守護異能力者の日常新生活記 ~第5章 第19話~

「……んじゃまぁ、とりあえず簡単なルール確認をしておきたいんだが……」

修也と千沙の立ち合いの為に確保してくれたスペースの真ん中に立ちながら修也は瑞音に尋ねる。

「んー……まぁ30秒くらい千沙の立ち回りを見てくれりゃそれで良い」
「30秒!? いくら何でも短すぎやしないか?」

あまりにも短い時間設定に修也は驚き疑問を呈する。
30秒では流石に何もできない可能性が十二分にある。

「さっきも言ったろ? これは試合じゃなくて千沙の立ち回りを見て土神がどう思うか聞かせてほしいだけだ」
「いやだからと言って30秒は……」
「まぁ実際やってみてもっと時間が必要そうならその時言ってくれ」
「よろしく頼むぜ土神の兄さん! 瑞音ちゃんが認めるだなんて相当だからなー!」

千沙の方はやる気十分で、修也に向かい合いながら軽く屈伸運動をしている。

「ところで新塚……だったよな? 着替えなくて良いのか? 俺が言うのも何だが制服って動きにくいだろ」

修也が制服なのはいつものことなのだが、今回は向かい合っている千沙も制服だ。
なので修也はそう尋ねてみる。

「わざわざ着替えるのめんどくせぇ!!」
「あ、そう……」

ある意味清々しさすら感じさせる千沙の言い分に少し呆れる修也。

「おにーさんもちーちゃんも頑張ってー!」
「私は土神先輩が戦う所見るの初めてだわ。噂に聞く先輩の立ち回り、しっかり見せてもらおっと」

格技室の隅では由衣が声援を送り、亜理紗は壁にもたれかかりながらのんびりと傍観している。

「おう、頑張るぜゆーちゃん! 流石に勝てるとはあたしも思っちゃいねぇがせめて一矢報いるくらいはしたいからなー!」
「いやその前に勝敗はつけないって言ってんじゃねぇか……」
「でもよぅ、万が一ってこともありえなくはないだろ? 勝負に『絶対』は無いんだぜ?」
「……!」

千沙の言葉に修也はハッとさせられる。
先程の瑞音の口振りから察するに、瑞音の方が実力は上だ。
そして修也はその瑞音に勝利を収めている。
しかも制限時間は30秒で、さらにこれは勝ち負けを決めるでもなくただ千沙の立ち回りを見るだけのもの。
だからと言って修也が絶対に負けないとは言い切れない。
油断していたら足元をすくわれる可能性もゼロではないのだ。

(……そうだな、これでもし醜態を晒しでもしたら明日から蒼芽ちゃんたちに合わせる顔が無い)

そう思いながらちらりと横目で蒼芽を見る修也。
修也の視線に気づいた蒼芽は軽く微笑みながら手を小さく振ってくれた。

「じゃあお互い準備は良いか?」
「ああ、良いぜ」
「あたしも問題無い。いつでも行けるぜ!」

瑞音の問いかけに修也と千沙は同時に頷く。

「よし……それじゃあ、始めっ!」

それを聞いた瑞音が右手を高く上げ、号令と共に勢いよく振り下ろした。

 

守護異能力者の日常新生活記

~第5章 第19話~

 

「おっしゃあ先手必勝! いくぜええぇぇぇ!!」

瑞音の号令と共に千沙が修也に向けて距離を詰めてきた。

(……パッと見だとただ考え無しで突撃してきているように見えるが……)

曲がりなりにも瑞音の家でやっている格闘技教室に長年通い詰めている千沙だ。
何か裏というか考えがあるのかもしれない。
修也は油断せずいつもと同じように千沙の動きを観察して動きを読む。

(…………んん!?)

