守護異能力者の日常新生活記 ~第4章 第25話~

「『…………! いたぞ!』
『こそこそ隠れているかと思ったが、まさか堂々と待ち構えているとはな……』

所々が焼け焦げ崩れ落ちている王座の間。
その王座に悠々と座っている男はこちらを見て邪悪に微笑む。
その瞳は血を連想させるように赤い。

『…………あぁ、遅かったですね先輩方。もうちょっと早く来れるかと思ったのですが、僕の買い被りでしたかね』
『何故だ! たとえどんな小さな命でも愛し慈しんできたお前が何故こんな惨劇を……!』

この王座の間もかつては雄大で荘厳な雰囲気を醸し出す神聖な場所だった。
それが今は見る影もない。

『簡単なことですよ。僕は人には誰しも黒い部分や薄汚い部分があるということを思い知らされました。人間は自分の欲の為に簡単に他人を妬み蔑み裏切る。そんな奴らに生きている資格は無い。全て一掃してゼロから作り直すべきだ……そう思っただけです』
『な……何を言って……いる……?』

目の前にいる男の言葉が信じられない。
こいつはそんなことをいう奴ではなかった。
明るくて素直でそれでいて何事にも一生懸命で、国の平和のために献身的に働いていた。
それが何故……!

『…………! おい見ろ! アイツの後ろ……!』

その時横にいた相棒が何かに気付いたようで声をかけてくる。

『後ろ…………?』

そう言われて男の後ろを見てみると……

『なっ!? あれは……!』

男の後ろには怪しくゆらめく黒い影があった。

『あれはデーモンロード……悪魔族の実力者だ』
『なるほど、アレに取り憑かれたが故の暴挙という訳か……しかし何故そんな奴が顕現している?』
『考えるのは後だ。まずはアレを祓うぞ!』
『応よ!!』
『クカカカカ……我を祓うだと? 人間風情が笑わせてくれる……』

正体がバレたことで取り繕う必要が無くなったからか、男の口調が変わる。
恐らく取り憑いている悪魔のものだろう。

『はっ、デーモンロード風情が粋がるな。せめてデーモンキング辺りになってから出直してきな!!』
『せめて10秒は楽しませてくれよ……デーモンロードちゃん?』
『……我も舐められたものよ……良かろう、死をも上回る苦しみを』
『破ぁ!!』
『ごっはあああぁぁぁ!!?』

魔力の圧が濃くなりデーモンロードが動き出そうとしたが、それより先に相棒が先に気合を発する。
その圧で男の体から黒い影だけが吹き飛び散り散りになる。

『ば、馬鹿な……! この我が……人間ごときにいいぃぃ……!?』
『生憎こちとらこういう修羅場は何度もくぐってるんでね。相手が悪かったな』

薄れゆく魔力の圧とデーモンロードの断末魔の声に軽口で応える相棒。

『やはり寺生まれは伊達じゃないな』
『まぁな。それよりもアイツは無事か?』

相棒の視線の先には男が倒れてうずくまっていた。

『……大丈夫だ、命に別状はない』
『そうか。それは何よりだ』
『う……あれ、ここは……』
『気が付いたか?』
『あ…………きのこ、先輩……たけのこ、先輩……』
『全く、余計な手間かけさせんじゃねぇよ……めんたいこ』

薄く目を開けて意識を取り戻しためんたいこに憎まれ口を叩きながらも安堵のため息を吐くたけのこ。
ひと先ず人類滅亡の危機は去ったことに3人顔を合わせて笑い合うのであった……今回の新作はこのような感じで行ってみようと思いますわ!!」

そう言って白峰さんは机の上に広げられた原稿用紙を纏めてクリアファイルにしまうのであった。

 

守護異能力者の日常新生活記

~第4章 第25話~

 

