守護異能力者の日常新生活記 ~第1章 第6話~

「……え? 理事長室?」

修也はもう一度部屋のネームプレートを見る。見間違いの可能性もあると思ったからだ。
しかしそこに書かれているのはやはり『理事長室』の文字だった。

「いやいやいやそんなわけない。まだ正式に転入手続きすらしてない俺にこの学校のトップが用事なんてあるわけない。きっと逆隣だろ」

そう呟いて修也は反対側の部屋に行った。だが……

「職員用トイレだ……」

あったのは職員用のトイレだけだった。
そこで行き止まりなのでさらに隣という線も無い。

「そうかーきっとトイレの中で待ってるんだろうなー……誰もいねぇや」

一縷の望みをかけてトイレの中を覗いてみたが、やはり誰もいなかった。
まぁ誰かいてもそれはそれで困るのだが。

「ということはやっぱ理事長室か……」

修也に心当たりは全くないのだが、陽菜が行ってほしいというのなら部屋の中の人物が修也に用事があるのだろう。
あまり待たせて心象が悪くなるのもまずい。
修也は再び理事長室の前まで戻り、扉をノックした。

 

守護異能力者の日常新生活記

~第1章 第6話~

 

『入りたまえ』

部屋の中から年季の入った男性の声がした。

「し、失礼します」

修也はドアを開け、部屋の中に入る。
部屋の中は壁にいくつもの高級そうな本棚が並べられている。
中身も難しそうな本がぎっしりと詰まっている。
中には英語で書かれている本もあった。
修也が読んだら多分1ページ目で目を回しそうだ。
そして真正面にはこれまた高級そうな机が一つ。
それとセットであろう高級そうな椅子に一人の初老の男性が座っていた。

(この人がこの学校の理事長……!)

座っているので厳密には分からないが、そこそこ背の高い修也と同じくらいの背丈がありそうだ。
目つきは鋭い。今まで数多くの修羅場を体験し、切り抜けてきたことを雄弁に語っている。
着ているスーツも質の良い生地を使っていそうだ。そのあたりに疎い修也でも分かる。
理事長は入ってきた修也の姿を確認すると口を開いた。

「やあわざわざ来てもらってすまないね。ろくなもてなしもできないがまぁ肩の力を抜いて楽にしてくれたまえ」
(あ、あれっ?)

理事長の醸し出す雰囲気とは裏腹に口調はかなり軽く、親しみやすいものだった。
そのギャップに修也は戸惑う。

「ん?どうかしたかね?」
「い、いえ、別に……」
「ああこの喋り方かい? これはね、理事長だからと言って生徒を無駄に委縮させないためのものなんだよ」
「は、はぁ……」
「そりゃさ、威厳も必要だとは思うよ? でもね、僕はこの学校の生徒達には自由な空気を全身で感じてほしいんだ」
「自由、ですか……」
「そう! 校則なんてホント最低限で良い。大事なことは生徒たちが自分で考えて決めていけばいいと思うんだ」
「でもそれだと好き勝手する奴も出てくるのでは?」
「そういう奴は遅かれ早かれ何かの報いを受ける。その時に自分の愚かさを思い知るのさ」
「そういうものですか」
「君はまだ子供だから分かりにくいかもしれないね。君が思っている以上に人生ってのは因果が巡ってるんだよ」

口調こそ軽いがなかなか身に沁みる言葉である。だてに理事長は務めていないということか。

「それにね、生徒の自主性に任せると結構面白いんだよ?」
「面白い?」
「よく見てみると性格が表れるんだ。制服の着方一つでも違いがでるんだよ」
「ああ、ボタンをきっちり留めてるか、とかスカートの丈の長さの違いとかですか」
「そうそう、人間観察の一環としてやってるんだけどなかなか興味深いよ」
「へぇー……あ、ところで、藤寺先生にここに来てほしいと言われたのですが……」
「ああそうだった! 本題を忘れていたよ。君に用があって呼び出してもらったんだ」
「用ですか?」
「と言っても用があるのは僕じゃない。おーい、入ってきていいぞ」

そう言って理事長は隣の部屋(おそらく来賓室だろう)に続く扉に声をかけた。
呼ばれてすぐ扉が開く。

「あ……!」

中から出てきた人物に修也は見覚えがあった。その人とは……

「ふふ、昨日ぶりね」
「あなたは昨日の……!」

ショッピングモールでひったくりに遭い、偶然修也が助ける形になった女性だった。

「紹介しよう。僕の妻だよ」
「えっ? そうなんですか?」
「昨日は用事があったからちゃんとお礼ができてなくて心残りだったのよね。でも一緒にいた子はここの制服を着てたけどあなたは違ったから手がかりが無くて困ってたのよ」
「はぁ……」
「でもね、主人から今日ここに転入手続きをしに来る子がいるって聞いてね? もしやと思って詳しく教えて貰ったのよ」
「え? それだけで判断したんですか?」
「私の勘は結構当たるのよ? 現にこうやって会えた訳だし」

