守護異能力者の日常新生活記 ~第2章 第26話~

ざわざわと、辺りが騒がしくなってきた。
流石にこれだけの騒ぎを起こせば注目を浴びるのは必然である。
しかしトラックから出てきた男は周りなど全く気にする様子を見せず、ヘラヘラと笑いながら爽香たちだけに視線を向けていた。

「さァて、お前らにもたーっぷりとお返ししてやらないとなァ」
「な、何を……」
「俺の楽しみを邪魔したんだ……これくらいの報いは受けて当然だろォ?」

狂気に染まった顔でそう言う男の右手には、巨大なハンマーが握られている。

「これで全身グッチャグチャにしてやるから、そこを動くなよォ……?」
「っ……! 逃げるわよ彰彦、詩歌!」
「でも、土神は……!」
「まずは自分の安全を確保しないと!」

非情に聞こえるかもしれない爽香のセリフだが、これが正しい。
修也の安否を確認するにせよ警察に通報するにせよ、まずは自分たちの身の安全が保証できてからだ。

「ほら詩歌、立って!」

爽香は未だに呆然と道路にへたり込んでいる詩歌を無理やり立たせる。

「彰彦、詩歌をお願い!」
「あ、ああ」

彰彦は詩歌を背負い、男とは反対方向に走り出す。
爽香もその横につく。

「……動くなって言ってんだろ……? 面倒なことさせるんじゃねェよ……!」

薄ら笑いを浮かべていた男が、一瞬で怒りの表情に変わる。
ハンマーをずりずりと引きずりながら小走りで向かってきた。

「っ……」

特筆して足が速い訳ではない爽香と彰彦。
しかも彰彦は今詩歌を背負っている。
男の方もハンマーを引きずっているが、少しだけ男の方が速い。

「あァ……必死に逃げる獲物を追い詰めるってのもこれはこれで一興だなァ。ほれ逃げろ逃げろ! ひゃははははは!!」

そう叫ぶ男の顔は狂気の笑顔が張り付いている。
目はもう完全に正気ではない。
ガリガリとハンマーを道路に引きずる音がさらに恐怖を掻き立てる。
常軌を逸した男の様子に、遠巻きに見ていた野次馬たちも慌てて逃げだした。

「く、狂ってる……」

後ろ目に男を見ながら爽香が呟く。

「ひ、酷い……ど、どうして……こんなことが……できるの……」

すっかり怯え切った様子で弱々しく呟く詩歌。

「酷いィ? あのガキのやったことの方がよっぽどヒデェだろうがよォ!? この俺の楽しみを散々邪魔しやがったんだからなァ!!」
「っ!!」

狂気を孕んだ咆哮にも近い男の叫びが詩歌をさらにすくみあがらせる。

「だからあのガキには裁きを受けてもらった! 罪状は俺の楽しみを妨害した罪! いわばあれは正義の鉄槌だ!!」

自分の言葉に酔いしれながら、じりじりと距離を詰めてくる男。
もう少しであのハンマーの射程距離に入ってしまう。

「ひっ……!? ……え?」

目前にまで迫ってきた男の狂気染みた顔に短く悲鳴を上げる詩歌。
しかしふと何か違うものを見つけたようで、意識がそちらへ向く。

「さァ覚悟はできたか? できてなくても待ってやらねェ、すぐにあのガキと同じところへ……」
「いや、覚悟するのはお前だ」
「あァ? ……がっ!? ぶっ!!?」

突如彰彦でも爽香でも詩歌でもない声が聞こえてきたことに怪訝そうな表情をした男。
しかし次の瞬間、襟首を掴まれ思い切り後方に引っ張られ、バランスを崩す。
さらに足を払われ、受け身を取ることもできずに背中から地面に叩きつけられた。

 

守護異能力者の日常新生活記

~第2章 第26話~

 

