「黒沢さん黒沢さん」
「おや、如何なされましたか白峰殿」
翌日、2-Cの教室で白峰さんが黒沢さんに話しかける。
「黒沢さんは『今川焼き』という食べ物をご存知ですか?」
「はて……今川焼き、ですか? 申し訳ないですが覚えがありませぬ」
白峰さんの問いに首を傾げる黒沢さん。
「あらそうですの? 今川焼きと言えば主に小麦粉からなる生地で餡を包んで鉄板で焼く、割とポピュラーな食べ物だと思っていたのですが……」
「ふむ……白峰殿、御手数ですが写真を見せて頂けますかな? 先日のオーロラソースの件もあることですし、写真を見れば分かるやも知れませぬ」
「承知致しました……これですわ」
そう言って自分のスマホで検索をかけて黒沢さんに見せる白峰さん。
「……ああ、なんだ大判焼きではありませぬか。それなら知っておりますぞ」
「……大判焼き?」
今度は白峰さんが首を傾げる番だった。
「おや、白峰殿は大判焼きをご存知でないと? 大判焼きとは主に小麦粉からなる生地で餡を包んで鉄板で焼く、割とポピュラーな食べ物のことですぞ」
「先程の私の説明と一字一句同じですわね」
「ふむぅ……どうやら呼び方が違うだけで同じもののようですな」
白峰さんのスマホに表示された検索結果を見ながら黒沢さんは呟く。
「あら、同じ食べ物なのに呼び方が違うのですわね」
「まぁ地域によって呼称が変わるというのはさして珍しい話ではございませぬ」
「あぁ……言われてみると確かに、関東と関西で略称が異なるファストフード店などもありますわね」
「如何にも。ちなみにこの呼び方については先日の呉と越の話程いがみ合うという訳ではありませぬが、論争は各地で行われていると聞きます。己の魂を賭けても譲れない思いという物がそこにはあるのです」
「なるほど、『絶対に負けられない戦いがそこにはある』と言うやつですわね!」
黒沢さんの言葉に力強く頷く白峰さん。
「むっ!? ということはその戦いに敗れて心が折れた敗者を勝者が蹂躙するというシチュエーションも有り得るということですな!?」
「はぅあっ!? そ、それは心が痛むけれどその痛みすら心地よいシチュエーション! 今度書く予定のきのこたけのこのお話にも盛込そうですわね!!」
「溜まりませんっ! 溜まりませんぞおおおぉぉぉ!! ネタが湯水の如く湧き上がってきましたぞおおおぉぉぉ!!!」
「テンション上がって参りましたわあああぁぁぁ!!」
また何かよく分からないことでテンションをあげる2人。
「はーい2人とも前説ありがとねー。それじゃ場の空気も温まったことだしホームルームの本題に行こっか」
話の区切りが付いたところで陽菜が引き継ぐ。
「……絶対今の前説要らないだろうに……」
その様子を修也は自分の席で頬杖をつきながら呟くのであった。
守護異能力者の日常新生活記
~第5章 第4話~
「……という訳で今日のホームルームのテーマはこれ! 今週末の球技大会だよっ!」
「前説1ミリも関係無ぇじゃねぇか!!」
力強く議題を打ち出した陽菜に突っ込む修也。
「前説ってそんなもんでしょ。本題に入る前の準備運動みたいなものさ。ウォーミングアップはどの世界でも大事だよ」
「だとしてもあの前説はどうなんだ……」
「さて皆は去年やったから知ってるだろうけど、土神君はいなかったからね。概要のおさらいから行こうか」
頭を抱える修也をよそに陽菜は話を進める。
「まぁざっくり言うとクラス対抗で球技で競い合うイベントだよ」
「いやそれくらいだったら前の学校でも……」
前の学校でも球技大会くらいはあった。
そして概要も大差は無い。
……ただ、修也がそれに十分に参加できていたかどうかはまた別の話ではあるが。
「各クラスから代表者を決めて学年の中で1番を決めるのさ」
「あれ? それだと参加せずただ見てるだけの生徒も出ませんか?」
こういうのは基本的には全生徒参加なのではないか。
疑問に思った修也は聞いてみる。
「今は多様性の時代だからねぇ。運動が苦手な子もいるんだし無理やり参加させる訳にもいかないんだよね」
「はぁ、そんな物ですか……」
「それに応援だって立派に参加してることになるじゃない。サッカーでもさ、サポーターは12人目の選手って言うでしょ?」
「あぁ、何か聞いたことあるな……」
陽菜の言葉に彰彦が頷く。
「だから選手として参加するも良し、サポーターとして応援に回るも良しだよ!」
「はぁ、それはなかなか斬新な……」
前の学校は全生徒強制参加だった。
