゃないか。君、才能あるんじゃない?」

少し驚いたようなリアクションを見せるスケルス。

「そ、そうか……? ふ、フヒヒヒヒ……」

スケルスにおだて上げられ、男は興奮と高揚感、そして万能感に満たされる。

「ただし、持っていけるのは1回だけだ。再びここに戻ってきてはいけない」
「あァ、分かってるよ……足がつくのを避けるため……だろ?」
「……ふふ、今更君に説明することでもなかったようだね」

男の言葉に、スケルスは軽く微笑む。

「じゃあ……トラックとハンマーを貰ってくぜェ」

そう言って男は最初に目についたハンマーを持ってトラックへ向かう。

「あれ、それだけで良いのかい?」

スケルスは意外そうな声色で尋ねる。

「あァ……どうせたくさん持って行ったって使えねェだろうしなァ……」
「意外と冷静だね」
「そう言えば拳銃とか無いのか? どうせならぶっ放してみたかったんだが……」
「悪いね、銃は他の人に渡してしまって今は無いんだ」
「はァ? ……まァ無いもんは仕方ねェか……」

一瞬不服そうな顔をした男だが、すぐに嗜虐的な笑みを浮かべだす。
男はこれから自分が起こす、恐怖の破壊ショーが楽しみで仕方なかったのだ。
それとスケルスが仕込んだ薬剤のせいで思考が単純化している。
なので数々の不審な点にも気付けなかった。
何故こんな物を用意できるのか?
何故これだけの物を気軽に貸し与えることができるのか?
何故町の破壊行動なんてことをさせるのか?
そもそもスケルスは一体何者なのか?
このような疑問も今の男の頭の中には湧かず、ただ目の前の快楽だけしか見えていない。

「じゃあひと暴れしてくっかァ」

そう言ってトラックに乗り込む男。

「そう言えば君、トラックの運転はできるのかい?」

スケルスは男に尋ねる。

「あァ? ……そんなもん適当にやっとけば何とかなるだろ」

そう言って男は運転席を適当に弄りだした。
しばらくするとトラックにエンジンがかかり、ゆっくりと動き出す。

「ほら見ろ、何とかなった」
「流石だね。じゃあ、頑張って」

動き出したトラックを、スケルスは手を振って見送る。

「頑張って……僕の為に人柱になってね」

スケルスの最後の呟きは、トラックのエンジン音にかき消され、男の耳に届くことはなかった。

 

「さァて、どこで暴れるかな、と……」

男はトラックを運転しながら、目的地をどこにするか考えていた。

「この辺は全然人がいねェから面白くねェし、やっぱ人の多い所だな! だとすると……」

男の頭の中でいくつか場所をピックアップする。

「あそこだ! 腑抜けたツラしてるクズどもが集まるあの遊戯施設!!」

目的地が決まり、男はアクセルを踏み込みトラックを走らせる。

「見てろよ……フヒヒヒヒ……恐怖の破壊ショーの始まりだ……」

限界まで見開いた目で呟きながら目的地へ向けてひた走る。
最初は今どこにいるか分からなかったが、適当に走っているうちに見覚えのある場所に出てきた。

「あァ、見覚えがあるぞここ。ということは……あっちか!」

目的地への道を把握した男は、意外にも安全運転で道路を走る。

(ここで変に目立つ行動をして捕まったりしたら興醒めだからなァ……)

思考が単純化しているとはいえ、そのくらいの気を回すことはできるようだ。
男はしばらくの間道なりに走る。法定速度で。
やがて遊戯施設の壁が見えてきた。
男は壁に沿うようにトラックを走らせる。

(……やっぱり突っ込むなら人の多い入り口だろ!)

そんな考えのもと男は進む。
男の中はまもなく始まる惨劇への期待でいっぱいだった。

「っ!!!」

そんな男の視界にある人物が入った。

「アイツはっ……さっきの……!」

自分の悦楽の時間をことごとく邪魔してくれた男……修也だった。
修也を見た瞬間、男の中には憎悪の感情が一気に膨れ上がった。

「アイツだけは……! 絶対ぶっ殺す……!!」

そう呟くと同時にアクセルを力いっぱい踏みつける男。
しかし途中で修也が異変に気付き、こっちを見て驚きの表情を見せる。

「ちっ、気付かれたか……! でももう遅ェ!!」

男は迷わず修也に突撃した。
男の視界には、ぶつかる直前に横にいた詩歌を突き飛ばした修也の姿が映った。

(こんな時でも偽善者気取りかよ……ますます気に入らねェ!!)

その修也の行動がさらに男を激昂させる。
さらにアクセルを踏みつける男。それ以上は踏み込めないというのに。
まもなく何か硬いものにぶつかったような衝撃がトラック全体を包む。

「やった……やってやったぞ!! ヒャハハハハハハ!!!」

修也を撥ね飛ばしたことでの達成感で男は大声で高笑いをする。

「ハハハハ……あァ?」

だがそれが原因なのか、トラックは制御を失う。

「うォっ、あぶねっ!?」

男は慌ててハンドルを切り制御を取り戻そうとするが、それは逆効果だ。
余計に制御を失ったトラックはフラフラと蛇行し、街路樹と正面衝突してようやく止まったのであった。

 

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