しかしその結果よく分からない答えが導き出され修也は軽く焦る。
先読みができなかったわけではない。
むしろ千沙は思考が素直なのか非常に分かりやすい。
ただ、分かりやすいからこそ…………分からない。

(嘘だろ? この場面でそれ!? いやまさか……)

自分の読み間違いを疑い戸惑う修也をよそに千沙は攻撃に移る。

「どおりゃあぁぁ超必殺最終奥義! 上段後ろ回し蹴りいいぃぃぃ!!」
「ええええぇぇぇぇ!?」

自分で宣言した通りにくるりと回りながら足を高く上げてから振り下ろし気味に回し蹴りを放つ千沙。

「ふははははは! 重力と遠心力が加わった超強力なあたしのこのかかとを受けきれるかな兄さん!!」

容赦も遠慮も一切ない一撃を千沙は修也の側頭部に向けて撃つ。
……が、その攻撃は修也に当たることなく空を切った。

「あれぇっ!?」

予想していた衝撃が来ないことに驚く千沙。

「あべっ!!」

そして空振った回し蹴りの勢いが止まらず、そのままさらに1回転して転んだ。

「…………おい相川! ツッコミどころが多すぎるぞ!!」

その一部始終を正面で見ていた修也が瑞音に向かって叫ぶ。

「…………遠慮はいらん。全部言ってやってくれ…………」

それに対し瑞音は額を手で覆いながら力無くそう呟く。

「じゃあまずは……試合開始早々にそんな大技を撃つ奴があるか! 隙だらけじゃねぇか!!」

動きが大きな技というのは威力は上がるがそれと同時に隙も大きい。
今の千沙の一撃は予備動作が非常に大きかった。
しかも一回後ろを向くことで視線が切れてしまうので目標を見誤りやすい。
これはもう隙だらけというか隙しかない。

「えー、大技の方が派手でカッコいいじゃん」
「当たらなかったら意味ないだろ! 次に自分の技を大声で宣言するな! わざわざ自分の手の内を相手に晒してどうする!!」

千沙は自分で『上段後ろ回し蹴り』と叫びながら宣言通りの技を放った。
これではたとえ修也のような並外れた動体視力と反射神経が無くても簡単に見切れてしまう。
せめて叫んだ技名と実際の技が違えば錯乱させることもできたかもしれないが、それすらも無かった。

「でも技名が無いと何かおさまりが悪いんだよなぁ。やっぱカッコいい技名はあった方が良いだろ」
「せめて口に出さず心の中で言え! 後、大層な名前付けてる割にやってることは地味! 完全に名前負けしてる!!」

千沙は『超必殺最終奥義』と銘を打っているが、とどのつまりはただの回し蹴りだ。
まぁこれは単に千沙の感性の問題なので、修也がどうこう言うのも違う気はするが。

「何だって極めれば奥義になりえるんだぜ兄さん?」
「もっともらしいことを言うな! そして最後に……」
「待ってください土神先輩……私にも突っ込ませてください。どうしても我慢できないことがあるので」

さらに突っ込もうとした修也に亜理紗が割って入ってくる。
亜理紗も今の立ち合いを見て一言物申したいらしい。

「あ、そう? じゃあ最後は長谷川に任せる」
「はい、任されました。千沙、アンタねぇ……スカートでそんな高く足上げてんじゃないわよ! 私のいるこの位置からでもパンツ丸見えだったわよ!!」

亜理紗が指摘する通り、制服で足を上げるものだからスカートが思いっきり捲れ上がっていたのだ。
どこからか『……見えた?』『……ああ、バッチリ見えた』といった声がヒソヒソと聞こえてくる。

「見られて減るもんじゃないから別にいいじゃねーか。むしろそれで気を散らせる効果が見込めるだろ。これぞ超必殺最終奥義!」
「嫌すぎるわよそんな奥義! せめて下に何でも良いから穿きなさいよ!! ブルマとか短パンとかスパッツとか!」
「えー、めんどくせー」

