守護異能力者の日常新生活記 ~第3章 第23話~

「それでね、3人で駅前に来てたクレープ屋さんで買ったクレープが美味しくてさ」
「それぞれがそれぞれの美味しさがありましたよね」
「でも先輩が妙な呪文唱えだしたときは何が起きたのかと思ったよ」
「ふふ、そんなことがあったんですね。楽しそうで羨ましいです」

今修也たちは美穂を含めた4人で思い出話に興じていた。
始めこそ美穂のお嬢様オーラにあてられていた修也と蒼芽だが、時間が経つにつれて感覚が薄れて普通に話せるようになってきていた。
華穂の妹ということだけあって、美穂も気さくさと話しやすさというものを持ち合わせているようだ。

「美穂さんはどんな味が好きなんですか?」

修也が美穂に尋ねる。
普通に話せるとは言ったものの、ですます調は抜けない修也。
何となくではあるのだが、華穂のように気軽にタメ口で話すことに抵抗があるのだ。
本人が名前呼びを強く希望したのでそこは妥協したが。

「申し訳ありません、私クレープを食べたことが無くて……どのようなものなのか知ってはいるのですが……」

修也の問いかけに対して申し訳なさそうに答える美穂。

「あー、そんなもんですかね。俺も今回初めて食べましたし」
「クレープって思ってるよりは食べる機会ありませんよね」
「じゃあさ、どんな味に興味ある? 土神くんは普通に甘いやつで蒼芽ちゃんはちょっと酸味の効いたやつで私は塩辛い系だったんだけど」
「……何で姉さんだけ大幅にテイストが違うの?」

美穂もそこを疑問に思ったようで華穂に尋ねる。

「でも美味しかったよ?」
「まぁ確かにそうだったけど……クレープにツナマヨコーン……」
「修也さん、もう受け入れましょう? そういうクレープもあるってことを」

未だにどこか納得できない所がある修也を蒼芽が窘める。

「……あっ、だったらこうしませんか?」

何かを思いついたのか、胸の前でパチンと手を叩いて美穂が口を開く。

「今からうちのコックさんに頼んでクレープを作ってもらいましょう。そして色んな具材も用意して食べ比べるんです」
「あっ! 良いですね、楽しそう!」

美穂の提案に蒼芽が食いつく。

「まぁ確かにお昼時だしちょうどいいかもな。ところで……」

修也も大筋では美穂の提案に賛成だがひとつ気になることがあった。

「コックなんているのかこの家は。いやお抱えの執事がいるんだし不思議ではないけど」
「あ、言われてみれば……ごく自然に言われたので流してましたけど……」
「腕は私が保証するよ? 私のお弁当も作ってもらってるし」
「あ、昨日何か違和感あると思ったらそういうことか……」

修也は昨日華穂が弁当を『家の人に作ってもらっている』と言ったことに違和感を持っていた。
自分で作っていないなら親に作ってもらうと考えるのが普通だ。
なのに華穂が『親』と言わず『家の人』という表現にしたことに引っかかりを覚えていたのだ。
尚米崎家では弁当は親ではなく詩歌が一手に引き受けているが、これは特例と見て良い。

「では早速用意してもらいますね」

そう言って美穂は用件を伝える為にリビング入り口に控えていた使用人を呼んだ。

 

守護異能力者の日常新生活記

~第3章 第23話~

 

数十分後。
美穂に用件を伝えられてリビングから出て行っていた使用人が戻ってきた。

「お待たせしました華穂お嬢様、美穂お嬢様、ご友人様。準備が整いましたので食堂へとご足労願います」
「ありがとうございます。それでは行きましょうか、案内いたします」

そう言って立ち上がりリビングを出る美穂。
修也たちもそれに続いた。

「それにしても……美穂さんって歩き方ひとつ取っても品の良さが感じられますね」

修也は美穂の歩く姿勢を見てそう言う。

「確かに背筋が綺麗にまっすぐですし全然ブレないですね」
「ありがとうございます。幼い頃から訓練してきましたから」

修也に同意する蒼芽に柔らかく微笑んで返事をする美穂。

「華穂先輩もやっぱそう言う厳しい教育とか受けてきたわけ?」
「んー? 私はそうでもなかったなぁ。最低限失礼にならない程度にマナーは身に付けたけど」

修也の問いかけに対して華穂は首を横に振る。

「美穂ちゃんは自主的にそう言うのを勉強して実践してるんだよね」
「へぇー、凄いですね。私そう言うのはちょっと苦手で……」

華穂の言葉に蒼芽が感心しながら言う。

「でも先程思ったのですが、蒼芽さんのお話の仕方はとても引き込まれる魅力のあるものでしたよ? 私にはとてもできないものなので羨ましいです」
「え? そ、そうですか……? 特に意識したこと無かったですけど……」
「つまり無意識でできるということですね。それはもはや才能と言っても良いと思います」
「そ、それは大げさですよ……!」