「かはっ……!?」

予期せぬ衝撃を受け、男はもんどりうって地面を転がる。
背中への衝撃で強制的に肺の空気を押し出されたことで、男は一時的に呼吸困難に陥った。

「な……に、が……!?」

自分の身に何が起きたか把握できず混乱する男。
だが混乱しているのは男だけではなかった。

「え、何……何が起きたの?」
「と、とりあえず助かったってことで……良いのか?」

爽香と彰彦も何が起きたのか分かっていない。
そんな中、一番状況を把握できていたのは……

「つ…………土神、先輩…………?」

詩歌だった。
詩歌は修也が男の襟首を掴み、引き倒して地面に叩きつける一連の動作を見ていたのだ。

「え? 土神!?」
「つ、土神君!?」

詩歌の呟きを聞いて、彰彦と爽香も状況を把握する。
修也は先程までと何ら変わらない状態でそこに立っている。
怪我らしきものも一切無い。

「なっ……!? なんで……なんでテメェが生きてやがるっ!? テメェは俺があの時撥ね飛ばしたハズっ……!」

男の方でも何があったのか把握したようだ。
しかしそれでは修也が今ここに何事もなかったかのように立っていることが理解できない。
あの時、間違いなくトラックで跳ね飛ばしたはずだ。
『何か硬いもの』に衝突した手応えは間違いなくあった。
運転席からは死角になっていたので直接見ることはできなかったが、あの状況では間違えようが無い。
あのスピードでぶつかれば、人間の体などバラバラに砕けるはず。
そのはず、なのに……!
修也はバラバラどころか擦り傷すら無い。完全な健康体だ。

「そんなのわざわざお前なんぞに教えてやる義理は無い」
「何……だとォ……!?」

修也の言葉にこめかみをピクピクさせながら憤怒の表情になる男。

「仁敷、爽香。とりあえずコイツは俺が何とかするから少し離れててくれるか?」
「い、いや……でも……」
「大丈夫だ、俺に任せろ」

男の様子も意に介さず、彰彦と爽香に避難を促す修也。
そんな修也の態度が男の怒りの火にさらに油を注ぐ。

「ま、まァ良い……直接テメェのそのいけすかねェ顔面を叩き潰すって楽しみが増えたんだからなァ……」

そう言って修也を睨みつけながらハンマーを構える男。

「しかしまぁ……ハンマーとはまた相性の悪い武器を……」

対する修也も構えながら呟く。

「へっ……今更泣いて土下座して謝っても許してやらねェからな……」

男は武器ありなのに対して修也は素手。
リーチを考えると男の方に分がある。
なので自分が優位だと察して嫌味ったらしく笑いながら言う男。

「ん? お前なんか勘違いしてないか?」

そんな男に対し、修也は『何言ってんだコイツ』と言いたげな顔をして尋ねる。

「……はァ?」
「俺は『俺との』相性が悪いって言ったの。つまり不利なのはお前」
「はあァ?」
「断言してやろうか? お前は俺に一撃も当てることができずに俺に倒されるって」
「はあああァァァ!!?」

修也の宣言にいきり立った男は、叫び声を上げてハンマーを両手で持ち、真上に振り上げる。
それを反動にして、力いっぱい振り下ろした!

「頭蓋骨砕けやがれェっ!!」

重力を味方につけて加速したハンマーは、修也の真横を通過して地面を殴りつける。

「ちィっ! 外したか……運の良い奴め!」

外れたことに舌打ちしつつも、すぐに腰だめに構えなおして、横に振りぬく。

「内臓ぶっ潰れろォっ!!!」

遠心力も加わった一撃は、修也の手前を高速で飛んでいく。

「オラオラどうしたァ!? さっきから全然動けてねェじゃねェか!! ビビってんのかァ!?」

全然動かない修也に対し、口元を歪めながら挑発を兼ねた暴言を放つ男。

「…………そうか、お前の目には動けてないように見えるのか」
「あァ?」
「じゃあ所詮お前はその程度ってことだ」
「……は、はああああァァァァ!!?」

修也の言葉に、男の怒りの火にさらに燃料が投下される。

「微動だにできねェ癖にイキがってんじゃねェぞクソガキがァっ!!」
「動けてないわけじゃない。動く必要が無いだけだ」
「……何?」
「当たらないことが分かってる攻撃を避ける必要がどこにある?」