亜理紗の指摘に対して不満そうに唇を尖らせる千沙。

「……なるほど、確かにこれは癖が強い……」

修也は先程の瑞音の言葉に納得が行く。

「ねぇ今ちょっとブルマって単語が聞こえたけど私のことをお呼びかい?」
「呼んでねぇ、帰れ」

そこへ陽菜が唐突に入り口からひょっこり顔を出してきた。
それを一瞥すらせず切って捨てる修也。

「おいおい忘れたのかい土神君。私はこの部活の顧問だよ? ここに来る大義名分というものがあるのさ」
「顧問なら顧問らしい登場の仕方をしてください」
「顧問らしい登場の仕方って何さ。『私は顧問』とでも書かれたたすきを肩に掛けとけば良いのかね?」
「そういう所がダメだっつってんですよ」

相変わらず意味の分からないことを言いながら格技室に入ってくる陽菜に修也はため息を吐く。

「あっ、あの人は体育祭の時の……! 本当に高校教師だったのね……」

いつも通りに修也に絡む陽菜の顔を見て亜理紗が声をあげる。

「ん? おおー長谷川さんじゃないか! 今ここにいるってことは部活体験かな?」
「え? 私の名前を知ってるんですか!? 顔合わせたのはあの時だけなのに」

陽菜が普通に名前を知っていたことに驚く亜理紗。

「そりゃー中等部と言えどもうちの生徒だもん。一度見たら覚えるさ」
「何でもないことの様に言ってますけどそれって凄いことじゃないですか!? もはや特殊能力と言っても良いレベルだと思うんですけど!」
「あ、あぁー……」

興奮気味に瞳を輝かせている亜理紗を見て修也は微妙な気分になる。

(多分……いやほぼ間違いなく体操服姿で覚えているんだろうなぁ)

何せ陽菜はブルマだけで生徒を判別できるような変人である。
あの時は体育祭ということもあって当然亜理紗もブルマ姿だった。
だったら陽菜にロックオンされていても全く不思議ではない。

「ところでせっかく来たんならちょっと体動かしていくかい? 格闘技の経験の無い初心者でも優しく教えるよ? 相川さんが」
「丸投げですか藤寺先生」

陽菜の投げっぷりに呆れながら呟く瑞音。

「いやいやこれは相川さんが適任だからこそ言ってるんだよ? 相川さんは教え方上手だし面倒見良いし。何より格闘技の経験が一番豊富だしね」
「む……」

言動はふざけているが、陽菜は生徒のことをよく見ているしよく考えている。
そんな陽菜にそう言われると瑞音も何も言い返せなくなるらしい。

「……で、ホントの所は?」
「ニューフェイスブルマを堪能することに全力を注ぎたい!」
「……もう突っ込む気すら起きねぇよ……」
「ちょっとは自重してください」

悪びれもせず堂々と言ってのける陽菜にがっくりと肩を落とす修也と瑞音であった。

 

「ふぅ……あの人が来ると体力とは違う何かが削られる気がする……」
「あ、あはは……お疲れ様です修也さん」
「お、お疲れ様でした……先輩、お水どうぞ……」
「お、ありがとう詩歌」

大きく息を吐きながら戻ってきた修也に蒼芽は苦笑しながら労いの言葉をかける。
詩歌は格技室の隅に用意されていたウォーターサーバーで紙コップに水を入れて修也に差し出した。
修也はそれを受け取り一気に飲み干す。

「にしても、流石土神くんだねぇ。千沙ちゃんのあの回し蹴りも難なく避けるんだもん」
「やっぱりおにーさんは凄いよー!」

そんな修也に横から華穂と由衣が賞賛の言葉をかける。

「何っ!? あれはあたしの足が短くて兄さんに届かなかったんじゃなかったのか!?」

それを聞いていた千沙が驚きの表情をしながら話に混ざってきた。

「違うよー。ちーちゃんが後ろを向いている間におにーさんが少しだけ後ろに下がってたんだよー」
「新塚、お前の攻撃は狙いが分かりやすすぎる。もう少し牽制とかそういった心理戦をだな……」
「んー……あたしそういうのあんま向いてないんだよなー。こうド派手な技でドカンとカッコよく決めたいんだよ」
「だからってあんな大技単発でぶっ放して当たるわけねぇだろ。大技で決めたいという気持ちは分からんでもないが」