「ほほぅ、闇堕ちとは新しい領域に足を踏み入れたようですな白峰殿」

話を聞き終えた黒沢さんが眼鏡のポジションを整えながら不敵に笑う。

「えぇ、私もいつまでも同じ所に踏みとどまっていられませんわ。私たちが目指す所はまだ遥か遠くにあるのですから……!」
「素晴らしい心意気ですぞ白峰殿! ところで何故急に寺生まれなのですかな? 流石に脈絡が無さすぎですぞ」

ひとしきり称賛した後作品内容に疑問を呈する黒沢さん。

「やはり悪霊などのお話を作るのであれば必要な要素だとは思うのですが……」
「うーむ……その考えに異を唱えるつもりは無いのですが、如何せん世界観にそぐわぬような気も……」

そこまで言ったところで2人は言葉に詰まる。

「………………ダメですわね」
「………………これは芳しくありませんな」

しばらくの沈黙の後、白峰さんと黒沢さんは同時に首を振りぽつりと呟いた。

「やはり自分たちでは実力不足。レベルの低さを痛感しましたぞ」
「えぇ。プロの業をまざまざと見せつけられたこの身ではとても満足できませんわ」
「と言う訳で……土神殿! 貴方の切れ味抜群のツッコミを我々に見せてくだされ!」
「後生ですわ土神さん! 私たちではどうしてもあそこまでの鋭いツッコミを入れることはできないのですわ! 何卒……」
「誰がプロだ! そしてこっちに振ってくるんじゃねぇ!!」

急にこちらを向いておかしなことを言い出した2人をバッサリと切り捨てる修也。

「あぁ……! これ、これですわ!! やはりこの即レスツッコミが堪りませんわあああぁぁぁ!!」
「それでいてこの切れ味抜群の鋭さ! 活力が漲りますぞおおおぉぉぉ!!」

だがそれを受けて白峰さんと黒沢さんはさらにテンションを上げる。

「ささ、その勢いのまま作品についてのツッコミも!」
「どさくさに紛れて何やらそうとしてんの!?」
「ほあああぁぁぁ!! 良い! 良いですわ!! やはりツッコミと言えば土神さん、土神さんと言えばツッコミですわね!!」
「人に変な代名詞つけようとすんな!」
「ふぉおおおぉぉぉ!! いつ聞いても土神殿のツッコミは最高ですぞおおおぉぉぉ!!」

突っ込めば突っ込むほどテンションが上がる2人。

「……土神君も随分馴染んだわねぇ」
「そうだなぁ……」

その様子を横から傍観する爽香と彰彦。

「転校してきた時は何処か壁というか遠慮みたいなものを感じたのよね」
「まぁ転校生なんてそんなもんかとも思ったけど、土神の場合は何か違うような気がしたんだよな」

彰彦と爽香は修也が転入してきた日を思い出す。
陽菜の破天荒な転入生紹介によって緊張こそしてはいないようだった。
だがそれでも慣れない場所に1人放り込まれて気を遣わない訳が無い。
だから修也が早くこの学校に馴染めるように彰彦は色々と気を回していた。
とは言え特別なことは何もしていない。
ただ爽香と一緒に話の輪に入れていただけだ。
既に修也には蒼芽のような親しい知り合いがいた上に詩歌が話の輪に加わってきたのは予想外ではあったが、詩歌の男性恐怖症の改善に一石を投じられたのは僥倖だった。
それが巡り巡って修也は何故か学校中の人気者になった。
理事長にまで一目置かれる存在になっている。
ここまでくると学校に馴染むように気を回す必要は無い。
逆に落ち着けるように気を回す必要が出てきた位だ。

「……まぁ、別にそれは俺がどうこうする必要は無さそうだが」

このクラスだけは修也に対する態度が初めから一切変わっていない。

「そうよねぇ、彰彦が何もしなくてもこのクラスはいつも通りだから変に気を遣わなくて良いわよね」

彰彦の考えを読み取った爽香が同意する。

「藤寺先生は通常運転だし、白峰さんと黒沢さんもいつもと同じ。霧生君は相変わらず脳筋だし氷室君だって変わらず変わり者だもんね」
「おい今さりげなく俺の事馬鹿にしただろ!?」