ハンマーは重い分細かい操作が難しい。
しかも、重い武器は力任せに振り下ろすか振り回すかしかできないので非常に軌道が分かりやすいのだ。
更に、武器が重いとどうしても初動が遅くなる。
なのでタイミングの見切りも比較的簡単だ。
それらに修也の超人的な動体視力が加わると、『いつ』『どこに』『どんな』攻撃が来るかなど手に取るようにわかる。
『今からここにこういう攻撃をしますよー』と宣言してくれているようなものだ。
後は攻撃の当たらない位置にあらかじめ移動しておけば良いだけ。
そうすれば勝手に攻撃が外れてくれる。
つまり修也は男の攻撃が始まる前に既に回避が完了しているからそれ以上動く必要が無いのだ。
それを『運良く攻撃が外れているが、ビビって動けていない』と男は勘違いしているという訳だ。

「そりゃまあ当たればデカいからな。ロマンを求める気持ちは分からんでもない。しかし命中率0に期待するのはちょっとロマンが過ぎるんじゃないか?」
「ふざけたこと言ってんじゃねェ! 自惚れんのも大概にしろやァ!!」
「そう言う重量級の武器って力だけあれば良いって思われがちだけど、上手く使うのに意外と技術いるんだぞ? 力任せに振り回したって駄目だ」
「……るっせェ!!」
「ゲームとか漫画の主人公だって大体使う武器は剣、もしくは槍だろ? 斧とか鈍器使う奴ってあまり知らないなぁ……ああでもこれは俺が知らないだけかもな。お前何か知ってる?」
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れェっ!!」
「あ、サブウェポンならワンチャンあるかも……いやダメか。そういうのって弓とか飛び道具が定番だもんな」
「黙れええええェェェェ!!!」

男が般若も逃げ出すような形相でハンマーを振り回しているのに対し、修也はまるで知り合いと世間話をするかのような口調だ。
ちなみにこのやり取り中、修也は全ての攻撃を回避している。かすりすらしていない。
逆に地面を殴ることで反動の衝撃がハンマーを通じて男の手に伝わり自身へのダメージとなっている。
そのことで徐々にだが手に力が入らなくなりハンマーの軌道にキレが無くなっているのも、ただでさえ低い命中率をさらに低くしている理由となっている。
しかしそれでも男はハンマーを振るう手を止めない。ハンマーを手放さない。
目は血走り、歯が折れるのではないかと思うほど強く噛みしめ、修也に向かってくる。
その様相に理性らしきものを感じられない。

(……これ、ちょっと尋常じゃないぞ? コイツの身に一体何があった? 何にせよあまり時間をかけない方が良い気がしてきたな)

相手を怒らせて攻撃を読みやすくするのは修也の常套手段だ。
なので狙い通りではあるのだが、それにしてもこの男は異様だ。
怒りよりも狂気の方が強く感じ取れる。
早々に片を付けた方が良いと判断した修也は、一歩大きく後ろに下がる。

「逃がすかああああァァァァ!!!」

それを逃げると判断した男は一歩前に踏み込み、ハンマーを真上に掲げる。

「死ねええええェェェェーーーー!!!」

男はハンマーを修也の脳天に叩き落とすため、力をためて振りぬこうとした。

「ふっ……!」

しかし修也の方が一手早かった。
男がハンマーを振り下ろす直前に、一足飛びで修也が男の懐に潜り込む。

「なっ!?」
「隙だらけなんだ……よっ!!」

そしてその勢いのまま左肘を男の鳩尾にめり込ませた。

「ぐぶっ……!?」

まさにお手本のようなカウンター攻撃だった。
腹部への強烈な衝撃で思わずハンマーを取り落とし、腹を押さえる男。
胃液が逆流しそうになる感覚に全身から冷や汗が吹き出す。
そのまま後ろに倒れそうになるが何とか踏みとどまり、数歩後ろによろけるだけにとどまらせたのは見事と言うべきだろう。
だがそのことでできた大きな隙を修也は見逃さない。