修也だって格闘ゲームなら超必殺技でフィニッシュを決めたい。
小足でKOとか不完全燃焼も良い所だ。

「……と言うか小足でKOとかどういう状況なんだ。それまでは普通に動けてたのに小足喰らっただけで急にダウンするとか意味が分からん」
「いきなりそんな発言をしだすことの方が意味が分かりませんよ土神先輩」

ふと脳裏に浮かんだ疑問を口走る修也に半眼で突っ込む亜理紗。

「それを言ったら残りHP1も意味が分からないよ土神くん。雑魚敵の体当たりで死んでしまうような状態なのに普通に立って歩いて戦ってるんだもん」
「それだったら元気に飛んだり走ったりしてたのに敵に触っただけで死んじゃう人もいるよねー。踏むのは平気なのにー」
「一応あれは噛まれてるって設定らしいよ由衣ちゃん」
「……そう言えば……ほんのちょっと、高い所から飛び降りても……死んでしまうキャラがいるって……アキ君が言ってたことが……」
「いや何で華穂先輩も由衣も蒼芽先輩も詩歌先輩も普通に話についていけるんですか」

修也の呟きに普通についてくる蒼芽たちにも亜理紗は疑問を呈する。

「まぁありちゃんの言うことは置いといて……」
「え、何? これ私がおかしいの?」
「なあ兄さん、何か無いかな? 絶対当たって尚且つ派手な大技って」
「あるかそんなもん……あ、いや待てよ……?」

千沙の無茶苦茶な要望を一蹴しようとした修也だが、ひとつ可能性を思いついた。

「おっ! 何か良い方法思いついたのか!?」
「投げ技とかどうだ? 新塚は背も高いし決まれば派手だろ」

投げる為には『掴む』という動作がいるが、これだけならほぼノーモーションでできる。
掴みさえすれば当人の握力次第ではあるがそう簡単に抜けられはしない。
相手を投げ飛ばすという行動も傍から見れば中々派手な大技だ。

「おぉー確かに! その発想は無かったなー!」
「そう言えば土神くんの護身術には投げ技はあるの?」
「いや…………無いかな」
「あれ? でも修也さん、ひったくり犯を投げ飛ばしてませんでしたか?」

蒼芽が出会って初日のモールでのことを思い出して修也に尋ねる。

「あれは投げるというか相手の勢いを利用しただけだからなぁ……」

修也の護身術は相手の力をうまく逸らして返すものだ。
千沙の思い描く投げ技とは少し違う気がする。

「投げ技って言うなら霧生の方が適任かな。アイツ柔道やってたし」
「へぇー、そうなのかー!」
「お、ちょうど今から組手やるみたいだぞ」

修也が指さした先では、戒が他の部員を相手に組手を始めていた。
戒は一呼吸置いた後、一瞬で相手に詰め寄り相手の腕を両手で掴む。
そして反転して相手を背負い、背中越しに相手を地面に叩きつけた。
その衝撃で格技室全体が少し揺れる。

「おぉ、お手本のような一本背負い」
「おぉーーー! すっげぇーー!!」

戒の一連の動作を見て修也は感心したかのように呟き、千沙は大きく歓声をあげる。

「な? うまく決まれば派手に見えるだろ?」
「うん! じゃあちょっと行ってくる!」

修也の言葉に千沙は大きく頷いてそう言いだした。

「え? 行くって何処に?」
「霧生の兄さーーん!!」

修也の問いかけには答えず戒のいる所に走り出す千沙。

「ん? ……って、うわっ!?」
「とぉーーーう!!」

と思ったら千沙は途中から前転をし始め、ゴロゴロと転がりながら戒に迫る。
その異様な光景にたじろぐ戒。

「な、何々!? どうしたの?」
「頼みがある!」

そう言って戒の前で千沙はピタリと止まる。
ちょうど戒に向かって床に手を付いて頭を下げているような姿勢だ。
そして……

「……師匠って呼ばせてくれーーーー!!」

千沙は持ち前の大声でそう叫んだのであった。

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