そのせいで修也は非常に肩身の狭い思いをしたものだ。
思い出したくないことを思い出し、修也は少し憂鬱になる。
(それだったら俺は応援に回ろうかな……)
また同じような思いはしたくはない。
今の状況だとそうはならない可能性もあるが、修也はどの道目立ちたくないのだ。
そう考えていたのだが……
「あ、土神君と霧生君は参加の方向でよろしくね」
「おい多様性どこ行った」
決定稿の様に語る陽菜に修也は待ったをかける。
「だって2人とも運動神経良いじゃん。担任として見逃す訳にはいかないよ」
「いや俺は動体視力と反射神経だけで、運動神経はそれ程では……」
実の所修也の身体能力は確かに平均よりはやや上ではあるが、そこまでずば抜けているわけではない。
運動神経も良く見えるのはただ相手の動きを先読みして動いているからというだけなのである。
「またまたー、それだけで格闘技クラブ部長の相川さんに勝てるわけ無いでしょ?」
「え? あいつ部長なんですか?」
陽菜からもたらされた新情報に修也は少し驚く。
「そうだよ。知らなかった?」
「一昨日知り合ったばかりなんですが」
「ついでに言うとあの部活は創設者も相川さんだからね」
「マジでか……」
瑞音はどうやらかなりの行動派のようである。
まぁ修也の噂を聞きつけて挑戦状を叩きつけてくるあたりからそれは伺えたが。
「まぁ良いじゃん。ここで活躍すれば他の学年の女の子からもきゃーきゃー言われてモテること間違いなしだよ!」
「要りませんよそんなの……俺は普通の静かな学校生活が送りたいんです」
「でもさ、こういうことで一躍時の人になるってのも学生生活の青春の醍醐味だよっ!」
「間に合ってます」
既に修也は学校を越えて中等部の間ですら時の人になっている。
今更そんなこと言われても意欲を出せない。
「あぁ? 既に自分は可愛い女の子に囲まれてますからそんなのいりませんってか? チクショウリア充め! 君なんか週に1回タンスの角に足の小指をぶつけて悶絶するようになればいいんだ!!」
「キレるタイミングがずれてるし変なやっかみしないでもらえますか」
突然キレだした陽菜に呆れる修也。
「……まぁそれはおいといて、シンプルに大会である以上勝ちたいじゃない?」
「……その理由が一番しっくりくるな……」
他の理由が酷すぎるのもあるが、最後の理由が一番修也的にはモチベーションが上がる。
「それじゃあ土神君も納得したところで概要に戻るね。ここまではまぁ他の学校でも良くあるだろうけど、この学校での独自のシステムとしてクラス縦割り制ってのがあるのさ」
「クラス縦割り制?」
「そっ。たとえ学年が違ってもクラスが同じならそれが得点として加算されるってこと」
「つまり私たち2-Cが試合に勝って点を取ったら1-Cや3-Cにも加点されるってことよ」
陽菜の説明に爽香が補足する。
「あ、そういや前に蒼芽ちゃんがそんなこと言ってたな……」
以前蒼芽がそれっぽいことを言っていたのを修也は思い出す。
「そうかそれでさっき……」
陽菜が先程『他の学年の女の子からも~~』と言ったことに納得する修也。
修也はてっきり学校全体のイベントだからそんなもんなんだろうと思っていた。
それも間違いではないだろうが、そういう理由もあったらしい。
「普段は関わりの無い別学年の生徒とも繋がりを持たせようという理事長の計らいらしいよ」
「……ホントあの人は生徒のことを色々考えてんだなぁ……」
修也は理事長の細かい気配りに感心する。
「まぁ私としては普段見れない1年生や3年生のブルマ姿を思う存分見れるまたとない機会なんだけどね!」
「ホントアンタはそれしか考えてねぇな」
そしてどこまでもブレない陽菜に呆れかえる。
流石中等部の体育祭に乗り込んでくるだけのことはある。
なまじ大義名分がある分タチが悪い。
「まぁそういう訳だからさ、自分のクラスだけじゃなくて1-Cや3-Cの応援もしてあげてね!」
「まぁ……それくらいなら……」
1-Cは蒼芽や詩歌のクラスだ。
応援に行くことに異論はない。
「逆に1-Cや3-Cからも応援に来てくれるかもしれないからね!」
「……ん?」
ここで修也に1つ懸念事項が浮かんできた。
1-Cは蒼芽と詩歌が所属しているクラスなのはさっきも確認した通りだ。
その1-Cは今は修也のこととなるととんでもないミーハー集団と化するのではなかったか。
酷い時には宗教を興そうとしたレベルだ。
そんな面子だとクラス全員が大挙してやってくるのではないだろうか?