爽香の呟きを聞いた戒が会話に割り入ってきた。

「ば、馬鹿な……霧生が会話の内容を把握してる、だと……?」
「ちょっとやめてよ霧生君! 天変地異が起きたらどうしてくれるのよ?」
「もう良いよその話の流れ!!」
「でもね霧生君。変わらない良さってのもあるのよ? ほら、いつもと同じだとホッとすることだってあるでしょ?」
「え? あ、うん……それは確かに……」

爽香の言葉に考え込み頷く戒。
簡単に丸め込まれてしまっている。

(おいおい、そんなだから脳筋って言われるんだぞー……)

そう思うものの口には出さない彰彦。

「でも変わることだって悪くないだろ。俺だって日々進化してるんだぞ。もう前までの俺とは違うんだ!」
「へぇ、何が変わったの?」
「彼女ができた!」

爽香の質問に胸を張って答える戒。

「あぁ……そういやそうだったな」

戒に彼女ができた場に居合わせた彰彦が頷く。

「え、何? 何か面白そうな話じゃない。そんな反応ってことは彰彦は知ってたのかしら?」

戒の言葉に興味を持った爽香が目を輝かせて前のめりになる。

「むっ!? その話、自分たちも興味ありますぞ!」
「えぇ、詳しいことをお聞かせ願えませんか?」

そこに黒沢さんと白峰さんまで混ざってきた。

「やれやれ、やっと落ち着いた……」

2人から解放された修也も自分の席に戻って一息つく。

「あら、土神君も知ってたの?」

修也が大して驚かないのを見て爽香が尋ねる。

「あぁ、その場に俺もいたからな……」
「ほほぅ……で、どのような殿方なのですかな?」
「渋いおじ様系ですか? それともショタ系ですか?」
「何で男に絞る訳!? 『彼女』って言ってるよな!?」

2人の質問に突っ込む戒。

「いやこれは俺らも驚いたんだけど、すっごい美人さんだぞ」
「しかも超絶お嬢様」

戒に代わり彰彦と修也が説明する。

「何でそんな人が霧生君を……?」
「と言うかどうやって知り合ったんですの?」
「土神繋がり」
「あー」
「あー」
「あー」
「いや何でそこで納得するの。俺この中で一番この学校の在籍期間短いんだが?」

彰彦の一言で納得した3人に修也が突っ込む。

「だって土神君、1年にも3年にも知り合いいるし」
「と言うか、もはや土神さんを知らない人なんてこの学校にはいないのではありませんの?」
「学校内で土神殿の名前を聞かない日なんて無いくらいですぞ」
「それに詩歌から聞いたんだけど、詩歌のクラスのカップル成立の立役者だとか?」
「なんと! となると土神殿は何か超常的な力をお持ちなのでは? 縁結び的な意味で」
「い、いやぁー……流石に偶然だろ」

実は3年でも何やら修也がカップル成立させたみたいな話が出ているとは言えない。

「それよりも今は霧生さんの彼女さんのお話ですわ! 土神さんのお話からすると、私のようなパチモンではない本物のお嬢様ということですわよね?」
「自分で言うかそれ」
「写真とかは無いのですかな?」
「いや、黒沢さん……霧生にカメラを使えと言うのは少々酷な気が」
「それくらい使えるわ! 馬鹿にすんな!!」

その後も美穂に関する話題に花を咲かせる修也たち。
2-Cの面子にしては珍しく普通の盛り上がり方をしていることに修也は楽しさと新鮮さを感じるのであった。

 

「ふぅ……ちょっと遅くなっちゃったかな」

修也は玄関に向かう廊下を1人で歩く。
あれからしばらく爽香たちと話し込んだ後、戒が部活に行き彰彦と爽香が駅前に寄り道するということで解散となった。
白峰さんと黒沢さんは小説の推敲をするために教室に残っている。