とは言いつつも満更でもなさそうな表情の蒼芽。

「土神さんも、護身術での身のこなしが凄いと姉さんから聞いてます」
「いえ、そんなことは……」

話の矛先が自分に向いてきた修也は、何と返して良いか分からず言葉を濁す。

「何でも速すぎて残像が見えると伺ってますが」
「それは誇張です。そこまでの動きはできません」

だが明らかな誇張表現についてははっきりと否定した。

「えー、でもあの時はかすりもしなかったんだよ?」

先日の屋上でのゲームを思い出した華穂は修也の返答に対して不服そうに頬を膨らませる。

「あれはただの先読みだ。動き始めるのが早いだけで動きそのものが速いわけじゃない」
「いや先読みできるだけでも十分凄いんですけどね」

修也の解説に横槍を入れる蒼芽。

「……なるほど、姉さんが土神さんを頼りたくなった気持ちが分かった気がします」

蒼芽と華穂の反応を見て柔らかく微笑みながらそう言う美穂。

「でしょ? 今回の件で土神くんに頼ったのは間違いないんだよ!」
「ですよね! 修也さんは本当に凄い人なんですよ!」

美穂の言葉に口調を強めて同調する華穂と蒼芽。

「……いや二人して何でそこまで俺を持ち上げる?」
「だって本当のことですし」
「私は自分が見て感じたことを言ってるまでだよ」

当然とばかりに答える二人に対し、修也はなんだか落ち着かない気分になる。

「……ふふ、土神さん、今日知り合った私が言うのも変な話ですがもっとご自分に自信を持って良いと思いますよ? 姉さんは本当に見たまま感じたままを口にする人ですから」
「えー……えーっと……」
「もちろん蒼芽さんも、土神さんを一番近くから見ている人として率直な意見を仰ってるのだと思います」
「そう……なんですかね?」

未だ人から高評価を受けることに慣れず信じきれない所がある修也だが、不思議と美穂の言葉には説得力が感じられる。

「何か……美穂さんに言われると本当にそうなんだなって気になってきますね」
「そうなんだよねぇ、美穂ちゃんの言葉って重みが違うというか何というか……」

修也の言葉に同調して頷く華穂。

「言葉には魂が宿ると言います。言葉に迷いを無くせばそれだけで説得力を持たせることができるのですよ」

美穂は事も無げにそう言ってのける。

(……そう言えば藤寺先生も言葉に迷いが無いよな……)

修也は普段の陽菜を思い浮かべる。
陽菜は常に全力で自分の信じた道を突き進む。そこに迷いなど一切無い。
白峰さんと黒沢さんの漫画の時も言葉に迷いが無かった。
だからあれだけ普段ふざけていても妙に言葉に説得力が出てくるのだろうか?
実際二人とも自身とやる気が湧いたと言っていたのを思い出す。

(ただ突き進む先がアレなのは勘弁願いたいところだが)

陽菜の原動力はブルマ愛である。
別にそれ自体に文句を言うつもりは無いが、せめて自分を巻き込まないでほしい。
修也は切にそう願うのであった。

 

「こちらが食堂になります」

そう言って大きな扉の前で美穂は足を止めた。

「さ、入って入って」

華穂が扉を開けて中に入るように促す。
中に入るといくつもの机が綺麗に並べられており、その上にはクレープの具材として使う食材が多数並べられている。
そして食堂の隅にはひときわ大きな机があって、そこはクレープの生地を焼くための鉄板が設置されていた。

「……え、数十分でコレ用意したの?」
「す、凄いですね……」

修也と蒼芽は驚き半分で呟く。
美穂がクレープを用意してもらうように頼んだのは数十分前の話だ。
しかも唐突に言い出したものであらかじめ用意するのは不可能である。
加えてクレープの生地を焼くための鉄板なんてものが一般家庭に普通に置いてあるわけがない。
ちなみに姫本家を一般家庭にカテゴライズして良いのかどうかはここでは置いておく。

「申し訳ありません。鉄板だけはこの短時間で用意することができず、他の料理に使う物の使い回しでして……」

と思ったら、どうやら鉄板はクレープ専用の物ではなく使い回しらしい。

「ああなるほど。それなら納得……」
「いや待ってください修也さん。それで納得できないレベルの本格的な鉄板ですよこれ」

美穂の説明に納得しかけた修也だが、鉄板を間近で見た蒼芽が待ったをかける。
言われてみればホットプレートならともかく、今修也と蒼芽の目の前に鎮座している鉄板は業務用の本格的なものだ。

「確かにテレビとかで見るな。この上で希少部位の肉でステーキを焼いたり……流石資産家は違うなぁ」
「まぁウチは人数多いからね。こういうので纏めて焼きそばとか作る日もあるんだよ」
「あれ!? 割と庶民的!」