もしそんなことになろうものならやりにくいことこの上ない。
「……やっぱり俺、応援に回った方が良いんじゃあ……」
「何言ってんのさ! 土神君のいない2-Cなんて、イチゴの乗ってないショートケーキみたいなもんだよ!」
「そのたとえは意味が分かりません。ってか他のクラスメイトに失礼でしょうが」
「いえいえそんなことはありませんわよ? 今や土神さんはこのクラスには欠かせない存在ですわ」
「そうですとも! 土神殿がいなければ誰が我々の会話を綺麗に締めてくれるというのです?」
「その前にアンタらはあの混沌としたやり取りをちったぁ自重しろよ!!」
フォローになってないフォローをする白峰さんと黒沢さんにもツッコミの矛先を向ける修也。
「はい今日の土神殿のツッコミいただきましたー! これで今晩もスッキリ眠れますぞ!!」
「そうですわね! 土神さんのツッコミがある日と無い日とではお肌の艶も段違いというものですわ!!」
「人を勝手にライフサイクルに織り込むんじゃねぇ!!」
「おほおおおぉぉぉ! 間髪入れずに本日2度目のツッコミですぞおおぉぉ!!」
「これですわ! 私たちが長年追い求めていたのはこの切れ味抜群のツッコミから来る快感ですのよおおぉぉ!!」
修也が何を言ってもテンションが上がる白峰さんと黒沢さん。
しばらくの間、2-Cは纏まりのない混沌とした場となるのであった。
翌日の昼休み。
「あはははははは!! あははははははは……!!!」
「先輩、落ち着いたら戻ってきてくれよー」
またしても修也の話を聞いて笑い転げている華穂はとりあえずそっとしておく。
「お、おい大丈夫なのか姫本先輩は? お前の話を聞いてから笑いっぱなしじゃねぇか」
「あーまぁいつものことだから」
華穂の様子を見て瑞音が心配そうに尋ねてくるが、修也たちにとってはいつもの光景である。
今更心配も何も無い。
「……それにしてもホームルームひとつでそこまでなるなんて、修也さんのクラスはいつも賑やかですね」
「いや賑やかさで言ったら蒼芽ちゃんたちのクラスも大概だろ」
「え、えぇと……それは……」
苦笑する蒼芽の言葉への修也の切り返しで言葉に詰まる詩歌。
「えぇまぁ確かに。クラス全員で修也さんの応援に行こう! とか言い出してましたから」
「いや自分の所の競技やれよ。それに顔も名前も知らない人に応援されてもなぁ……どうリアクション取れば良いのか分かんねぇよ」
「あ、じゃあ私と詩歌は良いんですね?」
修也の言葉に身を乗り出して尋ねてくる蒼芽。
「え? あ、まぁ……そうだな」
「だってさ! やったね詩歌!」
「えっ……? そ、その……い、良いんです、か……?」
話を振られた詩歌は恐縮しながら修也に尋ねる。
「いやまぁ詩歌の場合は爽香や仁敷の応援もあるだろうし、それについては俺がどうこう言える立場じゃないしな」
「じゃあさ、私も良いんだよね?」
そこに笑いのるつぼから復帰してきた華穂も話に混ざってきた。
「まぁそうなるな……って、そう言えば華穂先輩って何組なんだ?」
思えば華穂のクラスがどこなのか修也は知らない。
知らなくても別に問題無いので気にしていなかったが、こういう話になると気になってくる。
「実は私もC組なんだよね。……まぁそうじゃなくてもおじいちゃんに頼んでC組に変えることもできなくもないけど」
「そんなことで職権濫用するんじゃない!」
「あははっ! 冗談だよ!!」
修也の突っ込みを軽く笑って流す華穂。
「くくく……にしても血が滾るぜ。土神と知り合って早々にこんなイベントがやってくるんだからよ……」
そう呟く瑞音の表情は非常に楽しそうである。
「あー……やっぱりそうなる感じか……」
何となくそうなるのではないかと修也は思っていたが、案の定の展開にため息を吐く。
「た、楽しそうですね……相川先輩……」
「実際楽しみだからな。なんたって土神は私のライバルだし。今度の球技大会も勝負だ、土神!」
そう叫んでビシッと修也を指さす瑞音。
「いやでも待てよ? 男女で同じ競技はできないんじゃあ……?」
大体の競技は男女別々である。
一部男女混合の物もあるが、かなりレアと見て良いだろう。
「そもそも男女混合のスポーツって何がある?」
「えーっと……卓球とかですかね?」
「バスケットボールも……男女混合のルールでやるのがあるらしいです……」
「フィギュアスケートとかは?」
「あれはペアって言うんじゃね?」
いくら何でもフィギュアスケートなんて球技大会ではやらないだろう。
そもそも球技ではない。
「まぁそこは学生のイベントなんだし無理やりねじ込めばどうとでもなるだろ」
「急に力業になったな……」
突然大雑把になった瑞音に呆れる修也であった。
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