「いやぁ中々に充実した時間だった気がする。普通って良いもんだ」

何気ない、些細なことでわいわいと騒ぐ。
こんな何でもないありふれた日常を修也は楽しんでいた。
引っ越してくる前はこんなことあり得なかった。
だが今はこれを『普通』のこととして享受できる。
今の学校では修也を『気味が悪い』や『化け物』などと恐れて距離を置くような人はいない。
逆に『英雄』や『神』などと称賛し持て囃す人たちばかりだ。

「……いや、それはそれで落ち着かないけど。もう少しマイルドにならないものか」

あまりにも極端な評価の別れ方に苦笑する修也。
何にせよ嫌われていないというだけでも非常にありがたい話だ。
先日の中等部の体育祭でも、借り物競走で由衣が『自分が好きな人』というお題で迷わず自分の所に来た。
由衣のことだから特に深い意味は無く蒼芽や亜理紗と同列扱いというだけなのだろう。
しかし修也的にはそれでも十分だ。

「あっ、修也さーん!」

そんなことを考えながら歩いていると、横から声をかけられた。

「あれ、蒼芽ちゃん? こんな時間まで残ってたのか?」

声をかけて駆け寄ってきた蒼芽に不思議そうな顔をする修也。

「私今日は日直でして、その仕事が長引いちゃったんですよね」
「あ、そうだったのか。お疲れ」
「まぁそのおかげでこうやって修也さんに会えたので悪いことでもないですよ」

そう言って蒼芽は修也の横について歩き出す。

「修也さんこそこんな時間まで残ってたんですか?」
「あぁ、クラスの奴らと話してたらこんな時間に」
「ふふっ、修也さんが楽しく学校生活を送れているようで何よりです」

修也の言葉に蒼芽は嬉しそうに笑う。
そんな話をしているうちに玄関に着いた。
修也と蒼芽は靴を履き替える為にそれぞれの下駄箱へ向かう。

「……ん? 何だコレ?」

そこで自分の下駄箱を開けた修也は、自分の靴以外に何かが入ってることに気付いた。
何か確認するために修也はそれを取り出した。

「………………」

手に持った瞬間、修也の表情が少し怪訝なものになる。

「修也さん? どうしたんですか?」

自分の靴を履き替えた蒼芽が修也が来ないことを不思議に思ってやってきた。

「? 何ですかそれ……手紙?」

蒼芽は修也が手に持ってる物を見て首を傾げる。

「あぁ。下駄箱に入っていた」
「もしかして……ラブレターとか、そういう……」

蒼芽が少し不機嫌そうに呟く。
外観が可愛らしい配色とデザインの封筒だったのでそう思ったのだろう。

「……いや、これは多分……」

蒼芽の呟きに修也は首を振り、指先に『力』を使う。

「あれ? 修也さん、『力』使ってます?」

その様子を見た蒼芽が意外そうに尋ねる。

「え? 分かるの? スゲェな蒼芽ちゃん」
「はい、何となくですけど……で、どうしてそんなことを?」
「開ければ分かる」

そう言って修也は封筒の封を開ける。
開けた封筒の裏側には……剃刀の刃がびっしりと貼り付けられていた。

「わっ……!?」

それを見た蒼芽の表情が引きつる。
『力』を使わずそのまま開けていたら修也の指は血まみれになっていただろう。

「見ての通り、これは剃刀レターだ。持った時に違和感があったんだよな」

そう言いながら剃刀を剥がす修也。

「あ、これ使ってください」
「ありがとう蒼芽ちゃん」

そう言って蒼芽がスカートからポケットティッシュを取り出して修也に渡す。
修也は礼を言って厳重に剃刀をティッシュで包んだ。

「で、中身は……」

修也は封筒の中に折りたたまれていた手紙を開く。

『警告 これ以上調子に乗るな。態度と言動を改めないなら天罰を下す』

手紙には可愛らしい外観とは裏腹に、物騒な文言がプリントアウトされた無機質な文字で書かれていた。

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