そう言って茶目っ気たっぷりにウィンクする理事長夫人。

「昨日は本当にありがとう。おかげで私の大事な鞄が盗られずに済んだわ」
「いえ、たまたまです。それが結果的にあなたを助けることになったというだけですよ」
「いや、僕からもお礼を言わせて欲しい。この鞄は、思い出という金額以上の価値があるからね」
「何かの記念に理事長が奥様にプレゼントされた、とかですか?」
「平たく言えばそういう事だね」
「だからね、私にとってはとても大事な物なの。だからアレは私の気持ち。遠慮なく使ってくれると嬉しいわ」
「ん? 何を渡したんだい?」
「モールの商品一つとなんでも交換出来るチケットよ」
「おいおい、ダメじゃないか……」

夫人の言葉に溜息をつく理事長。

「あら、そうかしら……?」
「で、ですよね。やっぱりこんな凄いものホイホイ渡すべきじゃないですよね、だから……」
「その場には彼の他にもう一人いたんだろう? だったら一枚ずつ渡さないと」
「あらそうだったわ。私とした事がうっかりしてたわ」
「返し……はい?」

理事長のダメ出しに便乗してチケットを返してしまおうとした修也だが、思わぬ言葉に固まる。

「そうよね、一枚だけ渡されても困るわよね」
「え、いや、そんな事は……」
「はい、もう一枚。あの子に渡しておいてあげてね?」
「え、えぇ……」

一枚だけでも持て余していたチケットがもう一枚増えてしまった。

(どうしよう……とりあえず蒼芽ちゃんと相談するか……)
「さて、用事は以上だ。これからの学園生活、大いに楽しんでくれたまえ!」

理事長夫婦に見送られ、修也は理事長を後にした。
増えてしまった交換チケットを呆然と眺めながら。

 

「あ、お帰りー!」

職員室に戻ると陽菜が大きなダンボール箱を机の上に置いて待っていた。

「あれ? どしたの? なんか魂抜けかけてるよ?」
「なんか、まぁ、色々ありまして……」
「? まぁ良いや。これが制服と体操服だよ。サイズの確認をしてくれるかな? もし合ってなかったら交換しないといけないから」

そう言ってダンボール箱を開ける陽菜。
修也は気持ちを切り替えて箱の中身を確認していく。

「………………うん、制服のサイズは問題無さそうです」
「良かった! じゃあ次は体操服ね」
「はい。……………………んん?」

箱の中をゴソゴソと探っていた修也だが、その手が止まり、顔が怪訝なものになる。

「ん? 何か変なものでもあった?」
「……先生、この学校の体操服は男子もこれを履くんですか?」

そう言って修也が取り出したのは……紛うことなきブルマだ。
修也の記憶が正しければこれは女子用の体操服のハズだが、この学校では違うのだろうか。

「あ、ごめーん、それ私の頼んだやつ」
「はいィ!?」

陽菜の発言に修也は素頓狂な声をあげた。

「え、なんで……」
「実は私体育教師なんだよ。で、授業では動ける格好をする必要があるわけ」
「それで?」
「今までは学生時代に使ってたやつを使い回してたんだけど、流石にぱっつんぱっつんになり過ぎてねぇ。新調することにしたんだ」
「別にジャージで良いじゃないですか! なんでわざわざ……」
「えー、だってジャージってダサいんだもん」
「じゃあハーフパンツとか」
「脚が短く見えるから嫌」
「短パンは?」
「裾の隙間からパンツ見えるからなぁー」
「スパッツとかは?」
「あれもパンツの線が見えるのがねぇ。かと言ってノーパンで履くのは私的にはナシ」
「えぇ……」
「それに私、重度のブルマフェチなんだ」
「自分で言いますか。それも女性が」
「だからね、ブルマを履くのも履いてる子を見るのも大好きなんだよっ!」
「そのカミングアウト必要でした?」
「成長期の子の普段見れないお尻と太もものラインが見れるんだよ? 控えめに言って最高じゃないかっ! さらに、履き慣れてない子がパンツはみ出してないか裾を気にする仕草がもう堪んないねっ!!」
「自重してください」
「ぶー、もっとちゃんとツッコミ入れてよー」

段々ツッコミがおざなりになっていくのが不服なのか、頬を膨らませて抗議する陽菜。

「あ、そうだ土神君。折角だしこのブルマ履いてみない?」
「何言ってんだアンタ」

陽菜のトンデモ発言に対し、遂に敬語が無くなった修也。

「最近は女の子でも制服にズボンを選べる学校もあるんだよ? じゃあ男の子がブルマ履いても良いんじゃないかな?」
「『じゃあ』の後の意味が全くもって分かりません」
「大丈夫だよ。私、胸大きいけどお尻も大きいから! 私が履けるサイズだから土神君でもワンチャン履けるかも!?」
「そんなワンチャンいりません」
「もしかしたら新しい扉が開けるかも!」
「未来永劫固く閉ざして厳重に封してくださいそんな扉」
「えー、楽しいと思うんだけどなー」
「先生だけでしょ楽しいのは」
「しょうがないなー、じゃあブルマ履いてくれたら胸揉ませてあげるよ? これでどうだ!」
「やっぱ逆セクハラで訴えるか……」

執拗にブルマを履かせようとする陽菜に対して本気で通報してやろうかという思考が脳裏を掠める修也だった。

 

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