「これで……とどめっ!!」

上半身を捻り、右の掌底を男の眉間に撃ち込む修也。

「がふっ……!?」

2度目の衝撃に、今度こそ男は後ろに倒れた。
その際後頭部を強打したからか、倒れたまま起き上がってくる様子はない……が、指先がぴくぴくと痙攣しているので死んではいないだろう。

「や、やりすぎたかな……? いや、こうでもしなきゃ終わらなかったし周りも危なかったからな……正当防衛だよ、正当防衛」

先日の不法侵入者の時と同様力の加減を誤ったかもしれないことに対して、誰にしているか分からない弁明をする修也。
今回は近くには野次馬らしき人影はないので本当に誰に弁明しているのか分からない。
いるのは少し離れて避難していた、彰彦と爽香と詩歌だけだ。

「あ、あのー……もしもーし……コイツは倒したからもう大丈夫ですよー……」

やりきれない空気に、修也はつい敬語になって彰彦たちに声をかける。
それでも誰も唖然とした表情で動こうとしない。

(もしかして……また前みたいに……? 無理も無いか……『力』を使ってないとはいえ、流石に……)

修也の脳裏に嫌な記憶が浮かび上がってくる。
この町に引っ越してくる前の、『力』を使った時の周りのリアクションだ。
今回の立ち合いでは『力』は使っていないが、状況は酷似している。
修也の心に暗い影がさしかかってきた。

「……………………す」
「す?」

修也がそんな心情を抱いているのをよそに、彰彦は何か小さな声で呟いている。
何を言っているのか、恐る恐る近寄って聞き取ろうとする修也。

「すっげぇな土神!!」
「わっ!?」

だが手を伸ばせば届く距離くらいにまで近づいた時、目を輝かせた彰彦に詰め寄られた。
全く予想していなかったリアクションに修也は驚く。

「護身術やってるとは聞いてたけどすげぇスタイリッシュだったな!」
「あれはちょっとかじってたとかいうレベルじゃないわよ! 確かにあれなら1-Cで人気者になるのも分かるわ!」

爽香も彰彦と同じようなリアクションを見せる。

「え……あの、引いたりしないの?」
「引く? 何で?」
「いや……自分で言うのもなんだけど、常人離れしてるなー、なんて……」
「何言ってるのよ、引くわけないじゃない。凄いとは思うけど」

修也の言葉をバッサリと切る爽香。

「そ、そうか……」

それを聞いて安堵のため息を吐く修也。

「あれ、そういや詩歌は?」

詩歌のリアクションが無い事に気づいた修也は辺りを見回す。
詩歌は爽香の後ろで未だ唖然とした表情で棒立ちになっていた。

「詩歌……? もうアイツは倒したから大丈夫だぞ……?」

修也は詩歌の前に立ち、目線の高さを合わせて声をかける。

「っ……!」

次の瞬間、詩歌の目からぽろぽろと涙が溢れ出してきた。

「わぁっ!? ど、どうした詩歌、大丈夫か!? どこか怪我したのか?」

急に泣き出した詩歌を見て焦る修也。

「ち、違い……ます…………ぐすっ……せ、先輩、が……無事で…………生きてて……それで…………安心、して……」

涙交じりの声でそう言う詩歌。

「あ……あー、うん……ゴメンな、心配かけちゃって」
「あ、謝らないで……ください…………せ、先輩は……何も、悪くない…………ですから……」

恐らく極限状態で保ち続けた緊張の糸が切れた反動だろう。
流石に爽香も今の詩歌の心境を把握しているのだろう。
空気を読んで、変に揶揄うことも無く黙って詩歌の様子を見守るのであった。

 

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