自分の暮らしとの違いにため息交じりに呟いた修也だが、補足された華穂の言葉に驚く。

「先日は家族と使用人の皆様でお好み焼きをいただきました」
「やっぱり庶民的! というか美穂さんもそう言うの食べるんですね」
「意外でしたか?」
「……ああいえ、俺の先入観による勝手な思い込みでした。すみません」

そう言って修也は頭を下げて謝る。
修也は何となくではあるが、お金持ちは食にお金をかけるものだと思い込んでいた。
しかしよく考えてみたら華穂の持っていた弁当はごく普通の物だった。
それに以前、華穂は姫本家は自分たちよりも周りの生活を豊かにすることを優先すると言っていた。
ならば必要以上の贅沢はしないと分かりそうなものだ。

「と言うか使用人の皆さんも一緒に食べるんですね。私てっきり別々だと思ってました」

蒼芽が今の美穂の言葉を聞いてそう言う。

「あ、確かに……あまり一緒に食卓を囲むことって無さそうなイメージだけどその辺どうなんだ先輩?」

修也も気になったので華穂に聞いてみる。

「そうだねぇ……場合によりけりかな。家族だけで食べることもあるし、使用人の皆と一緒にわいわい騒ぎながら食べることもあるよ」
「いやここまで行くと流石に先輩の所が大分特殊だろ! 悪いとは言わないけど」

いくら何でも主人の家族と使用人たちが一緒に騒ぎながら食卓を囲むのは普通ではないだろう。
ただ、修也としては別にそれが悪いとは思わない。
むしろ華穂の性格や姫本家の気質を考えたら十分あり得るとすら思える。

「さ、それは良いからそろそろ食べよ? 私お腹空いちゃったよ」

華穂はそう言って鉄板の前でスタンバイしてる使用人に声をかける。
使用人は慣れた手つきでクレープの生地を焼き始めた。
生地はあっという間に綺麗に薄く丸く焼かれて華穂の持っている皿に乗せられた。

「土神くんも蒼芽ちゃんも遠慮なく頼んじゃって良いよ」
「あ、じゃあ俺にもひとつ……」
「私もお願いします」

修也と蒼芽の要請を受けて使用人は手早く2人分の生地を焼く。
すぐに生地は焼き上がり、香ばしい匂いと共にそれぞれが持っている皿に乗せられる。

「で、具材は……と」

修也は具材が置かれている机を見渡す。
多種多様の具材が並べられており、色々な組み合わせが楽しめそうだ。

「じゃあとりあえず俺は……」

修也は生地に生クリームを乗せ、バニラアイスとコーンフレークを包み、チョコスプレーを振りかけた。

「あっ、良いですね修也さん。美味しそうです」

そう言う蒼芽のクレープは生クリームとベリー系の果物を包んでおり、イチゴソースらしきものがかけられていた。

「ほうほう、土神くんは甘い物系で蒼芽ちゃんは甘酸っぱい系かぁ。前と似たような感じだね」
「まぁやっぱり傾向は似るもんなんだと思うよ」
「そう言う姫本先輩は……」
「私? 今回は照り焼きチキンをレタスで巻いたのを包んでブラックペッパーを振りかけてみたよ!」
「またそう言うテイストかよ!?」

とても女子高生らしからぬチョイスに修也はついツッコミを入れてしまう。

「ま……まぁまぁ修也さん、別に組み合わせ自体はおかしなものではないですから……」
「そりゃまあそうだけど……そう言えば美穂さんはどうするんですか?」

修也は美穂がどのようなクレープを作るのか気になったので聞いてみる。

「そうですね……では、土神さんと蒼芽さんと姉さんが作ったものと同じものをいただきます」
「……ん?」
「……え?」

美穂の言葉に修也と蒼芽は首を傾げる。

「ええと……つまり?」
「どれも美味しそうなので全部いただこうかと」
「全部!? いや結構な量になりますよ?」

今修也と蒼芽の持っている皿に乗せられたクレープはそこそこ大きい。
それが3つともなると美穂には少々厳しいのではなかろうか?
そう懸念して修也は美穂に尋ねてみる。

「甘いものは別腹という言葉があるじゃないですか」
「使い方違うような……」
「それに一部甘くないものもあるような……」

しれっと言う美穂に修也と蒼芽は難しい顔をして唸る。
そんな修也たちの懸念をよそに、美穂が食事用の席に向かう。

「土神さんと蒼芽さんもこちらへどうぞ」
「あ、はい」

美穂に促され、席につく修也と蒼芽。

「では、いただきます」

全員が席についたのを確認してから、美穂は手を合わせて1つ目のクレープを食べ始めるのであった。

 

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